ep44 フォーレ視察
俺たちは一度四畳半の空間から宿屋の個室に戻り、日を改めてフォーレを再訪することを約束した。
商会長はすぐに平常運転に戻ったが、バイデルは受けた衝撃が余りに大きく、普段の彼に戻るまでに少し時間を要することになったが……。
ともあれ、あの席で三人が協議の上で取り交わした話はこうだ。
◆バイデル
・ガーディア家の家臣を辞し、俺とともに新しい未来を創るため従ってくれること
・ただし直ぐに辞めると疑念を持たれる可能性もあるので、半年以内を目途とすること
・その間は領主に仕える行政組織の長として、俺たちを陰ながら支援してくれること
・フォーレの街づくりに関し伝手のある専門家を招き、現地調査を踏まえた図面を作成すること
◆アスラール商会
・トゥーレに数日滞在したのち、購入した奴隷たちも含めて一度拠点のある街に帰ること
・その際に連絡要員として五名をトゥーレに残し、引き続き俺の依頼を継続すること
・当面の間は王都や他領地に滞在し、預かった商材を販売に専念すること
・この先に行うべき課題対処のため、冬になる前、二か月後を目処に再びトゥーレに戻って来ること
◆俺
・二か月の間にフォーレを整備し、第一陣の建設要員兼移住者が寝泊まりできる状態にすること
・正式な街作りは人手が集まってからだが、基礎工事など事前にできることは進めておくこと
・トゥーレでは極力身を隠し、孤児リームは商会と共にさる貴族の元へ旅立ったように装うこと
・連絡要員と接触するため、十日に一度だけ密かにトゥーレに戻って来ること
・俺からの連絡事項は、解体屋に手紙を預けてそこで各位は確認すること
ざっと言えばこんな感じだ。
このために俺が何を準備すれば良いか、彼らが何を手配すれば良いか、それらを決めるためにも翌々日、早朝から二人を伴ってフォーレへと向かうことも、改めて決まった。
バイデルが仲間に加わってくれたことで、俺は自身の目的を成すために必要な両翼を手にいれることが遂に叶ったといえる!
左の翼は、資金調達と物資調達を担い、俺の隠れ蓑となってくれる。
右の翼は、街づくりやフォーレでの内政面の仕組みや制度を考案し、運営を担ってくれる。
それらを見越した上で現地調査を行い、今後は各自の行動に反映していくことになる。
◇◇◇ 二日後
目立たぬよう裏町で俺と落ち合った商会長とバイデルは、早速フォーレへと転移した。
そして……、先ずは俺が岩をくり抜いて作った階段を上り、岩山の頂上へと進んだ。
この場所からは、魔の森深部が一望でき、まさに絶景が広がっている!
「これは……、まさに魔の森の深部と呼ぶに相応しい光景だ。このように広大な大森林を、自身の目で見る日がこようとは……」
「本当ですね、俺も商いで王国中を旅して来ましたが、こんな景色は初めてですよ」
高台から見下ろす広大で濃密な緑の海、まさに樹海と呼ぶに相応しい光景が延々と続いていた。
この場所に立てば、遠景だけでなく三日月型をした岩山の内側も一望に見渡すことができる。
俺自身、初めてここに来たときは目の前に広がる景色に感動したからね。
「それでもここは深部の入り口に過ぎないからね。今のトゥーレに駐留する全軍を以てしても、到底太刀打ちできないくらいの魔物が、この先には夥しい数で棲息している」
そう、二回目のルセルでも此処まで辿り着くため、幾つもの段階を踏まえなければならなかった。
・圧倒的に膂力に優れた獣人たちとの和解、そして彼らだけで構成された精強な兵団の設立
・教会をまとめるクルトと協力して、圧倒的な数の魔法士を発掘し、魔法に特化した兵団の設立
・全員を弓箭兵とした、遠距離支援を専門とする兵団の設立
・長距離移動や遠征に優れた、優秀で命知らずの軽騎兵兵団の設立
この四軍を指揮して、前線では五芒星の恩恵を如何なく発揮した俺が先頭に立ち、これらの力を融合させて魔の森を切り開いた結果、奥地まで進めるようになった。
それが叶うようになったのは、俺が二十歳前後になってからだ。
「となると、住まう者への配慮も欠かせませんな。内側を安全圏とする防壁は、今少し強固なものにされるべきかと思います。あと、暮らしていくのに欠かせないのが水源ですが……」
「あ、それは大丈夫! 岩山の裂け目から水脈が湧き出ている場所があるから、そこから水を引けば十分だと思うよ……。(前回も十分それでいけたし)
あと、生きていくに必要な食物を育てる、畑ととなる土地も用意してあるよ」
上からだと分からないけど、ここの周辺の土地って実は全体的に南(岩山)から北(開口部)に傾斜している。
そのため岩盤で行く手を遮られた地下水脈が長年に渡って内部の岩を削り、岩場の一番下にある裂け目(洞窟)から湧水として湧き出ていた。
今は敢えて放水路を作って防壁の外に流しているが、今後はこれを使えば十分な生活用水となる。
「リーム殿、俺からもよろしいですか?
防壁を展開したとして、魔物の中には地中を掘り進むものもいると聞いたことがありますが?」
そう、これが結構厄介な存在だった。
実際にルセルだった俺が、魔の森を抜けるのに一番苦慮した点もこの種の魔物への対応だった。。
「それって基本は砂地の場所に棲息するものですよね? 実は岩場の内側には土の大地が広がっているように見えるけど、ある程度掘り進めれば地下には硬い岩盤があるんだよね。防壁はそこまで掘って作っているから、奴らでも超えることはできない」
これも前回の知識だ。
実はこの岩場、地上に見えているのはごく一部で、大部分は地下にある、とてつもない巨岩だ。
削れているように見える内側も、大地を掘り進めれば土に隠れている巨岩に突き当たる。
「では街を作るのために必要な基本的要件は満たしているわけですね。
では大まかな町割りは私の方で考えさせていただくとして、他に留意すべき点はございますか?」
「そうだね……、二点だけあるかなぁ。この後案内するから、それを踏まえて街にする部分と畑にする部分をバイデルで考えてくれるかな?」
「承知しました。私も久しぶりに心躍る仕事ができそうです」
そうだよね。誰だって新しい街づくりは大変だけど楽しいものだ。
まして見せ掛けだけの善政に与するよりはずっと……。
そのあと俺は彼らを岩塩のある洞窟を案内した。もちろん洞窟の中にある隠し倉庫も含めて。
その反応は予想通りだった。
「ははは……、洞窟の中は至る所で商売のネタだらけじゃないですか! これが取り放題って……、これだけ見ても腰を抜かす、いや、舌なめずりをする商人は山のようにいますよ」
「確かに……、質の良い岩塩はルセルさまも深く関心を持たれていたが、まさか此処が出所だったとは。
ここもまた宝の山に等しい」
ですよねー。
海塩も質のいい岩塩も輸入品であるこの国では、高品位の岩塩は富裕層にとって垂涎のものだ。
それに比して価格も高く、しかも塩は継続的に必要とされるものだ。
前回の俺はここを発見し岩塩を売りに出したとき、『ルセル(ル・セル=塩)が岩塩で一儲けなんて、まるで天職と言われそうだな』と、思わず笑ってしまったからね。
そして岩塩洞窟の奥、その一角にある第二倉庫の中には、これまでに入手した大量の燻製肉や塩漬け肉が所狭しと吊るされている。
これらは殆どガモラとゴモラから貰ったものだ。
彼らはいつも『解体の対価を貰い過ぎです』と言っては、彼らの取り分として渡していた食用可能な魔物の肉を肉屋に出し、塩漬けや燻製肉に加工させたのち、都度俺に返してくれていたからだ。
あの二人、強面の見た目によらず妙に義理堅いんだよね。
俺も四畳半以外で保存できる肉ならと、ありがたく彼らの厚意を受け取っていたが、最近ではこの流れが暗黙の了解となってしまっており、俺の手元には大量の加工肉が増えていくようになった。
そういったものは孤児院内で表立って消費することもできず、野外採集班は主に生肉を焼いて食べている。
そのため殆どの加工肉は備蓄用となり、冷暗所である岩塩洞窟の深部に作った第二倉庫にて保管している。
「ふむ……、上から見た畑といい、ここの保管庫もそうですが、移住者に向けた当面の食糧は確保済ということですな。水と食料の確保ができているとなると……、あとは住居ですな?」
「ええ、ウチの商会の連中が今、卒業後に孤児院から売られた連中のうち、各種職人や人足の親方たちに売られたものを中心に声を掛けています。こればっかりは職人が地道に作っていくしかないですからね」
孤児たちの中で大多数を占める勤労待遇や中級待遇の卒業生たちの進路は、そういったものが多い。
卒業時に三十枚から五十枚の金貨を養育費として課せられ、それを肩代わりした親方の元に引き取られていくのだ。
そのあと彼らは少なくとも五年、長ければ十年以上は与えられる食事以外は無給で働かされている。
まるで奴隷のように……。
アスラール商会は元孤児たちと接触する傍ら、親方たちには『新しい開拓地に必要な人手』として、彼らが引き取った際より高い金額を提示し、卒業生を引き取るよう動いている。
無事に引き取ることができれば、俺たちは既に職人として修業を積んだ即戦力を手に入れることができる。
この取り組みの成果は着々と表れ始めている。
多くの親方たちは差額で儲けられると喜び、卒業生を解放してくれる者も多いらしい。
単なる人手として必要としている孤児なら、毎年孤児院が卒業生を放出しているため、そこでまた新たに手に入れられると考えている節があるようだ。
だが現実は甘くないけどね。
近いうちに孤児院からは、彼らの期待した形の卒業生は生まれなくなる。この先も永遠に……。
「あと当座の資金となる魔物素材は、こちらの第一倉庫に保管しています。中には希少すぎて、おいそれと流せないものもありますげどね」
そう言うと俺は、厳重に封印がなされた岩塩の壁を操作し、中に隠されていた扉を顕現させた。
そして扉を開けると……、そこには大量の魔物素材が無造作に積まれている。
なんせ解体を依頼するようになってからはや二年、狩り獲った魔物の数は百や二百ではきかない。
その全てを解体に出している訳ではないが、食用にならない魔物でも素材として使えるものは、解体屋の二人を通じて適切に処理してもらっている。
「ふふふ、これだけあれば先日私が出した見積もり、大幅に上方修正する必要がありますよ。
まぁ一気に出さないよう、徐々に出し惜しみしながら売らないと相場が大変なことになってしまいますけどね」
「いや、これらは全て……、大発生時にしか出現しないと言われる上位種ではありませんか!
いや、それだけではありませんぞ!
まさかこれは……、仮に出現すれば軍でも討伐不可能と言われている深淵種、アビスクアールではありませんか?
こ、これは大変な問題ですぞ」
流石にバイデルともなれば魔物知識も豊富だな。
まぁ、魔の森を抱えるガーディア辺境伯領の家宰であれば然るべき、ということかな?
「うん、バイデルの言う通りなんだ……、ここって深部だからさ、魔物も上位種ばかりなんだ。
なので簡単に売りに出せなくて悩ましいよね」
「「そういう問題ではありません!」」
あ……、違うんだ?
でも俺だって大変だったんだよ。手強い上位種を素材として使えるよう狩るのは大変だったし、深淵種は不意打ちだから勝てただけで、俺だって相手にしたくない。
幸い、と言うか普通なら知る由もない魔物なので、ガモラとゴモラは何も知らず『見たことのない珍しい魔物』と喜んで、普通に処理してくれたけどさ。
第一倉庫のほうは商会長が『売りやすさを優先』して選んだ素材のみ四畳半に収納し、後は徐々に様子を見ながら……、と言う話になった。
次に俺は、防壁の内側に移動し、何ヵ所かに広がっているエンゲル草の群生地を案内した。
ずっと手つかずの場所だったから、驚くほどのエンゲル草が一帯に繁殖している。
「「……」」
あれ? 何故二人とも固まっているんだ?
群生地のことは事前に説明していたよね?
「あ、そうそう。ここに生えているのは全部本物、エンゲル草ばかりでイビル草は一本もないよ。
群生地を維持するため、毎回少しずつしか刈り取っていないけど、それでも結構な量になると思うんだ」
「因みにさっき、リーム殿は『他にも群生地がある』と仰っていたような気がしますが……」
「うん、あと三か所ほどあるよ」
「「……」」
思っていたより少ないということか?
なら……、この話もすべきか。
「思ったよりも少ないかもしれないけど、ここフォーレと名付けた場所から外壁の外に出れば、他にも幾つか群生地はあるんだ。ただ……、危険すぎるから今のところ俺しか取りにいけないけどね」
「「多過ぎるんです!」」
「いや……、でもさ。商会長を通じて王国中に配布するにはまだ全然足りないと思うけど」
「いやはや……、そこまでお考えとは。
いや、私の考えが狭隘で失礼しました。ただ申し訳ありません。残念ながら我が商会は、まだこれほどの量を捌き切るほどの力がありません。
今日この目に焼き付けた光景を糧に、一層精進いたします」
俺は商会長の言葉の意味を理解した。
ただ売るだけなら、エンゲル草であれば今の商会長でも簡単に捌けるだろう。
しかし、売って暴利を貪るのではなく、無料配布や安価で『必要とされる人』に届けるには、きちんと販路を管理することが前提となる。
でないとただ転売され、他の者が暴利を貪るだけになってしまうからだ。
「確かに……、俺たちが目指す形で配布するとなると、管理する人手も流通網も必要か」
「アイヤール殿、このような考えはどうでしょか?
今の時点では疫病も発生しておりません。備蓄を進める前提はそのままに、疫病が発生した際には無償配布に協力すると約束した商人にだけ、少量を適切な価格で流すのです」
ん? バイデルの意図ってもしかして……。
「今現在トゥーレでは流通を制限し、暴利を貪った価格でしか他領に流しておりません。
このままでは疫病の発生がなくとも、重い風邪により高熱で命を落とす者は後を絶たないでしょう。
少しでも救える命を救い、商人たちとは交渉できるカードを握るのです」
「なるほど……、生育を進めるにも適度な間引きは必要となるでしょうな。イビル草が混じっていないなら間引きは子供達でもできる仕事となり、その余剰分で命を救い商売敵の歓心を得るということですか……。
これは面白い商いになりそうですな」
商会長は不敵に笑ったが、バイデル自身は罪滅ぼしの気持ちもあるのだろう。
ルセルがエンゲル草を独占していること、それを止められなかった自分自身に対して……。
この日はそれ以降も半日かけて各所を巡り、俺は一足先にトゥーレに戻ることになった。
彼らの帰路を開くために。
「リーム殿、これをお持ちください」
出発の際に商会長が包みから出したのは、持ち運びできるサイズの鐘だった。
何のためだ?
「扉が開いた時には、鐘だけこちら側に出して鳴らしてください。
我々はお待ちしている間、ゆっくり一休みさせていただきますので」
そう言って笑った。
きっと『一休み』というのは商会長らしい照れ隠しだろう。
彼らはこの半日の間も真剣に何が必要か、自身で何ができるかを考え議論していた。
きっとこれからも議論に夢中になり、俺の到着に気付かなくなることを懸念しているのだろう。
「無理しないでね」
その一言を言い残すと、俺はいつものように風を背にまとい疾走を始めた。
まぁ……、今日は余力を残して三時間くらいかな?
明日もあることだしね。
既に旅慣れた経路を風のように駆け抜け、俺は一路トゥーレへと向かって走り始めた。




