ep42 禿鷹(ハゲタカ)に込めた思い
俺の改まった様子に気付いたのか、バイデルと商会長は表情を変えていた。
更にこれから俺が話すことを一言も聞き漏らさないように顔を引き締めていた。
「まず最初に、奴隷商との交渉を優位に進めるために貴族の若様を演じていましたが、あれは俺の真実ではありません。母のフェリスはトゥーレの裏町で俺を密かに生むと同時に命を落としました。
出産を控えた時期にやっとこの町に辿り着いた母は着の身着のまま、まさに身ひとつでやってきたようで、父親が誰であるかすら告げていなかったようです」
これは俺が生れ落ちてすぐ、叔母とクズ男が語っていた話だ。
何故かそれはよく覚えていた。
バイデルはこれを聞き、思わず苦悶の声を上げていた。
「そのため俺は生まれてすぐに教会に捨てられ、孤児院で育てられました」
「なんと!」
「その孤児院もまた、生きていくことすら容易ではない、格差と虐待が蔓延はびこり、生きることすら生易しい場所ではありませんでした」
ここから俺は、
・最初は孤児院の格差社会でまず生き残ることだけを目標に、懸命に生きてきたこと
・次に同じ境遇の仲間たちを守り、彼らとともに生き抜く決心をしたこと
・孤児たちの不幸の連鎖を止めるため、一部の仲間たちとともに教会と孤児院を潰す決心に至ったこと
・幸いにも俺は、十歳で洗礼の儀式を受けずとも魔法が使えたこと
・魔法の力を活用し、独自に生き抜くための資金を集め始めたこと
これらを順を追って説明した。
「トゥーレの教会や孤児院で、そんな非道がまかり通っているのですか?」
バイデルは沈痛な表情で話を聞きながら、驚きの声をあげていた。
知らないのは無理もない。ルセルだった俺も、アリスから話を聞くまで知らなかったのだから。
「あの強欲な婆ババアならやりかねませんね。孤児たちを売り物の奴隷程度にしか考えていない様子でしたからね。ただ……、他と比べてもこの町の教会と孤児院は突出して酷いですな」
実際に院長とやりあった商会長も思うところを述べていた。
「最辺境なので目の届かないこと、それぞれの頂点が腐敗すれば下も全部腐るということだと思う。
ましてトゥーレ一帯では疫病が頻繁に発生するし、流れ者も多いために突出して孤児が多いからね」
貧民街や裏町、近郊の農村からも孤児となった者たちが孤児院に送られている。
そして利益を貪った孤児院はますます大きくなり、その結果、他の町からも『救済』として孤児たちがトゥーレに送られているのだから……。
「もっとも大きな問題は、トゥーレの教会や孤児院の後ろには、現在のブルグ(長兄)がいる」
「なんとっ!」
この言葉にバイデルは驚愕して震えていた。
まぁこれの確証が得られたのは、『今』ではなく『過去にどめの未来』だけどね。
仮に今はそうなっていなくても、彼らは着々とそうなるよう進めているだろうし。
「今のブルグの器はバイデルさんが一番知っていることでしょう。加えてこの町の領主をどう思っているか、もね」
この辺りは俺自身が過去・・・・に体験したことだからよく分かる。
ルセルの足を引っ張るためなら喜んで庇護するだろう。
さて、本題はここからかな。
今の俺は予定以上の大きな目的を背負ってしまったからね。
「この過程で八歳になった俺は、偶然のことで赴任してきたばかりの新領主に出会いました。
そのとき明確に感じたのです。彼の笑顔の陰に潜む冷酷な姿を……。
そこで決心しました。俺たちは彼とは違う道で救いを行い、貧困やいわれなき差別、飢餓に苦しむ人たちを仲間とし、自分たちの住処を作っていくと」
ここまで言うとバイデルは驚いた様子で俺を見ると大きく息を吸った。
先ほど若様として振舞っていた俺に、自身が語った言葉を裏付けられたと思ったのだろう……。
「本来なら救いとなる存在の領主は、違う角度から現状を捉えていると思っている。
彼が行おうとしているのは、金儲けと支配の強化だ。俺にはそう見えてならない。
名声を得て支配力を強化しつつ金儲けを行う、その先にあるものは何だ?
彼にとって救済は手段であり目的ではない」
「それを助長してきた者のひとりとして、私も責任を痛感しております」
そう言ってバイデルは大きく項垂れた。
だがおそらく事実は違うだろう。彼もできる範囲で必死に抵抗してきたのだろう。
「バイデルさんを責める気はないですよ。今は俺も面と向かって領主と争うつもりはないですし。
それに……、俺には何の後ろ盾もないし、こんな孤児の妄言に付き合ってくれる人も居ないでしょう。
ただ、争わないにしても邪魔はしますけどね」
「さしずめ領主の不当な支配に抵抗し不逞な企みの元で人々を救う、名もなき義賊ってことですな」
そう言って何故か商会長は嬉しそうに笑っている。
まぁ……、彼が行おうとする根底も同じだからだろう。
「リュミエールさま……、後ろ盾の件については少なくとも私で取り計らうこともできるかと……。
先代のご子息としてガーディアの姓が名乗れるよう、働きかけることはできますが……」
いや……、バイデルはさらっと言ってのけたが、それってかなりの難題だと思うんだけど……。
実際に前回のルセルとしての俺も、それを剥奪されそうになってトゥーレに押しやられたし。
万が一それができても、今の俺が表に出るのは得策ではない。他にも敵対する兄弟がいる現状で、却ってガーディアの名は障害になるだろう。
「うん、ありがとう。気持ちは嬉しいけど今の俺にはガーディアの名は必要ないかな。余計な諍いを背負い込みそうだしね」
バイデルの気持ちは凄く嬉しいけどね。
「そうですな……、ガーディアの名前はさておき、若君・・・・には象徴となる人物として、お名前(姓)が必要となるでしょうね。
やがて人々を糾合するにも冠は必要となります」
なるほど……。商会長は若君だけでは今後に差し障りがあるというとを言いたいのか?
名前ね……、リュミエールは確定事項として……、どうするかな。
少し沈黙したあと、俺は決断した。
「ガイエル……、いや、ガイヤーブルグが良いかな。
リュミエール・ガイヤーブルグでどうだろうか?」
本来ならブルグという言葉は辺境伯への敬称となり、氏名に加えることは避けられることが多い。
だが俺は敢えてその禁忌を犯したいと思った。
ガーディア辺境伯家ブルグを喰らうハゲタカガイエルとして……。
ガイエルブルグとしても良かったが、『ハゲタカ行為をする人』を意味するようにerを末尾に置き換えてみた。
完全に無茶苦茶な造語だけど、意味的にスッキリと俺の胸に落ちた。
家紋である鷹は鷹でも、辺境伯家をむさぼり喰らう者として『適当ふさわしいな』名前だと思う。
「おおっ、確かに!
辺境伯家ブルグの新しい光明リュミエールを担い、空を駆ける俊鷹ということですな?
まさに今のリュミエールさまに相応しきお名であるかと」
いえいえ……。
チガイマスヨ。ソレハダレコノトデスカ?
どうやらバイデルは激しい勘違いをしているようだが……。
「くっくっく……」
商会長は俺の意図する意味を正確に理解していたようで、楽し気に笑いを押し殺していた。
さて、過去の話は終わった。
ここからが俺の現状と目的、未来の話へと移る。




