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ep41 悔悟の果てに……

俺たちは奴隷商にて全ての奴隷を購入したのち、後日彼らを引き取る旨を伝えて宿屋に戻った。

そして彼らの今後を商会長と相談していると、宿から来客の到着を告げる連絡が入った。


俺はひとり、宿屋の一階にある個室を訪れた。

そこは以前に商会長と今後の命運を掛けて話をした場所だった。


「懐かしいな……、あれってまだ数十日前のことなのに、何年も前のような気がする」


思わずそう呟きながら個室のドアを開けると、バイデルは起立したまま俺を待っていた。

そして俺の姿を確認すると恭しく一礼した。


「お言葉に甘え、不躾ながらまかり越しました。

この度はお時間をいただき、誠にありがとうございます」


「あ、いえ……、お気になさらず……」


やっぱり偽貴族を装っているから、少し気が引けるな。


「早速で申し訳ありませんが、先ずは今一度、御身の腕輪を拝見させていただけませんか?」


そう言われると思っていたので、俺はそのまま身につけていた腕輪の留め金を外し、バイデルに差し出した。

彼はまるで何かを押し頂くように両手で受け取ると、丁寧に細工や裏側に刻まれた文字を確認する。


「ああ……、やはり。間違いありません!

これは先代より依頼を受けて、私が王都の細工師に発注したものです!」


(え? ということは……)


「先のガーディア辺境伯、アマール・ブルグ・ガーディアさまが、貴方さまの母君であるフィリスさまに贈られたものに間違いありません!」


(はぁぁぁっ? どういうこと?)


「それはおかしい話だな。私の母は平民の出、しかも父親に売られた借金奴隷だったと聞いているが?」


「そ、そこまでご存じなのですか? 正にその通りです! いやはや驚きました」


「失礼ですが貴方さまのお歳を伺っても?」


「今年十歳になったばかりだが……。

それと今は腕輪から名を取り、リュミエールと名乗っているので、今後はそう呼んでもらって構わない」


「おおおおおっ、でっ、では! リュミエールさまは間違いなくアマールさまとフィリスさまの間に生まれたお子さまで間違いありませんぞっ! 

よくぞ……、よくぞ今までご無事で……」


そういってバイデルは涙を流していた。

いや……、そんな爆弾発言、俺も予期していなかったんですけど……。


俺はもう忘れかけていた、あの暗闇で聞こえた会話を思い出していた。

駄女神が『適当な器』、『生まれ落ちる環境は最悪に近い過酷なもの』と言っていたのは覚えている。

だが……、連発された『適当』に怒り狂っていた俺は、それ以外のやりとりをよく覚えていない。


まさかとは思うが……、これも『いいかげん』の適当ではなく、『ふさわしい』の適当だったのか?

そんな疑問が頭の中に渦巻いていた。


「動揺されるのは無理もありません。今はそれなりのお立場とお見受けいたしました。

余計な話かも知れませんが……、貴方さまはお父君と母君にとても愛されて、生まれられたことだけはお伝えしたく……」


いや、動揺しているのはそっちじゃないんですけどね。

それに俺は……、『それなりの立場』でもないし……。


「だ、だが……、先の辺境伯には他にも愛した女性(前回での俺の母)がおり、その結果として今の領主ルセルが生まれたと聞き及んでいるが?」


「よくご存じでいらっしゃいます。ですがアマールさまはその……、いささか恋多きお方というか……。

何人か奥さまがいらっしゃって……」


だよね……。俺の知識でも妻と呼ばれた人は三人いたし、その他にも俺の母だった人も……。

ある意味ではクズ男、女の敵と言うことだよね?


「少々お聞き苦しい話になるとは思いますが、フィリスさまが屋敷を出られた経緯について、お話しさせていただいてもよろしいでしょうか?」


「……」


俺は黙って頷くと、バイデルの語る俺が生まれる前の出来ごとを聞いた。

そこで前回の歴史ではルセルも知らなかったこと、今の母や前回の母が辿った過酷な運命を知った。


「私はずっと……、悔悟の念にさいなまれておりました。

故に生きる目的をフィリスさまの消息を追い求めること、フィリスさまとそのお子さまを先代の遺言に従い、我が手の及ぶ限りかぎり守っていこうと誓って……」


そう語るバイデルの手は震え、目からは止めどなく涙が流れ続けていた。

やはり彼は誠実で信じられるな。前回と同じだ。


「これまでの心労、私には推し量れないものがあったことだろう。先ずは礼を言いたい。

これまで母のために奔走してくれたことを。そして私に真実を告げてくれたことを」


そう言って俺は深く頭を下げた。


「なんの、このようにご立派に成長されて、私も嬉しく思っております。

今となっては私の助力も不要でしょうが……」


いや……、喉から手が出るほど欲しいんだけどね。

さて、どうしよう?


「では其方が長年背負ってきた思いは晴れ、今後はもう一人の忘れ形見であるルセル殿に対し、気兼ねなく尽くせるというものだな?」


「いえ……、そう考えた時期も確かにありました。ですが今のルセルさまは……」


そこまで言うとバイデルは陰りのある笑みを浮かべた。

ん? ルセルに思うところでもあるのか?


「本来であればブルグが次代に継承された際、私も引退して然るべきでした。

私がトゥーレに参った大きな理由も、フィリスさまの消息を追うためです。フィリスさまの導きによりリュミエールさまにお会いできた今、思いも晴れたので故郷に戻り余生を過ごそうかと……」


「ではこの先もルセル殿に忠義を尽くすつもりはないと?」


「母君のマリアさまは領民たちのため数々の献策をされて『救い』をもたらされ、領民たちに未来の『希望』を与える善政に寄与されていました。ですが……」


「皆まで言わずともよい。俺もこの地で行われていることに対し、思うところはあるしな」


バイデルほどの優秀な男であれば、ルセルの笑顔の下に潜む陰湿な影を感じ取っているのだろう。

あの日以来、俺がずっと感じ続けていたことと同じく。


「そうであればいっそ、私に仕え私が成そうとしていることに手を貸してくれないか? 

この世界はあまりにも過酷だ。苦境に喘ぐ人々を一人でも多く救うために……」


そう言うとバイデルは俺と俺の後ろをじっと見つめた。

まるで俺の後ろにまるで誰かがいるかのように……。


「この年になって私は、自身がすべきことがやっと見えてきた気がする。

生きるのも厳しい環境で過ごしたうえに身売りさせられる孤児たち、貧民街で日々の暮らしにも困窮する人々、人としての尊厳を持つことすら許されない奴隷たち、人でありながら人外の物とされ人権を奪われた獣人たち、私は彼らを救ってやりたい。

一人でも多く……」


「……」


俺の話を呆然と聞きながら、バイデルは何かに向かって大きく頷いた。

その視線は何を見つめていたのだろう?


「失礼しました。まるでかつてのマリアさまとフィリスさまが、先代にお話しされている姿が浮かびまして……。

今も御二方がこの場で、私にも手を伸ばし誘っていらっしゃるような気がいたしました。これを拒む理由はありません」


そう言うとバイデルは席を立ち、俺の前に跪いた。


「非才の身ではありますが、どうかよろしくお願いいたします。この老躯、リュミエールさまの目指される未来に向けて、存分にお使いくださいませ」


ここに至り俺も覚悟を決めた。

ここまで言ってくれたバイデルにも、俺の真実を話さなければならない。


「商会長、良かったらここから先は中で一緒に話を聞いてくれないかな? そこに居るんだよね?」


俺はここで外に向かって大きな声を出した。

そうすると一瞬だけ驚く気配とともに、部屋のドアが開いた。


「いつから気付いていらっしゃったんですか?」


「最初からだよ、心配してくれてありがとうね」


商会長は二人だけで話す俺の身をあんじ、いつでも割って入れるよう待機していたのだろうう。

ただその素振りを見せず、まるで悪戯がバレた子供のように笑うと、バイデルに対し優雅に一礼したあと俺の隣に座った。


「紹介するまでもないけどアスラール商会の商会長、アイヤール殿です。彼は俺の盟友でもあり、俺の望みを叶えてくれる大切な取引先です。

俺はここで、バイデルさんとアイヤールさん、お二人にだけ俺の抱える真実をお話しします」


ここに至り俺は若君を取り繕うのはやめた。

ここからは孤児リーム(リュミエール)として彼らに話がしたい。

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