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ep40 思いがけない出会いの果てに(バイデル視点)

私は今も……、夢を見ているのだろうか?

奴隷商の店まで出向き、以前に買い取った獣人たちを引き取りに行ってから戻った私は、もう何もかもが上の空だった。


まだ私がガーディア辺境伯の家宰として働き、最も充実していた日々、あれからもう十年以上の時が流れている。

私の脳裏には今もあの時のことが、悔悟の念とともに深く焼き付いている。



◇◇◇ 十数年前~



元々私は平民の出身ながら先代のブルグ(辺境伯)に見いだされ、ガーディア辺境伯家に長年お仕えした結果、いつしか先代より家宰に任じられ、辺境伯領の内政を取り仕切るまでになっていた。


その恩に報いるため、私自身も身を粉にしてガーディア家にお仕えしてきたつもりだ。


平民出身だった私を重用されるぐらい、先代は身分や出自にこだわらない開明的な方で、内政に注力して領地を豊かにし、それにより兵力を充実させた、名君と言っても差し支えのない方だった。


ある一点を除いては……、だが。


そう、先代唯一の欠点、それはとても恋多きお方であったことだろう。

正妻である伯爵家の奥方の他にも、子爵家令嬢、男爵家令嬢、その他にも取っ替え引っ換えで……、いや、これは失言だ。

先代は多くの女性たちから慕われ、身分にこだわらず奔放な恋に生きられた方だった。


そのため正妻である奥方さまとの間に三人、子爵家の令嬢だった側妾との間に二人、男爵家の令嬢との間にも二人と、辺境伯家が正式に嫡出と認めただけでも七人ものお子様を設けられていた。

それ以外にも……、辺境伯の家格を保つため非嫡出子とされたお子様を、私は何人か見守ってきた。

もちろん今お仕えしているルセルさまも、そのうちの一人だった。



奔放な恋で私を悩ませた先代ではあったが、ある時を境に落ち着きを見せた。

いや、落ち着いたと言って良いのか、それは定かではないが、とある二人の女性を同時に愛された日からやっと……、他の女性には一切目移りすることなく、落ち着かれたと言った方が正しいだとう。



一人目は王都に住まう騎士爵の娘で、かろうじて貴族の一員といえるマリアさまだ。


美しさと聡明さで王都では名が知れていたマリアさまは、文官として頭角や表していた官吏だったそうだ。

そこを先代に見初められ、側妾となって辺境伯領までやってこられた。


マリアさまが側妾に迎えられて以降、彼女が先代に及ぼした影響は非常に大きく、開明的な施策を推進したガーディア辺境伯領はより豊かに、民たちの暮らしは他領に比べ遥かに楽だと評されるまでになった。


この方こそが後にルセルさまの母となられた方だ。



二人目は平民ながら父親の借金で売られ、メイドとして屋敷に仕えることになったフィリスさまだ。


初めてフィリスさまを見た時、先代は見惚れて動けなくなったと仰ったほど、フィリスさまは容姿に飛びぬけられていた。

だがフィリスさまの真価は容姿ではない。包み込むような優しさで先代を癒し、明るく前向きな言葉で政務にんだ先代を励まし再び奮起させた。


フィリスさまが側妾に迎えられて以降、先代は政務に倦むことなく持てる力を如何いかんなく発揮されてマリアさまの提言された内政に力を傾けられ、しかもそれは領民たちの暮らしに寄り添った領地経営となった。


もともとメイドだったこともあってか、思い遣りのあるフィリスさまは、家中の者たちにも分け隔てなく接して目を配られることを忘れられなかった。

そんなフィリスさまによって救われた者も多く、時には彼女たちを守るべく、フィリスさまが矢面に立ち先代や奥さま方に意見や提言をされることもあった。

その結果、当初は借金奴隷であったフィリスさまを快く思わなかった家中の者も多かったが、いつしか誰もがフィリスさまを信奉するようになっていた。



いや、そう考えると先代の功績の数々は、お二人の助力があってこそ為されたものであり、言い換えればお二人の功績に他ならない。


特にこの町にに関しては、お二人の関わりが深くその尽力があったからこそ今があるといえる。


先代がトゥーレを拠点に魔の森の脅威を排除するため、駐屯軍を置かれて防衛線を押し上げ、町の周辺を安全圏とされ、町を発展を促したこと。

更に疫病の特効薬であるエンゲル草を、定期的に入手できるようにされたことも、全てはマリアさまの助言あってのものだ。


当時はトゥーレを取り囲んでいた魔の森を押し上げ、開拓を進めるなかの戦いで降伏した獣人たちを許し、住民として町で受け入れたこと。

まだ改革途中で歪な形ではあるものの、獣人たちに仕事を与え、他地域では見られない共存がトゥーレで行われるようになったこと、差別はあるが、それでも他地域よりは明らかに差別意識低くなっていること、これらはひとえにフィリスさまが尽力された結果に他ならない。


こうしてトゥーレは黄金期を迎え、最辺境の荒んだ町から希望溢れる未来を担う町へと変わった。



ただ、幸せな日々はそう長くは続かなかった。

先代に迎えられてから五年後、お二人は同時期に身籠られたからだ。


先代より最も寵愛を受けた二人がお子様を産めば、これまで嫡出子とされていた七人のお子様の立場は危うくなるかもしれない。

当人はそう考えずとも、母親やその後ろの実家がそう考えるのも無理のないことだ。


この日からお二人は影日向に関わりなく嫌がらせを受け、母子は命の危険すら感じる状態になった。

間が悪くこの頃は隣国の侵攻、辺境の町であるトゥーレへの魔物の襲撃、領内での疫病の発生などが重なり、先代は寝食を忘れて各地を飛び回り、対処に奔走することを余儀なくされていた。


本来であればお二人は常に先代の傍にあり、先代を助けていたはずだったが、身重となり館に残されていたため、先代はお二人を手元で守ることができなかった。


かろうじて貴族の身分を持つマリアさまはともかく、平民かつ借金奴隷の立場であったフィリスさまへの風当たりは特に強く、先代は彼女を保護するために危険な館から、安全な地方の別邸へと送る決心をされた。


これによりフィリスさまの安全は確保され、後日には仲の良かったマリアさまもそちらに移られる予定も決まった。

そのために先代の意を受けた者が、密かに手配を整えて計画を実行に移していた。


しかし……。


フィリスさまを乗せた馬車と一行が途中で野盗の襲撃を受けた!

それが本当に野盗であったのかどうか、今となっては分からない。だが……、そこでフィリスさまは消息を絶ってしまった。


無事に逃れていたとしても何の財貨も持たず、おそらくは着の身着のままで逃げだされたことだろう。

先代の命を受けるまでもなく、私は懸命にフィリスさまの消息を追った。


だが何の成果もあげられないまま二年の月日が過ぎたころ、今度はマリアさまが亡くなられた。

まだ幼いルセルさまを残して……。


大きく気を落とした先代は、まるで別人のように変わられ、これまで積極的に取り組まれていたトゥーレでの対応も停滞した。

そしてトゥーレは、行き詰まった未来のない町へと

立場を急落させていった。


そして先代はこの時を境に、ルセルさまにも冷たく接するようになられた。

ただこれは、ルセルさまを冷遇することで他の母親や実家を安心させるため、先代が心を押し殺して行った行動だったが、それを知る者は私以外にはいなかった。


私だけが知る事実、先代は常にルセルさまを心配され、また成長を日々楽しみにされていたことだ。

先代に代わって私がルセルさまを度々訪問し、ご様子を報告すると心より喜ばれていたのだから……。



◇◇◇



先代が心を押し殺して不遇に扱ったルセルさまは、聡明だったマリアさまの血を受け継ぎ、幼いころから飛びぬけて優秀な子供として成長された。


わずか三歳で内政に興味を持たれたのか、大人顔負けの提言を行われるようになり、五歳になられたころにはもう、ある地域での内政改革の草案をまとめ、私に意見を請われるようになっていた。

その目の付けどころや的確で開明的な改革案は、目を見張る内容ばかりだった。


『このお方が次代の辺境伯ブルグであれはば……』


言ってはならない言葉であったが、ルセルさまを知る誰もがそう思うようになっていた。

だがそれは、決して外に出してはいけない言葉だ。

我々は涙を呑んで、その思いを心の中に秘めた。

我らの期待が、ルセルさまのお命を危うくしてしまうからだ。


そして……、ルセルさまが八歳になられる少し前、先代は病に罹り、あっけなく旅立たれてしまった。


ただ亡くなる直前、正妻との間に設けた長男に次のブルグを継承させ、王都にもその旨を記した使者を走らせていた。

同時にルセルさまに対しても手を打たれていた。

八歳になるのを期して最辺境の地トゥーレと一帯を治める領主に任命し、ブルグ継承の書面と共に王都へ届けられていた。

辺境伯家としてルセルさまを中央から遠ざけ、まるで追放するような形をとりながら……。


ただ私にだけは、心の内を打ち明けられた言葉を遺されていた。


『ルセルを辺境に追いやれば、アレ(長男)も心を乱すことはないだろう。ルセルは幼いながらマリアの血を受け継ぎ、内治の才に溢れているゆえ、最辺境の地でも十分にやっていけるだろう』


そう言って微笑んだあと、先代は私の手を握られて、縋るような目で仰ったのだ。


『そうなると唯一の心残りはフィリスだ。友としてお前に頼みたい。彼女の消息を追ってくれないか?

発見できれば彼女と生まれてくる予定だった子の未来を支えるため、手を尽くしてやってほしい』


私は先代の遺言を涙ながらに受け取った。

先代の思いは私の思いでもあるからだ。


私がフィリスさまの移動計画の責任者に名乗り出て、完璧に秘匿して完遂できていれば……。

私がより多くの護衛を付けて細心の配慮を行うよう、強く進言していれば……。


この計画を知りながら、未然に危険を予測し排除できなかったことは私の責任だ!

この悔悟の念は消えることもなく、あれからずっと私の心の中に燻っていた。


そのためルセルさまがトゥーレに赴任される際に、家宰の役を後進に譲って私が同行したのも、この思いからだ。

先代の遺言に従い、フィリスさまの故郷であるトゥーレなら、何らかの手掛かりを掴めるかもしれない。

そう思ったからだ。



◇◇◇



一方トゥーレの新たな領主として赴任されたルセルさまは、持ち前の聡明さをいかんなく発揮されて新事業を次々と押し勧められた。

それは……、私にとって驚くべきことばかりだった!


・砂金資源の可能性を見出し、財源確保を目指された


・エンゲル草が抱える様々な問題を一気に解決された

 安定確保を担う専任の採集人制度を構築

 事故の原因となる密猟や剪定撲滅を断行

 偽物の流通を阻止するために買取り先を統制

 安価で供給できるよう平時も販売価格を統制

 疫病発生時には供与を確約して人心の安定図る


・新たな産業と雇用を創出され、町を発展させられた

 辺境で新たに製紙産業を興し安価で紙の供給を推進

 従事する人材を貧民街から大量雇用し定職を与え

 活版印刷による本の大量生産と製本を産業化


・弱者に対し各方面で救済のため資金を投下された

 砂金の採掘支援で孤児院の孤児たちも仕事を斡旋

 貧民街ではヒト種の多くが定期不定期で仕事を得た

 奴隷の獣人たちを買い上げ兵や家臣として再雇用

 食料に事欠く貧しい者には野山で採れる可食植物を紹介


この他にも改革案は目白押しで、これからも順次実施されることになっている。

ルセルさまの名声は瞬く間に広がり、トゥーレの人々はこの英断を歓呼でもって受け入れている。



だが……、気になることもあった。


常日頃から穏やかな笑顔を見せ、優しい口調のルセルさまだが、時折り冷徹な一面を見せられるようになったことだ。


最初はこれも、統治者として時には厳しく接することが必要だと自覚を持たれてのこと、そう思っていた。

だが時折、度を越した言動も人伝てで私の耳にも入ってくるようになった。


トゥーレでは数々の賞賛と名声を得られた陰で、少しずつ変化は起きていた。

ルセルさまから氷のような冷たい声で叱責を受ける者たちは徐々に増え、彼らのの瞳はまるで暴君に怯えるかのようだったという。



「お前を呼び寄せるために幾ら払ったと思っている?

そんな節穴の目なら必要ないだろうから、このまま砂金を発見できなければ、この短剣で目をくり抜いてやろうか?」


川に砂金がない可能性を申し出てきた山師は、そう言われて震えあがった。



「魔物を引き寄せる可能性だと? あるかどうか分からない話に憂慮する暇があったら結果を出せ。

何のために駐留する兵士がいると思っているんだ? そうなればお前たちが命を張って守れば済む話だろう」


金山を探し求めるため、魔の森に人を入れることに反対した兵士の意見は封じ込められた。



「布告を破った者には一切容赦するな! 予め厳罰に処すと言ってあるのだ。事情を考慮する余地などない、領民の敵として一律死罪を適用せよ」


この言葉により、病気の子供のためにエンゲル草を無許可で採集した父親は、捕縛されたのち即刻処刑された。



「商人がエンゲル草を購入したいだと? どうせ他所に持って行って高額で転売するに決まってるよ。

何でそんな奴らに安値で売る必要があるんだい? 

思いっきり高値で売り付けてやれ。どう足掻いてもここ以外からは買うことができないんだからね」


エンゲル草を求める商人たちは、怨嗟の声を上げつつも、暴利ともいえる価格をしぶしぶ受け入れた。



「せっかく仕事を与えてやっているのに、何という体たらくだ。覚えが悪く成果を出せない奴は、鞭打って身体で分からせるか、新しい者と入れ替えて放逐しろ」


成果を挙げた者は手厚く遇される代わりに、そうでない者の境遇は日々厳しくなっていった。



「何故まともに働けない獣人の子供を買う必要があるんだ? 僕たちの目的は救済ではないからね。

そんなことをしても金にならないだろう。すぐに役に立たない者に投資する必要はないよ」


救済を目的とした奴隷の買取も、使い勝手の良い人手を確保するだけで、真の救済は行われなかった。



「まずは結果(金貨)だよ。収益にならない施策は後回しで構わない。僕たちは慈善事業をやっている訳ではないからな」


ルセルさまの施策は全てが金儲けに直結し、行政府はまるで商人のようにだた利益を追求する機関となっていきつつある。


私はこれまで何か勘違いをしていたのではないか?

心の中でマリアさまを思い浮かべ、葛藤する日々が続いていた。



◇◇◇



だが今日は、今までの思いが一気に晴れるような気持になれた。

あの少年がフィリスさまの腕輪を持たれているということは、間違いなくフィリスさまのお子様だ。


あの方の年齢を確認していなかったのは迂闊だったが、先代の忘れ形見である可能性は大いにある。

奴隷商の言うには、どうやら今はさる大貴族の若君として暮らしていらっしゃるらしい。


フィリスさまはお救いできなかったが、お子様が幸せに過ごされているのなら、長年私が抱いていた思いも少しは楽になる。

叶うのであれば……、私も旧弊を捨て自身の心のままに……。

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