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ep39 過去への追憶(ルセルとしての始まり)

俺は宿への帰り道、先ほどの出会いを思い出し考えを巡らせていた。


先代のガーディア辺境伯、その懐刀とも言われた家宰バイデルと思いがけず出会えたこと、これはこの先の俺にとって吉なのか凶なのか……。


事実として言えるのは、前回のルセルが十二の偉業と言われた改革を成し遂げることができたのも、内政面でバイデルの支えがあってこそだ。

それを誰よりも俺は知っている。


そう、それはあの日より始まった……。



◇◇◇ 二度目の人生 ルセル・フォン・ガーディア 十歳



俺はガーディア辺境伯の息子として生まれたが、正妻の子供でもなく公式に惻妾となった女性との間に生まれた子供でもなかった。

なので当然ながら、辺境伯家では嫡出子として認められていなかった。


そのせいかも知れないが父からは冷遇されていた。父とは何度か挨拶で顔を合わせたことはあっても、無言でただ一瞥されるだけで、特に声を掛けられることはなかった。


嫡出子と認められていた他の兄弟からは、存在そのものを無視されていた気がするし、使用人もあまり関わらないようにしているのか、常に一線を引かれていた気がする。


だがバイデルだけは別だった。


本来なら家宰として忙しい立場であるはずなのに、時折俺の元を訪ねて来ては、いつもたわいもない話をして帰っていく。

正直言って彼が何を考えて俺のところに来ているのか、それすら分からなかった。



俺は父や兄弟たちに疎まれ、このまま飼い殺しのような立場で人生を過ごすだろう、そう思って半分諦めていたころだった。


転機は唐突にやってきた。

俺が十歳になり五芒星ペンタグラム魔法士と認められてから、兄たちの態度が一変した。

といっても、無視から敵視に変わっただけだが……。


十歳のある日、俺は父が亡くなったあと辺境伯ブルグを継いだ長兄から呼び出された。

行ってみると他にも俺の腹違い兄たち、姉たち、妹が家臣たちに混じり勢揃いしていた。


「ルセルよ、本日より其方には領地を授けようと思う。

お前は内治の才に恵まれた母親の血を引いているゆえ、統治に行き詰ったトゥーレの領主として町と付随する農村を授ける。我が信を受けてそれらを治めてみせよ!」


辺境伯位を継承した長兄の言葉に、周りの兄弟たちは悪意のある笑みを浮かべていた。

なるほど、そういうことか……。


「ブルグ、少々お待ちください。あの地は魔の森の最前線、十年ほど前の疫病からもまだ立ちなおっておらず、元より先代も統治に心を砕かれていた場所です。

まだ十歳のルセル様には……」


「バイデル、だから敢えてルセルなのだ。

ルセルはガーディア家の非嫡出子、本来なら父が身罷みまかった時点で貴族としての立場も失っていたはず。

ここで統治に成功し功を成せば、それを以て貴族として認めてやろうというのだ」


ははは、見え透いているな……。

温情を見せる振りをしつつ、体よく俺を辺境に追放したい訳だな?


「それにルセルは、これまでも植物の研究と称し、魔の森には一角ならぬ興味を抱いてきたのだろう?

まさに適材適所ではないか?」


まぁ……、それは事実ですけど、統治とかあまり関係のない気もする。

でもここは、大人しく挑発に乗っておくとするか?


「はっ、ブルグのお言葉、ありがたく頂戴させていただきます」


やはりな……。


何人かの兄弟は残念そうな顔をしている。

俺が考えなしに断れば、『貴族としての資格なし』とでも言い立てて、楽に追放できたとでも思っているのか?


「それでだ、ルセルよ。実力を示すには他の兄弟の手前、公平でなくてはならん。

故にガーディア家としては、お前の統治に関して一切の支援を行わない。駐留兵の維持費を含め、統治は全て独立採算で行うように」


は? 一切の支援なしで六百名もの兵士を、あの一帯だけで養えと?

なかなか厳しいこと言ってくれるねぇ。


「お、お待ちください! それではあまりにも……」


いや、バイデル大丈夫だ。

ここで断れば、再びガーディア家の一員たる資格なし、というオチが待っているだけだし。


「ブルグの仰せ、確かに承りました。独力にて領地を豊かにし、ブルグを支えるガーディア家の一員たるに相応しい証をお見せしたく思います」


ふふふ、これで兄たちは俺を追い込んだつもりなんだろうな。


確かに魔の森からの産物の恩恵はあるにしろ、最辺境の町と周辺農村だけで600名もの正規兵が養えるはずがない。

少なくとも金貨にして二万枚程度、そんな額が毎年飛んで行くんだから……。

早々に赤字を出して領地経営に行き詰まる、そんな展開になることは目に見えている。


だが俺には転生者として知識と、長年密かに温めてきた内政に関する秘策もある。

まして、統治で自由に裁量を任せられる立場なんて、願ってもない話だ。


まぁこの場は、薄ら笑いで俺を見下ろす兄たちの思惑も知らず策に乗った、馬鹿な弟を演じていれば話は勝手に進むだろう。

そのためにも……。


「で、私からお願いがあるのですが……、ブルグが今しがた仰った言葉を肝に銘じたく思います。

そのため先ほどいただいたご指示の内容を、公文書としてブルグから授けていただくことは可能でしょうか?」


「公文書だと?」


「はい、私めをトゥーレとその一帯の領主に任じ、それに当たり以下の条件を付すと。

ひとつ、辺境伯家に相応しき者かをはかるため、赴任先にて統治の成果を問うこと。

ひとつ、公平を期すため、ガーディア辺境伯家として一切の支援は行わないこと。

ひとつ、統治を許した領地の独立採算を認めるが、その収支には責任を課すこと。

最後に、これらを鑑み、統治に失敗し混乱するか財政を破綻させない限りは独立領としてみなし、ガーディア辺境伯家として一切関与しないこと。

以上にございます」


そう、最初の三つの条件は長兄が自ら発した言葉をただ反映しただけのものだ。

俺にとってはそんなことはどうでもよく、最後の一文を付け加えるための前提条件に過ぎない。


「ふむ……、よかろう。直ぐに発行してやる」


ははは、乗ってくれたな!

周囲から神童と持て囃されていても僅か十歳、まだ世間知らずの子供と判断して甘く見たのだろう。


どうせ奴らは俺が早々に統治に失敗し、その責を問い追放する前提で動いている。

だけど俺はそんな気はさらさらんない。

この約束があれば俺が統治に成功しても、奴らは手出しできなくなるからだ。


まぁ彼らも、仮に統治に成功したとしても最辺境の町一つ、何の痛手にもならず危ない力(ペンタグラム)を持った俺を中央から遠ざけ、体よく封じ込められる。


おそらく兄たちは失敗する前提、万が一成功しても痛手にならない、そう考えるだろうな。


「ありがとうございます。では公文書を受領次第、早々に出立いたします」


そう言って俺は深く頭を下げて退出すると、数日後には意気揚々と領都を出てトゥーレへと旅立った。

俺がこの二度目の人生を通じ、これまで抱いていた思いを実現するために……。



◇◇◇  二度目の人生 トゥーレにて ルセル・フォン・ガーディア 十歳



俺を支えるため、領都から辺境に従う家臣はたった数名という状況だったが、彼らは俺にとって心強い味方だった。


「それにしてもバイデル、先代ブルグの家宰まで上り詰めた人がどうして俺と共に?

これって相当な貧乏くじだよ」


何故か俺が退室した後、バイデルもブルグに願い出て暇をもらっていた。


『この折に引退し、余生は辺境でゆっくり暮らしたく思います』


とか言ったらしい。

まあ当代の長兄も、先代に長く仕え、何かと事情を知りすぎているバイデルは、どこか目障りだったのだろう。

快く了承してくれたらしい。


で、バイデルはたまたま(・・・・・)余生を過ごすのが最辺境の町トゥーレだったため、俺の赴任に合わせてトゥーレにやって来ていた。


「はははっ、常日頃からルセルさまは面白いことをお考えですからな。老後の楽しみとして参ったまで。

まぁ、トゥーレには他にも私事でちょっとした用事もありますので……」


なんかそんな言い訳がバイデルらしく、内心は凄く嬉しかった。


いくら俺が領主の立場で赴任したといっても、たかが十歳の子供でしかない。

そんな俺が考案した施策も、きちんと実行に移してくれる大人の存在がなければ統治は立ち行かない。

バイデルなら見識、政治力、人望、実行力の全てが揃っている。


「ありがとう。早速だけど幾つか始めたいことがあるんだけど、協力してくれるかな?」


「もちろんです。ルセルさまの仰せのままに」



この日が後に、『十二の偉業』といわれた改革の始まりとなった。

もちろんこれらの幾つかは、転生者である俺がずっと子供のころから温めていたもので、先ずはトゥーレを破綻させないためにリストアップしていたものだ。


子供のころから俺には日本人としての記憶があり、頭の中は大人だった。

自身の微妙な立場を理解していた俺は、この世界を生き抜くために先ずは食糧、それに関わる植物学に興味を持った。

いや、政治的野心を抱かず野山の植物の研究に熱中した形を装った、という方が正解かもしれない。


ただその裏で、内政に関する秘策も色々と考えていたが、表向きは植物の研究に熱中しているように振る舞い続けた。


その過程で、未利用可食植物の食用転用と、疫病に効果があると言われるエンゲル草の研究、それらを俺は子供ながら推し進めていいた。


もちろん発端は崇高な目的もなく、ただ米が食べたくて探してみるという目的から始まったんだけどね。


それがいつしか、収穫が安定せず飢饉になると多くの餓死者を出す現状を知り、それを何とかできないかと考えるようになった。


まだ六歳だった当時の俺は、それについて悩んでいることを訪ねてきたバイデルに相談すると、彼は辺境伯家に仕える文官を何人か紹介してくれた。

子供の『自由研究』と思われても仕方のない内容に、何故か彼らは真摯に動いてくれた。


「今のルセル様のご成長振り、マリアさまにもお見せしたかったです」


なぜそこで文官たちの口から、俺にとってほぼ記憶のない母のことが出てくるか分からなかったが、彼らを通じて幾つかのことが分かった。


・食料事情の改善は、かつて母が先代のブルグに願い出て推し進めていたこと

・それにより、辺境伯領内での食用可能な植物の多くは、食用として利用されるようになったこと

・ただしガーディア辺境伯領の最辺境、魔の森では植生が大きく異なっており新しい可能性があること

・魔の森(だった場所も含む)にのみ生えるエンゲル草の需要と、抱えている課題について


実はバイデル以外に、志願してまでトゥーレへと付き従ってくれた文官たち、彼らは俺の『自由研究』を手伝ってくれていた者たちばかりだった。


なのでトゥーレに着任すると俺は、前世の知識と文官たちの力、そして辺境に住まう老人や獣人たちの知識までかき集め、先ずは飢饉に備えた食料事情の改善を行うことができた。



そして次なる手としてエンゲル草に対する施策を行い始めたころ……、オーロ川で砂金が発見された!


ここでトゥーレの町を取り巻く状況は一気に変わった。


バイデルから聞いたところによると、砂金発見の報を聞いた兄たちは地団駄を踏んで悔しがったらしい。

だって……、良いも悪いも結果が出るまでは介入しないと言っちゃったからね。

わざわざ公文書まで認めて。


『ざまぁ!』


と喜んでいたが、バイデルの意見は違った。


「ルセルさま、ここは多少の『利』を捨て、確実な安全と将来の安泰を図るべきかと思われます。

私めにお任せいただけますか? そうでなければ彼らは強硬手段に出る可能性もあります」


俺はこの助言を真摯に受け止め、バイデルの提案に従ってすぐに対処した。


・オーロ川の砂金採取は誰でもできること

・ただし採集された砂金は、全て正当な対価で領主が買い上げるものとする

・買い上げた砂金はガーディア辺境伯の名の元に王都へと送り、国王の管理する組織に卸すこと


バイデルは兄たちに先駆け、これを国府に届け出た。

国王陛下に利益を献上し、ガーディア辺境伯の面目を保ちつつ長兄にも利益を与える形にしたのだ。


「得られる利益の見た目は半分ほどになりますが、砂金の採取でトゥーレの経済は大きく潤います。

この先に向けて、今は『ほどほど』として民たちの力を付けることが肝要かと思われます」


この言葉通り、長兄を除く兄たちは、俺を忌々しく思ったものの余計な介入はして来なかった。

いや、出来なくなった。


なんせ俺は、国王陛下の後ろ盾を砂金で買い、長兄にも利益と名誉を与えているのだから、下手に動けば自身が破滅することになる。


そして資金と時間、身の安全を得た俺は、次々と温めていた施策を実行に移していった。



◇◇◇ 三度目の人生 リーム 十歳



そもそも前回は『始まり』からバイデルの助力が大きかった。

彼の意見は正しく的確に俺を導いてくれたし、それにより町は潤い人々の暮らしは良くなった。


だが……、今回のルセルは微妙に違う形を取っているとしか思えない。


奴は俺より二年も早くトゥーレにやって来たし、そこに至るまでに俺が踏まえた過程を辿ったとも考えられない。


しかも統治の内容は似て非なるものだ。

奴がバイデルの助言を受け入れなかったのか、それとも……、俺が感じた違和感の通りなのだろうか?


「先ずは会って話してみてからだな。だけど……、バイデルが彼方ルセルに付いているとなると、色々と考え直さなきゃならない点もあるよな……」


俺は過去に思いを馳せながら現状を考え、独りただ悶々としていた。

当のバイデルが抱いていた『思い』を知らずに……。

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