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ep2 過酷な運命① 悪辣な格差社会

翌日の早朝になって俺は教会で働く女性、いわゆる修道女のような立場の女性たちによって発見され、無事(?)教会に保護された。

その日のうちに教会が運営する孤児院へと移されると、どうやらそこで育てられることになったようだった。


教会から孤児院へと連れられて行く過程で、俺は見覚えのある周囲の景色を確認して戦慄せんりつした。


(とうとう俺自身が身を以て知るはめになったか。しかもここは……、よりによってトゥーレの孤児院じゃん!

俺の知る中では最悪の場所じゃねぇか!)


そう心の中で呟くと、改めて『過酷な運命』の強烈さを知り、自嘲せずにはいられなかった。


「あらあら、この子はグズることもなく笑っているよ。幼いながらもこれから、神の恩寵を受けて生きることができると感じているのだね?

手の掛からない子なら見込みはありそうじゃないか」


孤児院を取り仕切る老婆は、俺を受け取ると笑顔で笑っていた。


(いえいえ、有難い適当主神と駄女神の恩寵なら、生まれる前から嫌というほど受けましたよ。そりゃーもう、有難くて涙が出るほどにね)


「本当ですね。私たちを見て笑っているわ。きっと良い子になりますね」


そう言って、周りの女性たちも同様に笑顔で笑っていた。

だけど……、ここがそんな微笑ましい光景とはかけ離れた場所であり、彼女たちの笑顔が生易しいものではないことを、俺は知っていた。



特にトゥーレの孤児院は、教会に負けずと劣らないタチの悪いものだ。


二度目の俺、まだブルグの敬称を得る前のただの貴族、ルセル・フォン・ガーディアが行った『十二の偉業』と呼ばれた改革のひとつが、領内の教会と孤児院の悪弊を徹底的に廃し、弊害をもたらす輩を追放することだったのだから……。


孤児院とは、孤児たちの能力に応じた極端な選別が行われる格差社会であり、孤児たちは日々過酷な生存競争のなかを生き抜がなければならない、とても恐ろしい場所だった。


その格差とは、孤児たちは幼いころから孤児院内で四つの待遇(本当は五つあるがうち一つは別格)に振り分けられ、孤児院では待遇に応じた扱いを受ける。


--------------------------------------------------------------------------------------------

〈特級待遇〉なんらかの事情により多額の寄付と共に孤児として預けられた者が受ける待遇(別格)


※通常の場合は以下の四種

〈特別待遇〉十歳の時点で魔法士の適性が確認された、特別な者だけに与えられる優遇された待遇

〈上級待遇〉文武などで何かしら才能の片鱗を見せ、英才教育を受けられる者が受ける待遇

〈中級待遇〉まだ素養は不明ながら、利発な者や教義に従順であり将来の可能性がある者への待遇

〈勤労待遇〉上記以外の大多数がこれで、神に感謝して奉仕するという題目の下で、日々奉仕活動に従事させられ、ただ搾取されるだけの待遇

--------------------------------------------------------------------------------------------


孤児がまだ幼過ぎる場合は、二歳になるまで格差の選抜はなく比較的ぬるま湯の扱いで育てられるみたいだが、二歳になるとまず勤労待遇として、等しく清貧な生活が始まる。

そして成長すると共に、この格差社会への振り分けが始まるのだ。


今回の世界での叔母が言っていた『こんな所よりマシな生活』は、教会という枠組みの外で暮らす人間だから言えるものだ。

悪辣な格差社会を知らないからこそ、そう思えるのであって、現実は大きく違う。


孤児院で孤児たちは十五歳まで育てられ、その年の最後に卒業となるが、勤労待遇で過ごした孤児たちが送る生活は過酷で、その三分の一弱が卒業の日を迎えることができない。


彼らはまともな食事すら与えられず、幼いころから日々長時間に渡る勤労奉仕に駆り出され、もし病気になっても真っ当な治療すら受けさせてもらえない。

そのため体力のない小さな子供から順に死んでいく。


勤労待遇の食事は一日二回、それはこの世界に暮らす多くの民にとって当然のことだったが、問題はその質と量だった。

そもそも食事の栄養価は低く、子供が成長するのに必要な量とは程遠く、そして味は最低だった。


まぁ俺は、一度目は日本人として生き、二度目は不遇な扱いだったとはいえ辺境伯の息子だ。

なのでこれまでは、この世界の一般家庭を遥かに凌ぐ質と量の食事が与えられていので、殊更そう感じるだけなのかも知れないが……。


そんな俺にとって、ろくな味付けもない屑肉と屑野菜だけのスープ、かび臭くて固いパン、たまにもう一品でれば良い方である食事は、日々受ける拷問に等しかった。


俺と同様に空腹に喘ぐ孤児たちは、奉仕活動の合間を縫って鼠を捕まえたり、野山で雑草を集めては、それこそ生きるために腹の足しとしているのが常だった。

それがお腹を壊したり、病気を誘引する原因となっていたことすら知らず……。



そして過酷な格差社会、待遇の選別は通常なら五歳前後から始まる。

子供たちも必死になって中級待遇を目指すが、そこは狭き門であり、更にタチが悪いことに途中で降格することすらある。


物覚えが良く利発そうに思われた子供、特に従順で教えに真面目な子供たちは、中級待遇に選抜されて少しだけマシな食事と簡単な教育を受ける機会が与えられる。

同様に身体能力が飛び抜け、素養があると思われる子供も同じく中級待遇となり、明らかに質と量が異なる食事が与えられる。


そうして更に数年の時が過ぎると、子供たちは更に振るいに掛けられる。


その上の上級待遇として認められた子供には更に手厚く、途中で脱落した子供は元の酷い待遇に落とされていく。

一度でも優遇された経験を持ち、その後に脱落した者たちの末路は悲惨だ。


そして十歳の時点で上級待遇を維持できた子供に対してだけ、教会は洗礼の儀式を受けさせる。

これは一般には、貴族の子弟か庶民でも裕福な者しか受けられない、高額な費用を請求されるものだ。


そこで運が良ければ、魔法の適性を見出されて特別待遇(魔法士)となる。

こうなればもう将来は安泰で、孤児院でも飢えることなく特別扱いを受け、卒業後は教会に関わりのある仕事に就けることが約束される。


だがそれは、俺からすれば悪辣な形で囲い込まれ、籠の中の鳥として檻に入れられるに等しい。


いずれそういった者は、外の世界を知らずこの格差社会で純粋培養され、疑問を抱くことなく成長して虐待を受ける側から、今度は虐待を行う側になっていくという負の連鎖だ。



それ以外の待遇では、この厳しい選別を勝ち抜き、運よく十五歳まで生き残った者たちにも例外なく卒業が訪れる。


特別待遇以外にも、上級待遇に所属する子供、勉学にて優秀な成績を示した者か武芸の才を示した者は、卒業するといわゆる勝ち組の人材として教会側が囲い込み、彼らの関連組織で働くことになる。

孤児院や教会で働く若い修道女たちも、その多くがこのパターンだ。


そうでない中級待遇や勤労待遇の者は……、いわゆる負け組となる。

卒業時には一般の領民が稼ぐ年収の数倍ともいえる『養育費』を借金として課されることが一番の重荷となる。


『大人になった貴方たちは、これまで育てていただいたことを神に感謝し、今後は孤児院で暮らす子供たちを支えていく義務があります』


外界と絶たれ、何も世間を知らない孤児たちは皆、その悪辣な言葉を額面通りに受け止めるよう洗脳される。


腕に覚えのある者は、ファンタジー世界で言う冒険者のような職業に就き、借金を返すために命を削って魔物との闘いに明け暮れる。

そうでない者は下働きという名目で身売りされ、卒業後もまるで奴隷のような生活を送る者たちばかりだ。

特に女性の場合、教会が密かに裏で繋がっているという娼館に送られることさえあるらしい。


因みに冒険者のような生活は自由気ままな暮らしに思えるが、それほど甘くない。

借金があるため、ろくな装備もなく無理を押して危険な魔の森に入った結果、一年を持たずして命を落とす者も多い。

生きながらえて返済を果たし、自活できる者の割合は極めて低いのだ。


下働きとして借金をカタに売られた場合も、運よく良い雇い主の元に送られれば、その後は独立できることも稀にあるらしいが、どちらにしろ本人の能力と努力、そして運次第だ。


そして今日から俺は、十五歳になるまで格差社会で生き抜いていかなければならない。

ぬるま湯とされる二歳まで、まだ少しだけ猶予はある。

それまでに、なんとか生き延びるための作戦を考えねば……。



◇◇◇



最初に俺が始めたのは、自分自身の能力について確認することだった。


そもそも魔法適性がある者でも、適切な手段を踏まないと自身の持つ能力、言ってみればステータスを表示し、自身の能力を可視化することはできない。


ただ最強の加護を受けた魔法士ルセルとして生きた経験を持つ俺は、その手法を知り幾度も行っていたため、たとえ赤子であってもできるのでは? と安易に考えていた。


しかし、ひとつだけ大きな問題があった。


「あー、あー、あー」


生まれたばかりの俺は、身体の器官(舌・唇・声帯)の発達が追い付いておらず、いきなり正確な言語を発声することができなかった。

そのため正確な詠唱で言霊に魔力を乗せ、ステータスを確認するよう魔法式を構築することができなかったからだ。


仕方なく俺は、普通の赤ん坊が辿る過程を実行するしかなかった。


「あー、うー……」


クーイングと呼ばれる唇や舌を使わない単音の発声から始め、次にバブリングと呼ばれる唇や舌を使って音を出す発声を、それにより子音と母音の連続する音が出せるように、日々努力を始めた。


「あー、ばー、ぶー……」


(しかし流暢に話すって、こんなに大変なことか? まぁ……、意味のない発声なら誰にも怪しまれることもないけど)


ルセルの時は生まれてから幼少期まで、此方の言語自体を理解するまでに時間が掛った。

順応することに時間が掛かり、幼少期に不自然な言動でいぶかしがられることはなかった。

そもそも貴族の子弟という立場もあり、部屋を独占できて一人で寝かされている時間すらあった。


だが今は、常に大部屋に詰め込まれている状態で、一人きりになれる時間など全くなかった。

そのために俺は、周りの様子を窺いつつ慎重に振る舞っていたが、やはりどこかに無理があったのかもしれない。

いつしか周囲の大人たちからは特別な目で見られるようになっていた。


「この分だとリームは、素晴らしい速さで言葉を覚えるんじゃないかしら? 凄いことだわ」


(最近よくこんな言葉を聞くけど……、リームって誰のことだ?)


同じようなことを何度か聞いた俺は、リームが孤児院で俺に付けられた名前であることを理解した。

俺にとっては、リームと名付けられた理由も定かではなかったが、それがどこか皮肉めいた言葉にしか聞こえなかった。


だって……、リームを逆に読めばムーリ(無理)……。


正に無理ゲーを押し付けられている自身の境遇、そして名を呼ばれる度に、『頑張っても無理よ』と言われているような気持ちにさせられた。


少しひねくれた考えかもしれないが……。

ともあれしばらくして俺は、苦労の末やっと自身の能力を確認できるようになった。



そこで俺は……、奴ら(適当主神と駄女神)によって定められた、過酷な運命の一端を改めて思い知ることになる。

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