ep31 再集結の符牒
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アイヤール商会長との商談で最初の依頼を伝えることができた俺は、次の準備に入ることにした。
そのため、商会長が取引(換金と物資の委託販売)を行うため町を出る前に、トゥーレにてもうひと仕事してもうことにした。
◇◇◇ トゥーレの町 教会
リームたちが商談を行った翌日、とても身なりの良い男が、ひとりトゥーレの教会を訪れた。
「今は名乗ることはできませんが、さる高貴な方の遣いとして、本日は教会に喜捨を持参させていただきました」
そう言って男は200枚もの金貨を寄付して来た。
このご時世でこれほど多額の寄付がなされることは珍しい。
遣いの男は教会に迎え入れられ、手厚いもてなしを受けたが、寄付を指示したと言う高貴なお方の名も、自身の名も明かすことはなかった。
ただ……。
「クルスに光明を、皆様におかれましては、神々に祈っていただく際、そのように申し添えていただければ、喜捨を指示されたお方も喜ばれると思います」
それだけを伝えると、彼らが祈りを捧げることを確認することもなく、何処かへと立ち去った。
もちろんこの話は瞬く間に教会中に広がった。
ここ最近はエンゲル草による治療で荒稼ぎをすることも叶わず、収入を減らしていた教会側は歓喜してこの喜捨を受けとっていたからだ。
「ふふふっ、とうとう目処を付けたということか。流石だね。しかも金貨二百枚って豪気だよね。
それぐらい余裕ができたと伝える意味を兼ねているのかな? 僕もここ数年の成果を伝えないとね」
ここ最近になって見習いを卒業した一人の神父は、この話を聞くと一人満足そうに笑みを浮かべて呟いたと言われる。
◇◇◇ トゥーレの町 城門付近
俺たちはこの日も野外採集に出掛けていた。
ここ最近は採集で得た野草を使った食事が定番となり、何故か大人たち修道女も喜んで食べるように変化していった。
孤児院全体の食を賄うべく、特別採集班の人員も大きく増員され、回によって異なるが二十名から三十名もの子供たちが採集に出掛け、それ以上の子供達が採集された野草の処理や食事の準備を行うようになっていた。
と言っても、人数が増えたからといって比例して収穫量が増えるとは限らない。
その分量を支えるため、フォーレに作った畑の面積は更に広がり、その存在は欠かせないものになっていた。
今日も定番となった、採取→フォーレ→川の上流を巡る一日の作業を終え、俺はアリスと共に最後尾を歩きながらトゥーレに戻るところだった。
「それにしても、毎回これだけの実りがあるなんて、フォーレって凄いところなのね?
私もいつかリュミエールが作ったその町を見に行きたいわ」
「ははは、アリュシェスが十五歳で卒業するまでには必ず必ず連れていくさ。
でも、少し前倒しできるかもしれないけどね。最大の難関だった交渉も上手くいったからね」
「交渉? それってあの怖い顔の人と?」
「いや、あれ(ガモラ)はその……、お友達?」
そう言って少しだけ後悔した。
あの筋肉隆々で強面の巨漢と俺、どう見ても不釣り合い過ぎるからだ。
「あははは、リームでもそんな冗談を言うんだ。お友達ならリームのこのを旦那とは言わないわよ。
あの時は上手く誤魔化されちゃったけどね」
「まぁ、いつもアリスたちが食べている肉も、彼らが解体してくれるお陰だからね。
しかも俺に裏町の情報を届けてくれるから、持ちつ持たれつなので実際にお友達みたいなもんだよ」
「ふーん、まぁいいか。リームが秘密の行動を取っているのはいつものことだし。で、次に裏町で解体を依頼する時はお姉ちゃんも連れて行くこと。
必ずだからね」
いや、それはマズイだろう。
まず裏町は危険地帯だ。アリスも今や十三歳、十分に美少女の片鱗を見せ始めている。
それに解体屋には……、あの強面が更にもう一人いるんだよ?
彼らが解体で血まみれになりながら肉切り包丁持って笑った姿なんか、ホラー映画顔負けの迫力だぞ?
まぁ二人とも気のいい奴ではあるんだけど。
「泣くかもしれないけど、大丈夫?」
「な、泣く訳ないわよ、またお姉ちゃんを子供扱いしてっ!」
「ははは、二人は相変わらず仲が良いね? 懐かしいなぁ」
ちょうど城門を抜けてトゥーレに入った直後、後ろから突然声を掛けられた俺とアリスは、びっくりして思わず振り返った。
「「クルトっ!」」
そう、俺たちの後ろには卒業して今は神父となった盟友、クルトが立っていた。
顔と神父の服装が分からぬよう外套を深く被っていたが、俺たちが彼の声を忘れる訳がなかった。
クルトはあの頃に比べ、更に背が伸びて風貌も少し大人びていた。
俺たちは敢えて、あの日より接触を絶っていた。
教会側の人間となるクルトは、これまでの世界と決別しなければならない。まして俺たちとの接触を教会から不審に思われたら元も子もないからだ。
「光明よりクルス宛の伝言、確かに受け取ったよ。ここで待っていれば会えると思ってね。
早速だけど話はできるかい?」
「分かった。アリュシェ……」
「リュミエール、今回は私も付いて行くからね」
「……」
強引に割り込んだアリスに、言いかけた言葉を上書きされてしまった。
仕方ない、今回は情報の共有も兼ねて連れていくか?
「私とカールさんで上手く取り繕っておきますね。
アリュシェスさんとリュミエールさんは少し用事で遅れることを」
俺たちの直ぐ前を歩いていたマリーが、そっと伝えて来た。流石によく気が付くな。
ある時期を境に、俺とアリスは同志を増やしカールとマリーを新たに仲間として迎えていた。
「マリアベル、ありがとう」
「はい、私も一度はあの名前を言ってみたかったし、リームさんに付けてもらった名前を呼ばれてみたかったので……」
そんなもんかな?
まぁ秘密を共有する仲間だということは、実感できるかもしれないけど。
先頭を進むカールのところに駆け出すマリーの背を一瞥したあと、俺は再度振り返った。
「それで、クルスとの話はどこでしようか?」
「解体屋さん!」
いやアリス、勝手に割り込まないでくれ。それにそこは……。
「裏町かい? そちらの方が目立たないかもしれないね。教会の者は絶対に足を踏み入れない場所だからね」
クルトまでかよ……、仕方ないなぁ。
ガモラとゴモラには迷惑を掛けるかもしれないが、場所を借りるか?
今日フォーレから持って来たものの解体依頼もあったことだし……、ちょうどいいか。
「分かったよアリス、ならばせめてこれを頭から被って顔を隠してくれ。裏町は俺ですら大人たちに襲われ、売り飛ばされそうになった場所だからね。
今の姿のままでアリスが来れば、必ず何か起こる」
そういって俺は、少し薄汚れた日よけのフードを無理やりアリスの頭に被せた。
◇◇◇ トゥーレ裏町
裏町に進むとクルトは懐かしそうに、そしてアリスは物珍しそうに周囲を見まわしながら歩いていた。
そして……、無事何事もなく解体屋まで辿り着くと、俺たちは店の中に入った。
おそらく今は作業中なのだろう。店には人がいないが、奥の作業場で何か音がする。
「ガモラ、ゴモラ、居るかい?」
「「旦那っ、もちろんでさぁ」」
奥で解体の途中だったようだが、俺たちがそこに入ると、二人は作業もそこそこに振り返えり、血まみれの姿で笑顔を見せた。
「ひ、ひぃっ!」
アリスは思わず悲鳴を漏らして俺にしがみついた。
だから言ったでしょう。
血まみれで血の滴る包丁を片手に持った彼らの笑顔は、破壊力抜群だと。
しかも空いた手には何かの臓物まで持っているし……。
俺はちゃんと『泣くぞ』と忠告したんだからね。
「今日もまた解体をお願いしたい。こないだの件もあるからお礼に一匹は二人で丸ごと貰って欲しい。
あと、連れがいるから肉を切り分けてもらう間、中の部屋を使わせてもらっていいかな?」
そう言って俺は、横の作業台に二体の魔物を四畳半から出した。
もちろんそれは、肉が非常に美味で彼らの大好物でもある巨大な猪型の魔物、カリュドーンだ。
「本当ですかいっ! 旦那のためなら当然でさぁ。いつも旦那には上手い酒を飲ませてもらってますし、こっちが感謝したいぐらいですよ!」
「旦那のためならあの程度のこと、喜んでさせてもらいますよ。無礼を働く奴はまた叩きのめしてやりますからね!」
「リームが酒を? 叩きのめすさせるの?」
(いやアリス、余計なことは考えるな。あれは必要なことだったんだ)
「リームが彼らの旦那? 少し見ない間に凄いね。裏町まで影響力を及ぼすようになっているなんて……」
(いやクルト、なんか想像が飛躍しているぞ。俺はただの依頼人だ)
「じゃ詳しい話は奥で。行くよ!」
(今は余計な話をしている暇はない。勝手に誤解させておくか)
あの日、三人で盟約を結んでから三年近くの時が流れていた。そしてやっと、大きく前進したと喜び合える日が来た。
そして近い未来、もっと多くの仲間たちと共に喜びを分かち合える日を迎えなければ……。
そんなことを考えながら、俺は(真)四畳半ゲート+を展開した。
孤児院編も残すところあと四話となりました。
その後は新しい章に入ります。
どうぞよろしくお願いいたします。
次回からは当面の間、いつも通り隔日10時の公開になります。
変わる際はまた、後書きにてお知らせいたします。
どうぞよろしくお願いいたします。




