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ep30 恐るべき交渉相手(アイヤール視点)

俺が商会を立ち上げてから十数年、やっと幾つかの大きなヤマ(ぼったくり)を片付けることができ、それなりの資金を手にすることができた。

直近の大きな商談で、とある悪徳貴族からたんまりふんだくった俺は、久しぶりにガーディア辺境伯領の最辺境にある町、トゥーレを訪れることにした。


そろそろエンゲル草を入手する拠点を作ろうと思ったことと、トーゥレに関する不穏な噂を聞きつけたのが大きな理由だ。


だがえてして嫌な予感というものは当たるものだ。

いざトゥーレに来てみると、事態は予想以上に悪い方向へと進んでいた。


「エンゲル草を販売できないだと? どう言うことだ!」


トゥーレに辿り着いた俺は、エンゲル草を取り巻く状況の変化に大きく苛立った。


それを行ったのが、新しく辺境一帯の領主として赴任した、僅か十歳の子供だという話しだった。

にも拘わらず……。


「俺も命は惜しいからね。先日もこっそり密売していた仲間が捕らえられ、有無を言わさず処刑されちまったよ。奴ら……、密告を奨励して褒章金まで出していやがる」


渡りを付けていた仲買人たちは、一様に腰が引けてしまっていた。


くそっ、こんな事態になるならもっと早く手を打っておくべきだった。


湧き上がる後悔の憂さを晴らすため、そして俺たちを取り締まる側である、たった十歳だが油断のならない切れ者と言われた領主の情報を集めるため、俺はひとり裏町の酒場へと出かけた。



「ありがたいことだ。領主様のお陰でもう疫病に怯える必要はねぇからな」


「そうだな、今までぼったくりで儲けていた教会も青ざめていると言うしな」


「先日も布告を破り、無許可で採集していた男と密売人が処刑されたってな。ザマーみろっ」


「それだけじゃない、領主様の新しい取り組みも軌道に乗り、貧民街から雇われた奴らも定職に就けて喜んでいるしな」


「ほんと、この町も良くなりそうだねぇ」


「ああ、これで砂金が出るか金山が発見されたら、ますますこの町の未来は明るくなるってもんだ」



酒場を始め町の中に溢れていたのは、領民たちが領主を称える言葉ばかりだった。

だった十歳の子供がねぇ……。

疑問に思っていたが、額面通り受け取ればまだ道はあるかもしれない。


そう思って俺は行政府を訪ね、買取の商談を試みてみたが結果は散々だった。

奴らが領内以外に卸すエンゲル草の値段は、途方もなく暴利を貪ったものだったからだ。


これなら以前よりもっとタチが悪い。


ひとまずエンゲル草の入手は改めて手立てを考えるとして、俺たちは酒場で仕入れた情報から、裏町で魔物素材を仕入れ当面の商売に精を出すことにした。


魔の森に隣接するこの辺りは、珍しい魔物素材で溢れているし、たまにお宝(非常に高値で売れる素材)が埋もれていることもある。

これを仕入れ、遠方で売ればそれだけで数倍の値段でも飛ぶように売れる。


どうやら裏町の解体屋には密かに持ち込まれた珍しい素材があるらしい。

その噂話に俺は興味を持った。


するとどういうことか、その解体屋が俺を訪ねて宿まで来ているらしい。

絶好の機会と喜び彼らが待つ部屋へと足を踏み入れたのだが……。


『なんだこのガキは!』


そこに居たのは薄汚れた身なりの、生意気そうな目をしたガキひとりだった。

しかも俺と商談するためにここを訪れたと言う。


『何の因果で俺はこんなガキの商売ごっこに付き合わされなきゃならないんだ』


そんな思いと共に、最初は退屈しのぎに相手をしてやったが、何故かこのガキは俺の好きな言葉を次々と並べてきやがる。

なかなか見所のある面白いガキだと思い、俺は商売の厳しさを教えてやることにした。


なんせ最初に名乗ることすら忘れているような奴だからな。俺はいつそれを指摘してやろうかと、心の中で笑いながら話を聞いていた。


だがこのガキはただ者ではない、すぐにそう思うようになった。

それでも散々悪徳貴族たちの相手をしてきた俺からすれば、落ち度も多く未熟さは否めないが……。


ところが今度は砂金ときた。

話半分、いや、話十分の一程度に聞いていた俺の前に、想像を絶する量の砂金を見せてきた!


『いや……、有り得ない! 絶対に有り得ないだろ』


あの量の砂金だと金貨数千枚どころの話ではない。

それをこのガキが?

末恐ろしい世の中になったもんだ。


俺なら世間知らずのガキから全ての砂金を巻き上げることも可能だったが、逆に少しだけこのガキの行く末にも興味を持ち始めていた。


ただこのガキ、砂金を取り出す際、さり気なく空間収納魔法を使っていなかったか?

それは悪手だ! まだまだ脇が甘い! 甘すぎる!

見知らぬ大人に対し、まして商人の俺に対して絶対にやってはならないことだ。


それともこれが、最初にガキの言っていた覚悟なのか?


それに奴は自身の示した砂金というカードの弱みに全く気付いてもいないようだった。

そんなことも分からないのか? 


俺は少し期待外れと感じ、これまでのガキに対する評価を一段下げていた。

だが……。


『俺を一瞬で黒焦げにしてするだと?』


こともなげに恐ろしいことを言うガキだが、コイツの目は違う。本当に死線を超えてきたような奴の目つきだ。

本当にコイツは見た目通りのガキなのか?

どんな生き方をして来たんだ?


それを裏付けているのが、このガキが使いこなす二属性の魔法という訳か?

それが奴の自信の拠り所なのだろうか?

魔法士ゆえに、自らの力で魔物を討伐し未来を切り開く力を持っているということだろうか?


そんなことを思いながら、いつしか俺は生意気なガキとの言葉の応酬を楽しむようになっていた。


『もっとお前を見せろ。俺がお前の未来の姿を見定めてやる!』


後ほどガキに指摘される以前から、いつの間にか俺はこのガキと、商会を立ち上げたばかりで生意気な世間知らずだった俺を、重ねて見るようになっていた。


確かにあの頃の俺も、根拠のない自信だけで中身の伴わないガキだった。

幾度となく老獪ろうかいな先人たちの洗礼を受け、頭を抱えるぐらいの大損をしたこともあった。

向こうみずにな交渉に溺れ、無駄に命を張ったことも何度かあった。


そんな中でも俺は運が良かった。

いや、幸運を引き寄せる努力をしていたからこそ、様々な障害に打ち勝つことで、商人仲間からは『新進気鋭』とまで評されるまでなった。


だが俺と同じ新人商人ルーキーの中には、夢半ばにして全ての財産を失ったり、莫大な借金を背負って借金奴隷に身を落とした者、人知れず命を絶った者たちも多い。


果たして、この小僧の進む未来はどうだろうか?


『それにしても何かがおかしい!』


あの子供は、どういう訳か俺のことをよく知っているようだ。いや、知りすぎている! 

そんなことはあり得ないはずだ!

いつの間にか話は、あの子供のペースになりつつあることを認めざるを得なかった。


『俺はずっと見透かされていたのか?』


最初からずっと、この商談で見定められていたのは俺の方だったと思い知らされた。

彼の見た目に騙されてはならない、彼の抱える思いや志は、俺のような小物では及ぶべくもない。


『この方は俺より遥か先の未来を見つめ、より多くの人を救う壮大な目的を持って動かれている』


そのように思わずにはいられなかった。


『俺はこの方が歩む未来、それを共に見てみたい』


自身の思いが叶うだけでなく、新しく訪れる未来に夢を描くようになっていた。


この方の言葉にはそうさせる何かがある!

言葉だけではなく、この先の行動を支える資金、そしてエンゲル草という手段まで用意しているのだ。


『俺は自身の夢のため、この方の手足となって働こう』


そう思うと、自分の身体は自然に動いていた。



◇◇◇



「それでは最初の依頼なんだけど、取り敢えず当座の資金が必要なので、いつまでにどらぐらい現金化できるか教えてもらえますか?

取り敢えず手持ちはこんな感じですけど……」


「その……、これらは全部売り物と考えて良いのですか?」


リーム殿が机一杯でも収まりきらず、この個室一杯に並べ始めた商材を見て、思わず俺は聞き返してしまった。


「先ずは商会長の目利きで、高値で売りやすそうと思える物だけで構わないからさ」


いや……、どれも王都の高級武具屋や素材屋にて、とんでもない値が付くものばかりだ。

いちいち選ぶ必要すらない。


「あと砂金もできれば……」


「ひとビンですよね? それくらいなら時間をいただければ簡単に……」 


俺がそう言いかけた時だった。

リーム殿は笑いながら首を左右に振った。


「ひと樽程度なら全部持って行って構わないよ。まだ他にもあるしね」 


『はぁっ? 本当にひと樽以上有ったんですね……。てっきり交渉でのブラフだと……。』


「最初はひとビンずつじゃなかったんですか?」


そうだ、確かにそう言っていたし、幾らなんでもこの量は預けすぎだ。


「俺は信用すると決めたらトコトン信用するよ。

あと、当面の間で必要になる金貨は……。

多分三千枚ぐらいで大丈夫だから、後の預かり分は商会で運用して構わない。俺からの発注は預けた元本から相殺すれば良いし。

その方がやり易いでしょ?」


『いや……、それはやり過ぎでしょ。

豪胆と言われた俺ですらそこまで信用して任せることはできない。この方は何もかもが規格外だ』


「五月雨式で申し訳ない。

今回は大変だろうからこれは預けないけど、後々現金化を考えて動いてくれないかな?

値段は良いけど、ちょっと手間が掛かると思うので……」


そう言って見せられたのは、数本の酒瓶に詰まった銀色の光沢を放つ砂粒だった。


「リームさま、これってまさか……」


「様なんて要らないよ。商会長に畏まられたら俺も遠慮するからね」


『いや……、そっちじゃなくてもっと優先すべき答えがありますよね?』


「あ、そうか! 流石商会長だね。砂白金だよ。少し他の不純物も混じってると思うけどね」


「す、す、砂白金って、これだけの量ならどれだけの白金貨になると思っているんですか!

飛んでもない金額になりますよ」


「だよねー。そこが悩ましいんだよね。

だから時間をかけても構わないよ。変に足が付くのも嫌だし」


「……」


この方は本当に規格外だ。

俺とてそれなりの金を扱えるようになった商人だが、次元が全く違う。

それに、砂金や砂白金の価値を正確に理解している子供など、貴族にだってそうそう居ない。


俺は大きなため息を吐くと、覚悟を決めた。


「砂金はひと樽預からせてもらいます。魔物素材はここに出ている全部を預かり、可能な限り高値で売ってみせますよ。

当面の金貨は千枚ぐらいなら直ぐ用意出来ますが、三千枚以上なら一月程度お待ちください」


「一月か……、助かる。取り急ぎ秋までに買いたいものがあるからね」


「承知しました。何を手配すれば良いですか?」


「うん、先ずは俺自身をその金貨で孤児院から買いとってほしい。その他の金貨も、先ずは身売りされた孤児たちを買い戻す資金に考えているんだ」


「はぁっ?」


驚く俺に対し、リーム殿は舌を出して笑っていた。

そう、俺はまだこの方の意図と真価を理解できていないということだけは、非常によく分かった。

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