ep29 二度目の交渉(後篇)
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ごらんいただけると幸いです。
今回の出会いでも商会長の為人は十分に確認できた。
この人もまた、前回と変わっていない。
「で、俺の質問の答えはどうなんだ」
そうだった。
ここからは今の俺の思い、背負っていこうとする覚悟を示さなければならない。
俺は言葉を選びながら、ゆっくりと話し始めた。
「この国には、圧政や不条理にさらされ、明日をも暮らせない人たちがたくさん居ます。
俺は……、彼らが安心して暮らせる場所を用意したい。言ってみれば砂金や素材はそのための原資です。
先ずは村程度ですがやがては町、そしていつかは……」
ここまで言うと、商会長は微妙な表情になった。
いや、予想外の言葉に戸惑っているのだろう。
「与太話にしても話が大きすぎると思わないか? 今更そんな話をするとは思っていないが、王国内でどこに行っても自由に暮らせる土地などない。
それが分かっているなら、お前さんがどれほど途方もないことを言っているか、理解しているのか?」
「もちろん理解していますが、前提条件が違います。
確かにこの国の土地は国王の所有物か、領有を認められた貴族の持ち物であり、勝手に村を作るなど夢物語と笑われて当然だと思います。
ですがそれがこの国、いや、どこの国も所有していない土地だったらどうしますか?」
「ふん、まだ足りない部分はあるぞ。
仮にだ、そんな土地があったとして、どうやって行く?
そんな遠くに手が届くほど、俺の商会が伸ばせる手は長くない。仮に俺と取引することができたとして、小僧ひとりで物資を輸送できるのか?」
うん、その指摘は正しく間違っていない。
俺に(真)四畳半ゲート+の魔法スキルが無ければ……、の話しだけどね。
「ここで商会長には、これまで俺が黙っていた幾つかの前提、覚悟こをお話したいと思います。
ひとつ、俺にはどの国も所有していない土地と、そこに辿り着ける手段があります。
ひとつ、俺には新しく作る村で働いてくれる仲間たちがいます。差し当たり二百人程度ですが……。
ひとつ、俺たちは手間なく一瞬でその地に、どの場所からでも物資を輸送できる手段があります。
ひとつ、取引する商会には、村や町、それを越える規模の調達を全て任せたいと考えています。
ひとつ、俺はこのことを、命を賭してもやり遂げる気でいます」
だからこそ今の俺には、信頼できる取引相手が必要なんだ。弱者からただ搾り取るような奴ではなく、弱者を助け強者に牙を剥く気概を持った人物、そんな仲間が欲しい。
ここまで話すと、商会長は半分口を開けたまま固まっていた。
いつの間にか商談の規模や話す内容が桁外れな次元になっているから、むしろ当然のことだとは思うけど。
「俺はこの国がいまや限界を迎えつつあるように思っています。いずれは他国に侵略されるか、耐えかねた民衆が一斉蜂起するか、その両方が同時に起こる可能性すらあると思います。
その際、虐げられていた人々に対し、陰で後押しするような人物(商会長)も出てくることでしょう」
これは俺の知っている前回あった歴史の流れだ。
『貧しい者の味方』、『義侠心に溢れ頼りになる男』と呼ばれた彼は、いつしか蜂起した民衆たちを商人として陰ながら支え、いつしか王国すら揺るがすまでの存在にまでなっていたのだから。
「お前さんは一体……、何者なんだ? まさかこの国を救う気でいるのか?」
「商会長との取引を望む、ただの生意気な小僧ですよ。ちょっとだけ特殊な魔法を幾つか使えるだけの。
それに俺は、国を救うほど大それたことは考えていませんよ。今の俺にできるのは、自分の周りにいる不幸な子供たちだけを救うことだけです」
「幾つかって……、他にもあるのか?
そんな化け物みたいな奴が、何で俺を必要とする?
そこまでリスクを冒した対価として、俺に何を求めているんだ?」
「狭義に言えば取引先としての商売相手、それに加え商会長自身が何度も言っていた後ろ盾ですかね。
俺は何の信用も実績もない孤児、ただ生意気なだけのガキでしかありません。
なので俺は商会長持つ力、信用と実績、必要とされる人脈を取引として買いたい」
「そうか……、取引として、か。だがそこまで俺を信じる理由はなんだ?
俺は今日、初めて会った得体もしれない相手だぞ」
まぁ……、実は初めて会った訳でもないし、本来はこの先の歴史で『彼の行ってきたこと』を知っているんだけどね。
だが今の彼の立場からすれば腑に落ちないのは当然だろう。
「それは俺のもう一つの望みからです。
広義に言えば俺は、この国で苦しむ人々を少しでも救いたい、力になって陰ながら支援したいと考えています。
ですが今の俺の手は短く、そうできる材料があっても手が届きません。
ですが商会長の手なら、俺よりも遥かに長く、そして多くの人々に届くことでしょう」
「それが理由……、ということなのか?」
「理由は些細なことかもしれません。
あくまでも商会長がアスラール商会を設立した経緯を聞き、その思いに俺も賛同して力になりたいと思った。ただそれだけです」
「俺の思い……、だと?」
そう、これはアリスを通じて前回の人生で結ばれた縁に他ならない。
◇◇◇ 二度目の人生 社交場 ルセル・フォン・ガーディア 十七歳
家中の者との約束を破り、アリスの手を引いて上階に上がった俺は、今までずっと聞くことができなかった質問を彼女に投げかけた。
「今更なんだけどアイヤール商会長は何故、アリスを通じて俺にヒントを与えてくれたんだろう?
アリスのお陰で今の俺なら分かる。自身が取引相手として足らなかった部分に……」
「ふふふ、それはルセルさまのことを、よくご存じだったからですよ。私も含めて……」
「???」
この時には……、いや、アリスは最初から俺の正体が領主だと気付いていたらしい。
「ルセルさまはトゥーレ一帯の領民を、疫病の恐怖からお救いになりました。
そして今や、トゥーレだけでなく王国各地にエンゲル草の供与を始めようとされています」
「それをどうして?」
「商会長も同じだったのです。
商会長が若くしてアスラール商会を立ち上げたのも、切っ掛けは疫病で妹さんを亡くしたことです。
病が発覚した時でも薬は高価で手に入らず、やっとの思いで両親が手に入れた薬は偽物だったらしく……」
これはこの世界でよくある話だ。
本物と確認されたエンゲル草は高価で手に入りにくく、一般の人々が手に入れることができるものには紛い物が多く混じっていた。
特効薬と思って飲ませたもので命を失う、そんな不幸な事故が多発していた。
「そのことを商会長はとても悔やんでいて……、
ひとりでも多くの人を救いたいっと思って商会を立ち上げ、その力を得るために必死になって商いを広げていったそうです」
きっと簡単なことではなかっただろう。
俺が改革を行うまで、きっちり見分けられて確実に安全とされたエンゲル草は高価で、数を集めるのには相当の資金が必要となる。
もしかして……、だから『ぼったくり』なのか?
「私が両親を亡くし孤児院に入れられたのも、あの疫病のせい……。そんな事情を知ってか商会長は、特に私をご贔屓にしてくださるようになったの」
「それで……」
「だから私も、エンゲル草を使用した治療を無償で行い、人々を疫病から救い偽物が世に出ないように対処してくださったルセルさまを尊敬していました。
商会長もたぶん同じ気持ちだったと思うの」
「なら何故?」
「はい、ルセルさまのお陰で今はトゥーレと近隣にはエンゲル草が行き渡るようよなりました。
ですが、まだまだ数が足らず王国全土には行き渡っていません」
『この地で俺が裏から買い占めることはできるんだ、まだ脇が甘過ぎるからな。だが……、それをやれば本来救われるべきこの地に住まう人々、彼らが救われる機会を取り上げることになってしまう』
「商会長はそのように仰っていましたから……」
そういうことか……。
俺の施策はまだ粗く、買い占められる穴があると。
俺の視野はまだ狭く、救われない人々が多くいると。
それを知らず理想論を語った俺に、『まだ甘い』とメッセージを残していたのか?
この会話でそれを知った俺は、後日になってより多くのエンゲル草を入手すべく、エンゲル草の群生地が広がる魔の森のより深くへと、開拓の手を広げるようになった。
彼の望みに応えるために……。
◇◇◇ 三度目の人生 リーム 十歳 トゥーレの高級宿の一室にて
「今回商会長がトゥーレを訪れた目的はエンゲル草の入手が大きな目的ではないか?
領主によって流通が規制された現状を見定めることが目的ではないか?
俺はそのように考えています」
もちろんこれは、俺が知っている事実から商会長の思惑を推し量り、奴が行っている取り組みから導き出した推測に過ぎない。
だが、その予測は的中していたようだ。
これまでとは違い、商会長は明らかに動揺していた。
「当面の取引の前に、数はまだ十分ではありませんが、商談の成否に関わらずこれらを無償でお譲りしたいと思います。貴方の思いに応える俺の誠意として」
そう言うと俺は、今度は大量にエンゲル草を束ねたものを四畳半から取り出した。
フォーレにはこの群生地があちらこちらに点在しているので、これぐらいならいつでも簡単に手に入る。
「こっ、これは……」
「俺が鑑定した正真正銘の本物、全て混じり物なしのエンゲル草です。
これだけではまだ商会長のご要望に全然足りませんが、俺たちは定期的にこれ以上のものを取引に付随するお礼として、今後も無償で提供することができます。
俺たちの手の届かない場所で疫病に苦しむ人々を、一人でも多く救ってやってください」
「おま、いや……、貴方は何故ここまで……」
なんとかその言葉だけを絞り出したが、彼はしばらくの呆然となり、その先を語ることはなかった。
今の領主であるルセルがエンゲル草の採集と流通を統制したのには、二つの思惑があると俺は考えていた。
一つ目は人気取り。
これまで起きていたイビル草による不幸な事故を撲滅し、領内では以前と比べ格安でエンゲル草の恩恵を受けれるようにすること、これは単なる人気取りだけではない。
疫病の猛威を恐れた人々は、ルセルが治める領地に次々と移住し始め、領地は飛躍的に豊かになるだろう。
事実、俺がルセルだった時もそうだったのだから。
二つ目は金儲け。
今の奴は、とことん目先の金を狙っている。その手段として利用するためだ。
エンゲル草の産地である魔の森周辺を領地に持つ強みをいかし、独占したそれを高値で他領に売りさばけば、莫大な利益を得るだけでなく大きな強みともなる。
疫病発生時には他領の死命を握るという、絶好のカードとして。
なので当面の間、奴はこれを外に出すことはしないだろう。
だが俺は、命を質に金を巻き上げるようなことはしたくない。
ただひとつ明確に言えるのは、今のルセルに対抗するためではない。
前回の俺がやろうと志して叶わなかったこと、今回はそれをやりたかっただけだ。
俺は静かに語り始めた。
これまでの話を聞き、商会長に言いたかったことを……。
「俺は『これまでの貴方の思い』を知り、『今の貴方』の考えを知ることができました。
貴方の手厳しい言葉も受け取り用によっては、未熟な俺に対する導きと思えてなりませんでした。
それらを踏まえて俺は今、『未来の貴方』に思いを馳せて共に歩みたいという思いを強くしています。
これが『何故貴方を信じるか』という質問に対する俺の答えです」
俺の言葉にしばらく沈黙していた彼は、ゆっくりと立ち上がると俺の傍らに進んだ。
そして跪くと深く頭を下げた。
「これまでの数々のご無礼、どうかご容赦ください。
『貴方の未来を見定める』などと偉そうなことを言っておきながら、未来を見定められていたのは私の方だったと思い知りました。今は私も貴方と共にある未来を見たい、心からそう思っています」
「商会長! それでは?」
「これよりアスラール商会と私は、貴方様の手足となり働きましょう。
貴方が成されようとする希望の地を建設するため、王国の人々を一人でも多く疫病から救うために。
それで……、先ずはお伺いしたいことがあります」
「もちろんです! こちらこそありがとうございます。
気になる点があればどうか遠慮なく」
「……、先ずは貴方様のお名前を教えていただけませんでしょうか?」
「!!!」
やっちまった。余りにも商談に前のめりだった俺は、一番肝心なことを忘れていた。
二度目で会ったことも災いしていたかもしれない。
名前を伝えるなんて、初歩中の初歩なのに……。
「これは大変失礼しました。リュミエールと呼んでください。ただ今はリームで構いません。そちらを名乗るのはもう少し先になる予定ですから。
ご指摘の通り俺は商談の基礎すら失念する未熟者です。これからは畏まらずに色々と教えてもらえると助かります」
ここで俺は、心から笑ったアイヤール商会長と初めて握手をした。
これで俺は、これから先も進んでいくことができる!
あとは仲間を救い、教会と孤児院をぶっ壊すだけだ。
前回とは異なる全く新しいやり方で……。
この日俺は、希望ある未来への階段をやっとひとつ登った。
投稿を始めてから一か月と少し、前半の山場である商会との交渉をなんとか乗り切りました。
ブックマークや評価で応援いただいたみなさま、本当にありがとうございます。
これからも頑張ってまいりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
ここからは無理なく継続できるよう、明日より更新は一日おきとなりますので、どうかご容赦ください。
次回は3月17日10時となりますので、どうぞよろしくお願いします。
どうぞよろしくお願いします。




