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ep28 二度目の交渉(中編)

新進気鋭の商会として、名前の売れ始めたアスラール商会を率いる会長アイヤール。

彼は僅か十五歳で自身の商会を立ち上げると、たった十数年でベルファスト王国中に伝手を持ち、多くの貴族たちとも対等以上に渡り合うまでに上り詰めた男だ。

そして更にこの先はもっと……。


身分・実績・後ろ盾、その全てがない今の俺にとって、まだまだ対等に話せる存在ではない。

だが俺も、ここで引くことはできない。


「先ずは商会長が俺を商談相手と認めてくれたことに感謝します。

多少の悪党であった方が俺も嬉しい限りですし、それぐらいでないとこの先、俺の役には立たない」


そう言って俺は、薄ら笑いを浮かべる商会長を真っ直ぐに見つめ返した。


「強がるのはいいが年長者として、ひとつお前にに教えてやる。今のお前は俺と対等な商談ができる立場ではない」


「どういうことですか?」


「お前は俺に商材を見せてその気にさせたつもりだろうが、同時に幾つもの弱みを見せてしまった。

それが分かっているのか?」


そう言うと彼は、砂金の詰まった樽に視線を移すとあざけるように笑った。


「俺もそうだが悪辣な大人(しょうにん)なら取引すると見せかけて、お前が持つ砂金を全て簡単に巻き上げてしまうだろうな。

仮にお前がそれを訴え出たとしても証拠はない。ましてお前のような怪しげな小僧の訴えを聞く官吏など、王国中どこを探してもいないだろう」


確かにそうだな。

もし俺がそんなお人好しなら……、だけどね。


「ははは、それなら俺もお礼にひとつお教えしますよ。

仮にそうなった場合ですが……、愚かにも騙された俺は見苦しく怒り狂い、そんな大人を一瞬で黒焦げにしてしまうかもしれませんね。

商会長もそうならないようご注意くださいね。俺自身、魔物以外を黒焦げにするのは若干気が引けますので……」


「なっ、先ほどといい、まさかお前っ、ダ(ブルか?)……」


ほう、最後まで言わず途中で言葉を飲み込んだか?

流石にここも商売人だな。


商会長は先ほど俺が砂金の詰まった酒樽を取り出した時も、それをどうやって出したかは言及してこなかった。

次に売り言葉に買い言葉で、俺が火魔法を使えると示唆したことで、二属性使い(ダブル)とでも思ったのだろう。

まぁそれも違うんだけどね……。


「さて……、どうでしょうね。まぁ俺も交渉で平和的に解決できるのが一番と考えていますので」


ここまで言って俺は相手の様子を観察した。

少しは驚いたようだが、二属性使いが非常に珍しい訳ではない。そして今は何より商談だ。

それを分かっているのか、商会長は再び不敵な笑顔を浮かべていた。


さて……、では俺としても、ここで更に揺さぶりをかけるとしますかね。


「当たり前のことですが、取引はあくまでも酒瓶一杯ずつから始めますよ。俺とてそこまで愚かではありませんよ。そしていつ俺が、酒樽一杯分しか砂金を持ってないと言いましたっけ?」


「なんだとっ!」


言葉とは裏腹にまだ余裕のある表情だな。

その辺りは取引の段階として当然のこととでも思っているのだろう。


「万が一俺が騙されたとしても、俺が失うのはたかが酒瓶一杯分の砂金。その程度に目が眩むような小物に用はありませんね。この先にある数十倍もの利益をもたらす取引を失い、結果として大損するような、先の全く見えない愚か者ですからね」


「ちっ、食えないガキだな。だがお前には決定的な弱みが二つある。それに気付いているか?」


今度は攻勢に転じるということか?

その笑み、俺も受けて立ちますよ。


「それはぜひ、非才なる身にご教示いただきたいものですね」


「第一に、この領地では砂金の取引が禁じられている。ここの領主を通す以外には、な。

なのでどう足掻いてもお前の売り先はトゥーレにない」


「どうしてそうお考えに?」


「わざわざ俺に話を付けに来たんだ。であれば何らかの事情により、お前はこの砂金を領主に売りたくないんだろう? もっとも、安値で買い叩かれた上に税としてたっぷりふんだくられるだろうからな」


まぁ……、普通ならそう思うよね。

だけど俺の理由は違うし、ルセルはもっと非道なことをしてくると思っている。


「先に第二もお聞きしましょうか」


「どうやら図星のようだな。

第二に、他領で売り捌くにしても、お前のような得体の知れないお前と組む商人などいない。

常日頃から善良な商いを行っている俺以外には、な。

砂金は売れなければただの砂、何の役にも立たない代物だ」


何が善良な商いだよ。散々俺を脅しておいて。

ただ、言っていることは正しいだろう。大量の砂金を売り捌くのは簡単ではないことぐらい承知の上だ。

だからこそ、彼が必要と思ったんだし。


「つまり、だ。お前さんは俺を必要としている。違うか?」


ん? いつの間にか商会長は俺をガキや小僧ではなく、お前またはお前さんと呼んでるな?

もう一押しか?


「その点は否定しませんね。

だからこそずっと、人を遣わして今の機会を待っていたのですからね」


「ほう? 素直なのはいいことだ。

で、そろそろお前さんの後ろに誰が居るのか教えてもらえるか? 判断はそれからだ」


え? どういうことだ?

商会長はどこからそんな発想に至ったんだ?


「俺に後ろになんて……、誰も居ませんよ。俺は何の後ろ盾もない孤児に過ぎませんし、今も孤児院にて生活しているぐらいですから」


「はぁ? そんな訳ないだろう。俺をここまで引っ張り出したのは裏町のガモラとゴモラって奴だと宿の者は言っていた。だからこそ俺は下に降りてきた。

後ろ盾がなければ、奴らがお前のために動くことはないだろう」


「あ、それなら簡単な話ですね。

俺は彼らの店にとってお得意様ですからね。今回は多少の便宜を図ってくれただけです。

ところで商会長は二人をご存知だったのですか?」


「酒場で奴らは裏町の顔役だって話を聞いた。だが俺にとってそんなことはどうだって構わない。

奴らがここ最近、珍しい魔物素材を手に入れているとの噂を聞いて目を付けていただけだ」


「……」

(あ、そう言うことね)


俺はただ、黙ってニヤニヤしていた。

確かに二人はこれまで解体料としては破格の、討伐不可能とまで言われた魔物素材の数々を俺からお裾分けされていたんだっけ。


「まぁ……、そうらしいですね」


短く答えると俺は、わざとらしく四畳半からイビルロックリザードの鱗を数枚出し、それらを一つ一つゆっくりとテーブルの上に並べていった。


「おいっ! それは……、ロックリ-ザードの鱗か?」


「少し違いますね。それの更に上位種、イビルロックリザードです」


「なんだとっ! それを何故お前が……」


俺は敢えて何も答えない。ただ、無言でにっこり笑って見せた。

何も言わない方が、重みが出る場合もあるからね。


「そういうことなのか?

お前さんは……、一体何者だ? そして……、何をする気だ?」


やっとそっちに話が行ってくれたか。

さて、ここから一気に行くとするかな?


「商会長がアスラール商会を結成されたのは、まだ十五の時だったと聞いています。

結成当初は何かと苦労されたことでしょう。

実力があっても年齢や実績だけで軽く見られ、苦渋の思いで決断されたこともあったと思います」


これはどの世界でも当たり前のことだ。

貴族や大きな商会の後ろ盾のない新規商会がのし上がるには、相当の苦労があったと思う。

幾つもの危ない橋を渡り、命を張ったやりとりも経験してきたからこそ、彼の今があるのだろう。


そして俺は知っている。


今はまだ新進気鋭のアスラール商会が、二度目の俺が出会った七年後には王国有数の大商会と肩を並べるまでに成長し、更に七年後、俺が二十四歳のころには王国全土で起こった民衆反乱を陰で支え、一国の根底を覆すまでの存在になることを……。


「ふっ、今のお前を見て自身の過去を振り返れってか? なかなか面白いところを突いてくるな。

確かに普通の者なら『相手の今』を見る。だが……、優秀な商売人はその『相手の未来』を見て判断する」


「では質問にお答えする前に聞かせてください。

『未来の姿』の前に、商会長は『今の俺』をどう見ていらっしゃるのか。

商会長は敢えて見て見ぬ振りをされていることがありますよね? 俺がこの樽をどうやって出したか。

なぜそこを突っ込まれないのですか?」


俺がそれを尋ねると、商会長はやれやれといった感じで脱力したように息を吐いた。


「なら敢えて言ってやる。それを見せたことが、お前の言っていた命を張る覚悟なんだろう?

俺はそう理解した。まさかダブルだとは思わなかったけどな」


なるほど……、分かっていて敢えて黙っていたのか。

繰り返すがダブルではないけどね。


「俺たち商人にとって、空間収納スキルを持っている奴は喉から手が出るほど欲しい人材だ。

居るだけで莫大な利益が約束されたようなもんだからな。

そのため商人の中には一生監禁した上で命を脅し、死ぬまで無理やり扱き使おうとする奴もいるだろう。

そこまでいかなくても、上手く騙して使おうとするぐらいは俺だって考えるさ。なので滅多に見せていい代物ではない。俺たち商人に対しては特に、な」



なるほどね、ここまでのやり取りを冷静に見てみれば、彼は俺に対して厳しい言葉を何度も言っているが、額面通りの悪意は感じなかった。

言葉の応酬のなかで、彼は敢えて俺に関わる懸念の『答え』を織り交ぜてくれていると感じた。


ただ騙すだけなら決して言わないことを含めて……。


あの時と同じだ。

俺の脳裏には、二度目の人生で最初に彼と出会った時のことが浮かんでいた。

だからこそ彼との繋がりは絶対に欲しい。

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