ep27 二度目の交渉(前編)
本日はあと二話更新があります。
ゴモラと共に裏町の酒場に行くと、そこにガモラが待っていた。
強面の彼が俺を見て笑ったその顔は、子供たちが見たらひきつけを起こして泣き叫ぶかもしれない。
だが今の俺には、まるでとても嬉しそうに戦果を報告する子供のようにすら見えた。
「旦那、お待ちしておりました。ヤサは既に調べてあります。ここから直ぐですので、ご案内させていただきます」
「案内? 場所を教えてもらえれば俺一人でも行けるけど?」
「いえ、ぜひ付いていらしてください」
俺はガモラが頑なだったことが少し不思議に感じだが、義理堅いのかな? と思いつつ黙って彼に付いて行った。
彼は裏町を抜け、トゥーレの表通りに出た。
そして……、案内されたのはトゥーレでも指折りの高級宿だった。
このころのトゥーレは、決して治安が良いとは言えない。いや、むしろ悪いといった方が正しい。
なので商人たちも積み荷によっては、表通りにあって警備がしっかりなされており、きちんとした保管庫のある安全な高級宿を利用せざるを得なくなる。
「おい小僧! お前のような奴がここに入る……」
俺が入り口に差し掛かったとき、当然のように警備の者たちが立ち塞がると、俺を取り押さえるため手を伸ばして来た。
彼らからすれば俺は、身なりもよくない怪しげな子供にすぎない。
だがその瞬間、ゴモラがドスの効いた言葉で彼らをを睨みつけたながら言い放った。
「俺たちはアモールの者だ、その意味は分かるな?
それに……、俺たちの主人に滅多な口は聞くもんじゃねえ。解体屋のガモラとゴモラによって、お前自身が解体されたくなかったらな」
「ヒィっ」
ガモラが凄んでいる間、隣にいたゴモラは俺にだけ分かるようにイタズラっぽく片目を閉じた。
いや、それって……。
はっきり言って俺だから大丈夫だけど、他の人が見たら肉食獣が格好の獲物を見つけ、笑っているようにしか見えないからね。
口元を引き攣らせていた俺をよそに、二人はズカズカと中に入ると宿屋の人間に告げた。
「アスラール商会の会長がここに泊まっているな?
俺たちの主人が商談に来たと伝えてくれ。面倒ごとを引き起こすつもりはない」
「た、直ちにっ!」
ガモラに言われた彼は、逃げるようにカウンターを出ると、上の階に上がっていった。
「宿の者には商談に相応しい個室を用意させます。
どうか旦那は思うまま商談に臨んでください」
そう言って彼らは、俺に向かって丁重に一礼した。
なるほど……、ここに至り俺も全ての事情が理解できた。
もし俺が一人でここに来ていれば、入り口の外で押し返されて中にすら入らなかっただろう。
まして、商会長に取り次いでもらうなんて絶対にあり得なかった。
彼らがいたからこそ、この押し掛け商談の機会がもたらされたということだ。
「ガモラ、ゴモラ、本当にありがとう。このお礼は後できっちり返させてもらうね。
では、行ってくる」
「「行ってらっしゃいませ!」」
いやいや、そんな姿勢を正して最敬礼しなくても……、ほら、みんな俺を見てドン引きしてるからさ。
まるでとある業界の出陣式さながらに、俺は二人に見送られて宿屋の用意した個室に入った。
さて、ここからが俺の戦いだ
今の俺が直面している課題は三つ。
ひとつ、これまでに収集した砂金や砂白金、岩塩や貴重な魔物素材を安全に現金化すること。
ふたつ、俺たちが独自に生きていくために必要な物資を供給してもらうライフラインを確保すること。
みっつ、俺たちは孤児で子供だ。社会的に信用がないし力もない。俺にはいずれ、そういったものを借りる後ろ盾が必要になってくる。
結局今の俺たちは、トゥーレで何ひとつ売り捌くことができず、大量の物資を購入することもできない。
下手に売買の動きを見せれば、すぐに足が付いてしまうため、信頼できる取引先の確保は絶対要件だった。
前回の俺がルセルとして、アスラール商会に繋ぎを付けようとしたのは今から七年後。
商会長の年齢からして、今はちょうど商会として成功し名前が売れ始めたころだと思う。
彼に会うのは前回を含めて二度目となる。
残念ながら前回はあの後、彼と会って交渉する機会に恵まれなかった。
俺にとっては前回の雪辱を晴らすチャンスだが、前回と比べると今の俺は余りに小さな存在でしかなかった。
前回の俺が十七歳でやろうとして失敗したことを、今回は十歳でやらなければならない。
しかも今の俺には後ろ盾となる家名や身分からくる信用、そして積み上げて来た実績もない。
だが俺は、この無謀とも言える状況を打破し、商会を味方にしなければならない。
俺たちが生きる未来のために……。
◇◇◇ トゥーレの高級宿にある個室
アスラール商会の会長であるアイヤールは、ドアを開けた瞬間に一瞬だけ固まり、不機嫌そうな顔になった。
そして……、これ見よがしに大きなため息を吐いてから俺の座るテーブルの反対側に座った。
「それで? お前みたいな小僧が、商会長である俺を呼び出すとはどういうことだ?」
開口一番にそう言って凄まれてしまった。
まあ、当然といえば当然だけどね。
「商会長とサシで話すに相応しい商談があるから、呼び出しをお願いしたまでです。
御覧の通りの小僧なので『難しい商談は酒の席で』という商会長の流儀に添えなかった点は、最初にお詫びさせていただきます」
「ほう……、どこでそれを聞いてきた?
その努力に免じて話だけは聞いてやってもいいが、知っているか? 大きな儲け話があると意気込んで俺のもとに来た貴族でも、ものの見事に俺から袖にされた奴らはこれまでにも大勢居るんだぜ?」
「当然でしょうね。強欲な彼らはそもそも入口から間違っています。『うまい話には裏がある』のは当然でしょう」
そう言って俺は商会長を見た。
彼は腕を組んで俺を見ていた。まるで値踏みでもするかのように……。
なので俺は『知っている』言葉を更に続けた。
「彼らは自分たちだけ楽をして、危険なことは押し付けて稼ごうととしか考えていないからでしょう?
『身分が高くなるほど自分の事しか考えない馬鹿は多い』ですからね」
「ははは、どうやら小僧の割に口は達者なようだな。まぁ商人にとってはそれも大事な要素だ。
だが俺も忙しい、ガキの商売ごっこに付き合うほど暇じゃねぇぞ?」
「そうでないと商会長に食指を動かしてもらえませんからね。商売とはそもそも、互いに利がありリスクもまた然り。『常に互角であるべき』だと俺は考えていますので」
そう言うと、商会長は少しだけ驚いた顔をした。
まぁこの辺りは全部、前回の復習みたいなもんだ。
「ははははは、中々言うじゃないか。それで小僧はどんなリスクを背負うっていうんだ?
言っておくが『後で叱られる』なんて言うのはリスクでも何でもないぞ」
しめた! 話に乗ってきた!
相手の虚を突くこと。これも商談で説得するには大事な要素のひとつだ。
まだ子供でしかない俺の外見は、その点に関して有利な材料となる。
「リスクは追って説明させていただきますよ。その前に俺の覚悟を示したいと思っています。
ろくな覚悟もなく、すぐに逃げ出すような相手なら、商会長も話に乗ってくれないでしょうからね。
『覚悟のない輩は、ただぼったくるだけの餌にしか過ぎない』と思っています」
「ちっ、忌々しいガキだが……、つくづく俺の好きな言葉を知っていやがる。いいだろう、話してみろ」
口では笑っているが目つきが変わったな。
この人が本気モードになりつつあると言うことか。
「俺の覚悟、それはもちろん俺自身の命です。俺はこの商談に命を張っています。俺の提案を全てお話すれば、命を失いかねないほどの危険な綱渡りになりますので……」
「なんだとっ!」
俺の言葉に商会長は絶句した。
当然のことだ。大人でもここまで言ってくる相手はそうそういないだろう。
まして俺は、前回の失敗を踏まえて対峙しているのだから。
じっと俺の目をみたあと、彼は小さく笑うと冷たい声で言い放った。
「そっか、じゃあとっとと帰りな。自身の命を張るなんて軽々しく言う奴を俺は信用しない。
俺たちは何よりも取引が大事だ。だがそれも命あっての物種だ。それが分からぬ無謀なガキや死にたがりに巻き込まれたくはねぇからな」
ちっ、なかなか手強いな。
あの時のルセルがこれを言えば重みもあっただろうけど、今の俺では仕方ないか?
それとも……、まだ本心は見せないってことか?
「そうですか? 俺にとって貴方の生き様はそう見えませんけどね。愚かな貴族たちからはボッタクれる限りボッタくる。
貴族から恨みを買うことも厭わず、命懸けの商売をされているご自身の行動と、今の言葉は合致しないと思いますけど?」
「ちっ、生意気なことを言うガキだな。忌々しいが俺のことをよく知っていやがる。ならばもう少しだけ話を聞いてやろう」
やっぱりさっきの『帰れ』は揺さぶりだったか。
まさに海千山千の商売人だな……。
「今の俺には商会に引き取ってもらいたい砂金があります。もちろん自身で採取したもので盗品ではありませんよ」
「そうか、それで小僧は小瓶一杯程度の砂金でも俺に持ってきたのか? それともまさか、酒瓶一杯もの砂金を持っていて、俺を驚かしてくれるとでも言うのか?」
商会長は俺を茶化すように笑って言った。
その反応は至極当然だな……。
「そうですね……、最低でも酒樽一杯とでも申し上げましょうかね」
「!」
そう言ったとき、商会長の眉がピクリと動いた。
そして目つきは鋭さを増した。
「小僧、お前は先ほど俺との商談を『命を張るほど大事な商談』と言ったな? その言葉の重みは理解しているのか?
時に商談では大風呂敷も必要だが、見え透いていると鼻につく。お前の命とはそんなに軽いのか」
「信じていただけないと?」
(まぁ……、そりゃそうだと思うけど)
「当たり前だ! そんな大量の砂金、貴族ですらそうそう持っていない量だと分かっているか?
それをお前みたいな小僧が持っているはずがないだろう!」
「なぜそう言い切れるのでしょうか。俺の命はそんなに軽くないと思っていますよ。
まぁ言葉だけより百聞は一見にしかず……、ですかね。ではここで実物をお見せするとしますか」
そう言うと俺は、四畳半の空間収納から砂金の入った樽を取り出した。
ズシン、と響く音がして現れた酒樽の蓋を取り、中身が見えるようにした。
「あ……、おいっ! ど、どうやってこの量を……」
「全部とは言いませんが、商会長のところならこの半分くらいは売り捌けるでしょう。もちろん手数料はそれなりに取っていただいて構いません」
俺は敢えて彼の質問を無視して畳み掛ける様に話した。
あくまでも俺自身が交渉の主導権を握るために。
だが彼の反応は違った。
「くっくっく、なるほど……、面白いな。これほどの量の砂金は俺も初めて見たよ。
だが甘いな、俺が何故笑ったか分かるか?」
「俺の言葉を信じていただけた、そういうことかと……」
「ちょっと違うな。今やっとお前は俺と商談できる場所に立っただけだ。
ここからが商談の始まりであり、今のお前はまだ大人と言う名の悪党に、ただ食われるだけの餌にしか過ぎないということだ」
なるほど……、やっと商談相手としては認められたが、まだ対等ではないということか?
これは進歩と喜ぶべきか?
やはり手強いな……。
言い換えれば今はまだ俺の方が立場が弱い、それでは交渉に臨む前に足下を見られる。
そのように指摘されているようにも思えた。
一筋縄でいかない相手を前にして、俺は背中から流れ落ちる汗の不快感を感じていた。
確かに商会長の言う通り、俺にとってはここからが交渉の本番だ!




