間話3 この世界の魔法
〜偉大なる魔法士へテロの足跡〜
彼はなにゆえ天威の魔法士となりえたのか、天威魔法の秘密に関する考察
『日々教会への供物を欠かさない、信仰心の篤い家族によって育まれた少年へテロは、家族と等しく神への敬虔な思いを抱きながら健やかに成長した。
十歳になると彼は洗礼の儀式を通じ、神より己に授けられた恩寵を知った。
後に神の使徒、爆雷の業火とも言われた偉大な四属性賢者ヘテロの偉業を学ぶにあたり、先ずは彼の信仰心の深さと、それによって与えられた神の恩寵を知るべきである。
ここから、神の使徒とも言われたヘテロの物語は始まる……』
「出たな、冒頭から教会爆上げの記述……。やっぱり期待はずれ、いや、予想通りと言うべきかな」
以前からずっと気になっていた本の閲覧許可がやっと下りたので、俺は誰もいない自習室にこもり、早速ページを開いて読み始めていた。
だが……、冒頭だけでもううんざりして、思わず愚痴をこぼしていた。
この本は、本来ならば孤児院で魔法士として認定された特別待遇の者だけが閲覧できるもので、俺も以前からずっと気になっていたが、閲覧を許されることはなかった。
ただ前日、野外採集で特に目覚ましい結果を出した俺は、『ご褒美に何が欲しいか』と問われたので、この本の閲覧を希望して今に至っている。
「それにしても……、いかにも教会の蔵書らしく眉唾な話もばかりだな。『神の恩寵である魔法の威力は、信仰心を源泉とし、その大きさに比例する』だって?
これはもうこれは笑うしかないな」
どうせなら『より強い魔法士になりたければ、もっと金を出せ』と書いた方が素直でいいぞ。
それに信仰心なんて関係ないからな。ちゃんとした理論があるし、前回の俺はそれを学んだ。
それもガーディア辺境伯家の書庫にあった、ちゃんとした本からね。
「まぁ……、この程度のものかな? やはり底が浅いな」
そう呟いた俺は、大きくため息を吐いて読みかけの本を途中で閉じると、思いっきり伸びをした。
もうこれ以上見る必要もないと感じたからだ。
「ふふふ、何の底が浅いのかなぁ?」
「うあっ、アリス! いつの間に……。ってか、毎回びっくりするから驚かさないでくれ」
「少し前から居たわよ。リームこそ夢中で何を見ていたの?」
「ああ、これ? 魔法士のことが書かれていて、しかも天威魔法について詳しく書かれていると思って読んでみたのだけど、期待外れだった」
「リュミエールとしてかなぁ?」
「あ、ああ、そういうこと、なのでアリュシェスさんの質問には答えられませんけどね」
「ぶー、いつもそればっかり。
でもさ天威魔法って、属性じゃないんでしょ? なんか分かりにくいよね」
「確かにね、ちなみにアリスは、今確認されている属性を全部言えるかい?」
「火・水・地・風・雷と……、無と光、そして闇?」
「そうだね、基本の五属性と色々な魔法を含んでいる三属性があるよね。それぞれは魔法の種類であって、その能力や威力はまた別の話だからね。
魔法の威力はレベルによって大きく変わること、これは知っているかい?」
「ええ、人威魔法、地威魔法、天威魔法、神威魔法の順に強さが分かれるんでしょ?」
「そうなんだ、本来なら属性とレベルはセットで呼ぶべきなんだ。
ただみんな、レベルを無視して火魔法とか地魔法とか呼ぶのでややこしくなってしまう。
例えば……、火属性天威魔法とかね。そうすれば少し分かりやすくなる」
「あ……、確かに。なら何故そうしないの?」
「誰もが自分が持つ魔法のレベルを隠すからだよ。それが知られれば、その人の強さがバレてしまうからね」
「そうなるとまずいの?」
「そうだね、そうなると周囲から魔法士として格付けされてしまうからね。周囲の人たちが見る目も、扱いも変わる。ここでの待遇みたいにね」
「あ……、そういうこと」
「そして更に悪辣なのは、この格付けは一度定まったものから変化しない。
どれだけ努力しても上位のレベルには上がれないし、決して勝ることもできないんだ。
ひとつの例外を除いて、ね」
「一度勤労待遇になったら一生そのままってことね。でも……、なぜ勝ることはできないの?」
「魔法の威力は備わった性能(潜在能力)と習熟度、それによっても大きく変わるんだ。
それの前提となるレベルの差は絶対的なものであり、性能や習熟だけでは超えることができない。
ただ高位のレベルだけは、時としてレベル自体の垣根を越えられることもあるけどね」
「うーん、よく分かんない」
「さっきアリスの言った四つのレベルは、言ってみれば魔法の威力を示す基礎値なんだ。それに潜在能力と習熟度を掛け合わしたものが、結果として威力になる」
「???」
「例えば数字に置き換えてみようか?」
そういって俺は石板に表を書き示した。
・魔法属性 (八種類:火・水・地・風・雷・無・光・闇)
・魔法レベル(四段階:人威魔法・地威魔法・天威魔法・神威魔法)
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基礎値 潜在能力&習熟度
人威魔法 1 ×(☆1〜5 + ★0〜5 )= 威力①
地威魔法 10 ×(☆1〜5 + ★0〜5 )= 威力②
天威魔法 100 ×(☆1〜5 × ★0〜5 )= 威力③
神威魔法 200 ×(☆1〜5 × ★0〜5 )= 威力④
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実はこの数値と表の概念って、後に魔法理論の天才って言われることになった、俺の母違いの妹が構築したものだんだけどね……。
今は未来の妹から借用させてもらっている。
「これは分かりやすく数字を当てているけど、実際に見てもこれぐらいの圧倒的な差があるんだ」
「でもおかしくない? 最初の二つは潜在能力と習熟度が足し算なのに、後の二つは掛け算だよ。
それに……、天威魔法と神威魔法は習熟がゼロだと、威力もゼロになっちゃわない?」
さすがアリスだ!
この世界の理の悪辣な部分に気付いたか。
「まず一つ目。
この足し算と掛け算の違いが、レベル差を更に隔絶したものとしている。元々基礎値も全然違うけど、どれだけ頑張っても上を越えられない差を作っているんだ」
そう、足し算なら基礎値に最大10しか掛けれないが、掛け算側は25となる。
この部分が威力に大きな違いを出してしまう。
「足し算と掛け算の境界、地威魔法と天威魔法の威力の差は、その名の通り天と地の差があるんだ」
「そっか、だから人威魔法の人はどれだけ頑張っても地威魔法の威力を越えられない。
そこには大きな壁があるってことね」
「そう、そしてアリスの疑問の二つ目。
人威魔法などの弱い魔法は、訓練や習熟がなくても魔法士なら最初から使えるものが殆どだ。
生活魔法と呼ばれるものがその例だね。
でも……、天威魔法ぐらいの強いレベルの魔法は、きちんと使い方を覚えないと最初は使えないか、たとえ使えたとしても暴発してしまう恐れもある。
だからそれはゼロ、使えないのと同じという認識かな」
「ふーん……、なるほど。でもさ、越えられない壁っていっても、人威魔法を極めた人なら10で、地威魔法の一番弱い威力も10、並んでいる気がするけど?
そういう意味では地威魔法と天威魔法も同じだし、隔絶した差にはならないんじゃない?」
「うん、いいところに気付いたね。まず前提としての話だけど、よほど特殊な魔法以外は人威魔法なら潜在能力はせいぜい☆〜☆☆なんだ。
なのでどれだけ習熟を重ねて★になっても、潜在能力を超えることはできない。地威魔法でもせいぜい☆☆☆までかな」
「うわっ、なら絶対に超えられない差になるわね。因みに天威魔法の潜在能力はどうなの?
場合によっては神威魔法を超えることがあるんじゃない?」
「ある! 天威魔法と神威魔法は基本的に潜在能力は☆☆☆☆☆だからね。そのため習熟度が威力に大きな影響を与える」
「そっか、天威魔法を極めた人は(★★★★★)となって計算すれば……、100×(5×5)=2,500
二段階目までしか習熟してない(★★☆☆☆)神威魔法の使い手なら……、200×(5×2)=2,000
天威魔法のレベルでも神威魔法に勝っちゃうんだ」
よくできました。
そこが唯一、俺が万が一奴と戦うことになっても勝機を見いだせる点なんだ。
仮に奴が三段階まで習熟を進めていたとしても(★★★☆☆)3,000。そこそこ対等に渡り合える。
「じゃあ二属性や三属性の人はどうなるの?
レベルはみな同じになるの?」
ほう、面白い部分に気が付くな。
やっぱりアリスは頭の回転が速いな。
「これは確認した訳ではないけど、それぞれ違う人も居れば同じ人もいるらしい。
なので、ある属性は天威魔法、ある属性は人威魔法なんてこともあるみたいだよ。実際にダブル以上の人にも得意不得意があるって聞いたことがあるし」
「聞いたことがあるの?」
あ……、やばい。口が滑った。
二度目にルセルが作り上げた魔法士部隊、ここに所属していた者たちから聞いた話なんだけど……。
どうするかな……。
ふとその時、さっきまで読んでいた本が視界に移った。
「た、例えば……、この本に書かれているのは四属性賢者だったヘトロという人の話だけど、彼の異名は『爆雷の業火』、すなわち雷属性と火属性なんだ。四属性のうちこの二つの属性が秀でていたことを意味していると思うんだ」
そう、全属性全てが秀でていることなんてあり得ないんだ。五芒星以外はね。
あれは五属性がワンセットになっている特殊なものだし……。
「そっか、すごくよく分かったわ。リームありがとう。
最後にひとつだけ、みんなレベルは隠しているという話だったけど、誰も知らない話なの?」
おおっ、最後に核心を突いてきたか……。
そう、そこがこの世界で課題なんだよ。
「唯一知っているのは教会だね。洗礼の儀式のときに属性やレベル、それらの情報は教会側も知る。
なので魔法士は教会に秘密を握られることになってしまう」
「そっか……、それで教会は力を持つのね。
なら私はあんな人たちと一緒にされたくないから、リュミエールのレベルを聞くのは止めるね」
「ハハハ……、ナンノコトデショウカ?」
どうやら俺は、未だに『お姉ちゃん』の手のひらの上で泳がされている存在らしい。
遅ればせながら、この世界の魔法について解説させていただきました。
通常ファンタジーで言うレベルの概念と異なり、これまで混乱された方もいらっしゃったかもしれません。
この間話でそれが少しでも解決できれば幸いです。
明日の公開は7:40です。よろしくお願いします。




