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ep1 マイナスからのスタート

2/14投稿分の3/3です。

最後にお知らせがあります。どうぞよろしくお願いします。

ベルファスト王国の北部辺境には、北方の雄と称され隆盛を誇ったガーディア辺境伯の領地があった。

通常なら辺境伯は、隣国との国境を接する地に即応戦力として配されることが多いが、ガーディア辺境伯だけは他にもうひとつ重大な役割を担っていた。


隣国との国境以外に、辺境伯領は『魔の森』と呼ばれた広大な未開の森林地帯にも隣接していた。

この森林地帯が魔の森と呼ばれる理由は幾つかある。


・植生の異なる濃密な森林が延々と広がり、人の進出を拒んでいること

・薄暗く見通しの利かない森は、一度入ると迷って出れなくなること

・森の中には好んでヒトを襲う危険生物、魔物が棲息していること

・魔物はヒト種よりも遥かに強く、奥地に進むほど強大な力を持った魔物の棲息していること


それに加えヒト種とは異なる特徴を持つ人ならざる人、総称して亜人と呼ばれヒトと獣の力を兼ね備えた、獣人や人獣と呼ばれた者たちの生息域ともなっていたからだ。

その中でも獣人はヒト種を超える力とヒト種と同様の知性を持ち、危険な魔の森の中で里を作って暮らし、自身の住む魔の森を侵食するヒト種と争っていた。


それゆえにガーディア辺境伯は、時折魔の森から来襲する魔物や、獣人たちとの紛争から人の住まう世界を守り、ひいては魔の森を開拓してヒト種の住まう世界を広げるという使命を背負っていた。



これらの戦いの最前線はガーディア辺境伯領の最果てにあり、最も魔の森に近いトゥーレの町だった。

そしてトゥーレは、二つの顔を持つ町としても知られていた。


表の顔は……、人の世界を守る最前線、多くの可能性を秘めた開拓地フロンティア、一獲千金を狙える町。


裏の顔は……、最辺境ゆえに犯罪者や流れ者の巣窟、本来ならヒト種と敵対関係にある獣人たちさえ飲み込み、それらが共存する混沌の町。


そのトゥーレの裏の顔を象徴する一角でこの日、過酷な運命を背負った一人の男の子が生を受けた。

産まれ落ちる際、母親の命と引き換えにして……。



◇◇◇ トゥーレの裏町の一角



まともな燭台しょくだいさえない部屋は薄暗く埃にまみれ、ただでさえ陰鬱いんうつとした雰囲気をさらに強くしていた。


部屋の中央では、つぎはぎだらけのボロボロのソファーに座り酒を煽る男と、硬い木の椅子に座って何かを懇願する女、そして奥の小部屋には……、粗末な籠の中で産着にくるまれたまま眠る、生まれたばかりの男の子がいた。


「アンタ、さっき姉さんの葬儀を終えたばかりだっていうのに、お願いだからそんな話はよしてくれよ」


「何だと、その葬儀代だって俺が出してやったんじゃねぇか! で、その赤ん坊はどうする気だ?

父親が誰なのか分からねぇのか?」


「あたしが知る訳ないわよ! 姉さんは私と違いどこかの貴族様に買われていったからね。

そこを逃げ出してから、どこの馬の骨とも分からない男の子供を宿し、臨月になってふらっとこの町に戻って来たんだよ」


「何か手掛かりになるものもねぇのか?」


「何もないよ、アタシには何も話さず、子供を産むと同時に逝っちまったんだから……」


「ちっ、父親も分からねぇとなると、子供をネタに金をせびるのも無理か……。アイツは飛びっきりの器量良しだったからな、産んだ後は娼館にでも送り込んでがっぽり稼がせるつもりだったが……、アテが外れて大損だぜ!」


そう、この男が情婦として囲っている女の姉を受け入れ、柄にもなく出産まで何かと面倒を見ていたのには理由があった。

男は飛び切り美しかった情婦の姉を、出産後には無理やり娼館で働かせ一儲けすることを目論んでいたからだ。

これは欲に絡んだ打算であり、決して親切心ではい。


「このガキが女だったらな……、お前の姉の血を引いていただろうし、将来は器量良しとなって高値で売り飛ばせたんだが、男じゃどうしようもないだろうが!」


「男の子だし育ててあげれば、きっといい働き手になるわよ」


「まともな金になるまで何年掛かると思ってるんだ! それに赤子じゃ売っても酒代にもならねぇよ」


「さ、酒代ってそんな……」


「それとも何か? 自分が売られた借金すら俺に返せねぇお前が、自分一人でコイツを育てるとでも言うのか?」


「それは……」


「だったら黙って俺の言うことを聞けっ!」


そういって男は、飲んでいた酒瓶の底を目の前にあったテーブルに叩き付けた。

その音に驚いたのか、奥の小部屋で眠るように目を閉じていた赤子の目がゆっくりと開かれた。



◇◇◇ トゥーレの裏町の一角 奥の小部屋



何か大きな音がした気がするが……、そのお陰で少しだけ意識がはっきりして来たな……。

ここは……、一体どこだ?


「おい、アエリア! メソメソ泣いてないで、さっさとそいつを捨ててこいっ!」


「しょ、正気なの? まだ生まれたばかりの、こんな小さな子供だよ」


「だからだ! 夜中に泣き喚かれたりしたら、おちおち酒も飲めないだろうが」


「捨てるっていっても、こんな赤子じゃ生きて行けないじゃないよ」


「ははは、死んだら母親の元に行けるだろうが。案外その方がお前の姉さんも喜ぶってもんだろうよ」


「そんな……」


ちょと待て。この二人は何を話しているんだ?

アエリアって誰のことだ?

俺の位置からは何も見えないぞ。


それに……、男が捨てろとわめいている赤ん坊って誰の事だ? 

男の話からすると、母親は出産と同時に亡くなったのか?

ってかこの男、相当のクズだな……。


「売り物になんねぇなら、食わせるだけ金の無駄ってモンだ。もたもたしていると俺が窓の外にぶん投げるが、それでも良いのか?」


「お願いだよっ、せめて引き取り手が見つかるまで待ってください。でないとこの子は……」


「ふん、2~3日なら待ってやってもいいが、もし夜中にギャーギャー泣きやがったら、直ちに窓からブン投げるからな。それでいいんだな?」


男はそう言うと、再び酒瓶の底でテーブルを叩きつけた。


「……」


(ってかコイツ、本当に酷い男だな。お前はそれでも親かよ! いや……、親ではないか。

訂正、お前には人としての心がないのかよ!)


「それみろ! また泣き出したじゃねぇか。今すぐそいつを捨ててこい!」


「それは……、アンタが大きな音を出すから……」


あれ? 俺は思わず怒りの声を上げたつもりだったけど……、何で赤ん坊のギャン泣きなんだ?

いや……、泣いてる赤ん坊って、まさか俺か?


そう言えば……、駄女神が言っていた『生れ落ちる環境は最悪に近い過酷なもの』って……、このことかよ!

生まれて早々に母親を亡くし、引き取った相手に捨てられようとしているってどうなんよ?


(過酷を通り越して、誕生、即、詰んでいるやないか!)



その後二人は、二言三言やりとりをしていたようだが、駄女神の言葉が気になっていた俺は、最初の会話で語られたこと以外は聞き取る余裕を無くしていた。


そして……。

俺はそっと抱き上げられるような不思議な感覚に包まれた。


「ごめんね、本当にごめんね。姉さん……、私じゃ守ってあげれそうにない」


……、やっぱりそうか。

抱き上げられて確信した。俺は今、まともに口すらきけない状態の赤ん坊だ。

そして俺は、産着の上から更に布にくるまれ、抱きかかえられて外に連れ出されていた。


「本当にごめんなさい。私も姉さんも……、屑親父の借金のカタに売られた立場だからさ。

姉さんも臨月で着の身着のままこの町に戻って来て……、アンタを産むと何も告げず逝ってしまったの。

せめて父親の名前さえ分かれば……」


ははは、俺は生まれて早々に天涯孤独の身な訳か?

この叔母以外は……。


「私じゃアンタを助けてあげられないの。私もあちこちに売られて……、最後に私を買った男も親父と同じ屑だったからさ。アイツはあんたを育てる気もないし、酔ったアイツは本当にあんたを窓から放り投げてしまうわ」


そう言って俺の顔を覗き込んだ女の顔を見た。

頬はやつれてはいるが、おそらくは二十代前後と思える、美人だがどこか薄幸はっこうそうな顔の女だった。


そして一瞬、俺と目が合った。


「グズらないなんて良い子だね。教会ならきっと……、孤児でも引き取って育ててくれると聞いたからさ、アンタも大丈夫だよ」


そっか……。今度は町の吹き溜まりに生まれたと思ったら、直ぐに毒親から捨てられて孤児か……。

確かに過酷な運命だな。

俺は達観したかのように笑うしかなかった。


「あれ、分かったのかい? そうだよ、あの家にいるよりはずっと幸せになれるはずだよ」


いや、俺はそういう意味で笑ったんではないんだけどね。


一度目の人生は、全てを失って最底辺の生活まで落ちても必死に頑張った結果……、野垂れ死にだ。

二度目の人生では、恵まれた力をいかしこの世界に生きる人のため、持てる力を尽くし為政者として必死に努力した結果……、仲間に殺された。

三度目は人生は、スタートから色々とやらかしてくれた方々のお陰で……、既にこのざまだ。


(どのみち既に詰んでいるじゃん!)


そう考えると笑うしかなかったんだよ。

俺はもう悲しいと思う気持ちも、涙すら流す気持ちすらなれなかった。



女は俺を抱えたまま町を進み、いつの間にか立派な建物の軒先に到着していた。

そこで俺は再び籠の中に入れられ、軒先にそっと置かれた。


そして……、俺の産着の背に何か固い金属のようなものが押し込まれた。


「これはあの男の目を盗み、なんとか私が確保した姉さんの形見だよ。最後まで姉さんが大事に身に着けていた物で、あんたに唯一残してやれる……、姉さんとの繋がりだからね。大事にするんだよ」


(いや……、大事にするも何も、今の俺じゃあどうしようもないじゃん!)


そんな俺の声にはならない抗議をよそに、叔母(になるのかな?)は涙を流しながら走り去っていった後ろ姿を、俺はただ見ていることしかできなかった。



籠に入れられて軒先に置かれていた俺の視界は限られ、ここが何処かを把握することもままならなかったが、教会であることは間違いないようだ。


(それにしても行き着く先が教会とはな……、これもまた『過酷な運命』の一環なんだろうな。あの駄女神め、本当にやってくれるわ)


そう思って苦笑するしかなかった。

もしこの世界が、奴らが言っていた通り『やり直し』によって導かれた前回と同じ世界なら、俺は前回を生きた経験で教会の真の姿を知っていたからだ。


この世界の教会は、神の教えを説き慈善と救済を目的とした団体などではない。

彼らは信仰を糧に権力者と結びつき、利権によって営利を追求する団体、言ってみれば冷徹な企業だ。


しかもそれを神の思し召しとか慈悲事業と言っているのだから……、一層タチが悪い。


教会が運営する孤児院も然りだ。

一度でも教会が運営する孤児院の中に取り込まれたら、『神への奉仕』を題目に永遠に搾取される生活が待っているだけだ。


教会も孤児院も、各領主の治める地域によって若干取り組みは異なるが、二度目の人生を生きた俺が知る限り最もタチが悪いのが、ルセルが改革を推し進めてブチ壊す前のトゥーレにあった教会と孤児院だ。



そこから俺は、今俺が捨てられている場所がトゥーレでないことを祈りつつ、朝になって教会の人間に発見されるまで、ずっとひとり夜空を見つめながら考えていた。


これでは俺の新たなるスタートはゼロに近い、いや、相当なマイナスでしかない。

唯一の救い(?)は、もう落ちようがないことぐらいだ。


敢えてもう一つ挙げれば、二度目のように地位やしがらみもないので、期待された役割や義務からは無縁で居られることだ。


人に利用されるだけで報われない人生、信じて裏切られるだけの人生、いつも空回りするような生き方はもう十分だ!

救いとなる神がアレだと知ってしまった以上、俺の中で敬虔けいけんな信仰心も一切消えた。


俺はもう頑張らない、もう無駄な努力はしない。

この三度目で思いっきり利己的かつ怠惰に、自分のためだけに生きよう。

愛する者たちから見限られること、信じていた者から殺されること、そんな辛い生き方はもうたくさんだ!


俺はそんな決意を新たにしていたが、三度目の人生では『何かを成すために』ではなく、まずは『生き残るために』日々戦うことになることを、この後に嫌というほど思い知らされることになる。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

明日よりしばらくの間、毎日10時に一話ずつ投稿する予定です。

2/18投稿予定のep5ぐらいまで来ると、この作品らしい世界観も出てきます。

どうかこれからも応援よろしくお願いします。


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