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ep25 川からの貴重な恵み

新しくトゥーレにやって来た領主、ルセル・フォン・ガーディアが矢継ぎ早に発した布告には、孤児院や教会関係者も青ざめることになった。


なんせ、ボロ儲けの種であったエンゲル草の入手経路が絶たれてしまったからだ。

教会で治療を行うという行為自体は認められていたが、それは領主経由で教会に卸されるエンゲル草を使用することが前提で、対価も大きく引き下げられた。


過去に(ルセルが二度目に)教会と孤児院を徹底的に改革した事実を、今のルセルもなぞっているとすれば、教会には一切の同情も、彼らが泡銭を稼ぐことへの協力も行わないだろう。


だがこれは、俺たちにとっても危機であった。


採集に出られなければ、密かに食料を集め腹を満たすこともできなくなる。

俺自身が抜け出し独自の行動を取ることも……。


そこである日、俺は敢えて距離を置いていた院長への取次を願い、自ら提案することにした。


「リーム、お前が自ら進んでここに来るのも珍しいね?

孤児たちの野外採取について、私に提案があると聞きいたけどさ」


「はい、お時間をいただきあろがとうございます。

僕たちも少しでもお世話になっている孤児院や教会の役に立ちたい、そうと思って……」


「それが野草の採集とでも言うのかい?」


「そうです。野山に生えている沢山の野草のなかでも、食べれるものはたくさんあります。

それで僕たちの食事をまかなえば、少しでも役に立つと思ったんです」


「野草が、かい? 腹の足しになる程度としか思えないがね」


大人たちは、孤児たちが野草を食べて腹の足しにしているのを知っている。

いや、見て見ぬ振りをしているのだ。


「ですがパンの代わりになるほどのものなら、それなりに役立つと思いますが」


「そうかねぇ……」


そう言って悩む振りをした院長は笑みを浮かべた。

俺にとってそれは、何かを企む醜悪なものにすら思えたが……。


「せっかくリームが申し出てくれていることだし、試しにやってみるがいいさ。

但し、お前とその採集とやらに参加する者は、以降の食事でパンを抜きスープだけになるからね。

それくらいの覚悟がなければ許可できるもんじゃないね。上級待遇のお前には、とても辛く量も足らない食事となるだろうねぇ。それでも良いのかね?」


ははは、子供相手に陰湿な脅しだな。ただ、その程度の条件ならこっちも願ったり叶ったりだ。

なんせあの、硬くてカビ臭いパン以上に美味しく栄養価のある食材が入手できることを、俺は知っているのだから。


「はい、それは大丈夫です。あと、集めて来た食材を他のみんなにあげることも許可いただけると嬉しいです。待遇に関係なく」


即座にそう答えた俺に、彼女はきょとんとした顔をしていた。

普通ならあり得ない話、たかが子供の妄想とでも思うだろう。


「お前と希望者がいるならならやってみるがいいよ。神は時として困難な試練を与えられるからね。

正しき心を持つ者が試練を乗り越えたとき、神は初めてその恩寵がもたらしてくれるものだよ。

他の子供たちに分け与えることも認めるが、採集に出て途中で音をあげた者は全員、勤労待遇に戻ってもうことが条件だね」


そんな厳しい条件を課せば、俺の酔狂な妄想に参加する子供たちは誰もいない。

そう彼女は踏んでいたのだろう。

だが現実は違った。


真っ先にアリスが賛同し、他にも八人の子供たちが名乗りを上げた。

そこには野外採集班のリーダーであったカールを始め四人の班長たち、砂金採集で活躍したマリーも含まれていた。


そして、新たに結成された特別採集班十名は、エンゲル草を除く薬草採取と食料となる野草採取のため出発した。



◇◇◇ いつもの集合場所 上流の河原にて



アリス以外に前回の特別採集班で参加した者たちは、何ら詳細を聞くこともなく参加していた。

いや、新たに参加したマリーたちもそうだ。


多くの者は俺が密かにやってきたこれまでの実績を知っている。

そして新たに参加した三人も、アリュシェス(・・・・・・・)いわく信用できる者たちだそうだ。


「先ずは何より腹ごしらえだ。他の者たちを救うためにも、俺たちがまず強くならなくてはならない」


河原に作られた即席の竈には、これまで俺が捕獲し解体屋で切り分けてもらった肉が、串に刺されて焙られていた。もちろん、最上級とされた岩塩をたっぷりかけて。


この秘密の食事は、前回の特別採集が行われたときから定例のものだ。

大人たちの目の届かない場所だからできる唯一の救済で、その分彼らは集めた木の実や果実を戻ったあとに他の孤児たちに分け与えていた。


「食べながら聞いてほしい。今の時間を利用して、まず俺が見本となる草を集めてくる。

あとで大まかな場所を伝えるから、手分けして同じものを集めてほしい」


「「「「はいっ」」」」


全員が勢いよく返事をすると、俺は心当たりの場所へと駆け出した。

近くまでくれば劣化版鑑定魔法により、探していたものはすぐに見つかる。

そのひとつだけを刈り取ると、再び俺は移動を開始した。



前回の俺、ルセル・フォン・ガーディアの十二の偉業と評されたもののひとつに、未利用の可食植物に関する情報を集め、食用化を推進した功績がある。


二度目の人生では、現代日本の知識と当時の俺の趣味もあって、この世界にあるイネ科の野草が食用にならないかと考えたことがあった。

俺はそれを直ぐに試し、他にもこの世界での事例がないか辺境の村々に住まう古老、かつては魔の森に住んでいた亜人たちにも聞き取りを行った。


その結果、食料利用可能な宝がトゥーレ近辺に雑草として繁い茂っていることを知り、それを収穫して貧困層の食糧として配布していた。


今のルセルは、砂金の目論見が外れたため目先の金を追っている。

ならば金にもならないこの施策は後回しにするだろう。

以前から俺はそう予想していたが、事実としてこの対応に奴が動いている気配はない。


アワやヒエに似たイネ科の野草、エノコログサに似たものを始め、ノピルなどの日本でもお馴染みの野草以外に、前回トゥーレで率先して採集に取り組んだ俺の頭の中には、多くの野草の情報があった。


幸い今は秋、魔の森へち続く林の中は手付かずの穀物系の野草が実り収穫できる宝庫だ。



俺が数種類のサンプルを持ち帰ると、腹を満たした仲間たちが待ちかねたように移動の準備を整えていた。


「まずはアリス、全体の指揮を頼みたい。最初は大人たちに渡す薬草の収集をメインに行う。

その途中でも、これらの野草を見掛けたら集めておいてくれ。

場所はアリス……、あれを出してくれるか?」


このころのアリスは、これまでの知識と経験をいかした簡単な地図を作製していた。

そこに俺は、野草の群生地を書き加えた。


「そして大事なこと、今日集めた野草でもすぐに食べれないものもある。

なので戻ったあとも皆が腹を満たせる木の実などは忘れずに集めてほしい」


そう、これは大事なことだ。

穀類は乾燥や脱穀など手間がかかる。収穫即食べれるわけでもない。


「リームはまたいつもの通り?」


「うん、最後にまた戻ってくるからカールはアリスのサポートをお願いできるかな」


「任せてくれ。初めて参加した者は僕の班に入れる」


「じゃあ、頼んだね」


そう言うと俺は、もうひとつの大事な作業に取り掛かかるべく、彼らと別れた。



◇◇◇ いつもの集合場所より下流の河原にて



仲間と別れた俺は、ひとり川に沿って下流へと移動していた。

俺が急いでいたのは、ある大事な取り残しを回収することだった。


柵が設けられて川への立ち入りが禁止されていたときは、指をくわえて見ているしかなかったが、前回を含めて俺は大事なことと、その可能性を失念していた。


切っ掛けはクルトが最後の日に母の形見である腕輪を俺に返してくれたことだった。

そこで俺は、この世界でも希少金属であり、普通の人々なら一生目にすることすらない高額貨幣の材料である白金、いわゆるプラチナの存在を思い出した。


砂金が採れる川では砂白金、プラチナの化合物が取れることもある。

史実として北海道の河川では、砂金とともに砂白金も採取されていた。


しかも当初は砂金に混じる不純物として捨てられており、大正時代に入ると、万年筆のペンポイントとして採集されて使用されていたらしい。

西洋でも当初は、融点の高いプラチナは銀を抽出する際に出たゴミとして、ずっと廃棄されていたとも言われる。


俺からすると何て勿体ない話だとは思うが……。


それを思い出した俺は、劣化版鑑定魔法で白金を指定し探索済の川を探した。

すると……。

このオーロ川にも砂白金があった!

実は俺たちが兵士に捕らえられた際も、あの場所で砂白金を採集をしていたのだから。


砂白金の価値は、この世界では砂金を遥かに凌ぐものであり、金を凌ぐ希少鉱物として最上位貨幣に使用されているのもその理由のひとつだった。



そして俺は、まだ未採取だった領域、川に柵が設けられた流域に入った。


「さて、前回の俺は全く気付かなかった。ルセルもきっと今は気付いてないはず。

今のうちに全て……、俺が搔っ攫う!」


そう呟いた後、俺は川で魚を追っているかのように振る舞い、慎重に川を下り始めた。

もちろん偽装のため予め川で捕まえた魚を数匹、腰に結わえた籠に入れている。


「ボウズ、魚獲りか? 流されないように気を付けるんだぞ」


簡易の柵が設けられた川を下るうちに、巡回をしているらしい二人の兵士に声を掛けられた。

砂金採取の子供たちを送り迎えしていた際、コージーさんと気軽に話すようになったお陰か、何人かの兵士たちは俺の顔を覚えてくれるようになっていた。


「あ、はい! ありがとうございます。

今日は沢山獲れそうなので、良かったらこちらをどうぞ」


そう言って俺は、籠以外にも麦わらで結わえて腰に括り付けていた四匹の魚を差し出した。

これでもし俺に何か疑念をかけられても、彼らは俺が魚を獲っていたと証言してくれるだろう。


「おっ、いいのか?」


「はい、大丈夫です。僕らが川に出れるのも皆さんが魔の森で守ってくれるお陰ですから」

(大丈夫です。これも大事な必要経費ですからね)


「俺たちの苦労をそう言ってもらえると嬉しいねぇ」


二人は喜んで受け取ると、この先で採集している場所があること、その邪魔さえしなければ自由に魚を獲って構わないと告げ、再び巡回に戻っていった。

俺は再び砂白金を探して下流へと進んだ。



砂金と砂白金、そして岩塩。

この三点については俺が完全にルセルより先に進んでいる。

埋まりようのない差をつけて。


この日俺たち特別採集班の十名は、各々が抱えきれないほどの収穫を持ち、孤児院の門をくぐった。

明日の公開は8:20です。よろしくお願いします。

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