ep24 着々と伸ばされる悪意の手
あの日俺は(真)四畳半ゲート+の力を理解したあと、フォーレには出ないで元いた場所、アリスの元へと帰った。
一度でも四畳半の外に出てしまえば、それ以前に居た場所には戻れないと考えたからで、それは後日の検証でも確認できた。
一方通行であることが少しだけ残念ではあったが、そんなものは些細な問題でしかない。
その日から俺は日々、往路は(真)四畳半ゲート+の転移でフォーレに、帰路は魔法を全開にして自力で帰ることを繰り返した。
そして予想通り砂金の大規模な採集は、開始から三十日で打ち切られた。
俺の思惑通り奴は、諦め切らすズルズルと採算の悪い採集を続けていたが、とうとう剛を煮やしたようだ。
ただ打ち切りともに、幾つかの布告がトゥーレの領主であるルセル・フォン・ガーディアの名で発せられた。
採集の帰りに城門脇の掲示板にて、アリスと共にその布告確認した俺は愕然となった。
ーーーーーーーー
布告
ーーーーーーーー
***砂金に採取に関する布告***
魔の森に通じるオーロ川で行われた砂金採取事業は、大規模な採掘を一時定期に中断し今後は小規模な請負人による砂金採集のみ継続する。
この砂金採集事業は、領内に住まう人々の暮らしを改善する原資となるもので、以下の項目を定める。
この布告に反し、領民の敵となる違反者は厳罰に処す。
・以降は領主に申請し請負人の許可証を持つ者のみ、砂金の採集に従事することが可能
・採集者はオーロ川に設けられる監視所で、作業開始前と終了時に報告と許可証の提示が必要
・採集者が得た砂金は徴収し、領主が定めた砂金買取価格を監視所にて支払う
・なお無許可で採集を行った者、入手した砂金を申告しなかった者には最高刑(死罪)を適用する
・領内の砂金取引もまた領主の統制下とし、それ以外での砂金取引を禁止する
・上記に違反した者は、売り手と買い手双方に対し最高刑に準ずる罰が与えられる
・付則として、布告以前に採集された砂金を申告した者には、罪を科することなく買い取りを行う
***エンゲル草に関する布告***
昨今、疫病に対する特効薬であるエンゲル草の高騰と、偽物の流通には目に余るものがある。
領主として領民の命を救う薬草を確保し、疫病発生時には安価で提供できるよう新たに布告を定める。
今後エンゲル草の採集は正しい知識を持つ請負人のみが従事し、偽物を誤使用して命を落とす不幸な事故を根絶することを約束する。
・以降は領主に申請した請負人の許可証を持つ者のみ、エンゲル草の採集に従事することが可能となる
・採集者が得たエンゲル草は指定された商人のみが買取りを行い、それ以外の売買を禁じる
・事故を誘因する悪辣な『剪定』を行った者には、即刻死罪を適用する
・無許可で採集や買取りを行った者、申告を怠った者には、同様の最高刑(死罪)を科す
「くそっ、やってくれたな……」
布告を見て俺は大きなため息を吐いた。
奴は砂金だけでなく、エンゲル草にまで手を打ってきやがったか。
「これは俺たちにとって大問題だ……」
そもそも砂金採集事業は現時点で領民たちにとってあまり縁のない話だった。
ほとんど採れなかったからね。
だがそれを奴は領民たちのための施策として、この先を見越して統制してきた。
「既に集め終わっているのに、リュミエールにとってこれが大きな問題になるの?」
「ああ、アリュシェスには言ってはいなかったけど、俺たちはまだ砂金を一切売っていない。
なぜなら足もとを見られた買取価格ではロスが大き過ぎるし、売れば必ず足がつくからね。
換金できなければ砂金は無用の長物になってしまう」
「じゃあそれ以前に拾ったと言っても……」
「それも量を捌くには無理がある。そして今や、安値で他のルートで売ることもできなくなった」
きっと奴は、何かの可能性を考慮したうえで、出口を塞いだ上でご丁寧に付則を定めたのだろう。
奴も前回の歴史と今回の流れに違和感を感じたということか?
「そしてもうひとつ、エンゲル草の統制も大問題だしね」
俺たちは日々、余剰分を裏町で売り現金収入を得てきた。
だが今後は、それも叶うまい。
仮に買い取り先があったとしても、リスクを考慮して今以上に買い叩かれるだけだ。
「領主はエンゲル草の規制を、領民たちの命を守るためと言っている。
アリュシェスにもこの意味が分かるよね?」
「ええ……。これでは私たちが犯罪人、領民たちの敵になってしまう……」
実際にこの布告は、領民たちに歓呼を以て受け入れられた。
『ルセルさまの英断』と呼んで……。
前回の俺が、ルセルとして行ったことを少し改悪して発せられたものであったのにも関わらず……。
「アリュシェス、俺はちょと用事ができた。孤児院にはうまくごまかしてくれるか?」
アリスにそう告げると、俺は裏町へと走りだした。
◇◇◇ トゥーレの裏町
布告を見た俺は、明日に立ち寄る予定だった場所を急遽訪ねることにした。
先ずはあの何でも買取を行う商人の店だ。
「ああ……、お前か。今日は何を持って来た?
先に言っておくが昼に出された布告は見てきたんだろうな? こっちも大迷惑な話だ……」
「見たからこそ来たんだ。今後も買い取ってくれるのか?」
「当面の間は無理だな。俺の取引先も腰が引けちまったからな。後日買い取れるようになっても多分これまでの半額以下だ」
「そうか……、邪魔したな」
そう言って立ち去ろうとした時だった。
「ちょっと待て! 今日はアレ(岩塩)はないのか?」
「……、ない。何故それを?」
(大量に持ってはいるが、今は出す気がない)
「次からはエンゲル草の代わりに岩塩を持って来るんだな。新しい領主は岩塩がお気に入りなのか、四方から買い集めているって話だからな」
「!!!」
これは朗報ではない、むしろ凶報だ。
奴は次に手っ取り早く稼げる手段として、まだ先の話だが早々に岩塩に目を付けたのか?
それともたまたま、俺がこの男に流していた高品位の岩塩が奴の手に渡り、興味を持って情報を集め始めたということなのか?
多分後者の可能性が高いな。
買い集める過程で流通の経路を探り、出元まで探ろうと試みていると考えるのが妥当だな。
「そうか……、次に入手できた時にはまた持ってくるよ」
そう答えて俺は店を出た。
もう岩塩も流すことはできない、その危機感を胸に抱きながら……。
そして今度は更に裏道を進んだ。
「今日は……、空いているかい?」
「ん? 今日は店じまい……、あっ! いえ、すぐにできるぜっ」
そう言って訪ねたのは、ガモラ(兄)とゴモラ(弟)という巨漢で強面の兄弟が営む解体屋だ。
初めて訪れて以降、価値ある魔物の解体を持ち込み、気前よく手数料として部位を譲っていた俺は、彼らのなかで今や大のお得意さまだ。
今となっては無理無茶なオーダーですら快く引き受けてくれる。
「今日は小物だがこれを頼む。分け前は肉の半分でどうだ?」
「ほう……、カリュドーンか。こいつは旨いからなぁ。
肉の切り分けだけなら直ぐにできると思うが、待っていくか?」
「ああ、そうさせてもらうよ。血抜きは既に終わっているから、解体だけならそんなに時間も掛からないと思う」
俺は何度か彼らの店を訪ねた際に、食用とされる魔物の処理についても彼らから学んでいた。
一番肝心な血抜きは、フォーレの水源と水魔法を使えば簡単だった。
「ほう? いつもながら完璧な血抜きだな。兄貴っ! 寝てないでさっさと出て来やがれ!
上物の解体依頼だ」
ゴモラが大声を張り上げると、ガモラも急いで裏庭にやって来た。
そして俺への挨拶もそこそこに猪に似た魔物、カリュドーンの解体に入った。
「ところで旦那、町の噂は聞きましたかい?」
何故かまだ子供でしかない俺を、彼らはいつしか旦那と呼ぶようになっていた。
ちょっとおかしな気分だが、彼らは裏町の噂話に通じているらしく、解体が落ち着き始めると饒舌に話しかけてくる。
無愛想で強面だが、実は結構話好きだったりするのか?
そう思って最初は笑ってしまったくらいだが。
「布告の話かい?」
「いえね、その布告が出る前に領主から裏町や貧民街に不思議な依頼があったらしいですぜ。
なんでも新しく何かを作るために、人手として職にあぶれた女たちを大量に集めたとか……」
人手として女? であれば軽作業か?
これも奴の救民施策の一環ということか?
「ガモラ、それだけじゃねぇぞ。人手が足らないのか、裏町の鍛冶屋にまで声が掛り、へんてこな物を作らせているって話だぜ」
鍛冶屋? 女たちの人手?
まさか……。
「ゴモラ、それって小さな文字の判じゃないか?」
「さぁ、俺たちにはよく分からないのですが、鍛冶屋の連中は、『あんな小さなものを全く同じ形で大量に作らなくてはいけないと』と、頭を抱えていましたぜ」
『くそっ、そっちも手を出しているのか!』
これが意味するのは紙の製造と活版印刷、それしかない。
もともと高価で価値のある本を大量に製造することができれば、大きな収入源になる。
奴はここまで手を打ってきているのか!
予め想定はしていたとはいえ、奴は八歳の時点で全てを前倒しで行う気だ。
俺は自分の計画の先々に立ちはだかるよう手を打つ、かつての自分自身に大きく頭を抱えた。
明日の公開は8:10です。よろしくお願いします。




