間話2 フォーレでの討伐日記
裏町の解体屋と繋がり、良い関係が構築できた(と俺は思っているけど)のは幸いだった。
孤児たちにとって、食用可能な魔物の肉は貴重なタンパク源になるし、素材はエンゲル草を集めるより遥かに高額で売れる。
しかも……、フォーレに棲息しているのは、トゥーレ近郊の魔の森に出没するような小物じゃない。
奴らが一目散に逃げだすほどの、希少な上位種だ!
俺はこれより、フォーレで魔物の討伐を進め、それで食料と今後の資金を稼ぐ決心をした。
◇◇◇ 討伐一日目
特別採集班と別れた俺は、再びフォーレに移動して来た。
ただ……、いざ討伐を進める前にある疑問が浮かび、考え込んでしまった。
希少な上位種で荒稼ぎ、そうは言っても、その分奴らはめちゃくちゃ強くで倒すのが困難だよな。
前回の一酸化炭素作戦は討伐とは言えないし……。
さて、どうする?
魔法以外だと今の俺はとても無力で、剣すらまともに使えない……。
ぶっちゃけ、火魔法や雷魔法を最大火力でぶつければ簡単に倒せる。
倒すだけなら、ね……。
「黒こげじゃ素材にならないし、肉もダメになるし……。かといって地魔法で作った槍で貫いても皮はボロボロ内臓はぐちゃぐちゃで使い物にならなくなるしなぁ」
思い悩んで呟いた時だった。
洞窟の入り口を守るため作った防壁、その向こう側にある空堀から何か音がしてた。
そこに行ってみると驚くべき光景を目にした。
「あれ? 落ちてる」
堀の底では数体の魔物が、変な格好でもがいていた。
最初は岩塩の洞窟の安全確保のため作った防壁だったが、それを作るために掘った堀が思わぬ効果を発揮していた!
洞窟に入ろうと試みた魔物が、次々と堀に落ちて出られなくなっていたからだ。
堀の深さは10メートル前後だが、地魔法を使って堀の壁は固く、そして突起物のないツルツルの状態にしていたため、一度でも堀に落ちた魔物は逃げ出すことができなくなっていた。
更に堀の底は狭く鋭角に作ってあるので、一度落ちたら四足歩行の魔物や獣では、まともに起き上がることすらできなくなっていた。
そのため堀自体が悪辣な罠として機能していたのだ。
「!!!」
身動き取れずに急所を晒している今なら簡単じゃね?
これならいける!
「風よ、我が命に応じ無慈悲なる刃となれ……、風刃(ウインドカッター!)」
「……」
首元を晒していた巨大な魔狼の上位種、アビスガルムはあっけなく絶命した。
調子にのった俺はその後も、同じく堀に落ちていた数体の魔物や獣を倒すと、それらを四畳半に収納して岩山最下部にある、水場に向かった。
そこにはまた違う洞窟があり、岩の裂け目から大量の湧水が湧き出し、三日月状の岩山に囲まれた大地に小川として流れ出していた。
取り敢えず食用かどうかは不明なものもあるが、一応下処理としてそこに魔物を浸して血抜きを行うためだ。
「それにしても、たった一日で数体の魔物が堀に落ちるって、どれだけ数が多いんだよ……」
やっぱ深部だけあってヤバイな。
今の状況でここに町を築くって無謀か?
いや……、奴らはみな、あの堀と壁の向こうにある、岩塩の洞窟を目指していたのでは?
そういえば野生動物の「塩舐め場」という話を聞いたことがある。
奴らは塩を舐めに来たか、もしくは舐めに来た獣を待ち受けて狩るために来たのか?
ならば当面の間、あそこは俺にとって絶好の狩場となるんじゃん!
「よし! あの堀を『魔物ホイホイ』と名付け、これからしばらく狩場としよう」
そう呟いて上機嫌だった俺は、まだ気付いていなかった。
本当の意味での『狩り』はまだできていなかったことに……。
◇◇◇ 討伐三日目
初めての狩り(魔物ホイホイ)から三日後、その日は一匹も掛かっていなかった。
仕方なく俺は意を決して、先ずは比較的安全な三日月の内側で討伐を進めることにした。
いずれこの一帯を安全地帯とするため、完全に狩りつくさねばならない。
なので今のうちから数を減らしていくのもアリだ。
そう自分に言い聞かせ、灌木が生い茂る草原地帯を進んだ。
「!!!」
そうするとすぐに獲物は見つかった。
野生のイノシシ、ワイルドボアが魔物化した最上位種、カリュドーンだ!
それが五~六体で固まり、餌を食べていた。
にしてもデカイ……。牛よりも遥かに大きい。
子供の俺からすると以前の記憶より遥かに大きく見え、まるで軽自動車の大きさのように見えた。
たしかコイツらは……、
基本的に草食中心の雑食だけど獣も襲うし、人間を見たら必ず襲ってくる。
ボア種の肉は上等とされるが、その中でもカリュドーンは最上位の高級品で、毛皮も素材として高値で売れる。
俺は意を決して奴らの後ろから忍び寄った。
もちろん周囲には最新の警戒をしながら……。
「あ!」
気付くと、全く警戒していなかった方向にもカリュドーンが息を潜めていたらしく、大地を揺らしながら俺に突進してきていた。
「やべっ!」
俺は無意識に地面に手を付くと、地魔法で大地を隆起させて防壁とした。
その瞬間……。
物凄い轟音と共にカリュドーンが激突した。
まさに間一髪だった。
あの突進をまともに受けていれば、俺は自動車に真正面からノーブレーキではねられたに等しいダメージを受けてしまう。多分……、即死コースだ。
俺は脳震盪を起こしたのか絶命したのか不明のカリュドーンに風刃で止めを刺し、水場へと運んだ。
この辺りはカリュドーンが好んで餌場にしているのか、この日以降、俺は討伐に困らないほど定期的にカリュドーンを狩ることができた。
◇◇◇ 討伐五日目
なんとなく咄嗟に無詠唱で攻撃魔法を行使することが身に馴染んだころ、今度は岩場の外側に出て狩を進めることにした。
もちろん最初のうちはうまくいかず逃げ出すことや、ビビって全力で攻撃した結果、当たり一帯を黒焦げの大惨事状態にしてしまうこともあった。
だが少しずつ魔物の討伐にも慣れ、状況に合わせた魔法の発動、威力の調整ができるようになってきた。
そんな時が一番危ない。
常に警戒のため周囲に風魔法を展開していたが、すぐ近くの茂みの一部だけが風に揺らいでいないことに気付いた。
「あっ!」
気付いた瞬間、自分自身に風圧をぶつけて無理やり後ろに飛びのいたが、一瞬前まで俺が居た場所は鋭い刃のような何かで薙ぎ払われ、俺の毛先が刈り取られて宙を舞った。
「くそっ、風刃乱舞!」
次の瞬間、擬態して俺に襲い掛かって来る何か(魔物)に対し、出せる限りの風刃をお見舞いした。
俺に鎌を振りかざそうとしていたカマキリ型の魔物、キラーマンティスの上位種は一瞬だけ擬態を解いて固まったあと、バラバラになって崩れ落ちた。
「あ、やっちまった……。これじゃ売り物にならないやん。ただ……、ホントに死ぬところだった……。
コイツら、擬態もできるのか……」
俺は荒い息を吐きながら、早鐘のように心臓が鼓動を打っていることを感じ、暫くの間は茫然としていた。
◇◇◇ 討伐十日目
あの後も色々あった。
単純に天威レベルの五芒星の力に頼り、火力を上げて無双するならまだしも、ちゃんとした狩りとなると非常に神経を使うこと、魔の森深部に棲息する魔物の恐ろしさを嫌というほど思い知らされた。
ただ、少しだけ要領を覚え順応したのか、徐々に狩りは楽になった。
だがもう一つ盲点があった。
このころになると、三日月状の岩場の空いた部分に外壁を巡らせて完全に閉じ、内側を安全圏にすべく対応を進めていた。岩塩洞窟前の「魔物ホイホイ」はその役割を外壁の外側に設けた堀が担うように工事を進めていた。
だが……、それだけで安全圏は確保できなかった。
外周を巡る岩場部分は、ほぼ垂直に近い断崖だったが数か所には傾斜の緩い抜け道があった!
イビルロックリーザードや、岩場を好んで住処とする魔物たちは、そこから岩塩洞窟目指していたのか、内側の「魔物ホイホイ」もまだその役割を終えていなかった。
特にイビルロックリザードには手こずった。
なんせ硬い、極端に硬いからだ。
火魔法なら勝てるが、それでは元も子もない。
雷魔法でも黒焦げにしてしまうし……、どうする?
比較的弱く、なんとか風刃が通じる腹側に攻撃できれば、何とかなるんだけど……。
「!!!」
俺は地魔法でイビルロックリザード身構える片側の岩場を勢いよく隆起させると、奴は見事にひっくり返った。
そこに予め待機させていた風刃を腹側の急所を狙い、同じ場所に何発も……。
この合わせ技でやっと討伐できた!
その日から俺は、岩場の上の魔物討伐を進める傍ら、土木工事に勤しんだ。
・傾斜の緩い部分の岩場は魔物が登れないよう掘削
・一部の岩場は逆に粘土質の土で補強
・補強した部分は最大火力の火魔法で焼き付け
特に一定の高さの部分は削るか肉付けするかで、全て爪が通らないように硬く、そしてツルツルに磨いた。
そうすればその位置まで登っても、そこで落ちるからだ。
だがこの作業は、思った以上に大変だった。
◇◇◇ 討伐二十日目
やっと岩場の内側を完全に外界から切り離した俺は、敢えて討伐せずに残していたカリュドーンを、彼らが好む餌のある一キロ四方の一角に追い込むと、その周りに土壁を巡らせて隔離した。
その結果、二十頭頭前後のカリュドーンを隔離することには成功した。
魔物牧場とはいかないまでも、これで必要な時に必要な肉を得ることも可能になると安堵した。
だが……、その時から俺は、時折トゥーレの市場にて餌としてイモ類を爆買いし、飲食店の残飯を四畳半に収納しては魔物牧場に運ぶ作業が続いたのは言うまでもない。
残飯を漁るのは恥ずかしかったが、タダで手に入る餌には代えがたい。
まぁ、こんなことは誰にも言えないけど……。
実はフォーレで、俺が最初に芋畑を作った理由もこのためだったという話も含めて……。
フォーレでの魔物討伐は、まだ始まったばかりだ。
俺の討伐はこれからも続く……。
明日の公開は7:10です。よろしくお願いします。




