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ep22 トゥーレの裏町にて

トゥーレの町の華やかな表通り、そこを外れて裏道を奥へと進むと、もう一つの顔を象徴する裏町に辿り着く。

そこに一歩足を踏み入れると町の雰囲気はガラッと変わり、雑然として荒廃した様相になり、行き交う人たちもまた、陰りを見せた顔の者や荒くれ者、虎視眈々と獲物を狙うような者たちばかりだ。


ただ貧民街と違い、裏町には怪しいものを含め多様な店舗がある。そこを更に奥に進むと、怪しげな店ばかりが並ぶ一角に、素材を扱う商人の店がある。


この店は特殊な事情(・・・・・・)の商品でも構わず買い取ってくれるが、その分だけ買い取り価格は大きく下がる。

盗品すら詮索することなく購入してくれるこの店を、かつてクルトは利用していた。


クルトは当時、自身は主人の遣いであると称して店を利用し、卒業前に俺を伴って店を訪れると、次からは俺が遣いとして来ることを店主に伝えていた。


「なんだお前か? 最近はとんと姿を見せなかったな……」


「ウチのご主人様も何かと忙しくてね。今回はいつもの物を買い取ってほしいのと……、別にひとつ教えてもらいたいことがあってね」


「買取はいつも通り半値でいいな? それで良ければ買ってやる。

それで……、俺にものを頼むときの流儀は、前の奴から聞いていなかったのか?」


面倒くさそうに答える男の前に、俺は先ほど集めた岩塩の一部、テニスボールぐらいの大きさの岩塩の塊を差し出した。


「!!!」


先程とは打って変わって態度を変えて驚く男に対し、俺は淡々と説明を続けた。


「まさか? これは……」


「想像の通りだ。この国では手に入らない極上品だ」


「本当か?」


「本来なら相当高値で取引されるものだぜ」


「その理由は?」


「試してみればわかる、混じり物も一切ない」


「お前は一体どこでこれを……」


「おいおい、この店ではブツの出所を詮索するのか?」


俺は自分でそう答えておいて、思わず笑ってしまいそうになった。俺たちの会話は、テレビでよくある怪しい『ブツ』の取引シーンに似ていると思ったからだ。


「今試してみてもいいか?」


「もちろんだ、遠慮なくやってくれ。味わってもいいが、(水に)溶かすと俺の言っていたことはすぐに分かるはずだ」


質の悪い岩塩なら、水に溶かすと不純物で濁るので一目瞭然だし、ましてここいらで売ってる物には更に砂や砂利が混じっている。


もちろん味も悪い。


俺の答えを聞くまでもなく、男はナイフで岩塩を削るとひと舐めして表情を変えた。


そう、この国には海がない。故に上等な塩の多くは輸入品で値段が張る。

国内でも岩塩は採れるのだが、どれも最低レベルの品質で、赤土や酸化した鉄分が混じっている赤茶色の物、様々な不純物で黒く濁っている物ばかりだ。

それでも値段は安くない。


庶民の多くは、その最低レベルの品質でしかない岩塩を使っており、上流階級の人間でも高品位の岩塩は、辺境に行くほどそうそう手にできない高級品となる。


だからこそ孤児院で提供される食事にも塩が僅かしか使われず、味気のないものになっていた。

そのため孤児たちは、生きていくのに必要な塩分や成長に必要なミネラルも、最低限のレベルしか摂取できないため、どうしても体力的に弱く死亡率が高くなっていた。


「で……、対価はなんだ?」


「討伐した魔物の解体、そして不要部位の買取を行ってくれる店を知りたい。ここと同じ流儀で」


そう、最後の言葉が俺にとって重要だ。

何の詮索もなく現金買取を行ってくれる口の堅い店、それが今の俺には分からなかった。


「これを丸ごともらうぞ? それでいいか?」


もちろん問題ない。俺は無言で頷いた。


「この通りの裏を更に進んだ奥に、大きな肉切包丁を軒先に吊るした店がある。

ハッサンの紹介で来たアモールの者と言え。それで仕事はしてくれる。ガモラとゴモラ、この兄弟なら腕は確かで取引に関しても口は堅い」


「分かった。うまく依頼が済めば今後も同じ岩塩を持ってくる。礼としてね。

裏にある荷車を何台か借りたいが、いいか?」


ぶきらっぽうに頷く店主がエンゲル草の対価として差し出した数枚の大銀貨を受け取ると、俺は店を後にした。

その後、店の近くで暇そうにしていた男たちに声を掛け、駄賃を渡して空の荷車を何台か曳かせてハッサンから聞いた店へと移動した。



◇◇◇ 解体屋



言われた通りに移動すると、確かにその店は存在した。

思ったよりも大きな肉切包丁が、これみよがしに軒先に吊るされていた。


そして……、店に入った瞬間、巨漢の男二人がもの凄い目つきで俺を睨んできた。

まるで場違いな所に入ってきた俺を、追い出そうとしているかのように。


「俺は主人の遣いで来たんだが、ハッサンの紹介で来たアモールの者だ。魔物の解体はここでできると聞いたが?」


その言葉を聞くと、彼らの目つきは変わり表情を消したような顔になった。

いや……、抜群の効果じゃん!


「何を解体するんだ? それにより料金は変わる。素材として使える魔物なら、一部の部位をいただくことで相殺も可能だ」


「なら見てから決めてくれて構わない。荷車を裏庭に運ばせてもらうから、確認してほしい。

主人から言われている対価と割に合わなければ他を当たる」


そう言うと俺は解体屋の裏庭に荷車を運ばせ、駄賃を渡して運ばせてきた者たちを帰した。

そして、何もないはずだった荷車の覆いをめくる前に、一体ずつ空間収納から取り出した。

その瞬間、荷車は重量で悲鳴を上げるように軋む音を上げた。


「おいっ! これって……」

「いや……、どうやってこれを……」


覆いを外して中を確認した二人の巨漢は、唖然とした表情で固まっていた。

まぁ、そうなるのも当然だろう。

魔の森に棲息する魔物の中でも、かなり危険とされるものの更に上位種なんだから。


「余計な詮索はなしだ。できれば武器や防具、道具として使える素材はこちらに。

食用の肉は一部の部位を除いて其方の取り分としてもらって構わない」


俺が持ち込んだのは三体、本来ならどれもが高値で取引される魔物ばかりだ。

そして敢えて、肉が食用可能なものばかり選んでいた。



・イビルロックリザード

硬い鱗を持ち、剣が通らず難敵とされるロックリザードの更に硬い上位種。

弱点の腹側は常に大地に接しているため、通常の方法では討伐不可能とされているもの。

鱗や皮は防具として高値で取引され、牙や爪は武器に加工されることが多い。

肉は淡白で少し固いが食用可能。


・マダラハイイログマ

全てを一撃で薙ぎ払う四本の腕を持ち、遭遇したら死を覚悟せよと言われてる巨大な灰色熊の上位種。

非常に凶暴で巨体の割に素早い。振りかざされた剣ごと吹き飛ばす腕力があり接近戦は禁忌とされる。

毛皮は柔軟性と防御力を兼ね備えた逸品で、他の部位も捨てる所がないと言われる。

肉は滋養強壮に良いとされ、高値で取引される。


・ディアトリマ

岩石すら切り裂くと言われる強靭な脚と鋭い爪を持ち、羽が退化し脚が極端に進化した巨鳥。

馬をも凌ぐ敏捷性があると言われ、脚だけでなく大きな嘴も攻撃に使ってくる。

美しい光沢を持った頑丈で軽い羽根は装飾品として重宝され、肉の部分は非常に美味とされる。

素早さゆえに捕獲が困難で、素材が出回ることは滅多にない。



まぁ彼らが驚くのも無理はないと思う。


この魔物たち、武器を使った通常の方法ではほぼ討伐不可能と言われているものばかりだからだ。

強力な攻撃力を持った魔法士か、大掛りな罠を仕込むか、それとも軍が数にものを言わせて討伐する以外は不可能だろう。


「いや……、驚くのはそれだけじゃねぇ。こんなに綺麗な死骸は見たことがねぇ」


うん、よく気づきました。

通常なら魔法による力押しか、よってたかって攻撃するため、損傷が激しすぎて素材として利用できなくなる場合も多いからだ。


「まぁ……、特殊な魔法(科学)を使って仕留めたものだからね。

今回取引が成立すれば、時々になるが次もまた持ち込ませてもらおうと思っている」


「「本当か!」」


巨漢で強面の二人は、同時に大きな声を上げると喜色満面の表情をしていた。

そう、この先もあることを見せておかないとね。


「討伐してから半日以上経過しているので、それぞれ肉は一塊だけ此方に。後の肉で使える部分は好きにしてもらって構わない。素材の大部分と魔石についてはこちらの取り分としたいが、他に欲しい素材があれば検討の余地はある」


鱗を数枚(イビルロックリザード)下腕を二本(マダラハイイログマ)羽を四十本(ディアトリマ)いただけるとありがたいのだが……」


兄貴ガモラの言った条件に応じてもらえるなら、肉の半分以上は此方で保存肉として加工して返すが?」


「うん、それくぐらいなら大丈夫かな。それで頼む」


確かに必要以上の肉は特別採集班では食べきれないから不要と言ったが、保存肉として加工までしてくれるならならありがたい話だ。


「ありがてぇ、ゴモラ! 今日は店じまいだ! 今からすぐに取り掛かるぞ!」


「応! 腕が鳴るってもんだ」


二人は早速目の前の解体に取り掛かり始めたけど、肝心なことを忘れてないか?

職人魂に火が付いたのは分かるけど……。


「えっと……、いつ引き取りに来たらいい?」


「解体は明日の今の時間までに終わらせる。毛皮や素材は一週間後でいいか? それとご主人に必ず伝えておいてくれ、次からも俺たちに流してくれるようにとな。

その分いい仕事をして見せるぜ!」


「あと生肉は明日だが、保存肉は専門の業者に出すので、此方は少し時間をもらうぜ」


解体屋の兄弟はそう言う時間も惜しいくらい、夢中で解体に取り掛かっていた。そんな二人の様子を苦笑して眺めていた俺は、ひとり店を後にした。



俺は上機嫌で店を出ると、店の前の裏路地には俺を待ちかねていた男たちがいた。

ふん……、お約束だな。まぁトゥーレの裏町だから、治安の悪い今はこんなもんか?


俺は敢えて彼らに問いかけた。


「報酬はお支払いしましたが、何か御用ですか?」


「いやー、俺たちもちょっとね。安請け合いで仕事をしちまったと反省していてね」


ほう、よく言うな。

ちょっとした時間だけの拘束で一人銀貨三枚、その辺の宿なら素泊まりで一泊できる金額だ。

十分過ぎる報酬だろうに……。


「それで、今回は肉を引き取りに来たんだろう?

帰りの運搬も俺たちが、一人当たり大銀貨三枚で引き受けてやろうと思ってな」


「帰りは必要ない。それにそんなボッタクリ、俺が支払うとでも思っているのか?」


「有り金を全部失った上、痛い目に遭って高額の治療費を払うよりマシだと思うけどな。

もっとも……、売り飛ばされてしまえば治療費を払うこともできないが」


そう言った男は、俺を見下ろしながら薄ら笑いを浮かべていた。


バカかこいつら。ちょうど良いカモでも見つけたと思っているのだろう。

ならばこちらも遠慮しないけどね。


「俺は今、良い取引ができたと機嫌がいい。なので俺の機嫌が変わらぬうちにさっさと帰ることだな」


「ほう? 奇遇だな。俺たちも今、良いカモを見つけてすこぶる機嫌がいいんだ」


「お前ら……、死にたいのか?」


「なっ、おい! 口の減らないガキに裏町の流儀を教えてやれっ!」


一人の男の言葉に、他の五人も一斉に襲い掛かって来た。

ってか、こんな子供まで食いものにするとは、本当に酷い町だな……。


奴らの手が届く寸前、俺は発動した風魔法を全員に叩き付けて吹き飛ばした。

俺に話しかけてきた奴、彼だけには特製のものをプラスして……。


「「「「ぐわっ」」」」

「がぁっ、あ? あろあろあろあろあろあろ……」


ははは、見事だな。

吹き飛ばされた男のたちの視線は、空をコマのように舞う一人の男に注がれていた。


その男は……、小さな竜巻に巻き込まれ、空中で洗濯機の中で脱水される衣服のように高速回転し、訳のわからない悲鳴を上げながら目を回したのち、最後は思いっきり地面に叩きつけられた。


「がっ」


俺はこれ見よがしにその男の顔を踏みつけると、周りの男たちを睨み付けた。


「いいか、俺の主人は俺より遥かに強く強欲だ。

自分の持ち物に手を出されれば、今度はお前たちが素材として、この店に運ばれることになるからな。

よく覚えておいた方がいいぞ」


「「「「ひぃっ!」」」」


ひとしきり彼らを脅したあと、俺はアリスたちに合流すべく踵を返した。

今回の収穫(良い解体屋と出会えたこと)に満足しつつ……。

明日の公開は9:20です。よろしくお願いします。

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