ep20 歴史を先取りする攻防
俺は岩山の上で一通り休むと、帰る前に持って行く土産の準備に入った。
先ずは洞窟の中にある岩塩だけど、ひとつだけ大きな問題がある。それは魔物の存在だ。
魔の森に生息する動物が、岩塩を求めてこの洞窟にやってくることもあるらしく、洞窟内にはそれを狙った魔物が待ち受けているはずだ。
あの時もそうだったし……。
言ってみれば岩塩洞窟は魔物たちにとって、絶好の狩場にもなっているからだ。そのため洞窟の中にはおそらく強力な魔物たちが息を潜めて獲物を待ち受けている。
そんな中に俺が飛び込めば、狭い洞窟内では自由に魔法を展開することも難しく、正に鴨がネギを背負ってやって来た状態になってしまう。
なので俺も手を考えた。
現代日本の知識を使えば、場所に応じた作戦で直接戦わなくても十分に勝てる。
そう、名付けて魔物燻製作戦!
先ずは大量の可燃物。
空間収納によって周りから集めた落ち葉や枯れ枝、生木を含む大量の可燃物を洞窟に入ってすぐの入り口付近に積み上げた。
次は封印だ。
入り口部分に地魔法を使って壁を作り、足元に小さな通気孔を残して完全に封印した。
そしてスモーク開始。
通気孔から火魔法を中に送り込み、事前に積み上げた可燃物に着火させると、その後は火力の高い火魔法を連発して火を送り込み続けた。
これにより洞窟内の酸素は一気に減少し、更に大量の煙が洞窟内に充満し始めた。
恐らく温度も急激に上昇し始めただろう。
そして、薪として投入した木々が盛大に燃え出したころに通気孔に蓋をし、出口に作った壁を地魔法で更に強化した。
この後は酸素が減ったことで一酸化炭素が充満すれば、魔物を含めて洞窟内に潜む呼吸する生物は全て、一酸化炭素中毒で死に絶えるだろう。
難点は……、洞窟全体に行き渡るまでに多少の時間が掛かることかもしれない。
まぁ、岩塩を取りに行くのは明日でいいか。
後は……、特別最終班に渡すエンゲル草の採集だけど、これも三日月状に広がる岩場の内側に、薬草の群生地があることを前回の知識で知っている。
手付かずの群生地は薬草の宝庫で、殆ど時間を掛けずに十分な量を集めることができた。
エンゲル草のついでに他の薬草も収集し終わると、およそ二時間ぐらいの滞在で俺は帰路に就いた。
帰りは少し負担を減らして移動速度を落とし、何度か休憩を挟みつつ戻る前提で。
肉体的には楽でも、往路は精神的に結構ギリギリのラインだったから。
◇◇◇ 河原の上流 非制限エリア
「リーム、お帰りっ! 遅いから心配したわよ。大丈夫だった?」
「うん、ばっちりだ。それでアリスたちは?」
「それが……、その……」
あれ? なんか様子がおかしいな。
思った以上に採れなかったのか? それとも何か……。
「エンゲル草は全滅だったの。ほとんどの群生地に領主様の名で採集を禁じる看板が立てられていて、それ以外の場所も『剪定』されたイビル草ばかりだったわ」
アリスがそう言うと、カールたちも同様に項垂れて落ち込んでいる様子だった。
今後はエンゲル草の採取が絶望的になると嘆いているのだろう。
ちっ、やっぱりか。
奴も同じく、打てる手を矢継ぎ早に打ってきていると言うことか?
全く可愛げがないな……。
「アリス、そしてみんな、それは気にしなくていい。
強欲な領主がこういった手に出ることは目に見えていたからね。今後はエンゲル草を採集しなくていいよ。
新しい群生地の目処を付けてきたからね」
「えっ、そうなの?」
「ああ、今後はエンゲル草を探す時間を、より安全な場所で他の薬草採取に充ててほしい」
「わかったわ。本当にリームはすごいね」
「違うよ、皆が協力してくれるから俺が好き勝手にできるだけだよ。さて、そろそろ勤労奉仕のみんなを迎えに行こうか?」
俺の言葉で、五人の仲間たちも川沿いを下流へと移動し始めた。
◇◇◇ 集合場所より下流、採掘現場
さて……、砂金採集の状況はどうかな?
見たところ孤児で採集を行なっているのは10人程度、あとは約五十人近くの人足と、それとほぼ同数の兵士たちが川に入って汗を流し、苦しそうに腰をさすっていた。
その誰もが顔に生気がなく、憔悴しているように見えた。
そりゃそうだろう。一日ずっとあの姿勢じゃあな。
特に大人にとっては辛い姿勢だ。
加えておそらく今日は成果ゼロ、そんな感じだろうな。
俺は一人の兵士の姿を確認すると、彼のもとに走り寄って行った。
「コージーさん、お仕事お疲れ様です! 皆の迎えに参りました。それで……、砂金は取れましたか?」
「おおっ、ボウスか? それがな……、さっぱりよ。
皆も苛立っているようだから、あまり大きな声で言わない方がいいかもな?」
まぁそうだろうね。この辺りで砂金が出るはずもないから。
本来ならこの川でこの人数が従事すれば、初日でもそれなりに成果はでるはずなんだけどね。
従事している人たちには申し訳ないけど。
「どうやら領主様も途中で怒って帰られてしまったし、ボウズたちが川で遊べる日が来るのも、そう遠くないかもしれないな」
確かに。全く取れなければ奴も音を上げて採取作業を中止するだろう。
だが……、果たしてそれでいいのだろうか?
俺は改めて考え込んだ。
「!!!」
そして俺は、さらに悪辣なことを思いついた。
だが問題もある。それに相応しい人物がいるだろうか?
帰りの道中で、俺はアリスに小声で相談した。
「アリュシェス、勤労奉仕に参加している中で、口が堅くてかつ信頼できる者に心当たりはないかな?」
「リュミエールとして?」
その問いに俺は小さく頷き返した。
アリスはそれを確認するとクスリと笑った。
「何人も居るけど、同志に加えてもいいと思えるぐらいの子なら一人だけね。
マリーなら適任だし、なにより彼女はリームを尊敬しているから、リームの言葉なら何でも聞くわよ」
「え……、俺を尊敬? どういうこと?」
「彼女は私より二つ年上だけど、ずっと勤労待遇だったの。
でもリームがみんなに勉強を教えるようになって中級待遇になり、今は上級待遇まで上がって小さな子供たちに勉強を教えているわ。これもリームのお陰だっていつも感謝してるもの。
そして……、あの残酷な世界を憎んでいるわ」
そういえば確かに……、俺とアリスで文字を教え始めたころ、最初に加わってきた中に年長者がいたな。
あの少女か?
「なら丁度いいな。彼女には明日の採集よりリュミエールとして依頼がしたい。
大丈夫かな?」
「問題ないわ。彼女はいつかリームの手助けをして、恩を返したいって言っていたし。
今から呼んでくる?」
「頼む」
そのあと俺はカールに目配せをすると、アリスが連れてきたマリーと共に三人で列を離れた。
そしてマリーには、俺とアリスが孤児たちを救うために動いていること、その計画のため仲間となってくれるかを確認した。
「何でも指示してくれて大丈夫です。リームが必要と思うことなら理由を説明しなくても大丈夫よ。
私が知らないほうがいいこともあると思うし」
なるほど……、アリスと同様に勤労待遇から上級待遇に上り詰めただけのことはあるな。
マリーも俺の意を汲んでくれる利発さがあった。
そして彼女は、翌日から俺の依頼した通り巧妙に動き出してくれた。
この日より、俺の用意したアリ地獄が奴を襲う。
明日の公開は8:20です。よろしくお願いします。




