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ep18 十二の偉業

俺は机の上で、自身が辿った前回の記憶を、できる限り正確に思い出し、必要な点を書き留めていた。

まず最初に、ルセル・フォン・ガーディアが洗礼の儀式を受け、辺境伯家を継いだ母違いの兄からトゥーレの領主として厄介払いされるのは十歳、本来なら今から二年後だった。


今は既にそこが二年前倒しになっている。


「さて、先ずはトゥーレの現状整理だ。あの時(前回の二年後)とさして変わってないよな。

なんせトゥーレは……、とっくに限界を迎えた町だったのだからな」


先代の辺境伯も一時はトゥーレの開発に力を入れていたらしい。魔物の侵入や抗争の絶えない人外の者と呼ばれた亜人たち、それらに対抗するため六百名もの常備軍を駐留させ、魔の森の最前線をトゥーレから押し上げ、町の周辺に安全圏を確保することに成功していた。


それにともない、元は魔の森だった場所の新規開拓や周辺に点在する村の開発も行われてていたそうだ。

それも疫病の発生とともに行き詰まり、今トゥーレはやガーディア辺境伯領内のお荷物とされる町だった。


だからこそ、ルセルは中央から遠ざける意味でもそこに追いやられたんだ。



◆トゥーレ

町の人口:約四千人(うち兵士六百名、亜人約八百名)

主要産業:商業及び各種加工業、軍需産業


魔の森からもたらされる産物と周辺の村々からの農産物が集約される拠点となっていたため、商業やそれに関連する一時加工は盛んであった。

町の規模に似合わない常備軍を擁していたため、鍛冶や武具製造など、軍に関連した産業も発展していた。


こういった特徴により、ある面で町は活況を極めていたが、危険な最辺境の町であり荒くれ者の人足や流れ者、犯罪者なども流入し治安が悪く、今では特殊な事情がない限り、望んで移住する者は少ない。


そして町の一角には、これまでに里を討伐された亜人種も市民権を与えらせず居住しており、彼らを対象とした人身売買すら横行していた。

もちろん、貧民街で困窮したヒト種を含めて……。



◆トゥーレ隷下の村落

所属する村:十二村(うち魔の森近辺に開拓された村は四村)

周辺部人口:約二千人から二千五百人(亜人の数は不明)


町が発展するには、それを支える食料が不可欠だが、今の農村規模では正直言って行き詰まる。


なんせトゥーレには町の規模に合わない駐屯兵力もあり農村の拡大は不可欠だが、色んな意味(魔の森・治安・疫病など)で農村は不安も抱えている。

新規入植の促進や開拓農地を拡大するためには、これらの不安解消が必要とされている。


町を含めると最大七千人規模の人口を抱え、見掛けだけなら男爵領程度の規模があったが、時折この人口が千人単位で一気に減少する。

高熱をもたらす疫病によって……。


そのため内政に注力し一帯を発展させても、疫病の流行によって一発で逆戻りすることを繰り返していた。



「次におそらくルセルが手を出してくるのは『十二の偉業』のいずれか、だがそれはどれだ?」


このうち幾つかは、この世界では非常識な施策も含まれており、異世界人であった俺にしか発想が至らないものだが……。


詳細な時系列は忘れたが、俺は項目だけざっと書き出してみた。



◆十二の偉業


①食料事情の改善(未利用可食植物たべられるやそうの調査、情報提供を経て食用化を推進して食料事情を改善)

②疫病対策(インフラ整備とエンゲル草など特定の薬草採集及び流通を公営事業化し安価で提供)

③救民施策(貧困層に対する救済施策として、救済と仕事や住居を斡旋し自立を促した)

④亜人保護(町に住む市民権のない亜人(主に獣人)の保護と、ヒトとしての市民権付与)

⑤教育改革(誰でも無料で学べる学校を開設し識字率や基礎学力を爆発的に向上させた)

⑥教会改革(教会と孤児院改革を断行し、既得権益だった洗礼の儀式を無償化し多数の魔法士を確保)

⑦施療院新設(⑥により教会の機能を分け、無償で治療を行う施療院を新設)

⑧融和施策(④などにより魔の森で敵対していた各種族と和解し、自陣営に取り込んだ)

⑨活版印刷の普及(紙の生産を産業化し、並行して活版印刷を事業化)

⑩産業振興(①~⑥、⑧⑨により領内発展と魔の森の開発推進、資源の発見による財政健全化)

⑪強兵施策(③④⑤⑥⑧により独自兵団の設立と強兵化の推進)

⑫税制改革(①②⑨⑩により王国一低い税率の実現)



改めて書き出してみると……、俺も十四年間で結構頑張ったよね?

中には最初のころから手を付けて、コツコツ積み重ねた結果、最終的に形になったものもあるし。


書き並べると簡単に思えるが、実際に実行するまでには様々な壁にぶつかったし、抵抗勢力も後を絶たなかった。


ただお陰で俺がブルグとなる直前、十二年目になるとトゥーレはガーディア辺境伯領でもっとも豊かで活気ある街になっていた。

最後の二年間はトゥーレで行ってきたことを、辺境伯領全体に広がる作業だった気がする。


ただそれも簡単ではなかったけど。ホント、言うとやるとはエライ違いだからなぁ。


「さて……、奴ならどうするだろうか?

俺が奴の立場ならばまず手を付けるのが①から⑤、そして⑨と⑩か?」


俺を『下賤の者』と呼んだ奴が、③の救民施策と④の亜人保護はちょっと疑問だけど、今回奴は孤児院に対して手を付けてきた。

どこまで本気かは分からないけど。


「あとは……、⑩も一部に手を付けているな。まぁ砂金事業は最も手っ取り早い手段だからな。

魔の森に眠る資源は……、当面の間は手が出せないだろうし、俺はそこを先回りできるか?

⑨の活版印刷も奴にを越される可能性があるな……」


だが奴の目論見のひとつは早々に頓挫する。

お目当ての砂金は俺たちがほとんど回収済だからね。

そうなれば救済施策と言って来た孤児たちの雇用も早々に立ち消えになるだろう。


そして②のエンゲル草の収集も俺たちが先行している。

初期段階で狩場としていた比較的安全な場所は、既に俺や他の収集者によって抑えらられているからだ。


出鼻を挫かれた奴は、そこで本性を見せるかもしれないな?

結局のところ俺は、奴に正面切って戦わないにしろ、歴史の裏側で起こる奴との戦いに備え準備しないといけないということか?


であれば……。

俺は拠点となる場所を確保しなければならない。今の奴が手を出せない場所に。


現在、魔の森との境界には砦が築かれて二百名の兵士が交代で常駐している。

日々彼らが境界を分かつ柵を守り、それを延伸してくれているからこそ、トゥーレの先に広がる森林は比較的安全な場所になったと言われている。

それ以前は、城塞都市の趣があるこの町こそが最前線だったらしい。


そう、二回目の世界でまだ先の未来、俺が獣人たちと和解したのち、今ある砦の遥か先に築いた魔の森深部にある町、フォーレと名付けた場所なら、新しい拠点とするのに最適かもしれない。

ただ……。


「やっぱり今の時点ではまだ難しいかぁ。でも拠点は欲しいよなぁ……」


そうボヤいて大きく伸びをした時だった。

突然後ろから声を掛けられた。


「リームは何か欲しいのかな? というか……、夜遅くにお姉ちゃんに内緒で何をコソコソとやっているのかなぁ?」


「あ? うわぁっ! アリス」


「私に『うわぁ』はないでしょう。何? 見せてよ」


そう言ったアリスにより、整理していたメモを強引に奪い取られてしまった。

勘弁してくれよ……。


「なにこれ? 全然訳がわからないんだけど。あとこれは……、地図?」


ちっ、そこだけは理解されてしまったか。

俺はある時から大事なメモは全て日本語で書くことを習慣化していた。

だから書いてある文字は誰にも理解できない。


ただ……、記憶を頼りに書いたフォーレ(と未来で呼ばれる場所)の位置を記した地図だけは、見る者が見れば理解されてしまう。


「ちょとね、これから先の大事な内容を整理していたんだ。なのでアリュシェス、今はこれ以上のことは何も言えないよ」


「ぶー、最近リームはそればっかり」


「ばっかりって、二回目じゃん! ってかアリス、その口癖は子供の時から変わってないね」


「またお姉ちゃんをバカにしたな!」


「違うよ。大人になったお姉ちゃんには似合わないって言ったんだ」


そう言うとアリスは少し機嫌が治ったのか、思慮深く何かを考えてため息を吐いた。


「もう、いつもリームは一人で頑張るんだから、あまり無理しちゃダメだからね?」


「うん大丈夫。絶対に無理はしないから」

(そう、今の俺には五芒星ペンタグラムという強い味方がいるからね)


「それより明日から採掘奉仕が始まるでしょ。アリスも俺も、引率として子供たちを引き連れて行ったあと、選抜メンバーで採集なんだから、早く寝なきゃ」


「リームもね。でも……、一番子供のリームが年上の子たちを指して『子供たち』っておかしいよ。

気を付けてね」


あ……。

以前クルトに指摘されていたことを、またやっちまった。

相手がアリスで良かったけど。



そう、俺は明日より大きく一歩先に進んだ行動を始めることになる。

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