ep17 迷える未来
新しい力を得(取り戻し)て意気揚々と孤児院に戻った俺は、院長の老婆から呼び出しを受けた。
ここ最近の俺は、クルトのアドバイスを実行していたので目立った成果も出していない。
採集自体も余計な成果は隠したまま、クルトが密かに闇市場で換金していたのため、タチの悪い偽物であるイビル草を持ち帰らなくなったこと以外は、少しだけ効率があがったに過ぎない。
言ってみればほどほどの結果に調整していた。
これらの理由で、俺がこの老婆から直接お褒めに預かる機会はなく、呼び出しを受けることもなかった。
「リーム、お前にはちょっと聞きたいことがあって来てもらったよ。
今日の採集から帰って来たカールからも聞いたのだけど、困ったことになってしまったね」
あの件か。そうだよな。
いつも使用している川が立ち入り禁止になれば、水場はより危険な奥地に進むしかない。
そうなれば危険度は飛躍的に跳ね上がる。
因みにクルトが次に野外採集のリーダーに指名したのがカールだ。
クルトに指名されるだけあって、彼も上級待遇の孤児でありクルトを尊敬しているひとりだった。
クルトが陰で孤児たちの腹を満たせるよう努力しているのを知っており、クルトの卒業後も俺が一人で採集を抜け出すことを黙認してくれている。
その辺りはしっかりクルトが言い含めているらしかった。
「問題というのは何でしょうか?」
(もちろん立ち入り禁止の件でしょうけどね)
「聡明なお前らしくない質問だね。新しい布告の件は知っているだろう?
これでは今までと比べて採集が難しくなってしまった。だけど薬草の需要は変わらないからね」
「私にできることがあればお申し付けください」
(そうなるよね、水場が使えないと今までとは大きく勝手が変わるし)
「その言葉を聞きたかったよ。今後採集は一部の熟練した子供たちに限ろうと思っていてね。
もちろん、五歳から四年近く採集に従事したお前も熟練者のひとりだからね」
「はい、あの時は私の我儘を聞き届けていただいたこと、今でも感謝しています」
(散々あなた方には反対されましたけどね)
「次回から野外奉仕は二班に分けようと思う。
お前を含む13歳以上の経験者だけで構成された採集班と、11歳以上の子供たちで構成された採掘支援を行うものたちにね」
「その……、採掘支援とは何でしょうか?」
「実は今日、布告が出されると同時に新しく領主となられたルセル・フォン・ガーディア様よりご使者がいらしたのさ。有難いことに孤児院救済の一環として、子供たちに川での仕事を紹介していただけることになったよ」
「……」
(ちっ、余計なことを……)
確かにルセルは前回、貧民街の子供や孤児たちにもできる仕事を斡旋し、働く彼らに収入と食事を与えるような施策を行っていた。
砂金堀りもその一環ということか……。
「クルトが卒業してしまった今、採集でもっとも経験のあるのはお前とアリスぐらいだからね」
確かに……。
通常参加できるのは十歳になり洗礼の儀式を受けてからが前提のため、今十三歳のカールも経験は二年程度しかないが、俺とアリスは別格だ。
二人とも四年近くの経験があり、他の誰よりも採集に慣れている。
「熟練した者たちだけで構成した場合、規定量を確保できるかい?」
そりゃそうだよね。
大人たちからすれば、火魔法士であり護衛役も兼ねていたクルトの卒業後は、比較的安全とされる場所でしか採集ができなくなったと思っているからね。
もちろん事実とは異なるけど……。
これまでは参加人数を増やしてなんとかカバーしていたけど、それでも効率は落ちているのだから。
まぁこれも、俺たちが意図的にそうなるように仕向けていただけの話なんだけど。
「できるとは言い切れません。ですが慣れた人たちなら八割程度までなら頑張れると……」
(余裕でできちゃいますけど、そうは言えませんからね)
そう答えると院長の老婆はこれみよがしにため息を吐いた。どうせクルトさえ居れば……、そう思っているのだろう。
もちろん『優秀でない』俺はご期待に添えませんからね。
「では仕方ないね。治療のため教会に救いを求めてくる人は後を絶たないんだよ。
私たちは神の慈悲を彼らに施すことが使命だからね」
なるほね。医療機関のないこの世界で、風邪や怪我でも教会に救いを求めてくる人は絶えない。
そんな儲けの種を失いたくはない。いや……、もしかすると教会側から厳命されているのか?
「次回から、これまで以上に努力します。救いを求めてくる人たちの役に立つためにも」
そう答えて俺は部屋を出た。
だけど今後は、色々と考えなくてはならない。
俺や院長がさらっと流した、新領主のことがあるからね……。
◇◇◇
ルセル・フォン・ガーディア、俺と同じく前回の歴史を知る奴なら、この先に行ってくることも分かりきっている。
奴は俺であって俺ではない。
もしかすると……、俺がそう思いたいだけなのかもしれないけど。
八歳で砂金採取に乗り込み、その利益を独占しようとしていることもそうだが、不用意に奴が俺だけに発した言葉、それは俺なら、仮にそう思っていても絶対に言葉にしない内容だった。
その点だけ考えても、今のルセルは信用できない。
俺は漠然とそう感じていた。
だがこの先も……。
きっと奴は歴史をなぞってくる。自分の都合の良い形にアレンジしながら……。
表面上は慈愛溢れた才能豊かな統治者として、今後はトゥーレで『十二の偉業』と呼ばれたものを再現するつもりだろう。
そうなれば俺はどうする?
「くそっ、目の前のラスボス(院長)退治も終わっていないのに、更に新たなラスボス(ルセル)の登場かよ。しかも……、最もタチの悪い形で」
そう呟いた俺は、駄女神の言っていた過酷な運命の強烈さを、再び実感せざるを得なかった。
だけど……。
「全部とは言えないが、俺が先回りできることはやってとくか? 相手の手の内を知っているからこそ、俺にもできることはある。
でもその場合って……」
そこまで考えて俺は大きなため息を吐いた。
もし俺が、孤児院と教会をぶっ壊す以上の先に踏み込んだら……、もっと大きなものを背負わなければならなくなる。
偉業と呼ばれた施策によって救われた人々の生活、そして命さえも……。
果たして今現在は孤児でしにい俺に、そんなことができるのか?
「今のリームでは絶対に無理だな。俺はまだ最初の階段すら上り切っていない……。
ただ、奴が慈愛ではなく自愛、利己的に走り出した場合、揚げ足を取る準備だけはしておくか?
今やってる砂金の対応についても、思いっきり奴の自愛だしね……」
自分に言い聞かせるように呟くと、俺は上級待遇以上の者にだけ与えられた自習室にて、薄暗い燭台の灯るなかで机に向かい、ペンを走らせていた。
今後少しでも奴に対抗できるように……。
 




