ep16 失ったものとの再会
最後の最後であの野郎は、俺に圧力を掛けるつもりだったのだろうが、大きな失態を犯していた。
奴が俺の肩に手を掛けた瞬間、クルトの時とは比べ物にならない衝撃が俺の中を駆け抜けた。
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◆魔法保持者
ルセル・フォン・ガーディア
◆転写の対象
※※※※※(※※※※※※)※※※※※ 転写不可
五芒星(神威魔法)☆☆☆☆☆ 転写可能
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『はははは、やった! まさか向こうから接触してくれるとは!』
俺はあの刹那、目の前に表示された内容に心の中で歓喜の声を上げていた。
かつては俺自身が所有していた五芒星魔法は、今のルセルが所有していることは主神と駄女神との会話で分かっていた。
その魔法は、かつて俺自身が所持して使いこなしていたからこそ、鑑定を経ずとも詳細は分かりきっていた。
だが、大きな問題もあった。
果たしてルセルがこの三度目の世界で、どう動いてくるのか全く分からなかった。
そして同じ動きをするとしても、向こうは辺境伯の息子であり、俺は一介の孤児に過ぎない。
余りにも身分が違い過ぎて接点など生まれるはずもなかったし、まして条件である身体に触れることなど、常識から言えばあり得ないほどの難題だった。
だが奴は、自信からか傲慢なプライドからか、自ら俺の身体に触れて圧力を掛けて来た。
そのため、想像はしていたものの『あり得ない』と諦めていた。
しかもそのあり得ない低確率の機会が、本来なら訪れる二年も前にやってきたのだ!
その超低確率な機会が俺に幸運をもたらし、『適当』に与えられた新しい加護、転写魔法は五芒星を転写可能と告げていた。
一番目が表示されていないことに一瞬だけ疑問を感じたが、おそらく俺と同様に+が付いているからだろうと推測した。
おそらくルセルとして四畳半ゲートに+が付いた状態を、俺は過去に確認していないからだ。
いや、むしろそんなことはどうでも良かった。
俺はあの一瞬で様々な考えを巡らせつつ、迷うことなく転写魔法を発動していた。
これで少なくとも、この世界の人々では最上位と言われる威力を持つ、天威魔法のレベルで五属性もの魔法を行使できることになる!
『これでやっと……、俺は自身だけでなく皆を守るだけの力を手に入れることができた!』
俺は長年の計画で、非常に困難だった内容の一つを、思わぬ出会いのお陰で達成することができた。
アリスたちが待つ上流へと戻る道中で、俺はもう待っていられなかった。
俺は魔力を巡らせ、歩きながら言霊を込めた命令式を呟いた。
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◆固有魔法スキル
固有名:四畳半ゲート+
属性 :無属性時空魔法
レベル:地威魔法 ★★☆
説明 :過酷な運命を経た転生で魂に刻まれた空間収納スキル 最大で四畳半程度の物質収納が可能
◆加護による魔法
魔法名:鑑定魔法(劣化版)
属性 :無属性
レベル:地威魔法 ★★
説明 :劣化版のため、ヒト種、亜人種、魔物などの鑑定は不可 常時発動不可で使用限界あり
劣化版のため、鑑定は視界のなかでひとつの物体しか鑑定することはできない
魔法名:五芒星魔法-(NEW)
属性 :五属性
レベル:天威魔法 ☆☆☆☆☆
説明 :転写魔法によって得られた五芒星魔法の劣化版。火・水・地・風・雷の魔法を行使可能
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『キターっ!』
声にならない歓喜の叫びを上げ、両拳を握りながら俺ばしゃがみ込んだ。
そして……。
「ああ……、ずっと待っていた。やっと、やっとだ。おかえり……」
当たり前にあったものが他人に奪われて八年、やっと戻ってきたことの喜びを噛み締めた。
小さく呟いた俺の両目からは、いつしか涙がとめどなく流れ落ちていた。
劣化版とはいえ、世間一般では最上級とされる天威魔法だ!
上手く使いこなせば、身体的に脆弱な八歳の俺ですら、一人で魔の森に入り無双することさえできる。
やっと……、俺は。ずっと望んでも叶わなかった、自身や大切な人を守る力を手に入れたことになる。
「リーム、よっぽど怖かったのか? 泣いているぞ」
「……」
(いや違う! これは嬉し泣きだ)
「それにしても……、ルセル様だっけ? まだ俺たちと同じ子供なのに凄いよね」
「……」
(違う! 奴も俺と同じ記憶を持つ大人だ。子供であるはずがない)
「凄く優しくって、俺……、声を掛けてもらったとき嬉しくてたまらなかったよ。
今度はあの方がトゥーレの領主様になるんだっけ? 楽しみだし皆に自慢できるよ」
「……」
(全然違う! 奴は善良な領主を取り繕っているだけだ。奴は俺であって俺でない!)
そう考えると、俺と奴とが元々一つの魂魄だったとする駄女神の説は、全力で否定したくなるな。
奴が俺にだけ呟いた言葉、あれには大きな違和感があった。あれは絶対に俺の言葉ではない!
もし魂が引き裂かれていたのなら、奴は俺の心の奥底に潜んでいたかもしれない、悪意や陰湿な部分だけが切り取られた存在、そうであるとしか思えなかった。
まぁそれはさておき、俺は奴とは別の道を進むだけだ。
いっそクズだったことが、返って気持ちが楽になるというものだ。
それに……、奴の目論見は最初の段階で大きく頓挫することになる。
どれだけ人手を雇って砂金を探しても、何一つ見つからないんだからな。
「はははははっ」
(ザマーみろっ)
「あれ? さっきまで泣いていたリームが、今度は笑っているぜ。本当に大丈夫か?」
四人の子供たちからの視線が若干痛かったが、今の俺はすこぶる気分が良かった。
一刻も早くアリスの元に戻りたくなった俺は、突然走り出していた。
◇◇◇
今思い返してみれば、あの時の俺は主神の発していた『適当』を誤解していたのかもしれない。
実はこの言葉、使い勝手がよく便利だが厄介な側面もある。
・必要とされる事柄に対し、相応しく適切であるもの
・ぞんざい、いいかげん、投げやりに選択されたもの
一つの言葉に、相反する意味が含まれているのだから。
ただ流れ的に、後者で受け取っていた俺は多分悪くない。誰だって悪い方の意味で受け取るだろう。
そう、俺のせいではない。きっと諸悪の根源はあの駄女神だ!
それと……、考えたくはないが『テキトーに選んだらたまたま全部当たりだった』というオチもある。
まぁしかし、ちょっとだけは謝意を示しておくか?
その日俺は孤児院に戻ると、教会にある神々を祀る祭壇の清掃奉仕を願い出て、大人たちを驚かせることになった。
もちろん上級待遇だった俺の願いは、すく受理されることになった。
その日から俺は……、
主神を祀る祭壇は適当(それに相応しく丹念かつ丁寧)に清掃を行い、
女神を祀る祭壇は適当(ある程度手を抜いてぞんざい)に清掃していた。
そして俺は、クルトたちと策定した目標に向け、もう一段ギアを上げて走り出すことになる。




