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ep14 真実に繋がる鍵

会合の最後になって、満を持したようにクルトが俺へのプレゼントと言って差し出したのは、小箱に収められていた銀色に輝く腕輪だった。


「俺に? クルトが?」


「僕からじゃないよ。これはリームが持つべきものだからね」


余りにも予想外な代物に、俺はクルトが差し出した腕輪を手に取ってまじまじと見た。


リング状の腕輪の留め金となる部分には、さりげない大きさの鷹が羽を広げた意匠の飾りがあしらわれており、リング自体は銀かそれに似た金属で作られているように見える。だが俺には、それが『特別な金属』で作られていることが分かった。


腕輪全体が放つ洗練した輝き、鷹のデザインやリングの外周に刻まれていた文様も精緻を凝らしたものであり、相当腕の良い細工師により時間を掛けて作られた物だと分かる。


過去にルセルとして受けた教養から、鑑定を使うまでもなく『それなり』のものだと分かる。

これは一体……。


「わぁっ、いいなー。リームにだけ?」


「アリス、これは元々リームの持ち物なんだ。僕はそれを取り返してきただけに過ぎない」


え? どういうこと?


「リームが教会の前に捨てられて孤児院に連れられてきた日、僕はその場にいたからね。

産着の中にこの腕輪が一緒に入っていたんだ」


あ! それって……、あれか?

この世界で俺の叔母にあたるあの人が、母との唯一の繋がりだと言っていた……。


「これが出てきたとき、大人たちは大騒ぎしていたからね。この腕輪はかなり値打ちのあるものに見えたから、おそらくこの子は裕福な生まれの子で、何らかの事情によって預けられたのだろうって、ね」


確かにそういった事情の子供は、数こそ少ないが今も孤児院にいる。

貴族の子として生まれながら子弟として認められず家中で育てられない子供、裕福な家の生まれだが嫡出子と認められない子供など。


彼らは、一般の孤児とは縁のない特級待遇として育てられている。多くの場合、毎年匿名で彼らに宛てた多額の寄付が孤児院に寄せられるからだ。


「だから腕輪はいったん孤児院で厳重に保管され、リームが二歳になるまで大人たちは特別に扱った」


「そうだねー。リームは凄く大事に育てられていたもんね」


あれ? それって……。

二歳まで孤児たちは一様にぬるま湯の生活を送るものだと俺が思っていたのは、実は間違いだったのか?

アリスも同意しているあたり、それは事実なのだろう。


俺が裕福な家の生まれだって?

いや、それはないな。そもそも俺の母親はどこかに売られたと聞いていたし。


「でも二年たっても何の音沙汰もなかったので、孤児院としてはリームを普通の待遇に戻した。

そして腕輪は預かられたまま、倉庫のなかでその存在を隠されていたんだ」


だよね……。

そんなものがないのは、俺が一番分かっている。

本当に不要とされて、それこそ命を助けるために教会に捨てられたんだから。


「だからこの腕輪はリームの物なんだ。何の気兼ねもなく、堂々とこれを受け取ってほしい。

経緯を知る僕が、そして君と盟友である僕が、その事実を告げて本人に返すこと、これは僕が孤児院を出る前にしなくっちゃならないことだった」


「だけどクルト、これを持ち出して大丈夫なのか?


気持ちは嬉しいけど、後で詮索されてクルトに害が及ぶことがないか心配なんだけど」


「僕は孤児院でも教会でも信頼されているからね。保管庫は清掃以外で滅多に人の出入りがないし、この腕輪の存在は忘れられたのか、倉庫の奥で埃を被っていたから、気付くことはまずないと思うよ」


そう言ってクルトは笑った。

埃を被っていたということは、頻繁に確認されていないということか。


「万が一無くなっていると気付かれても、犯人は分からないし、その時には既に僕は卒業して犯人を捜す側になっているからね」


仮に発覚しても相当時間が経ったあとで、既に関係者を追えない状態になっていると。

だからこそクルトは、このタイミングを選んで俺に返してくれたのか……。


「ではクルト、ありがたく腕輪は返してもらうことにするよ。本当にありがとう」


「ねーねーリーム、私にもその腕輪見せて?」


俺が受け取ると同時に、アリスが目を輝かせて頼んできたので、俺は彼女に腕輪を渡した。


「綺麗な腕輪だねー。いいなぁー」


そう言うとアリスは腕輪を手首に通してみたり、まだ小さな腕の位置まで当ててみたり、丹念に装飾を見たりと、夢中になっていた。


ははは、やっぱり世界は違ってもアリスも女の子なんだな。

アクセサリーに夢中になるのは、いつも共通のことだ。ましてこんな所にいたら縁がない代物だし。


そう言えば、先ほどの盟約の話の時と比べ、アリスの口調が年相応になっている。

やはりこっちが地で、それなりの話の時には『お姉ちゃん』として彼女も目一杯背伸びしているんだろうな。


「リーム、ここに何か……、書いてあるよ?」


こと細かく腕輪を見ていたアリスが、腕輪の内側に刻まれた小さな文字に気づいたようだった。


「何て書いてある?」


「えっと……、マ? リュミ、エール? クルト兄さまはわかる?」


「そうだね……、確かにマ・リュミエールと刻んであるね。だけど僕にも、何の意味か分からないや」


マ・リュミエール? 

まさかとは思うが、文字は違うがma lumièreなのか?

もしそうなら、俺にしか思いつかない言葉だけど……。


「あ! 私、分かっちゃったかも!」


いやアリス……、分かるはずがないと思うよ。

俺が知る限り、この世界にそれを意味する言葉はない。

ドヤ顔で笑うアリスには悪いけど。


「リーム、お姉さんとして教えてあげる。これは貴方の名前よ!」


『はぁ? いったいどういう根拠で……』


「私もアリュシェスがアリス、だからリュミエールもリームよ」


「そうか……、確かにあり得るね。孤児院では子供達でも呼びやすい簡単な名前が付けられる。

そして大人たちはおそらく、この腕輪を念入りに調べてこの文字の存在も知っていただろうし」


そういうこと? でも……。

どちらかと言うと『我が光』と刻まれた意味であれば、俺の名前とは縁がなく、むしろ腕輪を送った者が俺の母親に対して贈った言葉、そう思えるんだけど。


でもまぁ、響きは悪くはないか。

この腕輪と刻まれた言葉、それは俺が唯一母親との繋がりになるものだし。


「アリス、ありがとう。じゃあ俺も本当の名前はリュミエールにするよ。

これもクルトのお陰だから、クルトにも感謝を」



ただ、この腕輪に関して他にも疑念に思うことがあった。


・鷹の意匠を使用していること

・この素材について

・施された細工について


ただこれは、この場で彼らに話すことではない……。



一点目は、鷹の意匠を使用していることだ。


本来なら鷹の意匠は、この国では高位貴族以外で使用することが許されていない。

そして翼を広げた鷹、その意匠を家紋にしている貴族は数家しかなく、俺には心当たりがあった。

なんせ二度目のルセルは、そのあたりを貴族教育の一環として教えを受けていたからだ。


それぞれ微妙に違うが、翼を広げた鷹を家紋にしているは南の辺境伯家、伯爵家が二つ、そして……、北の辺境伯であるガーディア辺境伯家。

遠い昔、それぞれが縁戚であったことから、同じく翼を広げた鷹が家紋に使用されている。



そして二点目、素材も大いに問題と思えた。


ぱっと見れば銀に見えることもないが、銀ではない。

この違いは教会や孤児院で働く大人たちでは分からないだろう。そもそも彼らは、俺が考えている物質を目にしたことがないからだ。


僅かに銀とは違う光沢を持ち、比重は銀の二倍近くある物質、まして腕輪として日用使いしていたにも関わらず、変色などの劣化がほとんどない。


このことからも腕輪がこの世界では金より希少な金属、白金プラチナで作られていることが推察できる。

プラチナは高価な装飾品や最上位の貨幣にのみ使用される貴重な鉱物で、一般人には縁がない。俺がルセルとして二度目に生きた時も、辺境伯を継承してやっと直接手に触れたような代物だった。


なので孤児院や教会関係者が知る由もない話だが、それが使われているとなると……。



そして三点目は、腕輪に施された精巧な細工が、それらの疑問を更に裏付けていた。


あのような精緻な細工は、特別な熟練工でしかできない代物だ。

これもまたルセルとして生きた俺、貴族としての目利きがあってこそ言える話なのだが……。


なので腕輪は、正当な認可を受けた工房で最上位の職人の手によって作られたものと言える。

それは即ち、正当な立場の者が正統な経路で依頼をして制作されたものと言える。

そういった熟練工を抱える工房が、許可なく鷹の意匠を使った腕輪を作ることなどあり得ないからだ。


ただどれも、今の時点では俺の胸にだけ閉まっておいたほうが良い話ばかりだな。

いずれいつか……。



「リーム?」


あ、いかん。思いに耽って心が別の世界に飛んでいた。

俺は慌てて、問いかけたアリスに笑顔を向けた。


「本当の名前はこの三人だけ、当面の間はリームを名乗ったままにするよ。

俺たちの間で何か特別なことを伝えたい時だけ、俺のことをリュミエールと呼んでほしい。

俺が新しい名前を名乗るのは……、多分だけど孤児院を出た後かな?」


「私たちだけの特別……、なんか楽しそう! じゃあ私も何かあった時はアリュシェスと呼んでね」


「僕は……、本名なんて無いしなぁ。特別な名前か……、どうしようかな?」


そう言うとクルトは少し考え込んだ様子だった。


「うん……、そうだね。取り合えずそんな時は、僕をクルスと呼んでもらえるかな」


最後にクルトがそう言うと、俺たちは互いの名を呼びながら笑いあった。


ただ俺は、それがクルトの悲壮なまでの決意だと思った。

教会を裏切るためとはいえ、教会で働くようになるクルトは、これからは日々自身の思いを押し殺して俺たちを支配する側に立つことになる。

彼は心に十字架クルスを背負いながら生きていくと決めているのだろう……。



こうしてクルトとは、今日を限りに一時の決別となった。

怪しまれないよう、当面の間は俺たちもクルトとの連絡は断つことを先程決めたばかりだ。

数日後、クルトは卒業して教会の幹部候補となるべく、見習い神父として新たな道を歩み始めた。


このとき俺が心に秘めた疑問の答えを知るのは、もう少し先のこととなる。

最後までご覧いただきありがとうございます。

この時リームが感じた疑問は、後日のある出来事をきっかけに明らかになります。

それまでどうかお待ちください。


そして次回、やっと色んな要素が出揃い、タイトルに追いつきます。

その意味は……、どうか楽しみにしておいてくださいね。


これからもどうぞよろしくお願いします。

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