ep152 二つの顔を持つ町(フィシス)
斥候の報告を受けてフィシスの町の近く、距離にして五百メートルほどまで迫った盗賊の本隊は、誰もが馬を停止させたあと、唖然とした様子で城壁を眺めていた。
「な、何だよ! あれは……」
「つい最近まではあんなもの無かったぞ?」
「俺たち……、酔っていないはずだよな?」
多くの者たちが呆然とするなか、『お頭』と呼ばれた男たちが前に進み出た。
「ははは、あんな物はまやかしだ! どうせ板切れでも張り巡らせて取り繕っているだけじゃねぇか?」
「違ぇねぇな。この際だから景気付けに、ぱっと燃やしちまうのはどうだ? こうなったら中に居る奴らもろとも……、な」
共に残忍な笑みを浮かべた彼らは、更に駒を進めて前に出た。
そして……、城壁から百メートル近くの場所まで進んだ所で停止した。
「ははは、燃えちまえっ!」
「雷撃に焼かれて踊り狂え!」
彼らが放った火球と雷撃は、真っすぐに城壁へと向かって進むと閃光と轟音、盛大な炎で城壁を包んだ。
「「……」」
だが……、彼らはそれまでニヤけていた口が開きっぱなしとなり、唖然となって固まっていた。
「「「「「おおおっ!」」」」」
後ろに控えていた盗賊たちは事情も分からず、ただ大歓声をあげた。
「ははは、凄ぇや、城壁が炎に包まれたぜ」
「あの閃光と轟音、やっぱり『お頭』たちは凄ぇな」
「今度はもっと派手にやってくださいよ!」
二人が放った火魔法と雷魔法は、ただ見た目だけ派手に城壁を彩っただけだった。
しかも彼らがハリボデと呼んだ城壁は、何らダメージも受けることなく変わらぬ威容を誇っている。
それが分かっているからこそ、二人は唖然としていたのだ。
「おい、牽制するために手を抜いたとか……、じゃねぇよな?」
「そんなまどろっこしいこと、する訳ねぇだろ! さっきの一撃なら、トゥーレの城門でさえ黒焦げになって炎に包まれる程のものだぞ?」
「「畜生っ!」」
彼らがいくら悔しがっても状況は変わらない。
たかが地威魔法レベルの攻撃で、リームやツクヨが講じた神威魔法によって強化された城壁を崩せる訳がなかった。
「おい、そう言えばおかしくないか?」
「あの壁か? 明らかにおかしいだろ! 何であんなに堅てぇんだよ!」
「落ち着け! 壁もそうだが、あの堀を見ろ!
俺たちはずっと町の出入りを監視し、町に向かう奴や物資は全て襲っていたはずだ。なのに奴らは……、どうやって工事を進めたんだ?」
お頭と呼ばれた二人のうち、一人の男が驚いたのも無理はない。
城壁だけでなく、以前は堀は簡素な作りの空堀だったものが、いつの間にか拡張されている上に満々と水をたたえていたからだ。
「訳の分からん城壁といい堀といい、奴らはどこから人足を引っ張ってきているんだ?
ここは無人になったんじゃねぇのかよ?」
「わかるかよ、そんなもん! だがこの際だ、ゴラム、特務隊を全員集合させぞ!」
「ははは、ラルス、あれをやるのか?」
「こんな不気味な町、さっさと焼き払うに限るぜ。『あの方』のご命令もあるしな。
城壁を超えた向こうにある町を火の海にし、ついでに隠れていやがる人足も皆殺しにしてやる!」
もろんラルスの言った『あの方』とは、ルセルのことだった。
彼はリュミエールに対する反撃の手段として、悪辣な二つの手を用意していた。
ひとつ、自身は大動員を掛けた本隊を率いて魔の森へと兵を進め、リームの領地と定められた領域へと進出すること。
これにより既成事実を作るとともに、後から来るリュミエールの領地を実効支配する。
そうすれば領地の開拓もままならず、阿呆が与えた領地は文字通り何の意味もないものとなるからだ。
ふたつ、足が付かない別動隊を組織し、彼らにリュミエールの町であるフィシスを焼き払わせること。
そもそも盗賊が跋扈するような土地に入植が進む訳もない。
この噂が広がれば町はゴーストタウンと化し、何ら利益を生まないお荷物となる。しかも建設途上で焼き払い、計画そのものを頓挫させることも視野に入れていた。
この結果、町の対応に四苦八苦している間に魔の森はルセルのものとなり、その過程で更に勢力を拡大する。
幸い彼の配下には汚れ仕事に相応しい男たちがおり、彼らに実行部隊を預けて一方の対応を任せる。盗賊たちは不要になったらいつでも切り捨てるつもりでいた。
更にルセルは、追加の策も考えていた。
・自身の領地まで盗賊の被害を受けたと報告し、リュミエールに治安維持能力が欠如していると弾劾する
・盗賊鎮圧のため兵を出し、その過程でやむを得ずアスラに駐留(実効支配)する
・盗賊たちを贄として討伐し、フィシスの町もちゃっかり占領して統治する
独自の軍を持っていない(であろう)リュミエールに対し、圧倒的優位に事を運ぶべく動いていた。
そしてここまではルセルの思惑通りに進んでいた。
だが……。
「おい、特務隊! 全員で仕掛けるぞ!」
「いいか、殲滅攻撃を放ち、一気に城壁を超えた向こう側を火の海に沈めるんだ!」
「応っ! 皆殺しだぁ」
「ははは、やっと出番ですかい」
「一匹残らず焼き殺してやりますよ」
以前にクルトが指摘した通り、特務部隊に編入された者たちは、魔法によって殺人や破壊を楽しむような外道ばかりだった。
彼らは嬉々として進み出ると、城壁内を焼き尽くすため更に五十メートルほど前進して陣を組んだ。
そして……、ラルスの合図により十二人の魔法士たちが一斉に火球と雷撃を放った!
「「「「「死ねっ!」」」」
彼らは一斉に攻撃を放った先をみつめ、歓喜の表情を浮かべていたが……。
「「「「「うわぁぁぁぁっ!」」」」
だがそれは一瞬で悲鳴に変った。
轟音と閃光を放って突き刺さろうとした雷撃は、町の中から飛来した、とてつもなく大きな雷撃に吸収され、今度は方向を変えて彼らの足元を襲ったからだ。
「ば、ばかなっ!」
「だ、男爵様でさえ、こんな魔法……」
吹き飛んだラルスとゴラムは信じられないような表情で絶叫したが、更に驚愕する事態が続いた。
雷撃に少し遅れて彼らが放った火球の群れが堀を超えようとした瞬間、堀から高さ五十メートル以上、横幅は数百メートルに渡る巨大な炎の壁が沸き起こり、こともなげに火球の群れを吸収した。
更に炎の壁は沸き起こった突風に煽られて竜巻となり、火災旋風となって彼らに襲い掛かった。
「ぐわぁぁぁぁっ」
「あばばばばばっ」
「だずげでぇぇっ」
最も先頭に居て攻撃を放った十二人の魔法士たちは、一瞬で高温の炎の竜巻に巻かれて燃え尽き、旋風は鞭で薙ぎ払うかのように後列に並んだ盗賊たちにも襲い掛かった。
「に、逃げろっ!」
「駄目だぁっっ!」
「助けてくれぇ!」
呆気にとられていた盗賊たちも算を乱して逃げようとしたが無駄だった。
一瞬で八割近くの者たちが炎に巻かれ、周囲に断末魔の絶叫を轟かせながら息絶えていった。
各自が分散して逃げ惑ったため、中には幸いにも全身を炎に巻かれて即死しなかった者もいた。
そんな彼らも、衣服に燃え移った火を消そうと転がり回る者、明らかに身体の各所に火傷の痕を残して苦悶の表情を浮かべている者など、無傷と思われる者は誰も居なかった。
◇◇◇
ははは、ツクヨの反撃は容赦ないな……。
あの火炎旋風は神の御業とされる神威魔法、それも火魔法と風魔法の合わせ技か?
そもそもだけど俺はあれほど広範囲に渡り、炎の壁を顕現させることなんて到底できないしさ。
「主さま、申し訳ありません」
「いや、謝る必要はないよ。奴らは城壁ではなく町を直接狙って攻撃したからね。既に一線を越えている」
そう、もともと即決死罪に断じても良いとされている者たちだ。
それが更に大量殺人を犯そうとしたのだから、情状酌量の余地はない。
「あ、いえ……、二割ほど殺し損ねました。追撃して殲滅する許可をいただけますか?」
そっちかい!
俺は思わず苦笑せずにはいられなかった。
「主さまの大切なお仲間、フォーレから来ていただいた皆さまを襲った外道たち、一人残らず容赦いたしません!」
そう言ってツクヨは怒っていた。
なるほど……、ちゃんと以前に俺が言ったことを覚えている訳か。
彼女は俺の仲間を守るため戦い、仲間の命を奪おうとした奴らを殲滅すると。
「いや……、見たところ逃げた者も殆どが重度の火傷を負っているよね? おそらく奴らは長くないよ。
そして、逃げた奴らにも大事な役目があるからね」
そう、あの火傷だ。
この世界の医療では、光魔法士の治癒魔法以外で助かる術などないだろう。
感染症に対する知識もなく、傷の悪化を防ぐ術もないからね。
「役目……、ですか?」
「そう、恐怖を語り継ぐという役目がね。それが今後フィシスの『護り』となるのさ」
「なるほど……、流石です」
「それよりも次の対応かな? 物理的なフィシスの護りはアーガスに代わってもらい、前面に出て『威』を見せてもらう。念のため補佐として魔法兵団から副隊長格二名を借り、配下の攻撃部隊を付けておくよ。
開発が落ち着くまで当面の間は、統治をマリーに任せようと思う」
「はっ!」
俺の傍らで控えていたアーガスは、心得たとばかりに声を上げた。
「アーガスはリュミエールの兵として『正装』の上で、旗下の三百騎を率いてアスラに入ってくれるかい?
野盗を撃退したことを告げ、今日より十日後よりフィシスへの往来を再開するので、その際は護衛として対応すると告げてくれ」
「十日後ですか?」
「うん、あと十日もすれば、外壁と堀の工事はあらかた完成するからね。十日を以て支援部隊はフォーレに撤収する。そのあとは地道に工事を進めていくだけさ」
「承知しました。我らも『向こうの戦い』に参戦できないのは残念ですが……、リュミエールさまの町を護る役目、確かに承りました」
本来ならアーガス率いる軽装騎兵は身軽さを優先するため、上位種や深淵種の魔物から得た強固な素材を使用した軽装鎧をまとっている。
ただ……、元が魔物の素材まんまなので、見た目が蛮族や山賊と言われても仕方のない、猛々しくもあり禍々しくもあるものなんだよね……。
当の彼らはそれを至極気に入っているんだけどさ。
『正装』とは、敢えてアスラール商会が王都であつらえた、最上級で同一規格品の鎧だ。
これを着て勢揃いすれば、王都からリュミエールが派遣した最精鋭の正規兵と言っても疑う者はいないだろう。
それが三百騎も揃えば、大きく人心の安定に寄与するし、盗賊を撃退したと言っても信憑性がある。
そして『向こうの戦い』とは、もちろんルセル本隊と餓狼砦にて行われる予定の戦いだ。
トゥーレにあるアスラール商会の支部からは、男爵が大規模な軍事作戦に入ると思しき量の、糧食が密かに手配されているとの情報も入ったからね。
タイムラグがあるからそれは数日前、ならば今から戻れば丁度頃合いだと思う。
◇◇◇ アスラ
周辺に跋扈していた盗賊たちが殲滅されたとの知らせと共に、その任に当たった精鋭部隊がリュミエールの指示でアスラに入ると、人々は歓呼して彼らを迎えた。
盗賊に怯える『辺境の街を照らす希望の光』という、彼を指す新たな二つ名とともに……。
その十日後からフィシスへの移動が再開され、精強な護衛に守られて人々や商隊は頻繁に行き交い、これまでの停滞を取り戻すかのように活動を始めた。
だが彼らはまず、一度は避難したフィシスに戻った際に、そのあまりの変貌ぶりに自身の目を疑った。
完璧に整えられた城壁や堀、作付けの準備が整えられていた耕作地、水路や基礎工事が整えられていた町並みなど、フィシスの『町はかつて彼らが見た姿とはかけ離れた『街』の姿に進化していたからだ。
『奇跡の街フィシス』
人々の間ではこの名が大きく広まったが、一部の特殊な事情を持つ者たちには、別の異名が真しやかに囁かれ始めていた。
ツクヨの攻撃を受けて逃げ散った約二割の者たち、その多くが火傷による重傷を負っていた。
各々は逃げ帰った先で火傷や併発した感染症に苦しみ、ある言葉を吐きながら命を落としていった。
悪魔に怯え、恐怖に震えながら……。
「『魔の町フィシス』には絶対に手を出すな! 業火の烙印を身体に受けて悶え死にたくなければ……」
そう言い残された言葉は、盗賊やゴロツキたちの間で恐怖と共に広がっていった。
『蛇の道は蛇』という格言通り、フィシスの開発景気に乗じて紛れ込もうとした犯罪人やゴロツキの類は、この噂を聞いて震えあがった。
そして彼らは一斉にアスラを後にすると、何処もなく逃げ散っていったという。
こうしてフィシスの名は、真っ当に生きる者たちには『奇跡の街』として、邪な者たちには『魔の町』として、二つの顔を持つ町となり、その噂は更に広がることとなった。
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次回は2/27に『*****』をお届けします。
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