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ep13 光と影の誓い

砂金の収集を始めたころから俺とクルトは、採集場所への移動中も時折仲間たちから距離を置き、今後を見据えた方針を議論していた。

このまま順調に進めば、俺たちが事を起こすための資金は十分に調達できるだろう。


だが……、他にも課題はあった。


「現在上級待遇で採集でも成果を残しているリームは、このまま行けば間違いなく十歳の時点で教会より洗礼の儀式を受けさせられるよ」


これがクルトと俺の懸念だった。

そうなると俺が魔法士だと教会に発覚する。


「リーム、僕は教会を内側から壊すため、一時的に心を押し殺して教会側の人間になる。だけど君はどうする? 

洗礼を受ければ、間違いなく君も教会に取り込まれる」


この頃になると、俺はクルトにだけ自身の魔法スキルの詳細を隠すことなく伝えていた。

クルトも同様に、俺に対し彼の魔法スキルを全てを教えてくれた。


俺の場合、空間収納に劣化版鑑定魔法、転写魔法という、全て無属性だが三属性ドライエックに準じた評価を受けることになるのは確実らしい。

クルトのような隠蔽魔法がない限り、教会で洗礼を受ければそれが明るみになってしまう。


「俺は無理だな。できれば陰でクルトを支える存在として、目的を果たすまで自由な身でいたい」


「では、十歳になって洗礼を受ける前に孤児院を抜ける必要があるね」


「それは簡単だと思うんだけど……、野外採集に出て行方不明になるとか?」


「リーム、それは悪手だよ。最悪の場合は致し方ないが、できればその手は避けた方がいい。

第一に、それをすると孤児院の野外採集にも影響が出る。採集が中止になれば皆の救いがなくなる。

第二に、残された者に害が及ぶ可能性が高い。彼らはアリスに対して監督責任を追及してくるだろう」


「くっ、ではどうすれば……」


今の俺は、食料とアリスを孤児院に人質に取られているに等しい、そう言う訳か。


「一番穏便に済ませるには、堂々と孤児院を出ることだけど、方法は二つしかない。

ひとつは、自身で養育費を払う約束を取り付けて退所すること。これはほぼ可能性がないけどね。

ひとつは、誰かに買われていくことかな。でもそれには協力者が必要となる」


そういうことか……。


確かに一つ目の可能性はゼロだ。

俺たちは自分を買う(養育費を払う)だけの資金は持っているが、何故孤児の立場でそれを持っているか、その点を厳しく追及されることになるだろう。


もう一つは今の時点では可能性はゼロ。

何故なら俺たちには誰も協力者などいないからだ。

ならば……、これまでに収集した砂金で、自分自身を買ってもらう協力者を作るしかない。

これも簡単なことではないけど……。


「俺は後者で考えてみるよ。アテが無い訳ではないが、かなり厳しい交渉になると思うけど……」


そう、俺たちの後ろ盾になってくれる存在として、ずっと最初から一人の人物を思い描いていた。

そう、俺がルセルとして生きた時、一度は失敗した交渉相手だけど、彼らならば既得権益に対し何の遠慮も忖度もしないだろう。


問題は……、そもそも交渉に応じてくれるか、そこなんだよなぁ。


「そうであればもうひとつ大事なこと。リームはこれから先、凡人になる必要があると思うよ」


「凡人に? それは待遇を落とすとか?」


「いや……、それは露骨過ぎるので上級待遇の中で中程度以下の成績、最低でもそれより上に行かないことかな。

優秀な者ほど教会は手放さなくなるだろうからね」


なるほど……、神童も長じてみればただの人。俺はこれを地でいけばよいのか。

奴らの目を欺くためにゆっくりと……。


この日から俺はクルトのアドバイス通り、ゆっくりと、だが確実に坂道を転げ落ちるよう成績を落とし、もはや能力の限界が来たように振る舞い始めた。



◇◇◇ リーム 七歳



そして遂に、クルトの卒業が目前に迫ったある日、俺たちは最後の野外収集に出掛けた。

この日ばかりは砂金収集をするでもなく、俺とクルトそしてアリスの三人で休憩中の河原を抜け出して密談を行った。


ここでアリスを交えたのは、クルトに相談した上でのことだ。

クルトが卒業した後も、孤児院内で俺の真意を知る味方が必要だという結論になった。


野外収集に出てはや二年、アリスが上級待遇に昇格してから既に一年が過ぎていた。

彼女はまだ十歳だが、既に大人としての分別を備えるようになったと言っても過言ではない。


「アリス、今日は大事な話があって参加してもらった。

クルトとも相談した結果だが、今はお姉ちゃんのアリスではなく、クルトと俺の同志として話しているけど、それで構わないかい?」


「ふふふ、やっと私も仲間に入れてもらえるのね?

ずっと呼ばれるのを待っていたのに、最後の最後だとはなぁ。それほど二人の中で私は子供ってことかなぁ?」


そう答えたアリスは、ルセルが知るあのアリスの片鱗を見せ始めていた。

これなら大丈夫かもしれない。


「俺もクルトもそうは思っていないよ。今のアリスならね。だけど最後の最後まで、俺たちはアリスを巻き込むことを悩んでいただけかな」


「私はずっと巻き込まれたいと思っていたのに……。リームったら人の気も知らないで。クルト兄さまもね」


アリスが即座に答えるのを見て、俺とクルトは視線を合わせて頷き合った。

そして今度はクルトが話し始めた。


「ははは、僕もアリスの成長を見誤っていたかもしれないね。それは素直に謝るよ。

僕とリームは孤児院と教会の歪んだ現状を糺すつもりだ。それこそ命を懸ける危ない橋を渡ってね」


「それって、まだ小さな子供たちや、日々飢えながら働いている子たちを救うってことでしょ?

ならば私も喜んで参加したい」


「アリス、返事はよく考えてしたほうが良いと思うよ」


「クルト兄さま、私も今まで一杯考えた結果ですよ。二人と一緒にいる時間が長くなって、私も気付き始めたの。この孤児院の生活が、どこかおかしいんじゃないかって。

私だけじゃないわ。そう気付き始めた子たちも何人かいるし」


「ちょっと待って! アリス、その子たちは今……」


俺は慌ててアリスに確認した。それに気付くことは諸刃の剣となりかねない。

不用意にそんなことを口にして、万が一大人たちの耳にでも入れば……。


「大丈夫よ、ちゃんと言って聞かせているもの。

今そんなことを言って大人たちの耳に入れば、自分自身が危うくなるってね」


「ははは、この点からもアリスを同志に迎えるのに相応しいと証明されたね。

リームと僕の懸念は杞憂だったみたいだ」


「だから最初から言っていたじゃない。私は大丈夫だって。

もう私も子供じゃいられない、初めて採集に出てクルト兄さまとリームが、密かに何かを始めたときからそう思うようになったの。

まぁ最初は……、お姉ちゃんとして置いて行かれるのが嫌という思いから始まったのだけどね」


「それではアリス、リーム、早速だけど本題に移るとしようか。この先の動きと役割についてだけど……」



ここに至り、俺とクルトの盟約にアリスが加わることになった。

俺たちの目的は全ての孤児たちを救うこと。

でも……、準備が整うまでは動き出せない。


それまでに最善は尽くすが、飢えや病気で亡くなる子供、卒業して売られていく子供に対しては、涙を呑んで見送るしかない。


この点は何度もクルトから念押しされた。

全ての準備が整うまでは、下手に動くと元も子も無くなってしまう。



今の俺たちにとって一番に必要なのは、先立つものとしての資金。

金貨自体はまだ百枚程度しかないが、それの百倍の価値はあると思われる量の砂金は既に集まっている。


二番目に戦える力。

これは今の時点でクルトにしかない。俺はまだ体力も乏しい脆弱な存在でしかなく、魔法スキルは戦闘向けではない。

転写魔法を活用して俺自身も戦える力を得ること、成長に応じて最低限の武芸を身につけることを課題としている。


三番目に孤児たちを統率できる力。

これまでクルトがそれを担っていたが、彼の卒業とともにそれは失われる。

先ほどの話ではないが、面倒見がよく孤児たちから慕われているアリスに受け継いでもらう。


四番目に後ろ盾となってくれる存在の確保。

普通ならあり得ない、そんな物好きなどいない。だが俺は、その扉をこじ開けるために資金を稼ぐ。

あとはそこに至ったときに勝負だ。

それこそ二度目の俺には無かった、命を対価に覚悟を決めて……。


五番目に教会や孤児院の弱みの確保。

これはクルトに一任する。彼はそのために心を押し殺して教会へと進路を決めていた。

内部から情報を集め、組織を内側から崩す役割を担ってもらう。



「今はまだ、幾つかは着手の目途がついた程度で、まだ幾つかは全く見込みも付いていない。

俺たちはまだ道半ばにも至っていないんだ」


「そうよね……、孤児院の全員を救うとなると、二百五十人から三百人の子供たちになるもの。

その数をだけでも大変よね?」


「そうだアリス、しかももう一つ大変なことは、実行までに期限があることなんだ」


「期限? リーム、それってどういうこと?」


「期限は二つある。

一つは俺が十歳になり洗礼の儀式を受けさせられる前まで。

もう一つの期限は、アリスが十五歳になって卒業を迎える前までだ」


「え……、私?」


そう言ってアリスは意外そうな顔をした。

だが俺にとってはこれこそが、幼い頃から(見掛けだけ)ずっと抱いてきた一番大事な思いでもある。


「そう、このまま行けばアリスは十五で卒業すると同時に、娼館かどこかの貴族に愛妾として売られる。

奴らは今からそれを目論んでいるようだが、俺はそれを絶対に許容できない!」


「え……、でも、そんな……。私のために無理してない?」


その時アリスは、まだ子供ながら少しだけ目を潤ませて憂いのある表情をした。

そう、ルセルに籠の鳥である自身を語った時と同じように……。


「そこは絶対の絶対だからね。アリスが何と言っても譲らないよ」


「うん……、ありがとう。本当にありがとう……」


もしかしたら聡いアリスは、いつしか自身のそういった運命に気付いていたのかも知れない。

自身が身を売ることで、少しでも他の孤児たちの暮らしが楽になれば……、そんな考えのもとに。


儚げに笑ったアリスの瞳には、一杯の涙が溢れていた。



◇◇◇



その後もリームたちは、様々な課題や期限について議論を交わし、当面すべきことを改めて共有した。


そして打ち合わせの最後に、『過酷な運命』と女神に言わしめたリームに与えられた運命の歯車は、新たな側面を見せ始めた。


「最後になったけど、これは孤児院を卒業する僕がリームにできるプレゼントかな? どうかこれを受け取ってほしい」


そう言ってクルトよりリームに手渡されたのは、木箱に収められていた銀色に光沢を放つ腕輪だった。

それはあの日リームが教会に捨てられた際、唯一残った母との繋がりと言われ、託されたものだった。


これが後に、リームに運命に大きな転機をもたらすことを、まだ当人たちは誰も知らない。

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