ep12 ゴミスキルの真価②
ベルファスト王国で流通する貨幣は金貨・大銀貨・銀貨・銅貨・小銅貨が一般的に使用されている。
その上に超高額貨幣が存在するが、高額過ぎて一般には使用されていない。
・小銅貨(十円相当)十枚で銅貨一枚(百円相当)
・銅貨十枚で銀貨一枚(千円相当)
・銀貨十枚で大銀貨一枚(一万円相当)
・大銀貨十枚で金貨一枚(十万円相当)
これは、日本で生きた経験を持つルセルが、貨幣価値を分かりやすく理解するために考えた目安だ。
実際の生活水準に応じた貨幣価値は、日本円換算だと齟齬出てしまうが、目安なら十分だ。
豊作や凶作で変動するが、農民が税を納めたあと手元に残る収穫物が金貨で換算すると五枚から十枚。
地域格差はあるが、町で働く者たちの年収が金貨十五枚から二十枚だが、城壁内に住む物たちには都市税が課されるから、結局は金貨十枚から十五枚前後となる。
俺とクルトは、この一年で金貨五十枚もの資金を密かに集めることに成功していたが、それでもまだ全然足りない。
少なくともこの十倍、いや、たぶん百倍ぐらいは必要になってくる。
俺たちの稼ぎは、殆どがエンゲル草を闇市に販売することで得たものだが、ここ最近の収穫は頭打ちになりつつあった。
しかもクルトと共に野外採集に出られるのは残り一年と少しで、俺は日々焦りを募らせていた。
◇◇◇ リーム 六歳
野外採集は毎日行われる訳ではなく、概ね五日に一度のペースだった。
もちろん、完全に冬になると全く出れない時や、期間が開くことになる。
「リームの加入で一気に金貨は増えたけど、これではまだ足りない。
言い換えれば、こんな贅沢な悩みを言えるまでになったということだけど……」
「そうだね、エンゲル草に並ぶくらい価値のあるもので、野山で取れる物って……」
そう返事をしつつ、俺は幼児期に考えていたプランを思い出していた。
二度目を知る俺にとって、他にも宝の山はある!
だけどそれは、中々手間のかかるものだったし、色々なリスクを伴っていた。
ルセル・フォン・ガーディアがトゥーレに赴任し、町が経済発展する起爆剤となった出来事。
それは砂金が取れることが発見されて起こった、ゴールドラッシュだった。
だが……、俺の中にも迷いはあった。
一つは、未来でトゥーレの発展に寄与するはずの砂金を、俺たちが横取りしても良いのか?
二つは、俺たちが砂金を掘り始めれば、必ず人目に付く。教会や領主の耳にも届いてしまうだろう。
そうなれば、俺たちの存在なんて弾き出されてしまうのは明白だ。
そして最後の悩みは、基本的に砂金採集って労働効率で言うと決して良いものではないのだ。
広大な流域のどこにあるか分からない砂金を川底から掬い出し、流水で不要物と選り分ける作業は生易しいものではない。
たとえ砂金があると分かっていても……。
「川底に砂金があったとしても、大量の砂の中からたった一粒、どこにあるか分からない砂金を効率的に集めることなんて……、厳しいよなぁ」
思わずそうぼやいた俺の呟きに、クルトは笑って答えた。
「そもそもこの辺りに砂金なんてあるのかな?
砂金さえあれば、僕たちならやりようがあるけどね」
え? どう言うこと?
「だってさ、周りの砂を含めて一気に空間収納魔法を使えばさ……。でもそんなに都合よく砂金がなんて有る訳ないさ」
あれ? 待てよ……。
そもそも此処に砂金があるかって? 歴史チートであるじゃん!
砂金が眠っている場所が分かるか? 鑑定魔法で分かるじゃん!
楽に一気に掘り出し選別するって? 空間収納でできるじゃん!
未来でトゥーレの発展に寄与って? 僕らが善処します……、多分? 今は目的のためごめんなさい!
「クルト、できるよ! くそっ、俺は何でこんなことに気付かなかったんだ。
そうだよ、砂金だよ!」
これなら誰にも気付かれず、根こそぎ回収することも可能だ。
俺はこの日、踊り狂わんばかりに狂喜していた。
その日から俺たちの躍進は始まった。
これまでエンゲル草の採集に振り分けていた時間は、全て砂金回収に回した。
いつも昼食を採っていたオーロ川の流域、ここに砂金が人知れず眠っている。
あのゴールドラッシュが起こったときは、一獲千金を狙った人々で流域を埋め尽くすほどだった。
『根こそぎ分捕り作戦』
①まず俺が金貨を握りしめて劣化版鑑定魔法を発動させ、砂金がある場所にアタリをつける
②その近辺の川砂や石を、全部まとめて空間収納の容量一杯まで収納する
③収納したなかから、砂金だけをリュックの中に入れた袋に取り出す
④残った残土は元あった場所に返し①や②に戻る
俺とクルトは、それこそ夢中になってその作業を繰り返した。
これなら単に、子供たちが魚を狙って川遊びしているかのようにしか見えない。
加えて基本的に作業は交代で行い、一人が見張りとなり周囲に気を配りながら進めた。
二人の『根こそぎ分捕り作戦』の効果は絶大だった。
日々集められた砂金の量は目に見えて増えていき、作業中にこれまでの成果を収納していたリュックは重さを増し、肩紐がズンと肩に食い込むようになっていった。
俺は改めて思った。
恵まれていた時は、欠点だけを見てその価値に気付かず、工夫することを怠っていた。
失って初めて恵まれていたことに気付くとともに、使いようのないと思っていたものでも、工夫すれば大きな価値をもたらしてくれると。
今の俺には、ゴミスキルなんて存在しない。
あの適当主神には少しだけ感謝し、強制参加させられる教会の礼拝では初めて真摯に祈りを捧げた。
あの駄女神だけは別だけど……
◇◇◇ 半年後
砂金採集の際、四畳半ゲート+を毎回限界まで駆使していた俺は、その収容限界が一畳から徐々に拡大していることに気付いた。
そして……、半年も過ぎた頃には収容限界が本当に四畳半になっていた!
更にステータス表示には、レベルが『人威魔法』から『地威魔法』へと進化を遂げていた。
もしかしてあの+(プラス)って、進化の可能性ありという意味だったのか……。
これは本来なら『レベルは上位レベルに進化しない』と言う、この世界の常識を打ち破る話となる。
もしかして……、俺がゴミと呼んだスキルって、なんか凄いスキルだったりしますか?
まぁ……、それでも四畳半だから荷馬車二台分ぐらいだけど。
今や四畳半の収納スペースには、日々収集した金貨を貯めるため拾ってきた酒樽が鎮座し、金の砂粒が徐々に詰まっていった。
だが……、川の流域は広大であり、その源流は魔の森にある峻険な山まで続いている。
クルトが卒業するまであと半年、そうなると大きく勝手が変わってしまうだろう。
それまでに平坦な流れの比較的安全な流域は全て網羅できるようにと、俺とクルトは鬼気迫る勢いで作業を進めていた。
この時の俺はまだ何も知らなかった。
実は既に、二度目を知る自分自身との競争が、密かに始まろうとしていたことに。
歴史を知る二つの魂は、それぞれが歴史に先んじようと歩みだしていた。
その邂逅は程遠くない未来に起こる。




