表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/125

間話1 魂に刻まれた四畳半

俺がまだ六歳になる前のある日のことだった。

既に文字を習得し本を読んで理解することができていた俺に対し、教師役の修道女からある課題を与えられていた。


それはとある伝記を綴った読み物について、内容を要約したあらすじを作成すること、そしてその本の感想文を書くことだった。

本のタイトルは『神の恩寵に目覚めた使徒』という、いかにも教会の関係機関に置いてある本らしい内容で、中身もまた突っ込みどころ満載のファンタジーな内容でしかなかった。


ってか俺には、あの適当主神や駄女神の恩寵なんて讃える気もさらさらない。


無原則に本の内容を受け止めることもできなかったので、ストーリーの矛盾点を指摘し、無理な展開部分はこう修正すべきなどの私見を含め、かなり斜に構えた感想文を書き上げて提出してやった。


それも、いつも使う授業用の石板ではなく、採集で成果を上げたご褒美として特別にもらった、貴重な紙にびっしりと書き込んで。


その結果……。


「驚きました。リームのあらすじは凄く分かりやすく、これを見れば誰もが本を読みたくなるでしょうね。感想はむしろ……、私たちでも出てこない意見です」


「ごめんなさい、感想のほうは自由に思ったことを書いていいと言われたので、本当に思ったことを書いてしまいました。ダメでしたか?」


(しまったな、あの適当コンビのことが頭に浮かび、怒りにまかせて本当に思ったことを書いてしまったからな……)


「いえ……、ダメという訳ではありません。リームには文才があるかもしれません。

確かに提案通り書かれていれば、今より辻褄つじつまが合いますね。ただ……、もう少し神への描写については、敬愛を込めたほうが良いとは思われますが」


(いや……、リームとなった俺には無理な話です。まさに名前の通りに、ね。

彼らのことを知ってしまい幻滅しているんですから)


「もしかすると貴方は、書記官として教会の役に立つか、末は神の偉業を書き記し人々を導くような物語の書き手として、世に広く教えを伝える道に進むのもよいかも知れませんよ。私の方でも教会に推薦しておきましょう」


「ありがとうございます。僕にとっては名誉すぎるお話で、少し戸惑ってしまいますが……」


(はぁ? ありがた迷惑な話です。あんな奴らの偉業ですか? 俺に詐欺師になれとでも?)


「それも可能性の話です。神を敬う者には恩寵としてあらゆる可能性が示されます。

それを生かすも殺すも、本人の信仰の深さと努力次第です。努力すれば貴方も、才をいかした幸多い人生を送ることができますよ」


そういって教師役の修道女は、俺に向かって笑顔で微笑んだが、俺にとっては最上級の皮肉にしか聞こえなかった。


俺に対する神の恩寵が文才だって?

それを生かすのも信仰の深さだと?

努力すれば幸せな人生が送れるだと?


ははは、呆れを通り越して笑ってうしかないぞ。

だって俺は……。


ここで俺は自身の悲しい記憶、いや、正確には一度目の人生を送った、塩城守人の悲しい記憶を思い出していた。



◇◇◇ 一度目の人生 塩城守人



俺はずっと異世界もののライトノベルが好きだった。

いや、好き程度ではない、実は相当はまっていた。

特にイチオシだったのが、異世界転生ものだ!


もしかすると、現実の世界で出世や給料の額も同世代に大きく水を開けられ、ぱっとしない自分自身を重ねていたのかもしれない。

ぱっとしない人生から転生した主人公が、新しい世界で活躍してサクセスストーリーを歩む姿にわくわくしたり爽快感を抱いていた。


ところがある日、思い余って……、無謀にも自分自身も小説を書き始め、とうとう初めての作品を投稿サイトに登録していた。

右も左も分からないまま、初めて『投稿』のボタンを押すときには手が震えたものだ。


『決して生易しい世界ではない』

いろいろと調べてみたサイトにもそんなことが書かれていたこともあり、『ちょっとした自己満足』と自分で分かったうえで投稿を続けた。


なので初めてブックマークがついた時は飛び上がるぐらい嬉しかった。


そして唐突に変化はやってきた。

投稿を始めて二か月を過ぎたある日、突然世界が変わった……。

それまでせいぜい二桁から三桁だった一日の閲覧数が一気に五桁へ、更に六桁にまでなった!


「え? なんで?」


不思議なことに最初は、嬉しさよりも『何故自分が?』という疑問と、夢見た場所に上がったとことに対するプレッシャーと、得体のしれない恐怖を感じていた。

そのことは今も明確に覚えている。


それからやっと状況を受け入れることができ、歓喜を噛みしめながらランキングを見て狂喜する日々がしばらく続いた。


そして遂に! 絶対に叶わない夢の世界と思った出版オファーが自身にも来たのだ。

本当に信じられない思いでいっぱいだってた。



出版が決まると、寝る間も惜しんで日々の投稿や書籍化作業に勤しんでいた。

だが……、この時の俺は頑張れば頑張るほど自分の首を絞めることに気付いていなかった。


『本業は絶対に辞めちゃだめですよ』


担当にはそう言われていたにも関わらず、どうしても作業時間を確保したく、俺は仕事を減らしていた。


『投稿はもっと面白くしなきゃダメだ! 

書籍化する内容も、もっと知恵を絞って……』


俺のそういった行動の裏には、ランキングが落ちていたことへの焦りもあった。

ランキングという魔物に、既に俺は取り憑かれていたのだと思う。

毎日そればっかりが気になり、追いかけ回していた。


『悪くはないですよ』


初めて出版した一巻の評価は、そんな感じだった。

それをどう受け止めて良いのか分からなかった俺は、更に夢を加速させていた。

厳しい現実を忘れて……。


実際に書籍化しても食べていける作家は、頂点に居るほんの一握りだ。

自分の作品への思い入れもあって必死に頑張ってみたが、現実はそれに応えてくれなかった。

いつしか現業の収入は大きく減り、暮らしは立ち行かなくなった。


それでも諦めたくなかった。

一度は成功と呼ばれた位置に立った自分は、再びそこを目指すことをやめれなかった。

そして、遂に小説の続巻は打ち切りになった。

一度も重版されることなく……。


ーーこの時点で既に、塩城守人の心は壊れていたのかも知れない。今の俺から見ればそう思える。


いつしか塩城守人は、『四畳半』の広さしかない簡易宿泊所に寝泊まりし、日雇い仕事を行いつつ広さ『一畳』程度のネットカフェで執筆活動を行うようになっていた。


彼は朝の時間帯だけ提供される無料の朝食と、全時間帯で無料のスープやソフトクリームで腹を満たし、もはや盲目的に出版されることのない続編と、新規作品の投稿を書き続けていた。

今や彼が生きる空間は、ネカフェの一畳程度のブースと、四畳半の簡易宿泊所しかなかった。


しばらくすると無理な暮らしはやがて破綻の時を迎える。

新しく書き上げた長編新作を一気に75話も予約投稿したのち、翌日の仕事に備えて簡易宿泊所に戻った塩城守人は、長年の無理な暮らしが祟り、そこで激しい頭痛に見舞われて意識を失った。


彼はそのまま息を引き取った。

誰に看取られることもなく……。



◇◇◇ 三度目の人生 リーム 五歳



あの最後に遺した新作が、順次公開されてどういう評価を受けたのかは分からない。

今となってはもうどうでも良いことだ。


だがこうやって思い返してみると、四畳半ゲート+という、かなり突拍子もない名前である俺の固有魔法に、なんとなく納得がいくようになっていた。

それ説明文の一部を抜粋すると『魂に刻まれた空間』とも読み取れる。


四畳半と一畳のあの空間が拠り所であった俺にとって、魂に刻まれた場所だったのかもしれない。

これは最初の人生の反省を促すものか、それとも皮肉だろうか?

まぁ……、ゴミスキルである以上、皮肉になるのかな?


物語を書くなんてもうたくさんだと思っていたが、このとき俺の心に違う感情が沸き上がってきた。


いつか……、俺の目論見が成功した暁には何かを書いてもいいな。

あの適当主神や駄女神も登場させて……。

奴らのいい加減さを思いっきりこき下ろしてやるのもいいただう。


それが手の届かない場所にいる彼らに対し、俺が唯一できる意趣返しかもしれない。

彼らの恩寵(いい加減さ)に対し、俺の信仰の深さ(全く深くない)を示せば、俺の気持ちも少しは晴れて(ざまぁ)幸せになれるかもしれないな。


そんな気持ちを抱くと、少しだけ心が軽くなった。



さて、明日もまた採集だ!

現金(金貨)は少しずつ増えてきてはいるけど、まだまだ全然足りない。


「エンゲル草以外にも、何か効率よく稼げる方法を見つけないとな……」


これはその時の俺の願望に近いボヤキだった。

だがそれが実現する日が、刻々と近づいていることを俺はまだ知らない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ