ep113 新たな可能性
十二人全ての儀式を終えたのち、なぜか切迫した様子のイリスにせがまれ、俺たちは改めて振り返りを含めた会合を持つことになった。
この振り返りに参加しているのはイシス以外にシェリエだ。彼女の明晰な頭脳と魔法学の知識は、何か役に立つのではと思われたからだ。
因みにアリスとマリーは他の十一人に対応している。
彼ら彼女らもまた、予想外の結果(魔法士になったこと)に驚き困惑していたからね。
「十二人も一気に儀式を行ったから、イシスにも大きな負担を掛けてしまったよね?
振り返りは休んだ後でも構わなかったんだよ」
そう言ってイシスを見たが、彼女は見た目にも憔悴しきった様子で疲れ果てていた。
「あの……、私がこうなったのは……、疲れている訳じゃないんです」
「え? どういうこと?」
「おかしすぎるんですっ!
儀式に臨んだ候補者全員が魔法士となったこともそうですが、そもそも階位や属性の数が非常識過ぎるんですっ!
規格外を通り越して、こ、こんなのあり得ない話ですよ!」
あ……、そういうことね。
それで困惑して今のような状態になった訳か。
「お兄さまは適性を見極める力をお持ちなのですわ。あの日、私にもそう仰ってくださいましたし。なので悩むには値しませんよ」
ははは、シェリエにもそんなことを言ったことがあったな。
確かに俺は鑑定魔法を行使できるが、あくまでも劣化版で人や魔物は鑑定できない。
今回は全て、過去(未来)の記憶を元にした知識チートだからね。
「えっと……、一応なんだけど常に正しいかは不明だけど、強い可能性がある者はなんとなく分かるってことで、納得してもらえるとありがたいな」
そう言うとイシスは大きなため息を吐いた。
「私もそういうことで納得するしかないと思っています。ですがその……、全員が規格外の強さだったことは、どうしても不思議で……」
確かにそうだろうな。これまでトゥーレの教会で誕生した魔法士は最上位でも地威魔法クラス、ほとんどが人威魔法レベルだったからな。
今回は儀式を受けた全員が桁違いの結果になっていたし。
(シェリエ)
元三属性 → 四属性(神威魔法:雷・風、天威魔法:火、地威魔法:水)
(副官五名)
・元三属性 → 三属性(天威魔法:火・雷・地)
・元二属性 → 三属性(天威魔法:雷・水、地威魔法:風)
・元二属性 → 三属性(天威魔法:水、地威魔法:地、人威魔法:闇)
・元一属性 → 三属性(天威魔法:地、地威魔法:火、人威魔法:風)
・元一属性 → 三属性(神威魔法:火、地威魔法:風、人威魔法:無)
(回復系三名)
・元二属性 → 三属性(天威魔法:光・地、地威魔法:水)
・元一属性 → 二属性(天威魔法:光、地威魔法:無)
・元一属性 → 二属性(天威魔法:光、地威魔法:火)
(その他三名)
・元一属性 → 三属性(天威魔法:地、地威魔法:雷、人威魔法:水)
・元一属性 → 二属性(天威魔法:雷、地威魔法:風)
・元一属性 → 二属性(天威魔法:風、地威魔法:火)
「はっきり言って神威魔法はそもそもあり得ないもの、なので世界最強と言われるのは天威魔法の階位です。頂点とされる天威魔法が使える者すら、そうそう出るものではありません」
だよね……。
俺が前回生きた世界の記憶でも、伝説の神威魔法が使える者は他に居なかった。
そう言う意味では当時の俺や今のルセルが特殊であり、世界の常識では一段階下の天威魔法が最強と言っても過言ではない。
「それが……、シェリエさんはその上をいく神威魔法、そして他の全員がいずれかの属性で天威魔法以上なんですよ!
更にシェリエさんを別格にしても全員がダブルかトリプルですよ!
あはははは、こんなことって、あり得なくないですか?」
イリスはもう訳が分からなくなってしまっているようだった。
なまじ『常識』を知ってしまっているため、理解できる許容量を超えてしまっている、そういうことか?
確かに俺の知っていた知識でも、あの時は天威魔法の階位に達していたのは今回の十一人の中で一人だけ。
しかも一属性だったはずだ。
なのに蓋を開けてみれば三属性となり、天威魔法だった火属性は神威魔法に進化していた。
ざっと見ても全員が階位を一段進め、過去になかった地威魔法や人威魔法を得ている者が多く、イシスの指摘通りダブルやトリプルとなっていた。
「イシスさん、お気持ちは分かりますが……、どうか落ち着いてください。私がその理由をお話しします」
返答に悩んでいたとき、シェリエが割って入ってくれた。
イシスは何故か縋るような眼でシェリエを見つめている。
「第一に、お兄さまが持たれている魔石が規格外だからです。そもそもですが私もお兄さまに出会うまで、深淵種の魔石を見ることなどありませんでした。
多分ですが王国中どこを探しても見つからないでしょうね。私だって初めてその魔石を見せられた時、イシスさんと同じようになりましたもの」
そう言ってシェリエは俺を見て笑った。
確かにシェリエも大きな声を上げて驚愕し、固まっていたよな。
「魔法士の力は魔石の持つ力によって誘引されて目覚めるものです。なので魔石が規格外だったので、これまでの例にない結果になったのですわ。
王国でも殆どの教会は上位種の魔石すら持っていませんもの」
「確かに……」
「そしてもう一つの理由は、お兄さまが規格外だっただけのことです。
予め可能性の高い方々を囲い込んでいらっしゃった、それだけのことですわ」
「ですよね……。そうそうあることじゃ、ないですよね?」
俺は大きく頷いた。今回の人選は俺の中でもベストを選抜したんだしね。
同時に俺は、別の可能性に思い至っていた。
「シェリエの考えた理論だと、仮に素養はあっても魔石の持つ力次第で階位は変わるよね?」
「はい、それは実証できない話ですが、私の知る限り二人の例外を除いて、統計上は儀式に使用した魔石以上のレベルになった方はいらっしゃらないです」
「ならさ、これは思い付きレベルの話なんだけど……、本来なら魔法士に至らない程度の弱い素養しかない者でも、強い力を持つ魔石によって属性の魔法力が引き出される……、そんなことってないかな?」
「確かに……、それはとても面白い考え方だと思いますわ。ただ残念なことに、その仮説を証明することは極めて困難ですが」
だよね……。彼女の言いたいことは分かるし、通常であれば証明することは不可能だ。
通常であれば……、ね。
でも既に証明できちゃっているんだよね。俺が二度目の知識を知っていることで。
二度目のシェリエは三属性だった。
だが今回の結果は違っていた……。
火属性 天威魔法 → 天威魔法(同様)
雷属性 地威魔法 → 神威魔法(向上)
風属性 地威魔法 → 神威魔法(向上)
水属性 発現なし → 地威魔法(新規)
深淵種の魔石によって、雷属性と風属性が二段階もレベルが上がり最上級クラスに、加えて以前は発現しなかった水属性が地威魔法ながら発現し、四属性魔法士になっていた。
この他にも彼女の部下だった者たちもまた、俺の知る過去と今回の儀式の結果は異なっていた。
より上のレベルに、人によっては新たな属性を加えて……。
それらの事実が俺の仮説の拠りどころであり、証明できない証明となっていた。
「実際に複数属性を持った者も何人かいたよね? そんな中で深淵種の魔石を使っても、ある属性だけは人威魔法や地威魔法のレベルだった人たちは、そんな理由かと思ってさ」
そう言うとシェリエは、小さな顎に手を当てて考え込んだ。
傍から見ると十一歳の少女が、可愛く何かを考えているように見えるが、彼女の頭脳は俺よりも遥かに優秀だ。
「そうですわね……、実際のところ過去の文献や研究者の話からも、そういった事例は報告されていませんが、お兄さまの仰ることにも一理あると思います」
「だよね? 魔法士の力は、魔石に秘められた力によって引き出されるもの。これは大前提だと思っているからね」
そう言うとシェリエは少し考え込んだあと、おもむろに紙片を取り出すと、あたり構わず無心に何かを書き始めた。
これって……、どこかで見た天才教授に似ているな。壁やそこら中に書きまくらないから遥かに慎ましいけどさ。
そう考えるとふと笑ってしまった。
イシスは俺とシェリエの話に付いてくるのが精いっぱいのようで、黙って成り行きを見つめている。
そして……、シェリエは満足気に顔を上げた。
「仮に魔法士となり魔法が行使できる魔力、最低ランクの人威魔法が使えるようになるため必要な魔力を50、地威魔法を100と仮定します。
魔石は力の強さによって儀式で働きかける力を下から1(下位種)・5(中位種)・50(上位種)・100(深淵種)と仮定します」
なるほど、この二つが理論の前提条件になる訳だな?
「1の素養しか持っていない人でも上位種の魔石で儀式を行えば、その魔力は1(素養)×50(引き出す力)=50(行使できる魔力)となります。
人威魔法に必要な値を満たし、お兄さまの仮説が成り立ちます」
ははは、そうであれば本来の儀式、下位種や中位種の魔石では発現しなかった者も、上位種や深淵種の力で大きな影響を受ける。
素養が1しかない者でも50や100の魔石に誘引されれば、人威魔法や地威魔法に目覚める訳か!
数学的で分かりやすいな。
これは彼女が考案した、魔法士のレベルと魔法の威力関する考察に通ずるものがある。
「これまでは上位種すら希少、まして深淵種の魔石なんて用意できなかったので、誰も知らない事実として埋もれていた可能性もあります」
あれ? それならばもしかして……。
「ならさ、もういっこ思い付きなんだけど、一度儀式を受けても魔法士でなないと判断された人(レベルが確定しなかった人)や、一度定まっってしまったレベルでも、新たに上位の魔石を使って儀式を受けなおせば……、そういった人にもワンチャンあるんじゃないかな?」
ひとたび属性の階位が定まれば、それは変わることはない。
それって誰が決めたんだ?
同じ教会や違った教会でも、抱えている魔石のレベルは似たり寄ったり。
同じ階位の魔石なら変わることはないし、そもそも高額な費用で何度も受けなおす者などいない。
だって……。
「俺たちは『絶対に変わることはない』と信じ込んでいるだけだと思う。もしそれでレベルが変わったり新たに魔法士となれば、俺が最初にした話の証明にならないかな?」
「!!!」
シェリエは一瞬だけ大きく目を見開いて固まっていた。
そして……、次の瞬間に思いっきり抱き着いてきた。
「凄い凄い凄いっ! やっぱりお兄さまは凄いですわ。私には考えも及びませんでした」
「確かにその可能性は……、あるかもしれないです。トゥーレの教会にあったのは下位の魔石が殆どでした。
今のお話が正しければ、非常に弱い働きかけしかできていなかったのだと思います」
ここでイシスも元の明晰さが戻って来た。
まぁ彼女ももともと上級待遇で教会に進むほど優秀だったからね。
落ち着けば頭の回転は速い。
「それともうひとつ、改めて儀式を見て思ったんだけど、あの羊皮紙を使って魔石に働きかけることってさ、誰でもできるの?」
そう、イシスが呪文のようなものを唱えたとき、スクロールとイシスの手が光を放っていた。
俺にはあれが、魔法に似た何かに思えた。
「何故かは分かりませんが、得手不得手があるようです。
儀式の『担い手』となる者は全員が同じようなことができますが、そもそも羊皮紙が反応しない者は教会内で『担い手』を選定する段階で資格を失いますので……」
「その『担い手』は教会内でどれぐらいの割合でいるのかな?」
「資格を持つものは神父であれば五人に一人ぐらいですが、その多くが元々なんらかの属性を持つ魔法士で、修道女では私だけでした。それで私は儀式のお手伝いを……」
「はははは! それだっ!」
俺は自身の仮説が益々真実味を帯びてきた気がしていた。
理由は簡単だ。
「儀式の『担い手』は、羊皮紙に働きかけるだけの魔力が必要なんだよ!
なので魔力を持たない者や極端に低い者は『担い手』になれないんだ」
「えっ? でも私は魔法士ではありませんよ?」
「成程ですね! お兄さま、流石です!」
イシスは気付かなかったようだが、シェリエは既に理解したようだった。
俺は改めて先ほどシェリエが書いた紙を見せながらイシスに向き直った。
「トゥーレの教会には碌な魔石がなかった。つまり、働きかける力は極端に低かったんだよ。
イシスの魔力を最低レベルまで引き上げることができない程度のものしか、ね。
だけど深淵種の魔石を使えばどうかな?」
「お兄さまの理論を証明できますわ!」
ハハハ、そう言うことだったのか。
なんとなく『この世界の理の一端』に触れることができた気がした。
「俺が『担い手』の真似してもいいが、この際だから一度クルトにこちらに来てもらおう。そこでイシス、クルトには相互に儀式を行ってもらい、証明するのが一番いいかもね」
ここに至り俺は、ルセルの展開する物量に対し質で対抗する、新たな光明を見出した気分だった。
そしてその後、俺の目論見は実現する。
いつも応援ありがとうございます。
次回は11/06に『新生魔法兵団』をお届けします。
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