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ep111 吉報と凶報

クルトが合図に示した七日目、俺は宿屋に設けられている例の個室でワクワクしながら待っていると、商会長に案内されたクルトが入って来た。


だが……、クルトは俺と目が会ったときに一瞬だけ寂し気な笑顔を浮かべたことで、俺は今回の意図を察した。

それが吉報ではなく凶報であることを……。


席に着いたあと俺と商会長に対し、クルトはゆっくりと話し始めた。


「先ずは今回、わざわざトゥーレまで来てもらって申し訳ないです。どうしてもリュミエールさまに伝えたいことがあって……」


口火を切ったクルトの言葉は、何故か少しばかり余所余所よそよそしく感じられた。


「クルト、俺たちの間に変な遠慮はいらない。ここは三人しか居ない非公式の場だし、どうか遠慮なく話してほしい。たとえ悪い知らせでも遠慮なく、俺はリームとして話が聞きたいからね」


そう言うとクルトは大きなため息を吐いた。


「うん、分かったよ。僕はまだ託された使命を果たせていない。望んだ道に進むことも……。

今回は良い知らせがひとつ、悪い知らせが三つあるんだ」


三つもか! 流石にそれは落ち込むよな。

俺自身も昨日は街の様子を見てちょっと落ち込んでいたしさ。


「じゃあ先ずは良い知らせから教えてくれるかな?」


「そうだね、フォーレで魔法士を誕生させることに、やっと目途が付いたよ。

僕も教会の握る秘密を理解できる立場になったからね」


ん? それなら何故クルトが落ち込んでいるんだ。

それができれば大手を振ってフォーレに来れるじゃないか?


「だだ……、知ってしまったからこそ、今の段階でフォーレに行くことができなくなった。

教会の『特別な作法』には、中央教会から送られてくる『特別な羊皮紙』が必要と分かったんだ。

それが無いと例え作法を知っていても再現できないし、一番の問題は僕らでそれを作ることができないことなんだ」


それって……、いわゆる魔道具のスクロールみたいなものか?

それの製法を中央教会だけが独占しているということ?


「教会にはまだそんな秘密があったのですか!」


商会長も思わず声を上げたが、俺もそんな話は前回のクルトから聞いていなかった。

ではフォーレで再現できる目途がついたことに矛盾しないか?


「これが悪い知らせのひとつめかな。僕が教会を離れられない理由に、この『特別な羊皮紙』は消耗品であり、誰かが教会に残って横流しするよう差配しなければならない。

現状で僕が密かに数を誤魔化したものは二十枚、これではまだ全然足らないからね」


なるほどな……。

二度目の時はクルトが教会に残り、いや、代表神父としてトゥーレの教会の頂点にいた。

だからこの点について何も問題なかった訳だ。


「そして悪い知らせの二つ目は、領主様より新たな命令が発せられ、僕が儀式の責任者になった」


「「!!!」」


しまった! いや、俺はなんて迂闊なんだ!

奴が前回の歴史を知っているなら、これも当然のことだ。


前回のルセルはクルトを異例の抜擢のうえ代表神父に任じ、それから二人は魔法士を次々と発掘していたのだから……。

この事実を知っているであろう奴が、クルトに目を付けるのも当然のことだ。


「ここで僕が消えると訝しがられるし、『特別な羊皮紙』を提供できなくなる。

なのでこの二つの理由で当面の間、僕は身動きが取れなくなってしまった……」


クルトも苦渋の決断だろう。

なんせ彼自身、一日も早くフォーレに移住することを楽しみにしていたのだし。


「それでは事実上、フォーレでの儀式はできないのでは?」


「アイヤール様のご懸念ももっともですが、それは可能です。僕にはもう一人、教会内で同志がいます。

その者をフォーレに送り、僕がトゥーレから羊皮紙を送り続ければ、使命は果たせます」


「クルトの同志? アンジェ以外に?」


「そうだよ、リームも知っている元採集班の班長だよ」


「それって……、まさかイシスのことかい?」


確かにイシスはクルトより二つ下、俺より六歳年上の元採集班の班長だった。

彼女も孤児院では上級待遇の成績優秀者で、卒業後は教会に迎えられ修道女の道を進んでいたけど……。

ただ、神父ではないのに儀式に関われていたのか?


「彼女は特別だったからね。上位の神父に気に入られて、儀式の際には常に補佐役に任じられていたから。

事情を知っている彼女は、幾ら教会が窮乏しても外に出す(娼館に売りに出す)ことはなかったし、これまでは領主様の命令に応えるため、儀式の担い手を増やす必要もあったからさ」


って言うかさ、クルトの用意周到さにはいつも脱帽させられる。

おそらく彼は万が一の保険として、影日向にイシスを守って秘密を共有していたのだろう。

同じ孤児院出身で、採集班として共に行動していた彼女なら信じられると判断して……。


「だけど……、イシスは承知しているのかな?」


「もちろんだよ! 彼女もフォーレに行く日を心待ちにしていたからね。

久しぶりにリームだけでなくマリーやアリス、カールと会えるのもずっと楽しみにしていたし。

それに……」


そこでクルトは言葉を濁らせた。

何かを迷っていたようだが、改めて重い口を開いた。


「ここだけの話として聞いてほしい。

彼女はずっと耐えてきた。自身の尊厳を汚されても、その日が来ることを待ち望んで、ね。

だけど今回、彼女を手放さなかった上位の神父が更迭こうてつされ、領主様の命で僕が儀式の責任者に任じられた。

教会上層部は、守る者がいなくなった彼女を次のにえに定めたんだ。だから僕は急いで合図を……」


そういうことか。

俺は全ての事情が理解できた。


教会はイシスを慰み者にして、今度は使い捨てにしようとしている訳か……。これにより彼女の尊厳は二重にけがされることになってしまう。


それにしても、孤児院もそうだが教会もホントに碌でもない組織だな。


「では俺と商会長は今聞いた裏事情は忘れ、ただイシスを救うために動くよ」


「ありがとう。今の僕にはどうすることもできなくて……。

彼女は秘事を全て知っているから、この羊皮紙さえあれば取り敢えず二十回分、今リームが囲っている人たちの分は確保できているよ」


そういって頭を下げたあと、クルトは空間収納からその『特別な羊皮紙』の束を取り出した。


「なっ……」


商会長は一瞬だけ驚いていたが、大きく息を吐くと横を向いた。

まるで『俺は何も見ていませんよ』、そう言っているかのように……。


確か……、初めて会った時に言ってたもんね。

商人の前で空間収納魔法なんて簡単に見せるものじゃないと。


「じゃあ俺が、クルトたちの努力の結晶を預からせてもらうよ。それで……、いつ、いや、いつまでに動けばいいなかな?」


「彼女が娼館に送られるのは三日後なんだ。それまでには……」


「商会長?」


「そうですな、まだ三日もあります。先ずは穏便な手立てを考えますが、最悪はリーム殿の力を借りた力技もやむを得ないでしょうね」


確かに、かっ攫うことなら何とでもできる。まして、本人も望んでいることだし。


「私もトゥーレの娼館には伝手がありますからね。

行き先さえ分かれば何とか……。

ただ、穏便に運ぶにはそれなりの経費が必要となります。それはよろしいですか?」


「ああ、千枚でも二千枚でも構わない。仲間の身の安全と名誉は、お金には変えられないものだからね」


「ふふふ、そう仰っていただけると思っていました。ならば何とかなるでしょう。

一部の限られた者たちの間では、アスラール商会は『王都で奇特な趣味を持つ上流貴族と繋がりがある』と思われていますからね」


そう言って商会長は苦笑した。

確かにそうだな……。


教会も孤児院からリーム(俺)が買われていった事情は知っているし、トゥーレの娼館からも元孤児たちを救うため、アスラール商会は何人も身請けしている。

加えてトゥーレの奴隷商からも、獣人の奴隷や幼い子供の借金奴隷を買い続けている。


もちろん、これらは全て解放するためだが、売る側はそうは思っていない。

そう言った事情もあり、アスラール商会は最適の存在と言えるかもしれない。


「双方には俺が話を付けますよ。

それで、最後の悪い知らせとは何ですか?」


そうだ、まだひとつあったんだっけか。

その言葉を受け、俺も息を呑んでクルトを見つめた。


「最近になって教会に大量の魔石が流れ始めた。

ここに来て領主様は方針を変更され、教会に無償で魔石を流し始めたんだ。もっとも……、成果が出なければ教会には相応の罰を与え、後日に対価を請求するという条件付きだけど、ね」


「「!!!」」


これは悪辣だな……。

教会を優遇しクルトを昇格させる代わりに、ちゃっかり脅迫もセットで対応している訳か。

これでもう教会側は『必要な魔石がない』と言い訳できなくなり、必死にならざるを得ない。


「今現在、領主の元には以前と比べ物にならない数の魔石が集まっていますからね。魔の森に入って自力で収集する傍ら、ガーディア辺境伯領内はブルグの命で『最優先で協力するように』と触れが出ております。トゥーレに店を持つ商人に対しても王国中から集めてくるよう依頼が来ているようです」


ちっ……。


おおかた辺境伯ブルグを継承できて上機嫌の阿呆(三男)は、ルセルにせがまれて応じたのだろうけど。

阿呆ゆえに、それが将来は自身の首を絞めることになると理解していないのだろう。


「今や教会には領主様の預かり品として、上位(天威魔法)の魔石が二つ、中位(地威魔法)の魔石は十以上、下位(人威魔法)の魔石ならふんだんにあるんだ。これで百回は儀式が可能だろうね……」


「そしてこの先も増えていく……、そういうことか」


前回の歴史でシェリエ配下の魔法兵団は合計で一千騎だったが、その中で魔法士は三百人であとは非魔法士である護衛の騎士たちだった。

奴はそれを再現するように動いている訳か?

シェリエが手に入らなかったことで、今はがむしゃらに……。


「分かった、俺たちは数では叶わない。でも質を高めていきたいと思う。

ここに至ってクルトが教会に残ることは不本意だけど、情報が入る糸口が残ったと思うことにするよ」


そう言って俺は、大きく息を吐いて自分自身を納得させることにした。

先ずはできること、それだけを推し進めるしかない。


「クルトは俺たちに遠慮せず、今は与えられた任務を進めてほしい。ある程度成果が出れば奴はきっと油断する。それまでに可能な限り数を誤魔化し、できればあと百、いや、もし可能なら三百ほど必要な羊皮紙を集めてくれると嬉しいかな。

先ずはそこで区切りとしよう」


そして俺は空間収納から手持ちの金貨が詰まった袋を幾つも取り出すと、テーブルの上に並べた。


「クルト、これは諸経費として金貨一千枚ほどある。数を誤魔化しても収支上は矛盾が出るだろうからね。

これを使って補填しておいてほしい。追加が必要になったらまた連絡を」


「ありがとう。助かるよ」


「じゃあ俺たちのすべきことはひとつ、イシスを開放してフォーレに迎える。

そして奴に対抗する戦力を整える!」



俺たちは新たな決意のもと動きだした。

先行する奴に少しでも追いつくこと、量の差は質でカバーしていくしかない。

いつも応援ありがとうございます。

次回は10/31に『驚くべき結果』をお届けします。


評価やブックマークをいただいた方、いつもリアクションをいただける皆さま、本当にありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いします。

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