ep109 見えない敵
トゥーレとノイス、二つの町で緊急招集のかかった兵たちは、一旦トゥーレに集結するとモズ方面に向けて街道を進んでいた。
その数……、騎兵五百騎に歩兵が五百名。明らかに大軍である。
彼らは領主の思惑すら知らず、ただ街道をモズに向かって進んでいった。
出発して数刻のち、彼らは街道から前方に見える脇道に差し掛かっていた。
「ここですっ! ここから左に進んであの山の麓に洞窟があるんでさぁ。
そこを抜ければ奴らの街はすぐ先にありますぜ!」
隊列には不釣り合いな格好をした、一人のゴロツキが指さすのを見て、ルセルは目を細めて笑った。
彼らの言う街が、これまで報告にあった不可思議な噂の根源であり、その答えがその先にあるであろうことを確信して……。
「ふふふ、君たちの言う通りなら、反乱分子が根城にしている街を掃討する際、切り取り放題にしてあげるよ。
人も物も、そこにあるものは全てね。それが僕から与える追加報酬だよ」
そう言って再び冷たく笑った。
彼らの言う通り、そこに討ち漏らした獣人たちが立てこもっているなら、ここで一気に掃討することができる。
そのために十分な兵力を整えて来ている。
彼らの話によれば、その街にはヒト種もそれなりの数が共存しているという。
ルセルにはブルク継承会議の行われた日より漠然と抱いていた不安、自身の知らないリュミエールという名の『第四の男』存在がこの街に関与している可能性を考えていた。
「僕を出し抜こうなんて百年早いよ。コソコソと陰で何かしていた様だけど、ここで将来の禍根を絶ってやるさ」
ルセルは馬上でひとり、そう呟いていた。
一行が街道から左に曲がってしばらく進むと、脇道の横には広大な牧草地が現れた。
ただ、無人なのか人も家畜も姿が見当たらなかったが……。
「誰か、ここには誰が、どこの手の者が営んでいた牧場か分かるかい?」
その質問に同行していた文官の一人が馬を寄せて答えた。
「近年になって新たに設立された新興商会が運営しておりました。実は先年も騎馬をここから調達した経緯がありまして……。どうやら今は牧場を畳んで何処かに行ってしまったようですが……」
「その商会の行方は追えるの?」
「申し訳ありません。小さな個人商会のようで、ノイス開発中は幾度かトゥーレにも出入りしていたのですが、今はどこを拠点にしているのかさえ……」
「まぁいいや、ここは付録のようなものだがらね。街自体は畳むことも移動もできないんだし。
今から全軍に警戒態勢を! この先の洞窟の先に乱を起こした獣人たちが隠れ住んでいると告げてくれるかい?」
「はっ!」
仮にリュミエールという男が獣人たちと繋がっていようが、それはどうでも良いことだ。
彼らは今日、丸ごと殲滅されるのだから。
ルセルは獲物を見つけた、飢えた獣のように表情を綻ばせていた。
予想以上に整備された脇道をしばらく進むと、山の裾野に馬車二台が並行して進めるほどの大きな洞窟が無防備に入り口を晒していた。
更に、無数ともいえる馬車の轍が各所に残され、それらは真っすぐに洞窟の中へと続いていた。
「なるほど……、奴らの言っていた事は真実のようだね」
そんなルセルの言葉を聞いたかのように、隊列の先頭ではゴロツキたちが一斉にいきりたち始めた。
「あれですぜっ! あの先に奴らの街が! これで生意気な小僧の泣きっ面を拝めるぜ」
「へへへ、今度はお礼参りだ。女以外は皆殺しにしてやる!」
「あの女たちは俺がいただくからな! 前は邪魔が入ったが今度は容赦しねぇ」
彼らはまるで虎の威を借りる狐のように気勢を上げ、復讐心をみなぎらせ始めた。
「お前たち、僕らを街まで先導するため、内部を案内してくれるかい?」
「もちろんでさぁ!」
「奪い放題だぁっ」
「今度こそ俺たちの恐ろしさを思い知らせてやる!」
喜々として彼らが洞窟と呼んだトンネル内に走り寄るのを、ルセルはただ冷たく嘲笑っていた。
「どうせ長く生きれないんだ。今は少しだけ、愚かな夢を見させてあげるよ。
奴らは本来トゥーレの町の風紀を乱すゴロツキ共だ、案内が終われば処理はお前たちに任せるからね」
ルセルの傍にいた数人の兵士は、その言葉を受けて黙って頷くと彼らの後を追って先へと進んだ。
◇◇◇ トンネル内
百名の先遣隊が洞窟の中に入り、続いてルセルを先頭に本隊も洞窟の中へと駒を進めていた。
その中は予想以上に広く、壁面や天井は綺麗に整えられており、数百メート進んだ先には更に広い空間すら用意されていた。
「これは……、正直言って奴らの言っていたことは眉唾ものと思っておりましたが、どうやら真実味がありそうですな」
ルセルの傍らで駒を進めていた指揮官も、中の様子を見て大きく息を吐いた。
「そうだね、これは人の手で成せるものじゃないね。おそらく地魔法が何人かで掘り進めたものだと思うよ。これで確定だな」
何人かの魔法士を手配でき、ガーディア辺境伯領内で蠢動できる人物などひとりしかいない。
バイデルの言葉通り、もし第四の男が王都で大貴族の支援を受けていたとすれば、これらが可能となる。
そんな彼らに、前方から伝令が駆け寄ってきた。
「ご報告します! 先頭は奴らが入口と称した建物の扉に到着しております!
奴らいわく『扉を抜ければ街はすぐそこにある』とのことです」
それを受け指揮官は、一瞬だけルセルを見た。
ルセルがただ黙って頷くのを確認して剣を抜いた。
「これより全軍、不逞の輩の根拠地を掃討する! 直ちに戦闘準備を行い、前列が進むのに応じて雪崩込め!」
「「「「応っ!」」」」
「まだ何かあるのか?」
先ほどの伝令が、何か言いにくそうに待機しているのを見て、指揮官は改めて確認した。
「その……」
「遠慮しなくていいよ。必要な内容を報告するのは君たちの責務だからね」
傍らの領主からそう言われ、伝令はやっと口を開いた。
「実は入口の部分に警告の看板が立てられておりまして……、その、報告すべきかと思い……」
「へぇ、そこには何と書かれてあるんだい?」
「それは……」
『この先に進もうとする者に告げる。
天は全てを見ている。此処から先は心正しき者にのみ道は開かれるだろう。邪な心を持つ者は天の怒りを受けて奈落へと落ち、道は永遠に閉ざされる。
自らの行いに恥じることのない者よ、天の裁きを受けて漆黒の闇の中で苦しむがいい』
「そのように書かれておりまして……」
「ふーん、じゃあさ、先ずはゴロツキ共を先頭に進めるといいよ。皆は下がって後ろから見ていよう。
邪な奴らに天罰が下るさまを、ね」
ルセルの指示は先遣隊にも伝えられ、ゴロツキたちは貸し与えられた剣を持って勇躍し、観音開きの大きなドアを開けると白っぽい壁の何もない小さな空間を抜けた。
そして……、反対側のドアを蹴り飛ばしてその先に躍り出た。
「皆殺しだぁ、あ? あああぁぁぁぁぁぁぁっ」
「行くぜっ! え? ええええええええええっ」
「あっ! そんなぁっ いやだぁぁぁぁぁぁっ」
「おっ、押すなっ! 落ちるぅっっっっ」
勢いよく飛び出した彼らは、前の数人は勢いよく、他の者たちも勢いを殺すことができず、次々と出口の先に設けられた奈落に落ちていった。
「ははは、単純な罠だね! 何が天の裁きだ」
いつの間にかルセルは先頭集団まで移動しており、哀れな彼らの末路を見ていた。
「奴らを始末する手間が省けたね」
「ですがこの先、いかがしますか?」
「小賢しい奴らは、どうせ渡し板か何かで移動していたのだろうね。地魔法士が居れば、必要になれば入口を土砂で塞ぐことも造作もない話さ。
奴らの街は必ずこの先にあるよ」
そう言うとルセルは、自ら地魔法を行使して奈落を土砂で埋め、先へ先へと掘り進め始めた。
彼が行使する地属性神威魔法の力は凄まじく、トンネルはどんどん奥へ向かって掘り広げられていった。
それから半日、そして翌日も朝から夕刻まで、リームがモグラと評した通りルセルは意地になってトンネルを掘り進めたが、ただ虚しく山の地下を進むだけで、最後まで目的としていた街は現れなかった。
とうとうルセルは癇癪を起し、トンネルを二度と使えないように内部を滅茶苦茶に破壊すると、すごすごと軍を引いていった。
これによりリームはルセルに対し疑心暗鬼の種と、いいしれようのない恐怖を与えることに成功した。
だがその反面、せっかく築いた偽装ルートとモズを拠点とする輸送ルートを失った。
片方は面子を、片方は拠点を失うという両者痛み分けの状態だったが、この日を起点としてルセルは明確にリュミエールという男を意識し、警戒を始めた。
その影響は後日、思わぬところに出ることになる。
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次回は10/25に『待ちわびた知らせ』をお届けします。
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