ep108 密告者
トゥーレで貧民街が焼け落ち、裏町の大部分も破壊されて数日が経過した。
その頃になると被害を受けなかった町の大部分は、惨劇を忘れたかのように元の平穏と賑わいが戻りつつあった。
リームらにとってはやるせない話だが、そうなったのもトゥーレが抱えていた独自の事情によるものだった。
そもそも貧民街は町の住民たちにとって心地よい場所ではなかったし、真っ当な者たちの多くはルセルの施策によって既に貧民街を出て暮らしており、今やそこは一部の獣人と流れ者のゴロツキたちが住まう場所でしかなかった。
これは裏町も同様だった。ここ最近こそ治安は良くなり、町の住民たちは気兼ねなく裏町の酒場などに出入りしていたが、元々は犯罪者や流れ者たちが多く住みついていた事情もあり、決して好まれる場所ではなかった。
まして最近はリームの施策により、元々裏町に住んでいた者たちはフォーレに移住するか商売を大きくして表通りに進出するなどで数が大きく減り、金山の噂を聞きつけてやって来た新たな住人が多数を占めつつあった。
そのため町の様相はかつての危ない裏町に戻りつつあったからだ。
それが綺麗さっぱり一掃された!
しかもこの二か所は、領主から迅速に示された再建計画に則り、整備された新しい町の一角として生まれ変わろうとしいる。
今は瓦礫の撤去を行うと人足たちが行き交い、『参加資格』を持つ商人たちにより再建のための物資が続々と運び込まれていた。
不幸な事件が起こったにも関わらず、領主ルセルの事後対応の早さは目を見張るものがあり、まるで全てが予め準備されていたかのようだった。
そんななか、町を焼いて今もなお逃亡中とされた不逞の輩たちに対し、領主からは『不審人物の密告』が推奨されていた。
そしてこの日……。
行政府に『密告者』として人相の良くない男たちが訪れていた。
対応した官吏は密告の内容が余りにも規模が大きすぎることから、その内容は『真偽不明』としながらも直ちに上長へ報告し、時を置かずしてルセルもその概要を知ることになった。
「あの焼き討ちを逃れた者が、僕に是非とも伝えたいことがあるって? ふふふ、どういことかな?」
密告者の存在と、密告内容を報告してきた官吏に対し、ルセルは興味を惹かれたのか直ちに彼らを連れてくるよう指示していた。
そして……、密告者たちは行政府に設けられた対面の間に招き入れられた。
ここはかつて、元孤児院長や修道女たちが断罪された場所でもある。
分不相応な場所に連れてこられた密告者たちは委縮していたが、領主は明るい笑顔で彼らに話し掛けた。
「どうやらとても面白い話を知っていると聞いたよ?
官吏から聞いてると思うけど、町の治安を正す有益な情報にはそれなりに対価を払うからね」
ルセルの言葉こそ柔らかかったが、その目は鋭く彼らを見据え、油断のならない光が宿っていた。
「へへへ、因みにどれぐらいいただけるんですかね?
俺たちは飛び切りの情報を持っているんですが、ね……」
「そうだな、これは滅多なことで話せる内容でもないしな。それなりの……、でないとな」
「だな、俺たちの情報には飛び切りの価値があるはずだからな」
口々にそう言うと、男たちは卑しく笑みを浮かべていた。
そんな彼らが少しでも高く情報を売り付けようとしているのは、誰が見てもあからさまだった。
「貴様らっ、領主様に対し無礼であろう!」
官吏の中にはその無礼に怒り、彼らを咎めようとする者たちもいた。
だがルセルは片手を挙げてそれを制した。
「なかなか言うじゃないか、それなりに自信があるということだね? 程度にもよるけど、最大で金貨五十枚ぐらいはあげるよ。不服かい?」
「へへっ、ではまず触りだけですが……。
俺たちはあの日、専用区画に居て焼け死ぬところだったんですよ。だけどある者の手引きによって今もこうして生きています。この話の価値ってならどうです?」
その言葉を聞き、ルセルは冷たく笑った。
まるで探し求めていた獲物が罠に掛かったかのように……。
「いいだろう、金貨五十枚だ。君たちの『命の恩人』について、もう少し詳しく聞かせてもらおうかな」
ルセルが皮肉交じりに言った『命の恩人』という言葉に、彼らは敏感に反応した。
敵意を剥き出しにして……。
「いや、『命の恩人』なんてもんじゃありませんぜ、あの生意気なガキときたらよ……」
「俺はあの獣人たちを許しちゃおけねぇからな。あいつらから受けた傷がまだ痛むぜ」
「勝手に連れ出しておいて、今度は奴らの町から俺たちを放り出しやがった。その報いは奴らにもキッチリ受けてもらわないと、俺たちの気が収まらねぇからな」
彼らの言葉にルセルは僅かに眉を動かし、口角が上がった。
『生意気なガキ』、『獣人たち』、『奴らの町』……。それらの言葉を意味する事を理解したからだ。
「あはは、獣人の生き残りがまだいるんだね? お前たち、なかなか面白い話をするじゃないか。
それで奴らは今、何処に居るんだい?」
彼が作り笑いを浮かべて言った言葉の裏には、ゾッとする……、言い知れないような憎悪が込められていた。
「それが……、特別区画の地下を抜けた後は馬車に乗せられ、しばらくは暗闇の中を進んでいたので……」
一人の男がそう語った。
実は彼らはリームの指示で、往路はフォーレに到着したのち幌で目隠しされた馬車に乗せられた。
その後、本来なら数分で到着する休耕地まで、実は敢えて消灯した暗闇の街中を、ただぐるぐると同じ場所を回って相当な時間が掛かるよう偽装されていたからだ。
「俺も夜しか見てないが、隙を見て馬車から飛び降りたときに見た景色、あれは新しい街だな。
だが……、ノイスじゃねぇ」
もう一人の男もそれに応じた。
彼らの口は、金貨五十枚と聞いて非常に滑らかになっていたようだった。
「俺はコイツらとは違う話を知ってるぜ、なんせ戻るときに幌に穴をあけてこっそり覗いていたからな。
あの街の場所が分かるののは、きっと俺だけだな」
そう言った男は、モズに向かう途中で周囲を目を盗みずっと外の様子を窺っていた。
獣人たちに袋叩きにされた恨みを、いつか晴らすために……。
「クククッ、良いね。じゃあその場所を話してくれるかい?」
「それは先ほどの金貨と別、そう考えて構わないですかね?」
男はそう言って野卑な表情で笑い、他の仲間たちの前で勝ち誇るように胸を張った。
それを見たルセルは思わず笑ったのち、付け加えた。
「そうだね、僕たちをちゃんと案内出来たら、君たち全員に新たに褒美をあげるよ。飛びっきりの褒美を、ね」
このルセルが言った『飛びっきり』の真意を、彼らは知る由もない。
密告者たちは大きく口元を歪めた。
「約束ですぜ。トゥーレからモズに繋がる街道から脇道に入り、突き当たった山に洞窟があります!
奴らの街は洞窟を抜けた先でさぁ」
この言葉を聞いて満足したルセルは、彼らに前金として金貨五枚を渡すよう指示し、密告の内容が確認できればその十倍以上を支払うと告げた。
そして、彼は密告者たちを丁重に保護すると、その日のうちに主要者を招集し新たな出兵を告げた。
『反乱を起こした獣人たちの隠れ里が発見された。これより全軍を以って討伐にあたるべし』と……
このことをリームやアスラール商会の者たちはまだ誰も知らない。
◇◇◇ モズの町
招かれざる客たちを送り返して以降、俺と商会長はずっとモズの町に滞在していた。
以前から進めていた撤収作業を、あれを機に完全に遂行するためだ。
そんなある日、トゥーレのアスラール商会より急報が入った。
「トゥーレにて密かに兵たちの招集が掛かっております!」
「「何だとっ!」」
思わず俺と商会長の言葉が被ってしまった。
しかし……、その目的は何だ?
魔の森への遠征か? それとも……。
「ちっ! それで奴らの規模は? どこに向かう予定だ?」
「すいません会長、その辺りはまだ分かりません。ですが集めている兵の数は五百から一千名、糧食の量からして一千名が動けば三日前後、五百名なら一週間程度かと……」
「それでは分からんな。リーム殿、どう対応しますか?」
「まぁ……、タイミングが良すぎるからね。此方に向かってくると考えるのが一番だろうね」
「やっぱり……、奴らを解放したことが原因でしょうか?」
「多分ね。捕まって自白したか、それとも自ら死ぬために情報を売りに行ったか……。
どちらにしても早まったな。男爵は彼らを生かしておかないだろうね」
一度はまとめて処分しようとしていたゴロツキ共だ。
奴なら俺たちと一緒にまとめて葬るぐらいのことは考えているだろう。
「で、リーム殿は何か動かれますか?」
「ふふふ、どうせ廃棄する前提で準備していた拠点だ。男爵を疑心暗鬼に陥れるため活用させてもらうさ。
当面は……、ありもしない宝を探して、せいぜいモグラのように土堀りを楽しんでもらうか?」
そう言って笑った俺に対し、商会長も笑っていた。
予てから周到に準備していた通り、トンネル近くにあった偽装牧場は既に店じまいし、放牧していた馬たちも全てフォーレに送っている。
ここモズにある拠点も、フォーレ用に集めた物資は完全に引き払っており、今や奴の事業に参加するための物資集積場所に姿を変えている。
トゥーレやモズでアスラール商会に雇われていた獣人たちも、今は全員が引き払ってフォーレに戻っている。
モズの拠点や偽装トンネルを失うことは少し痛手だが、それ以外に失うものもない。
いつかはこんな日が来ると思っていたしね。
いよいよ俺も、奴と本格的にぶつかる覚悟を固めていた。
いつも応援ありがとうございます。
次回は10/22に『見えない敵』をお届けします。
評価やブックマークをいただいた方、いつもリアクションをいただける皆さま、本当にありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いします。




