ep10 同じ志を持つ共犯者
クルトと俺は、周囲で孤児たちが歓声を上げている中、じっと向き合っていた。
二人の間に微妙な緊張感があったのは否めない。
そして、彼はゆっくりと話し始めた。
「先ずは一点目、君はアリス以外にも勉強を教えたいと名乗り出たそうだね。
それからと言うもの、年少の子供たちの多くが君たちから学んでいるけど、その目的はなんだい?」
「勤労待遇で飢えに苦しむ子供たちを少しでも助けたい、そう思ったからです。
機会は、誰もが等しく与えられるべきだと思います」
(孤児院をぶっ潰す前段で、先ずは飢える子供たちを少しでも減らしたいとは言えないしね)
「そっか。それは立派な考えだと思う。僕にはそんな考えに至ることも、勉強を教えることも思いつくことができなかったな」
「でもクルト兄さんは、違う方法でそれを成されているのでしょう? 今日初めて野外採集に参加して分かりましたよ」
そう、今も俺たちの前で展開されている光景もそのひとつだ。きっと休憩という名目で、現地調達した食材で昼食を摂ることも彼の発案なのだろう。
彼は先ほど、参加した者だけでなく、他の者への食糧も持ち帰ると言っていた。
これが彼なりのやり方なのだ。
「では次に教えてくれないか? リームはどうして十一歳になる前に、無茶と言われるまでの危険を冒して採集に出ることを望んだんだい。
院長先生を始め大人たちは、諦めさせようと色々手を尽くしているようだけど……」
「それは僕も最初から感じました。でも……、採集に出れば色々と役に立てると思ったんです。
幸い僕は本の知識があり、他の子供たちより効率的に薬草を集めることができると思ったので……」
「そうだね……。でもそれだけかな?
僕には君が、他に何かしらの目的を持って採集に臨んでいると思えてならないんだ」
「……」
(何が言いたい?)
「答えられなければ無理して答えなくても構わないよ。
だけどこれだけは知っておいてほしい。君は僕と同じ考えのもと動いているような気がするんだ」
いや……、なんとなくルセル(二度目)の時と攻守逆転しているような気がするな。
クルトは俺の言葉を導こうとしているのか?
「三番目の質問の前に、年長者として少しだけ君にアドバイスしたい。
君はこれまで三回ほど同じ孤児院の仲間を『子供たち』と呼んでいる。まるで大人が僕たちを指して言うようにね」
『あ!』
「そして三点目の質問は、むしろ質問と言うよりこれもアドバイスかな。
孤児院にある薬草学の本は僕も全て読んだ。読んだ上で言うのだけど……、あの本を読んだ程度の知識では貴重な薬草であるエンゲル草と、毒草であるイビル草を見分けるのは不可能だと思う。
僕以外には、あそこの本棚にある本を全て読んだ物好きはいないから、誰も分からないだろうけどね」
『ソウナンデスネー』
やはり孤児院始まって以来の秀才と言われたクルトは、ただ者ではないということか?
なんだか色々と見透かされているような気がした。
「僕はリームと同じことを考えているの味方だ。だから安心してほしい」
そう言ってクルトは、そっと俺の肩に手を置いて笑った。
その瞬間、俺のなかに衝撃が走った。
-----------------------------------------------
◆魔法保持者
クルト
◆転写の対象
※※※※(※※※※)転写不可
※※※※(※※※※)転写不可
※※※※(※※※※)転写不可
-----------------------------------------------
俺の中で転写魔法が自動的に発動し、視界に状況を告げる表示が浮かんだからだ。
『なるほどね、そういうことか……、いや、これは凄いことじゃないか!』
クルトが魔法士であることは周知の事実だ。
だがそれ以上に彼は、非常に珍しいといわれる三属性の使い手だった。
いや……、才能と魔法、そのどちらにも突出しているからこそ、教会は必死になって彼を囲い込もうとしている訳だ。
三種のうち一つは、おそらく火魔法だろう。だからこそ一瞬で竈に火を付けることができたし、魔物に対しても十分な攻撃力もっているということか。
さて……、ここいらで俺も立ち位置を明確にしておかなければダメだな。
「クルト兄さんのアドバイス、大変ありがたいと思っています。自分の迂闊さを思い知りました」
先ずは謙虚に自分の非を認めた。
「俺は兄さんと同じ目的で動いていると思います。大前提として、仲間を悪辣な大人たちから救いたいと思っています。それを行うための手段として採集に参加しました」
「そうか、やっぱりそうだったか。とても嬉しいよ。
僕は以前、院長から君の話をされてから、ずっと君を注意深く見てきたんだ。共に戦える同志ではないかと期待していたんだ」
「俺の目的も同じです。あの歪んだ組織を、そして孤児たちの命を啜る醜悪な大人たちを許せない。
ぶっ潰すためには相応の力が必要です。だから多少は強引な手を使う必要があった」
「その為に採集を?」
「あの貴重な薬草と忌々しい毒草を即座に見分けることができたのは、俺に与えられた特殊な力のお陰です。クルト兄さんの三属性と同様にね」
「なっ! ど、どうして……。教会にもそれは露見していなかったのに……」
『あれ? 俺はなんかやっちゃいました?』
「まぁ……、鑑定魔法に似た力、とでも言えば分かってもらえるかと……」
「それは凄いね! 僕はドライエッグのひとつ、隠蔽魔法で一種類を隠していたのに……。
僕はリームの本心を探っていたつもりだったけど、探られていたのは僕の方だったのか……。
参ったな……」
洗礼の儀式を経ずして、何故魔法スキルが使用できるのか?
クルトはそんな野暮な質問をしないでくれて助かった。
「それで二番目の質問の答えですが、俺は採集で能力を使って資金を集めたく思っています。
規定量を集めたのち他の皆は食料を、俺は最も価値の高いアレ(エンゲル草)を集めたく……」
まぁ……、俺の方が一方的に見透かされていたのは事実だけど、そこはこのままにしておくか。
二度目の俺自身が行った改革を推し進める過程で、森の中にあるエンゲル草の群生地には幾つか心当たりがあるし……。
「リームは売り先に心当たりはあるのかい?」
「それはまだ……、実際問題としてこの年齢ですからね」
まぁ成長するまで保管可能な、自称四畳半という倉庫はありますけど……。
「そうだね。リームが素材屋に売りに行っても、誰もまともに取り合ってくれないだろうね。
むしろ取り上げられてしまう可能性も高い」
デスヨネー。実はそこが悩みの種だったんだ。
本来なら本物の見分けが難しいため流通量も少ないエンゲル草は、少量でも金貨一枚に値する。
ただ俺の場合、運よく買い取ってもらえても足元を見られるに違いない。
それに持参したものが本物と信じてもらえない可能性すら多分にある。
ゆくゆくは、ちゃんと正価で引き取ってくれる取引先を見つけたいが、それもまだ先の話だ。
「価格は……、三分の一ぐらいに買いたたかれるけど、僕には心当たりはあるよ。
今までも少しづつ、採集で集めたエンゲル草を売ってこっそり食べ物に変えてきたからね」
「そんなことが? 教会にはバレないのですか?」
「売るのは裏町、買うのは貧民街の闇市だからね。それを隠してこっそり持ち込んでいたんだ。
もう君にはばれちゃったから仕方ないけど、僕の三番目の魔法スキル、空間収納を使ってね」
なるほど! それでか……。
二度目のルセルは、クルトが教会や孤児院から断罪の証拠となる書類を、どうやって持ち出していたのか疑問に思っていた。
秘匿していた空間収納があれば、クルトは手ぶらで持ち出せる訳だ。
「ははは、クルト兄さんもなかなかやりますね!」
「ははは、僕もこれから悪事を働く共犯者ができて、嬉しい限りだよ」
この日より俺とクルトは共通の目的を持った同志となり、先ずは少しずづだが未来の布石となる資金を集め始めた。
そしてそれは、ある時を契機に一気に加速する。




