ep104 策謀対策謀
会議と諸々の対策を終えたのち、それらを実行に移すべく俺は翌日の早朝からトゥーレに向かい、貧民街と裏町でゲートを開いて仲間たちを送り出した。
そのあとはモズに向かって移動し、午後にはアスラール商会の拠点でゲートを開いた。
「いいか、この倉庫の中に蓄積された物資は全て、今日中にフォーレに搬出する!
各班で協力して目の前にあるものから運んでくれ。向こうで搬入先を指示する者に受け渡したら、後は任せて搬出だけを優先に動いてくれ」
「「「「応っ」」」」
此方で作業に当たっているのは屈強な獣人たち二百名で、向こうにはそれに倍する数の獣人たちが動員されて動いている。
なので思ったよりも作業は順調で、日が傾き始めた頃になると、膨大な量の物資もほぼ全て搬出が完了し、運び手たちもまたフォーレへと帰っていった。
俺はゲートを閉じ、夕暮れ時のモズの町を散策しながら町並みを眺めていた。
この時間になると食事や酒を振る舞う露店が並び、酒場や飲食店なども活気ある賑わいを見せ始めていた。
「それにしても……、この町もたった三年で大きく様変わりしたよな。以前はモズという名前の通り、鄙びた田舎町だったんだけどな」
トゥーレの開発景気の波に乗り、その裏でフォーレの開発を支えて来たこの町は、アスラール商会がいち早く拠点として定めたこともあってか、その後も様々な商会が追随して利用するようになっていた。
そうなると宿屋や酒場、飲食店や商店が一気に増え始め、近隣からモズに移り住む人々も増えた。
閑散として空き地が多かった町の中も、今や各商会の倉庫や拠点が立ち並び、もう完全に別の町である様相を見せていた。
だが俺たちと共に発展したこの町にも、間もなく別れを告げることになる。
アスラール商会はそのまま残るが、フォーレに向かう物資、フォーレから来る物資の行き交いは止まるため大幅に規模を縮小し、表向きの商いのみに専念するからだ。
そんな感傷じみた気持ちで歩いていると、慌てた様子で商会長が駆け寄って来た。
「先ほどトゥーレから早馬で知らせがあり、新たに領主より布告が発せられました。
その内容がちょっと気になるものでして……、先ずはご報告させていただいた方がいいかと」
布告だって?
また奴が何か動き出したということか?
「その……、まず一点目がこれです」
そう言って商会長は、既に発せられた布告の写しを見せてきた。
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布告①
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***新規開拓地の開発に関する布告***
ガーディア男爵領の拡大とともに、安全となった魔の森の近隣に新たな開拓地を複数建設する。
この開発はノイスの開発を凌ぐ規模で同時に行われ、全てが完了すれば各々が最大で二千人程度が居住可能な町の機能を併せ持つ開発農地となる。
この新事業に参加できる商人を以下のように定め、男爵家への協力を約した商人には優遇措置を与えて共に利益を分かつものとする。
・開発に参加を希望する商人は、それぞれの自由意思により『開発参加枠』に申し込むことができる
・開発参加枠は最優先枠、優先枠、参加枠の三種類が用意され、これらの枠に参加していない商人は、開発に関わる一切の商取引に参加できない
・開発資材や現地で必要とされる物資の調達は、上記に定めた枠の優先順に行うものとする
・開発先での商業用地や物資保管庫の割り当ては、上記に定めた枠の優先順に行うものとする
・最優先枠は金貨三千枚、優先枠は金貨千五百枚、参加枠は金貨五百枚を事前に投資する必要がある
・なお、開発枠は先着順で埋まり次第締め切りとし、開発準備が整った時点で全てを締め切る
(付則)
・これに伴い、モズとトゥーレを結ぶ街道の途中に関所を設け、通行税と運搬税を新たに課すものとする
・男爵領の住民については、事前に発行される証明を提示すれば通行税は免除される
・なお移住希望者についても、モズに設けられる行政府で事前登録を行った者はこれに準ずる
・開発参加枠に参加している商人が率いる荷駄(商品)、運搬員、手配された人足はこれらの税が免除される
・トゥーレにも行政府が大規模な物資集積所を新たに用意し、開発枠に参加している商人のみ利用できるものとする
・物資集積所の利用料は、優先度に応じて安価なものを設定する予定である
・開発参加枠に参加した商人に対して、今後も更に優先度に応じた優遇措置が検討されている
・なお締め切り後は、参加枠への申し込みを希望しても一切受け付けられない
「……」
何だこれは? ある意味脅迫か?
いや……、形を変えた増税だろうな。嫌なら好景気に沸くトゥーレから排除されるだけという。
「開発資金を開発で利を得る商人たちから事前に集める形ですか……。しかも参加しないと後々色々と厄介なことになると脅しつきの」
まぁ……、統治者としては上手いやりかただとは思うけど、なかなか性格の悪いやりかただよな。
ある意味では領主が胴元となる『座』のようなものを作り、特権を与えるかたちだ。
本来なら自由な商取引を阻害するもので、今の勢いがあるトゥーレでなければ、商人たちからそっぽを向かれかねない内容だし。
これによりルセルは、公共事業の資金を商人たちから集める事が可能になる。しかも……、金貨数万枚という莫大な規模で。
「一応我々も『優先枠』で参加しようと思います。どれほどの商人が参加するか、枠の定数などは明記されていませんが……。
まぁ最終的には、我々もさほど儲けにはならないと思っていますけどね。
ただ表向きは領主には恭順する旨を示しておいたほうがいいでしょう」
「確かにね。関所でいちいち調べられてしまうと都合が悪いしね。だけど……、徐々に本性を見せてきたかな。
そして多分……、これは今後『リュミエール』が乗り出してくることへの対策でもあるのだろうね」
「ですね、公約通り魔の森を開拓しようとすれば、手の内を調べて都度税を課して搾り取り、あらゆる手段で妨害すべく考えられているのでしょう」
おそらくルセルは『リュミエール』を得体のしれない存在として警戒している、その表れだろう。
なんせ俺は、奴の知識でも前回には存在しなかった人物だしね。
今のところ王都のどの貴族が後ろ盾にいるかも分からない、ただ不気味な存在でしかないのだろう。
これはハッタリだけどさ。
ただ発せられた布告はひとつではなかった。
商会長はもう一つの書簡を取り出した。
「それともう一つ、こちらも不思議な内容なのですが……」
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布告②
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***新辺境伯就任を祝う祭典に関する布告***
新たなガーディア辺境伯の就任を祝い、トゥーレでも祭典を催す。
この記念行事の一環として領民たちが参加する『力比べ祭り』を行い、強き力を持つ者たちを称え表するだけでなく、今後は力をいかせる職を用意する。
・『力比べ祭り』には、ヒト種や獣人、領民や一時滞在者に関わらず誰もが参加できるものとする
・参加制限は特に設けていないが、予め各地の受付にて用意された大石を持ち上げるだけの膂力のある者に限る
・祭りの一環として、参加資格を得た者には一律で金貨一枚が支給される
・優勝者には金貨五十枚、次点以降も十位までには金貨三十枚から十枚が支給される
・大会の上位三十名には兵士や開発事業の管理者として、一般職より優遇された待遇の仕事を斡旋する
・祭りを応援する参加者の家族も招待し、特に食事付き応援席を用意して見学に便宜を図るものとする
・大会自体が新辺境伯の就任を祝う祭りであり、見物する者たち全てに祝い酒や食事が振舞われるものとする
(付則)
先般一部の獣人が反乱を起こし、その残党が善良な獣人の中に紛れ込んでいる可能性が懸念されている。
それに対して一時的に以下の対処が行われるが、祭りを祝うために付則を定めるものとする。
・状況に鑑み、当面の間は獣人たちを不逞な輩から保護するため、滞在地以外の各町や村の出入りを禁じる
・祭りの際には一時的にこの制限を解除し、往来の自由を認めるが事前に届出と登録を必要とする
・不逞の輩を発見または通報した者は、特に表して報奨金を与えるものとする
「何の目的があってこのような祭りなのか、私には理解できないのですが……」
確かに取って付けたような祭りだな。
しかもあのルセルが三男レイキーの辺境伯就任を祝うはずがない。
「トゥーレに単身赴任している獣人たちも浮ついているようです。
『力自慢ならヒト種に負けない』と言って参加を希望している者たちも多いようですが……」
「悪辣な罠だな……、それも実利を兼ての」
全てとは言わないが基本的に獣人たちは脳筋だ。
そして彼らには『力』というものに特別な思いを抱き、『力こそが正義』という風潮すらある。
だからこそ『力』を示せる機会は彼らの琴線に触れ、参加を望む者は後を絶たないだろう。
それが分かった上での策謀だから悪辣なのだ。
そして俺は、この祭りの布告を見たとき、真っ先に二つの史実が頭に浮かんだ。
ひとつは、織田信長が安土城で一千五百名もの力自慢を集めて行った相撲大会。
もうひとつは、山内一豊が土佐で新国主入国の祝賀行事として行った相撲大会。
同じ相撲大会でも、主催した者の意図は全く違う。
前者は、相撲好きな信長が趣味と実益を兼ねて開催したもので、壮健な者たちを発掘し新たな兵とする機会の意味も含まれていた。
そして信長は、実際に大会を通じて多くの者たちを新規に召し抱えていた。
だが、ヤバいのは後者だ!
関ヶ原の戦いで東軍に所属し勝利に貢献した山内一豊は、西軍に所属して改易された長宗我部盛親の所領を受け継いだ。
だがそれを良しとしなかった一領具足と呼ばれた土着の武士たち、郷士と呼ばれた彼らは何かに付けて抵抗した。
そんな彼らの対処に困った山内一豊らは、悪辣な手段で事態の解決を図った。
地方では珍しい相撲興行を開催し、その触れを聞いて見物に集まった郷士たちを一網打尽に捕らえ、彼らを全て虐殺するという形で……。
「商会長、獣人たちを祭りに参加させてはいけない。既にルセルは獣人たちと決別している。
なので今後の不安を取り除くため、領内の獣人たちを一掃する暴挙に出るつもりだと思う」
「なっ……、まさか、そんなことが?」
「ある! この国ではないが、実際にそういったことが行われた例はある。
奴がそれを知っていてもおかしくない!」
絶対に認めたくない仮定ではあるがルセルが俺と同一人物だった場合、確実にこの逸話を知っている。
そうでなくとも、冷酷な奴ならそういった発想に至ることもあるだろう。
「それに気になることはもうひとつ、今のトゥーレに広大な空き地って無いよね?」
「確かにありませんね。今や各地から人が流れてきていますから、どこもみな手狭で……、ま、まさかっ!」
「俺も二番目の布告を聞くまでは思い至らなかった。だけど貧民街で彼らが住まう場所が一掃されたら?
そこには広大な空き地と、この先で新たな領民を迎え入れる余裕が生まれる。
この分だと……、裏町も危ないかもしれない」
実際に二度目の世界でも俺は、義賊を討伐する過程で根城となっていた裏町の一部を潰していた。
確固たる理由があり、犯罪者の巣窟になっていた場所だったので、町全体の人々からは歓迎されたけど……。
あの時の俺は、多くの者を検挙したり投獄したが、焼き討ちや虐殺などは一切行っていなかった。
だが奴は容赦しないだろう。
その史実を知っていたからこそ、マリーやアリスを通じて警告を出しているんだからね。
「で、では我らはどのように動けば……?」
それが問題だ。事は単純ではないからね。
獣人だけならまだしも、想定した最悪の筋書きならば……。
予定外の状況で、まだ準備も整っていない状態で動かなければならない。
そうなればフォーレに住まう関係のない者たちを危険に巻き込む可能性もあるし、正面から戦えばルセル配下の兵たちも……。
「くそっ!」
歴史を知る俺がルセルの立場に立ち、悪意を持った目で状況を見据えれば、手に取るように奴の意図が見えてくる気がした。
俺と奴が同類だと?
いや、絶対にそれはない! 俺は俺だ!
「商会長、内密に、だけど迅速に動いてもらえますか?
もちろん動く者たち、アスラール商会の安全が第一です。これだけは譲れない絶対に譲れません」
「承知しております。我らもこのような暴挙、見過ごす訳には参りません」
俺は商会長に何度も念を押した上で動き始めた。
俺にとっては、まるで自分の中の居る悪意ある自分と戦うような、居心地の悪い気持で……。
いつも応援ありがとうございます。
次回は10/10に『祭りの前夜』をお届けします。
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