ep103 諸刃の剣
バイデルは俺が告げた差し当たっての危惧に加えもうひとつ、諸刃の剣となる内容について報告を始めた。
「継承者を決定する会議にて、私はリュミエールさまの代理として参加させていただきました。
その場にて、王都より派遣された代理人を含む継承候補者の前で、二つのことを明言して参りました」
うん、これは事前に聞いていた内容であり、俺もそれは了承していた事案だ。
内容として先代のガーディア辺境伯には、もう一人の嫡出子がいることを明らかにするものだった。
その嫡出子には、ルセルと似たような待遇が与えられていたことも初めて明らかにされた。
ひとつ、その者はルセルと同様、先代の後継者候補から外れる代わりに騎士爵に任じ、固有の領地を与えられたこと。
ひとつ、その領地は魔の森にて自らの手で開拓した土地に限ること。
「この件は既に先代……、今となっては先々代ですが、ブルグ在任中に正式な経路で王都に届け出がなされていたものであると、見届け人も認めていただいております。
故に誰も口を挟めるものではありませんが、同時に……、彼らは『リュミエールさま』の存在を知ってしまいました」
このことは予め想定されたことだ。
当初は商会長も『寝ている子供を敢えて起こす必要があるのでしょうか?』と慎重論を唱えていたしね。
ただ、いずれくる戦いの前に『既成事実』として周知のことにしなくては、フォーレを守る盾にならない。
そのため議論を重ね、今回の機会に王都(王室)を巻き込む形で既成事実化することが最善策、そう言う結論になった。
これならばフォーレの存在が露見しても、王国から認められた俺の所領と明言できるし、奴も正当な理由なく領土を犯すことができなくなる。
危険は大きくデメリットもあるが、最後の切り札になる点も否めない。
「それで……、彼らの反応は?」
「ブルグ継承が決まったレイキー様は、笑ってそれを了承されました。
もっとも笑われたのは、『そんな場所の領地など空手形に過ぎん』という意味でしたが、見届け人の前で言質は取っております」
ははは、安易な考えしかできない奴らしいな。
確かに辺境伯と騎士爵、立場で言えば圧倒的な差があるのだからそれも仕方のない話だが……。
奴は蟻の一穴という言葉の意味を知らないのだろう。
「ですがルセルさまは『そんな筈がない』と、いつになく動揺されておりました。
最後は渋々納得されたご様子でしたが、思うところがあったのか最終的には同意されると共に、ぞっとするような笑みを浮かべていらっしゃいました」
奴も驚いたのだろうな。
だって当の俺自身も知らなかった話だしな。
奴の発した言葉、『そんな筈がない』は、同じく二度目の過去を知っているからこそ言える言葉に他ならない。
「会議の後にルセル様は、何かとリュミエールさまについて尋ねていらっしゃいましたが、予め定めた筋書き以外のことは申し上げておりません。
ですがどうか今後は一層お気を付けくださいませ」
俺はバイデルの言葉の意味を理解した。
公式の場でリュミエールと言う存在が認められた事により、俺たちは未来に向けた布石を放つことができた。
これにより奴は、正当な理由なしにフォーレには手を出せなくなったことに他ならない。
だが同時に、俺という存在がルセルにとって明確に敵として認識され、正面切って戦う未来にも繋がる諸刃の剣ともなる。
今後ルセルは『リュミエール』という敵を警戒し、策を講じてくることは間違いない。
おそらくは開拓を阻止する、という形で。
「商会長、どうやらモズを早々に引き払う必要があるようですね。アスラール商会も足の付かないように細心の配慮をお願いします」
そう言った俺に対し、商会長はただ不敵に笑った。
まるで想定通りとでも言いたげに……。
「手筈は整えております。強欲な貴族を騙して『ぼったくる』ことこそ、我らの本領ですからね」
その言葉通り、この日の会議を経てしばらくのちに事態は動き出した。
◇◇◇ トゥーレの町
戦いの勝利と領地の加増という大きな戦果を挙げたルセルは、トゥーレに戻ると同時に主だった文官武官を招集していた。
「君たちの尽力もあって今回は大きな褒賞を得ることができたよ。皆には改めて感謝したい」
そう言って笑顔で彼らに語り掛けると、表情を変えた。
「だけど油断はできない。反逆者の残党はどこかに隠れ潜んでおり、その家族は未だに逃亡中で身を潜めているからね。僕の領地だけでなくガーディア辺境伯家の安寧のため、これからも君たちの尽力に期待したい。
この点について最優先事項として僕から厳命する」
そう言って幾つかの命を下した。
その内容とは……。
ひとつ、反逆者の残党と家族を引き続き捜索し、残党は見つけ次第その場で処断して構わない
ひとつ、家族だけは殺さず、捕縛して密かに連れて来ること
ひとつ、残党と結託して魔の森に手を伸ばす不逞な勢力が存在するので、その兆候を逃さず正体を掴むこと
ひとつ、トゥーレとノイスだけでなく領内全てに探索の手を伸ばし、不審な動きがないか調査すること
ひとつ、並行して不逞な企みのもと乱を起こした、魔の森に住まう獣人たちの残党を調査し捕縛すること
ひとつ、調査には魔の森で反乱を試みた獣人だけでなく、領内に住まう全ての獣人を対象とすること
ここまで告げてルセル笑った。
「これらについて些細なことでも構わないので、町や領内の異変は遺漏なく報告すること。
平和を乱す者に対する報告(密告)を奨励し、有益な情報をもたらした者には相応の報酬を与えるよ」
そして……、これらの命令を受けた文官たちもそれなりに優秀だった。
ルセルからの命が下された数日後には、幾つかの報告がもたらされることになった。
それらの大多数は、本来なら報告した者たちすら気にも留めないような内容であり、ルセルもこれまで全く関心を持っていない内容であったが……。
「孤児院の処罰の一環で、既に卒業した孤児たちも世論に後押しされて多くが独立を果たしたようです。
その一部はノイスの町に移住して新たな工房を開いておりますが、大多数の消息は不明で、どうやら他領へと旅立ったようです」
「失踪した孤児たちですが、未だに手掛かりすら掴めておりません! あれだけの数の孤児が見つからないなど、不自然すぎると思われます」
「どうやら裏町で、取り潰しになった孤児院に代わり孤児たちを引き取っている者たちがおります。
孤児たちを奴隷として売りつける算段ではないでしょうか?」
「ここ数年、裏町に暮らす者たちの様相が変わっております。古くから住んでいた者たちの多くはトゥーレの好景気に乗って財を成し、裏町から出たようで行方は分かりません。代わりに景気を聞きつけて流れてきた者たちが裏町に住み始めております」
「新たに領地に編入されたモズの町ですが、ここ数年で非常に豊かになったようで町の様相が大きく様変わりしているようです。ご統治にあたり然るべき代官を派遣し『正しく』税を徴収すべきかと思われます」
「どうやらトゥーレに暮らす獣人たちの数が、いつの間にか減っております。一部はノトスの開発とそちらに移住しと考えられておりましたが、二つの町で獣人の数を突き合せた結果、獣人の数が大きく減っており女子供の場合は更に顕著です!」
それらの報告を行政府で受けたルセルは改めて思った。
開発による好景気で沸く彼の領地は、その陰で幾つもの不審な動きをみせていたことに。
本来なら獣人たちの件を除き、取るに足らぬ内容ばかりだったが、そこにある者の存在を意識すると全てが繋がっているようにも見える。
これまで文官たちの目はより多くの利益を上げることに注がれており、自身もそのように指示していた。
だが……。
うすら笑いを浮かべた彼は、文官たちに新たな指示を出した。
「獣人については、魔の森の者たちと通じていた可能性が高いね。だから彼らが事を起こす前に町を脱出していた、そんな可能性もあるよね?
それに……、里にこもっていた獣人たちは戦いの準備を整えて待ち受けていた。それはトゥーレを監視していたからだと思う」
「確かに……、仰る通りですね」
「忌々しい奴らですね。この先どう対応しますか?」
その問いにルセルは冷たく笑った。
そしてゆっくりと口を開いた。
「大前提として、これより全ての獣人は我らの敵として認識を改める。そして彼らに気付かれぬよう密かに監視を進めてほしい」
「はっ、監視だけでよろしいのでしょうか?」
「先ずはそうだ。差し当たり布告を出して奴らにはトゥーレとノイスの町から出ることを禁じ、監視を強化してくれるかい?
二十日以内に準備を整え、理由を付けて奴らを一か所に集めた上で一網打尽にしてやろう」
「その理由とはいかがされますか?」
「獣人たちも参加可能な力自慢を競う催しを開き、上位の者は多額の賞金を与え希望者は兵士に取り立てとでも言ってやるのはどうかな?
力勝負なら奴らは賞金に釣られて喜び勇んで参加すると思うよ。参加者とその家族には景品が、応援のため見物に来た者にも振る舞いがあると言って、一人残らず集めるといいさ」
「はっ! 承知しました」
「あとは……、以前からずっと思っていたけど、これを機会にトゥーレ全体でもそろそろ掃除が必要かな?
裏町と貧民街は、発展するトゥーレに相応しくないからね。全て更地にしようと思う」
「そ、それでは元から居た領民たちは……」
「新たに魔の森近く、ノイスに続いて開拓地となる場所を何か所か作ろうと思う。
そこには働き手が必要だろう? 向こうに行けば住む家と農地を用意してやると伝え、従順な者は優遇して移住させる。これで良いと思うよ」
「頑として応じない者はどうしますか?」
「布告に反すれば罰を与えるだけさ。働ける男は強制的に金山の採掘事業に従事させ、女は色んな意味で金山で働く者たちの世話をさせればいいよ。今のトゥーレでは多くの者が真っ当な仕事に就いて働いているんだ。
あぶれ者たちは必要ないし、町の治安が良くなればそれに越したことはないからね」
「ではその線で計画を練り、実行に移させていただきます」
「さて……、孤児たちはきっと噂を聞いた町の者たちが頑なに隠しているのだと思うよ。
あの人数が一気に消えるはずがないし、分散すればたった二百五十人程度だから分からないと思うしね。
ただ、裏町の件は見過ごせないね。きっと保護すると言って人買いに売りつけていることだろうし」
「では……、こちらは首謀者を捕らえ取り締まりたく思います」
「最後はモズか……。僕もそこまで豊かになっているとは知らなかったな。
新しく作る開拓地に必要な物資の集積所にして、その分だけ商人からは開発費用を献上させようかな?
人の出入りは関所を設けて通行料を徴収しつつ監視を強化するため、兵と代官を派遣するよ」
リームが懸念していたように、ルセルもまた動き出した。
それは全て、前回の歴史で起こったことを参考にしつつ、彼に多くの利益がもたらされる形に改変されて。
諸刃の剣は振るうリーム自身すら傷つけるべく、新たに動き出していた。
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次回は10/07に『策謀対策謀』をお届けします。
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