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ep102 当面の危機

ガーディア辺境伯家では三男のレイキーが後継者となって、この年に起こった諸々の異変は解決した。

ただ先代辺境伯の死因や、仮に暗殺だった場合の真犯人の追及などは闇に葬られたままだった。


結果としてそれら不自然なこと全てが、叛乱を起こした次男ルーデルの犯行とされた。


その後に領都カデルにて辺境伯位の継承会議がもよおされたが、俺は予め王都で工作を行っていたバイデルに代理人として参加してもらっていた。


その彼がモズ経由でフォーレ戻った時点で、俺たちは情報を共有するため会議を開いた。


「先ずは今回の件でバイデルと商会長には改めて感謝とお礼を言いたい。本当にありがとう。

今日は内々の議論を行うため、行政の代表と軍事の代表に集まってもらっている。ここでガーディア辺境伯家の変化が、今後の俺たちにどう影響を及ぼすかを検討したいと思う」


この場には行政側としてバイデル、商会長、アリス、マリー、軍事の代表としてヴァーリー、アーガス、カール、ガルフが集まっており、新たに仲間になったシェリエも同席している。


「先ずは私から差し迫った懸念事項について報告させていただきます。

新たにガーディア辺境伯となったレイキー様は、ご自身を推薦し事態の解決に尽力されたルセル様の功を高く評価され、男爵の希望通り新たな所領を加増すると明言されました」


そう言ったバイデルは、会議室の一角に貼られていた大きな地図を指し示した。


「本来のルセル様の所領は最辺境とされたトゥーレの町及び付属する農村が十二、それに加えて新たに開発したノイスの町でした」


ここだけでも奴が領主として赴任してはや五年、改革と開発により人口は六千人前後から、今や金山開発などの好景気に後押しされて一万人にも迫ろうとしている。


「ですが今回、新たな支配領域として南側はモズの町を含む北部辺境の広大な領域を、北側は魔の森の境界線を越えて餓狼の里を含む、魔の森の内側も支配領域として明言されております」


「ちっ、そう来たか……、結局のところ奴は十分な利を得たということになるな」


俺は事前に用意されていた資料に目を落とした。


モズの町も近年、表向きはトゥーレ一帯の開発景気に引っ張られる形で大きく発展している。

だが実のところ最大の発展要因はフォーレ開発による物資の集積地としての役割を果たしたことと、拠点を置いたアスラール商会の存在が大きいのだけどね……。


奴の新しい支配領域はモズ以外に豊かさで突出した町がないものの、それでも幾つかの小さな町と各地に点在する農村を加えれば、支配する領地の人口は五千人近く増える。

広さだけなら新たに男爵領を丸々加増されたといっても差し支えないぐらいだ。


もちろん俺たちにとって一番の痛手は、モズが奴の支配下になったことだ。

これまではルセルの領地でなかったお陰で、目立たず何かと融通が利く場所として重宝していた。

だがこれからは以前のように動けなくなる。


「我らも今、新たに拠点となる場所を検討しておりますが……」


そう言った商会長の表情も若干暗かった。

新しい拠点自体は簡単に見つかることだろう。ただ問題点が三つあった。


ひとつ、これまではトゥーレの好景気に隠れて物資の移動を誤魔化せていたが、今後はそれができなくなる。

ひとつ、ルセルの領地が大きく広がったため、そこを避けるとフォーレとの距離が格段に増し不便になる。

ひとつ、偽装のため利用しているトンネルや牧草地などの施設を、新しい拠点にも設ける必要がある。


「それに……、魔の森への進出も看過できませんね。今まで魔の森はガーディア辺境伯領であっても誰もが領有権を主張しておりませんでした……」


商会長の言う通り、これまで魔の森との境界に巡らされた柵の向こう、そこは誰の支配領域でもなく、防衛線自体が奴の支配領域の限界を示すものだった。


だが今回のことで、以前の境界から10㎞進んだ先、そこから横に連なる餓狼の里から銀狐の里、虎狼の里を結ぶラインを新たな境界として、奴は明文化された領地として組み込んでいた。


「商会長、今になって考えてみれば先に行われた餓狼の里での戦いも、これらの既成事実を作るためだったのかもしれない。だが俺たちは奴の思惑に気付けなかった……」


「我が主君、ということは……、領都で騒動が起こるまで、奴は敢えて侵攻を控えていたと言うことですか?」


「多分ね。奴は攻めあぐねていたのではなく、着々と手を打ち『時』を待っていたのだと思う。

それまでに里が降ってくれればもうけもの、そんな程度の感覚でね」


そう考えると侵攻までの停滞、騒動が起こってからの速い展開、無理な二正面作戦に出たことなど、全てが腑に落ちる。


「敢えて勝ちを譲ったとはいえ、口惜しい話ではないですか?」


「私もガルフ殿と同じ気持ちです。我が主君、この先奴らは魔の森を侵食して来ると?」


予め分かっていたこととはいえ、ガルフとヴァーリーにとっては辛い話だろう。

自分たちの里が、あんな奴の領地に組み込まれてしまったのだから……。


俺が奴の立場なら……。

この先の歴史を知っている者なら……、次はどう動くだろうか?


俺は目を閉じて考えを巡らせた。

この先、二度目のルセルを取り巻く状況は確か……。


大きな動きがあるのは二年後、俺が十五歳になった時に起こった事件、領都ガデルでの疫病発生だ。

そこでシェリエを救って仲間とし、失ったエンゲル草の備蓄を進めるため魔の森の最前線を押し上げて、新たな開拓地を二箇所作った。


そして長兄から疎ましく思われた俺に巡検使が派遣され、俺は三男を追い出す傍らでヴァーリーと出会った。

その後に義賊ザガードを討伐してアーガスと出会い……。


改めて考えてみると大きな出来事は既に以前の歴史より先行して進んでいる。

シェリエ、ヴァーリー、アーガスは既に俺の仲間だし、義賊であるザガートも今は盗賊ではない。

アモールの元締めとして、フォーレに協力しながら裏町で活動しているだけだ。


ならやはり、奴は歴史を先行しているなかでこぼれ落ちたピースは人材面のみ。

前回の歴史で俺が拓いた二つの開拓地は、別の場所に形を変えたノイスという町で補足しているし、既に魔の森の最前線も押し上げている。


となると、今の奴ができることとして考えられることは……。


「まず魔の森への進出だけど、新しい境界線より先に進むのは現時点で厳しいと思う。

犠牲がばかにならないからね」


まず俺はそう言い切った。

その意図を察した者、俺がそう断言した根拠を見いだせない者、反応はそれぞれだった。


そしてアリスが代表して質問して来た。


「それはどうしてなの?」


「簡単なことだよ。今の時点で奴の勢力範囲となった領域は、まだ魔の森の入り口に過ぎないからね。魔の森の真の恐ろしさは、むしろその先にあると言っていい」


魔の森でも深部と言われるフォーレに居てさえ、平穏に過ごせているため感覚が鈍ってしまうかもしれないが、本来ならここまで辿り着くことすら至難の業だ。


「長年に渡り最前線に駐留していた熟練の兵士でさえ、中級種の魔物相手には集団戦でなんとか対抗できる程度でしかない。領主や一部の魔法士たちなら対抗できるだろうけど、常に前線に張り付いていることもできないからね。まして……、この先に進みたければ友としなければならない相手を奴は敵にした」


「我が主君の仰る通り、里より先は中級種が多く出没するようになり、珍しいことですが稀に上位種も出没します。上位種と戦うには、ヒト種の兵が数百名居たとしても思うに任せないでしょう。ただ……」


そうは言ったがヴァーリーには不安もあるようで、言葉を濁していた。


「うん、不安も分かる。最初に里を焼いた二人の魔法士、ああいった奴ら、あれ以上の手練れが増えれば、奴らは嬉々として魔の森を業火で包み蹂躙するだろうけどね」


「だけど今は課題を抱えているから『手練れ』を増やすことができない。だからそれまでは魔の森に目立った動きはない。そういうことかしら?」


「そうだ、マリーの言う通りだ。

俺たちは奴に屑以外の魔石を与えない。里にあった魔石も全てフォーレに移動させたし、この先で他の里が奴らに協力して魔石を提供することもないし、魔物を狩る手助けもしないからね」


「お兄さま、あの男は教会の秘事とされた、魔法士と魔石に関わる関係を知らない。そういうことでしょうか?」


「シェリエの言う通りかな。『知らない』ではなく、正確には『知らなかった』ということになるけどね。

なので今の時点で彼らが優秀な魔法士を集めることは難しいだろうね」


まるで他人事のように言ってから、俺は商会長に視線を移した。

俺は彼に『シェリエの部下』だった者たちへの囲い込みを依頼し、そこから既に二年の時が経過している。


当初は依頼した十二名のうち、確定四名と未確定二名だったものが、今や確定八名と未確定が三名まで調査が進んでいるらしく、しかも最優先とした五名については四名まで確定が進み、残りの一名も候補者(未確定)が二名いる。


この特別な調査については、俺と商会長だけの話なので、この場にいた他の者たちは知らない。

ルセルの手駒とさせないため主要な人物はアスラール商会が囲い込んでいる。もちろん場合によっては家族ごと……。


「ならば……、クルト殿の成果が待ち遠しい限りですな」


俺の意図を理解した商会長は、ただそう言って笑った。


「今やトゥーレでは手当たり次第確認を行っているそうだけど、あの二人以外は大した成果は出ていないようだ。もっとも……、教会には人威魔法程度の魔石ばかりで、地威魔法の魔石は今のところ火と雷だけのようだし、それもいずれ失われるだろうね」


「お兄さまの仰る通りですわ。魔石には使用限界があり最下位の魔石ならたった一回の使用で力を失ってしまいますわ。天威魔法ともなればガデルに火属性があるのみで、周辺の領地にもありません。

たとえ有ったとしても、他の領主やその地にある教会が絶対に手放さないでしょう」


うん、流石にこの手の議論はシェリエの右に出る者はいないな。

クルトがこちらに来れば、彼女は真っ先に儀式を受けさせたい。そうすれば自信を持って、彼女は目の前に開かれた道を歩んでくれることだろう。



だが俺はもう一つの不安について考えていた。

奴は当面の間は動かない、いや、動けないはず……。

それに甘んじるだろうか?

ならば……、奴はどうする?


ルセルは油断ならない男だ。このまま手をこまねいて黙っているようなタマではない。

これまでも水面下で動き策謀を進めて来た奴が、ここで立ち止まるとも思えなかった。


俺は根拠もない漠然とした不安に対処するため、俺たちも動き出すと心を決めた。



「懸念は多いが、皆には差し当たり今から俺が言うことに動いてもらいたい」


そう言って俺は、順番に集まった一人一人に向き直った。


「アーガス、ザガートに対し身の回りに注意するよう伝えてもらえないか?」


「はい旦那、承知しました」


「マリー、ガモラとゴモラを通じて裏町に、不測の事態に備えて準備するよう促してほしい。避難体制を構築すること、各々の財貨を隠すことも含めて、ね」


「わかったわ。でも、裏町も……、なの?」


「アリス、ウルスを経由してトゥーレに住まう獣人たちに対し、早々に見切りを付けてフォーレに身を隠すように伝えてほしい。一時的には商会長の配下として働いている者を含めて、だ」


「わかったわ。できる限り急いで対応してもらうわ」


「ガルフ、今なお魔の森に残る里に対し現状を伝え、俺からはいつでも支援し避難を受け入れると伝えてもらえないか? フォーレ(俺たち)は常に彼らの味方だと」


「はっ、承知しました」


杞憂きゆうで終わればいいのだけど、今回の領地拡大を機に奴は一気に動き出すかもしれない。

差し当って今できることとして、トゥーレを大きく変えてくると思う。それは裏町や貧民街を押しつぶす勢いで、ね」


それに奴は今後、リュミエールという得体のしれない相手に警戒し、その男が付け入る隙を排除してくるだろう。その一環もあると思う。


「今回のことで奴は、獣人たちと敵対することを明確にした。なので関係のない獣人たちの身も危うくなると思う」


「「「そんな……」」」


「もちろん念のためだよ。今の状況から判断した懸念、それは今回占拠した里から何の戦利品(魔石)も得られなかった奴が、他の里にも魔手を伸ばす可能性もあるからね」


これらの体制や準備が整えば、当面の間は先回りして危機を回避できるかな?

そう思ったときだった。


「私からも追加でお伝えすべきことが……」


バイデルが手を挙げて話し始めた。

それは……、今回の騒乱を機に明らかとなってしまった、新たな危機の予兆とも言える内容であった。

いつも応援ありがとうございます。

次回は10/04に『諸刃の剣』をお届けします。


評価やブックマークをいただいた方、いつもリアクションをいただける皆さま、本当にありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いします。

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