ep101 第四の男の存在
ガーディア辺境伯領の後継者争い、ガテルの騒乱から一ヶ月が経過していた。
騒乱自体は末弟の男爵が参戦したことで呆気なく解決していたが、最後に反逆者の残党によって首謀者の母親と妹を奪われるという事件が勃発し、締まりのない形で終わっていた。
勝利に驕った祝いの宴の最中に発生したこの事件は、同時に駐屯地を始め何ヶ所かの兵糧も焼き討ちされるという醜態を見せ、人々は次期辺境伯に推された三男の統治に不安を感じずにはいられなかった。
また、囚人を奪われた男爵は怒り狂い、当直の任にありながら飲酒し賊の侵入を許した兵士たちを即刻処刑し、人々の心胆を寒からしめた。
そして奪われた母と娘、それを遂行した残党も捕縛されることなく徒に日々は過ぎ、遂に三男が新たな辺境伯として家中から認められる日が訪れた。
これを経ればガーディア辺境伯家の正式な総意として後継者が決まり、三男は王都に向かい正式に国王から辺境伯として叙されることになる。
◇◇◇ 領都ガデル
この日はガーディア辺境伯の居館には、嫡出子と認められ継承権を持つ先代辺境伯の息子や娘たち、またはその代理人が集っていた。
「今回の後継者選定会議では、王都から派遣された見届け人の前で家中の意見を統一いただき、ガーディア辺境伯家の正式な総意として次代の辺境伯を決定し、それが国王陛下に届出られるものとなります」
既に死亡した当代の辺境伯は後継者を指名していなかった。正式に次の辺境伯が立つまで、形式上は今もなお当代として扱われている。
そのためこの会合は先代ブルクが亡くなった時点に遡り、改めて後継者を定める場とされていた。
それを取り仕切る立場として、先代の家宰であった
バイデルが王国より進行役に指名されていた。
「なお改めてお集まりいただいたのは、嫡出子として定められ現時点で嫡出子として継承権を持たれる四名の皆様と一名の代理人です」
このバイデルの言葉に三男のレイキーが異議を唱えた。
「ちょっと待てバイデル、今の言葉は少々腑に落ちん話だ。どうも其方の言葉は、現時点で継承権を持つ者が五名いるように聞こえるぞ」
その指摘はもっともな話であった。
この場に居るのは四名、三男と四男、末弟であるルセルの他に、子爵家出身の母を待ちレイキーの妹である次女だけだった。
長女は既に他家に嫁ぎ継承権を喪失しており、次男は叛逆の際に死亡している。
ならば代理人を立てて居るのは、末娘であるシェリエに他ならない。
「僕も同意見だね。妹とはいえシェリエは反逆者の眷属、その時点で継承権は消滅しているし、今は逃亡中であり発見されれば捕縛の上、処断される立場にある者だ」
ルセルの意見に、他の参加者も一斉に頷いた。
「そもそも代理人と言ったが、その代理人すらこの場にいないではないか。いくら父上の時代は家宰を務めたとはいえ、引退生活でいささか耄碌したんじゃないか?」
レイキーは更にそう言って畳み掛けた。
まるでバイデルを嘲笑うかのように見つめながら……。
「ほっほっほ、レイキー様やルセル様のご指摘ももっともながら、いささか的外れでもありますな。
先代アマール様は、ルセル様以外にも内々に嫡出子として王都に届け出られたお子様がおりますので」
「「「何だとっ!」」」
三人の男は驚きの声を上げた。
それを平然と受け流しながらバイデルは続けた。
「皆様はご存知ないかも知れませんが、皆様の母君はよくご存知のお話です。アマール様にはルセル様の母君であったマリアさま以外にもう一人、心より愛されたお方がいらっしゃったことを」
「ま……、まさか……。そんな奴、前回は居なかったはずだ!」
この話に一番動揺していたのは、何故か似たような境遇とされたルセルだった。
バイデルは敢えてルセルを見つめながら話を続けた。
「ここにいらっしゃる皆様は、先代がルセル様のお立場を守るため、密かに嫡出子とされた経緯はご存知のことと思います。それに当たり他の皆様の顔を潰さないよう、領地を与えられる代わりに次代の継承者候補から除外し、騎士爵とされたことも含めて……」
「それがどうしたというのだ!」
「レイキーさま、同じような境遇のお子様がもう一人いらしたのです。フィリスさまのお子様としてリュミエールさまが」
「では何故この場に出てこんのだ!」
「リュミエール様は先代のご意向で王都のとある貴族家によって預かられておりました。今回もやむを得ない事情により参加できておりませんが、王都にて見届け人の方に直接ご意志は伝えられております」
その言葉に四人の視線は見届け人に集中した。
それを受けた見届け人はゆっくり頷くと、淡々と話し始めた。
「確かにリュミエール様のご意志は預かっておりますよ。採決の際にお話しさせていただきますが」
だがそう言って笑う見届け人自身、実はリュミエールと会ってはいない。
彼は予めバイデルの説得と持参した金貨により、大勢に影響のない程度であれば融通を効かせることができる人物だった。
そのため今も口裏を合わせているに過ぎない。
そこに一人、これまでの説明に納得いかない人物が声を荒げて発言した。
「バイデル、ちょっと待って! 僕もそんな話は聞いたことがないし、そもそも僕と同じ境遇ってどういうこと?」
血相を変えて問い詰めるルセルに対し、バイデルは悲しげな表情をして彼に向き直った。
「これをこの場で申し上げるのは忍びないですが、言わねば皆様も納得されないでしょう。
そもそも同時期に身籠られたマリアさまとフィリスさまは、お二人の出産を快く思わない者たちによって何度もお命を狙われ、常に身の危険を感じておられました」
そう言ってルセル以外の参加者をゆっくりと見回した。
まるでその犯人が、彼らの後ろに居る者たちだと分からせるように……。
「そ、そんな話……、何か関係あるのだ!」
「レイキーさま、あるのです。
そのためアマール様は、生まれたお子様に対し公式には後継者の立場を与えず、皆様の不安を拭おうと努められました。ですがそうなると二人のお子様は不憫、故に身の立つよう領地を与えられ、一台限りの騎士爵とされたのです」
「それでは彼も、騎士爵でありどこかに領地を賜ったと?」
「ルセル様の仰る通りです。リュミエール様も先代より正式に騎士爵に任じられて領地を与えられました。
ただそれは、『魔の森の中で自ら切り拓いた土地に限る』と言った条件付きのものではありますが……」
「そ、そんなこと……、僕は認めない。そんな訳があるはずないんだっ!
そもそも先代の辺境伯がどう言おうと、今更の昔の話を言っても仕方ないだろうがっ!」
それを聞いた未届け人は首を横に振った。
そしてルセルを諭すように話し始めた。
「男爵、お心を静められるがよろしいでしょう。
当時の辺境伯が正式に届け出られて王室に受理された内容です。それを覆すには相応の理由と手続きが必要になりますぞ」
「だけど……」
「ははは、ルセルよ、その辺りで良いではないか?
これ以上の抗弁は、其方自身の正当性をも覆す話になってしまうが、いかがかな?」
「くっ……」
レイキーはいつになく動揺し、無様なまでに狼狽えるルセルが面白かった。
そして敢えて、自身は彼とは器が違うとでも言いたげに振る舞っていた。
逆にルセルは、レイキーの言葉により自身の発言の危険性を理解したようだった。
自身が先代辺境伯の定めた内容を反故にすれば、それは自身の立場と領有する土地もまた正当性を失うと明言しているようなものだ。
いわば自分で自分の首を絞めることになってしまう。
「父上の物好きと我らに後始末を押し付けられたことには閉口させられるが、当時の継承権を放棄する前提でのたかが騎士爵ではないか。今の其方とは比べようもないであろう?
領地についてもそうだ。あんな場所で自ら切り拓いた土地などと……、空手形に過ぎんではないか?
それなら私も快く認めてやるわ!」
そう言ってレイキーは大笑いしていたが、ルセルは複雑な思いを押し殺したような顔付きだった。
まるで魔の森は全ての所有権が自身にあると言いたげな様子で……。
「それではこれで」
「うむ、確かに……」
これを受けて、バイデルと見届け人の間には短いやり取りが交わされた。
そして……。
「ただ今のレイキー様のお言葉で、リュミエール様の仰った条件は満たされました。
先代が公式に届けられた騎士の爵位と前提条件を含めた領有権をお認めいただければ、今回はレイキー様のブルク継承を支持されるとのことです。
私は代理人として、ここに明言させていただきます」
そう言ってバイデルは改めて宣言し、それを聞いたレイキーもまた笑顔を浮かべた。
「ははは、その者はちゃんと時世の移り変わりを理解しているようだな。
これで私のブルグ継承を現時点で四名が認めたことになるな。で、最後の一名はどうされるつもりかな?」
次にレイキーは矛先を四男に向け、青ざめた表情の彼を尊大に見下ろした。
四男は亡くなった長男と共に正室の息子であり、後ろ盾も伯爵家だ。
本来ならもっとも自己の継承権を主張できる立場であったが、初戦で次兄の軍勢を恐れるあまり、一戦も交えることなく母親の実家である伯爵家を頼り逃げ出していた。
当の母親すら置き去りにして……。
このような醜態を晒してしまった手前、家臣たちが付いて来るはずもなく、逃げ出した先の伯爵家でも大いに叱責されてこの場に舞い戻っていたからだ。
「わ、私にも相応の領地をいただけるのであれば……、み、認めてやっても……、構わない」
「ははは、もちろんだとも。私がブルグとなれば『勲功に応じて』公平に再分配すると約束しよう。
未届け人たるお方の前で明言してやるが?」
実はこの言葉こそ、お人好しの四男を騙す罠であった。
勲功に応じて……、それでは四男には何の勲功もない。
即ちそれは、公平に判断して何も与えないと言っているのだが、四男はその言葉の罠に気付かなかった。
「で……、では私も、認め……、たいと、思う」
その言葉で三男レイキーの辺境伯継承が全会一致で確定した。
この継承はルセルが予め描いていた筋書き通りだったが、突如現れた第四の男、魔の森の領有権を自身の知らぬ間に認められていた男に対し、警戒を抱かずにはいられなかった。
『ちっ、そもそも口煩いと辟易してバイデルを手放したことが失策だったと言うことか?
その結果、本来なら歴史に埋もれていた、余計な男を登場させてしまった……』
そう呟きながら暫く考え込むと、ルセルは改めて表情を変化させた。
ぞっとする笑顔を浮かべて……。
『まぁいいさ、トゥーレとノイス、この二ヶ所で徹底的に網を張ってやる。僕に黙って魔の森を侵す奴など、入り口に入る前に潰してやるさ。開拓をさせなければ領有権など、あの阿呆のいう通り絵空事に過ぎないからね。
その隙に僕はさっさと魔の森に進出して、あの街まで開拓を進めてやれば済む話だし』
だが当のルセルはまだ知らない。
既に開拓は完了しており、彼の妨害は全く意味を持たないこと、その妨害さえ躱す手段をリュミエールは手にしていることを……。
新たに紡がれた歴史は、この先で二人が交錯する結節点に向かい始め、その出会いは着実に近づきつつあった。
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次回は10/01に『当面の危機』をお届けします。
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