ep95 餓狼の里での戦い③ 炎上する里
先遣隊が算を乱して逃げ散ったあと、俺たちは第二弾の迎撃体制を整えるべく準備を進めていた。
ルセルが率いる本隊が到着する前に全員がある物を施した後に三の丸を放棄して二の丸に上がった。
そこで改装された曲輪の中に潜んだまま迎撃体制を整え、じっと前方を見据えていた。
かねてから俺が餓狼の里に手を入れていた点は大きく三つある。
ひとつ、里の本丸から外に通じる秘密のトンネル工事
ひとつ、二の丸の曲輪を大きく改修する工事
ひとつ、各所に可燃物を集積させて隠蔽する作業
トンネルの用途はもちろん避難を目的としたものだ。
万が一俺が不在のときに敵襲を受けても、餓狼の里に残っていた獣人たちがそこを抜け、里を放棄して安全に脱出するためのものだ。
たまたま今回は俺が里に侵入する用途に使ったけどね。
二の丸の曲輪は俺たちが手を入れたことにより、かつての姿と一変していた。
もっとも三の丸方向から見ると外観上は大した変化はないが、曲輪自体が持つ防御施設としての価値は格段に高まっている。
石の土台の上に構築された土壁を巡らせただけの外観だが、その形態は姫路城の西の丸にある百間廊下に似ている。
二の丸の曲輪は地魔法と獣人たちの協力で行った改修工事により厚みと高さ、何より強度が格段に増していた。
それだけではない、厚さ五メートルから八メートルの固い防壁の内部には、まるでトンネルのようにくり抜かれた空間が中央の櫓までずっと続いており、安全な空間と退路を確保している。
この通路には日本の城郭と同じように狭間が設けられ、身を隠しながら安全に矢を放つこともできる。
これにより二の丸の曲輪は、魔法による攻撃を受けても中に潜む者たちは攻撃に耐えること可能で、身を隠して安全に攻撃を加えることや避難することもできる。
因みに俺が陣取った二の丸の中央に設けられた櫓は、里の入り口や三の丸一帯が見やすい位置に配置されており、その部分だけは格段に強固に作っていた。
何故ならここは最後まで抵抗を試みる場所であり、かつ俺がゲートを開き撤退する拠点でもあるからだ。
そして……、遂に奴が動き出した!
「敵軍、前方に展開し包囲陣を敷き始めました!」
「了解、全軍は狭間を開いて発射位置にて待機! 発射後は直ちにリームさまの指示に従った行動を!
必要のない弩砲の収容は終わっているか?」
俺の傍に立つガルフが、防御指揮官の立場で全員に命令を下す。
「右翼の各隊、配置に付いて待機完了しています!」
「左翼も同様! 撤退準備も完了しております!」
「弩砲は志願兵と共に全てフォーレに移動が完了しております」
「よし! 合図までそのまま待機!」
俺は各伝来とガルフのやり取りを見て、不思議な感じを抱かずにはいられなかった。
前回は俺自身が彼らの立てこもる餓狼の里を攻め、ガルフたちと戦った立場だからね。
もっとも……。
歴史の流れを上から俯瞰して見れば、ガルフや獣人たちは前回と同じようにルセルと対峙している。
そう言う意味では歴史は同一性をみせていた。
おそらくルセルであった俺が今度はリームとして、この世界に存在すること自体がイレギュラーなのだろう。
「ガルフ、そろそろ例の『お土産』も見えているんじゃないかな?」
「ははは、野蛮人と蔑んだ我らから教養の無さを指摘され、領主が野蛮人呼ばわりされるのです。そりゃあ怒るでしょうな」
そう、俺たちは三の丸を放棄して二の丸に引く際、意地の悪い悪戯を残していた。
奴もまさか獣人が王国の法を知っているとは夢にも思わないだろう。
王法や国際法を引用して上から目線で指摘されるたとき、果たして奴はどんな顔をするだろうか?
俺たちは少し意地の悪い気持ちで、敵軍の動向を注意深く見つめていた。
◇◇◇ 餓狼の里 ルセル陣営
餓狼の里に到着した本隊の前衛は先遣隊よりもたらされた情報を不審に思いつつ、それでも慎重に里を包囲すべく陣を敷いた。
その時だった。
先頭に陣取る兵や指揮官たちは、里を囲む曲輪に掲示されていた不審なものに気付き始めた。
「!!!」
崩れ落ちた櫓の先に広がる三の丸の防壁には、まるで彼らの来訪を歓迎するかのように幾つもの横断幕が掲げてられていたからだ。
もっとも……、書かれていた内容は歓迎とは程遠いものだったが。
それを見た指揮官クラスや文字の読める兵たちは絶句するしかなかった。
『使者を送って交渉していた最中にもかかわらず、通告なしに戦端を開き問答無用の攻撃を行った野蛮人に告ぐ。
幼い頃から辺境の地で育った田舎貴族は、どうやら王国の法や国際法の常識に疎いようだ』
『無恥な子供には躾が必要である。男爵の無知と罪、恥知らずな汚名は王都でも明らかとなり、嘲笑と侮蔑の対象となることだろう』
『恥を知る心と最低限の教養があるのであれば、大人しく兵を引き文明人としての対応に努められよ』
それぞれ異なる文言で掲示されていたものは、獣人たち(俺)からの痛烈な皮肉だった。
事実として先遣隊は、交渉が決裂したことや最後通牒を告げる使者を送るでもなく、ただ単なる新たな使者として来訪したと偽り、いきなり攻撃を加えて来た。
言ってみればこれは侵略行為や騙し討ち、単なる殺人行為でしかない。
このことを指摘した獣人は『法』を知っており、まるで王都に伝手があるような物言いだった。
そのことが指揮官たちを更に混乱させた。
「なあ、アレ……、どうするよ?」
目の前のものだけではない。
同じ内容のものが三の丸の至るところに掲げてあった……。そのため撤去も簡単では無い。
ましてそれが戦いの最中であれば余計に……。
「どうするも何も撤去させるしかなかろう。ルセル様にお見せしてはならんものだし、今のうちに兵を敵の防衛線に突入させて……」
「死ぬぞ? 総攻撃の命が降る前に多数の兵を死なせるわけにもいかんだろう?
奴らは一千本もの矢を放って来たと言うではないか。撤去で取り付いた兵は虚しく全滅するだけだぞ」
「ならアレを報告して、撤去すべきかどうか上に判断を仰ぐか?」
「いや、あんなもの報告したらきっと……、とばっちりを受けて俺たちは酷い目に遭うぞ。
俺は無謀な突撃で兵たちを死なせたくは……」
困り果てた様子で会話を続ける二人の隊長は、後方から彼らに歩み寄る人物に気が付かなかった。
その人物は苦笑しながら声を掛けた。
「酷い目に遭わないよ。だから安心して」
「あ゛? 貴様は隊長同士の話に割り込んで良いと思って……、あっ! し、失礼致しましたぁっ!」
そんな彼らの後ろから声を掛けたのは、この罵詈雑言を浴びた張本人であるルセルだった。
ルセルは慌てる彼らを見ながら笑い、そのあとで肩をすくめて大きな溜息を吐いた。
「ホント、いちいち手の込んだことをしてくれるよね。だけどさ、この指摘はちょっと違うと思うんだ。
法とは『ヒト』に対して定められたものであり『獣』の権利を守るためのものではない」
そして今度は、彼らがゾッとするような笑みを浮かべた。
「まぁ正しい点もあるかな。無知な『獣』には立場を分からせる『躾』が必要だよね。
もちろん……、とびっきりの躾が、ね」
そう言うとルセルはひとり前に進み始めた。
彼はまるで何ら恐怖を感じていないかのように無造作に歩みを進めると、先ずは里の入り口にあった焼け落ちた櫓を強烈な風魔法と水魔法で吹き飛ばし、更に奥の三の丸に向かって進み始めた。
「そうまで言うなら一匹残らず殺してやるよ。
業火にまかれ逃げ場を無くし、獣らしく無様に狼狽えて焼け死ぬがいいさ。この里がお前たち墓標となる。前回と同じく、ね、」
そう呟きながら進む彼の瞳には激しい怒りが宿っていた。
◇◇◇ 餓狼の里 リーム陣営
敵の様子を狭間から見ていると、どうやらルセルと思しき男が一人で歩み出るのが見えた。
奴は入り口をふさいでいた櫓の残骸を魔法の力技で一気に吹き飛ばしていた。
ははは、気付いたかな?
奴は怒り狂い、実力行使に出るということかな?
なら頃合いか……。
「全軍、射撃用意っ! 発射後は曲輪の狭間を閉じて速やかに中央の櫓まで移動!
俺がゲート開いているから、落ち着いてフォーレまで走り抜けろ!」
俺が叫んだと同時に、ルセルはゆっくりと右手を一方向に伸ばすと、そこから無数の炎が放たれた!
そして炎は矢の如く各所の横断幕に突き刺さり、その一帯は激しい炎に包まれ始めた。
「今だっ! 一斉発射!」
俺の合図と共に一千本もの矢がルセル目掛けて放たれた。
常人では扱えない強弓による打ち下ろしの矢は軽く2百メートルを超える有効射程を誇り、奴に襲い掛かってハリネズミの如く突き立つ……、はずだった。
だがルセルは冷静に左手を上げると、円を描くように回転させた。
すると奴の周囲には無数の竜巻が起こり、降り注ぐはずの矢は全て弾き飛ばされてしまった。
「撤収っ!」
俺の言葉と同時に全員が狭間を閉めて蓋をしたのち整然と駆け出した。
それと同時に、今度は二の丸の各所に炎の雨が降り始めた。
「水壁っ! 」
俺だけ周囲の状況が確認できるよう狭間を開けていたので、周りに水流の防壁を展開しつつ継続して様子を伺う。
空からは二の丸に無数の炎が塊となって降り注ぎ……、
要所要所には雷撃の矢が轟音と共に突き刺さり……、
岩石を削りだしたような固い槍が曲輪の各所に突き立ち……、
突風が何もかも剥ぎ取るかのように激しく襲った。
ははは、五芒星の大盤振る舞いだな。
奴は消沈した味方の士気を鼓舞するかの如く、火魔法、雷魔法、地魔法、風魔法などを後方に控えた兵たちに見せつけるよう使い始めた。
俺は櫓の内側、地魔法で強固に固めた内殻に守られた場所から、まるで物見遊山のようにその光景を眺めて時を待っていた。
なんせ一千人近くが避難するのだから、それなりに時間はかかる。
「状況は?」
「現在半数以上が避難完了しております!」
「了解! 引き続き報告を頼むね!」
ガルフの報告に返事をしながら、俺も次の手立てに移った。
俺自身も五芒星を使うと巧妙に奴の攻撃に被せ、避難が完了している箇所の二の丸に魔法の自爆攻撃を開始した。
「「「「おおおっ!」」」」
ルセルの兵たちからは、俺たちにまで聞こえる大歓声が上がった。
なんせ奴の火魔法に被せるように同じ魔法を放ち、予め可燃物を集積した場所を狙っているのだからね。
俺が攻撃に参加したため二の丸は各所で一気に派手な爆炎を挙げ、一斉に業火に包まれ始めた。
「残るは最終組のみです!」
「了解! なら仕上げを行ったら順次後退を!
空の城を陥したとも知らぬ阿呆を、今はせいぜい勝ち誇らせてやれ!」
最後まで俺の周りに居た者たちは、仕掛けを投下すると一斉にゲートのへ姿を消した。
そして俺もまた最大火力の火魔法を連発した後、ゲートの中を駆け抜けた。
◇◇◇ 餓狼の里 ルセル陣営
攻め寄せる側の兵士たちが見たのは、まさに壮絶な光景だった。
激しい抵抗を行っていた二の丸の曲輪は、各所で業火の攻撃を浴びて包まれ激しい炎に包まれていた。
最後の抵抗を試みたのか、業火に包まれた中央の櫓からは油の入った樽や炎に包まれた無数の枯草球が放たれ、三の丸辺りにいたルセルに反撃を試みようとしていたが……。
その抵抗も虚しく、獣人たちは一部を放っただけで途中で誘爆したのか櫓は突如として内側から爆炎を上げ、抵抗する者たちを巻き込んで自爆……、いや、爆散した。
これをもって里に立てこもった獣人たちは、全員が壮絶な最後を遂げた。
「僕は元から……、あの獣臭い奴らが好きじゃなかったんだ。せっかく今回は生き延びる機会をあげたというのにさ、頭の中身は所詮……、愚かな獣でしかないということだな」
前方で激しく燃え盛り、今なお勢いを増して広がりつつ炎と熱気に晒されながらルセルは笑った。
まるで最期まで対抗した彼らを嘲笑うかのように……。
「僕は予め警告したじゃないか。逆らえば神威魔法の業火に焼き尽くされて沈む、と。これは君たちの自業自得だからね。業火の中で己の愚かさを呪い死んでいくがいいさ」
そう言うと、とどめとばかりに業火に包まれていた櫓や曲輪、本丸に対して容赦のない魔法攻撃をを放ち続けた。
その口元は、まるで殺戮を楽しんでいるかのように笑みを浮かべ、最後に小さく呟いた。
「持てる力を出し惜しみ、最後は無様な姿で死んだ『お人好し』と僕は違う。力は使ってこそ力、勝利するために使うものであり、勝った者こそが正義だ……」
◇◇◇
この日、餓狼の里は激しい炎に包まれて焼け落ちた。立てこもっていた一千あまりの獣人たちと共に……。
あまりにも火の勢いが激しかったのか、獣人たちは骨まで焼き尽くされたようで、各所で散乱する残骸の中には焼け焦げたどこの骨とも分からない一部が残されているだけだった。
そして公式記録には……、事実と異なる記載が残された。
『無駄な抵抗を諦めさせるため単身で説得に向かった領主に対し、獣人たちは卑怯にも不意打ちで応じた。
自衛のため領主はやむを得ず応戦したが、獣人たちは自ら用意した火攻めで自爆し無残な最期を遂げることとなった。正に自業自得である』と。
『この日の戦いで領主軍は一兵の犠牲も出さず不逞の反乱分子を全滅させ、一千名以上の獣人たちが討伐されたが、あまりにも激しい業火により彼らの亡骸は灰となり跡形もなく消え去った』と。
リームの知る前回の歴史と同様、餓狼の里は最後まで抵抗した者たちと共に業火に包まれて陥落した。
ただ、攻撃した側の知らない真実もあった。
餓狼の里は業火に包まれて陥落したにも関わらず、里の者は一人たりとも犠牲者を出していなかった。
彼らはリームの開いたゲートを抜け、一人残らずフォーレへと撤退していたからだ。
もちろん生き延びた彼らは、その後に戦いの経緯を魔の森に住まう同胞たちに伝えて回った。
このことが獣人たちとルセルがこの先、未来へと進む道を決定的に分岐させた。
最も早くリームと親交を結んだ里の他にも、魔の森に点在していた里の獣人や人獣たちが存在していたが、彼らはこれを機会に一斉に使いを走らせることになる。
魔の森の遥か深部にある、ヒト種と獣人たちが共に『人間』として暮らしているという噂の街に……。
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次回は9/13に『張り巡らされた計略』をお届けします。
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