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ep94 餓狼の里での戦い② 空城の計

フォーレに待機していた戦闘要員の全てがゲートを駆け抜け、それぞれの指揮官の指示に従って『空城の計』を行うべく続々と配置に就いた。

もちろん各々の手には、かねてよりリームの指示で開発されていた特製のクロスボウ、常人の膂力りょりょくでは引き絞ることができないほどの強弓が握られていた。


「いいか、これは俺たちの里を守る戦いだ! なので俺たちが一番前に出るぞ!」


「重装備は置いて行け、迅速に後退するのに邪魔になるだけだからな」


「初めて来た志願兵はこちらだ、装填や弩砲どほうの支援を頼む、落ち着いてやれば誰でもできる」


二の丸にはガルフ、ヴァーリー、カールの声が響き渡っていた。

これまで俺たちは彼らと共に幾度も訓練や演習を重ねている。なので突然のことであっても、誰もが落ち着いて動いていた。



そして……、配置が完了すると俺の元には再び指揮官クラスが集まって来た。


「ヴァーリー、餓狼の里の者をあまり気負わせないよう手綱をしっかりと頼むね。今回は見た目で負けて中身で勝つ戦だ、それを徹底させてほしい」


「我が主君、もちろんです。まぁ……、張り切るなというのも無理な話ですが、引きどころの分からないカリュドーン(猪)は、狩られて肉にされるだけですからね」


「ガルフ、里の石頭たちの様子はどうだい? 今のところは大人しく従ってくれているようだけど……」


「はっ、リーム殿の作戦を聞いた時には石頭共ですら腹を抱えて笑ってましたからね。

意趣返しができると彼らも納得しているので、まぁ大丈夫でしょう」


「アーガス、命知らずという点では軽装騎兵隊が一番だけどさ、不用意に突出しないよう抑えも頼むね。

今日は命を張る日じゃなく、相手をおちょくる日だからさ」


「はははっ、リーム殿もお人が悪い。種明かしを知ったら領主も顔を真っ赤にして怒るでしょうな。

ですがもちろんです、今回は俺たちにとって友人を救うことも『愛』、アモーレを実践する戦いですから」


うん、皆落ち着いている。

これなら大丈夫そうかな?



実は兵法三十六計の一つに数えられている『空城の計』、三國志演義にて諸葛孔明が、三方ヶ原の戦いで武田信玄に完敗した徳川家康が使ったものと言われているが、今回の戦いに合わせて俺が考案したものは名前が同じでも中身は全く違う。


ひとつ、少数の兵で敵軍を欺くのではなく、少数に見せて敵を欺くこと

ひとつ、戦いの最後には敢えて空城にさせて敵を欺くこと


最初は『空城』に見せ掛け、最後は本当に『空城』にしてしまうことが作戦のポイントだ。

それに加えて俺やバイデルの思いもある。

今の時点ではたとえ敵軍といえどもトゥーレの兵を殺したくない。中にはコージーさんのように俺たち(孤児)の味方だった人も含まれているからね。



そんな思いを巡らせている間にも準備は整っていった。


「リームさま、全ての陣地で配置についたとの合図が上がっております」


「では空城の計の第一弾を発動する! 先ずは威嚇と『おちょくり』の開始だ!

十基の弩砲は燃え盛っている入り口の櫓を狙え、敵が引いたタイミングで全員は威嚇射撃を!

いいか、決して当てるなよ。目的は『おちょくって』領主を誘き寄せることだ!」


「弩砲、発射準備完了!」

「各員、装填完了しております!」


「弩砲発射用意……、撃てっ!」


声と同時に、俺は大きく手を振り下ろした。

それと同時に、射程500メートルを越える大型の弩砲が一斉に槍のような大きな矢を放った!


十本の矢は空気を切り裂くような音を放ちつつ、激しく炎を上げて炎上する櫓へと吸い込まれていった。



◇◇◇ 餓狼の里 ルセル陣営先遣隊



魔法士による先制攻撃が功を奏し、唯一の出入り口に設けられた櫓は盛大な炎を上げていた。

退路を遮断するため櫓を取り囲むように配置について百余名の兵たちは、それを悠然と眺めていた。


領主から彼ら先遣隊に与えられた任務はひとつ。

油断している敵軍に一撃を加え、唯一の退路を断って獣人たちを里から逃がさないようにすること。

ただそれだけだ。


それを聞いた兵たちは不思議そうにしていたが、命令を下した領主ルセルは何故か一度も見たこともないはずの餓狼の里、山城の弱点を正確に看破かんぱしており自信満々だった。

魔の森の中で身を守る手段を最優先とした餓狼の里は、構造上で魔物や敵の進入路は一か所しかない。

それは同時に、退路も一つしかないことを意味する。

退路さえ抑えておけば本隊の到着を以て総攻撃を加え、彼らを一網打尽にすることができる。



この不意打ちとも言える奇襲と退路の遮断は、先遣隊に派遣されていた二人の魔法士によって簡単に達成されていた。


「ラルス、どうも奴らは小勢のようだぜ? あまりにも手応えが無さすぎるからな。

いっそのこと……、俺たちだけでやっちまうか?」


「ははは、確かにゴラムの言う通り獣狩りといきたいところだな。なのに『所定の任務は完了した、あとは本隊を待て』ときたもんだ。あの臆病な隊長も邪魔だし、ついでにやっちまうか?」


二人が怪しく目を光らせて先遣隊率いる隊長の背を見た、まさにその時だった。


彼らの目の前で、突然何かが爆発したような轟音が響き渡ると、燃え盛る櫓が粉微塵に砕け、衝撃によって炎を纏ったまま屋根の一部や壁材が周囲に吹き飛び、彼らにも襲ってきた。


「ひっ、ひぃっ、火がぁ!」

「あっ、あつ、熱いっ!」

「てっ、敵襲っ! 直ちに後退っ!」


無様に声をあげた二人とは対照的に、彼らが馬鹿にしていた隊長は狼狽しつつも後退を指示していた。

着弾の衝撃によって広範囲に飛び散った残骸により各所でも似たような悲鳴が上がり、彼らは飛び散った炎から逃れるべく後退したが、その次に信じられないような光景を目の当たりにした。


自分たちに向かい一千本近い矢が視界を真っ黒に染め、射程距離を無視したかのように遠距離から襲って来たからだ。


「んなっ、なななっ、なぜだぁっ」

「どどど、どけっ!」

「更に後退っ、矢の射程外に退避っ!」


三の丸に張り巡らされた防壁の各所から放たれた矢は、彼らが元居た場所に次々と突き立っていった。

先程の櫓の爆散で退避していなければ、彼らは一千本の矢の餌食になって全滅したであろうことは、もはや誰の目にも明らかだった。


そして……。

慌てて更に後退した彼らが次に目にしたのは、再び自身の目を疑う光景だった。


「「「「「わっはっはっはっは」」」」」


突如として自分たちの十倍近い獣人の大軍が防壁上に姿を表すと、無様に逃げ惑う自分たちを指差して大笑いし始めたからあだ。

先ほど信じられない射程の攻撃を受け、今度は想定すらしていなかった数の敵兵が姿を現したことで、先遣隊の面々は言いしれようのない恐怖を感じていた。


「バカなっ……、い、一千以上は居るぞ! こ、これでは勝てる訳がないではないかっ」


「こんな大軍、俺は聞いてねぇぞ。は、話が違うじゃねぇかっ!」


「撤退っ! 秩序を以て撤退してこの場を離れ、男爵ルセル様の本隊に合流しろっ」


ただ狼狽して喚く二人の魔法士をよそに、指揮官は最善と思われる指示を下した。

これにより勝ち誇っていた百人の先遣隊は、そのまま算を乱して逃げ散っていった。



◇◇◇ 餓狼の里 リーム陣営



俺は一千二百名の味方と共に大声を上げて笑いながら、算を乱して逃げ散るルセルの軍を見ていた。

これは決して慢心しているわけでもなく、実は敵軍を『おちょくる』作戦の一環だ。


「はははっ、実に胸のすくような作戦でしたな。しかし……、敢えて一兵も討っておりませんが、それで良かったのでしょうか?」


「ああガルフ、『空城の計』はこれからが本番だからね。先ずは領主ルセルを怒らせないと」


「あんな醜態を晒し、しかも防御側である我々の方が兵力が多いとなると……、領主の面目は丸潰れですな。

リーム殿の作戦通り、次は面子めんつに掛けて攻勢に出てくるでしょうね」


「ははは、そこで俺たちは負ける。奴は数の不利を補うこと、自身の面子を守るために『魔法』で俺たちを一気に殲滅しようとするだろう。何もかも焼き払って……、ね。そこが付け目だからね」


「あの……、作戦には従いますし犠牲の出ないことは大変ありがたいと思っています。

ですが頭の悪い俺は、そうする理由がまだ良く分からないのですが……。

確かリーム殿は以前、『今の俺ならば領主に勝てる』と仰っていた気がしますし……」


「うん、今でも勝てると思うよ。ただ、周りを巻き込んでしまう壮絶な戦いなるだろうけどさ」


俺が行使する最上位レベルの天威力魔法と奴の神威魔法、本来なら勝てるはずがないがシェリエの理論に基づけば習熟度と経験値の掛け算で今は俺が奴を凌駕し、最終的な威力で勝てるはずだ。


ただ……、両者が正面からぶつかると周りは大惨事になってしまう。

そうなれば互いに味方を巻き込むことになってしまうだろう。


「俺はそんな勝ち方をしたくないし、当面は皆の安全を優先したい」


「それが負けることに繋がると?」


「本気で戦えば、おそらく現時点で俺に勝てないと悟った奴は必ず途中で逃げる。自軍の兵たちを見捨ててね」


「おおっ!」


ガルフは嬉しそうだが、一時の勝利の代償はとてつもなく大きいんだよね。

手負いの獣となって焦った奴は何をするか分からない。


「そうなれば奴は俺たちを最大の脅威と考え、次回以降は勝つまで何度も形振なりふり構わず攻め寄せてくるだろうね」


俺の知っている歴史でもそうだ。

一度は華々しく侵攻軍を撃破したものの、長期戦となり国力で侵攻軍に負けて滅ぼされた国は多い。


「確かに……、そうなるでしょうね」


「そうなったらもう泥沼の消耗戦だよ。俺たちの勢力はまだまだ小さい。なので今回は俺たちを全滅させたと思いこませ、奴に油断させることが大事なんだ」


そうなれば奴は餓狼の里を滅ぼし、近くの里の住人を含めて一千名以上の獣人を討伐したと思うはずだ。当面は安泰だと考え油断することだろう。


ガルフにはまだ詳細を話せていないが、本格的に奴に対抗するにはまだ欠けているピースがある。

クルトがそれを解明し俺たちに合流するまで……。


「俺たちの作戦の目的は『時間稼ぎ』であり、今から行う『空城の計』はそれを為すための手段だからね。

これで分かってもらえたかな?」


「はぁ……、なんとなく、は」


「今はそれでいいさ。次こそが本番、『命懸けのおちょくり』だからね。奴を思いっきり怒り狂わせるよう、皆も頼むね!」


「「「「応っ!」」」」


櫓の望楼に立った俺の目には、意気揚々と拳を上げる仲間たちと数キロ先から此方に向かって進んで来る、奴の本隊らしき軍と掲げられた旗指物が写っていた。


「間もなく来るぞ! 全員二の丸に上がって次の準備を! 奴らが来る前に『アレ』を展開することも忘れずにね」


先程まで軽口を叩いていた者たちの表情も打って変わり、全員が緊張した面持ちで駆け回りながら彼らを迎え撃つ準備に入っていった。


主役がお出ましになれば、いよいよ『空城の計』の第二弾が発動される。

俺自身も改めて心を引き締めていた。

いつも応援ありがとうございます。

次回は9/10に『餓狼の里での戦い③』をお届けします。


評価やブックマークをいただいた方、いつもリアクションをいただける皆さま、本当にありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いします。

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