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間話5 フォーレ視察(まとめ後編)

次回より通常投稿に戻ります

さて、大分夜も更けてきたことだし、残りの議題も解決しないとな。

残りは大きく分けて三つ。

これらを明らかにして方針を定めることができれば、俺も対外的なことに専念できる。

差し当ってルセルの動向が不気味な今、内政に関してはできる限り丸投げできるようにしておきたいし。



◇陶器や服飾雑貨品販売に関する課題



「じゃあ、諸々の指針も定まったし、次に進もうか?」


俺がそう言うとアリスがメモを見ながら手を挙げた。


「私が次に難しいと思ったのは陶器を王都で販売することかな。そもそも割れやすいし、荷馬車で運ぶと破損だらけになっちゃうかも」


アリスの指摘は至極的を射ている。

過去の俺自身も携わった仕事で、陶芸品を宅配で何度も輸送した経験があるが、梱包が不十分だと簡単に割れてしまう。

整備された道を、サスペンション付きの自動車で運んだとしても、だ。


もちろんこの世界の馬車はサスペンションなどない。しかも辺境域は街道も多くが悪路だ。

それはすなわち、半端なく揺れて振動も大きい。


俺自身、車に乗って未舗装路を走った経験があるが、現代科学で作られた自動車ですら、振動はそれなりに凄かった。それがこの世界の馬車なら……。


「これは俺自身、発想の逆転と考えているんだ。

高級品だからこそ、きちんとした木箱に収めて包材も入れて対処できる。

木箱は木工工房での端材はざいを活用して作れるし、工房で出るゴミ、おが屑も包材に使えるからね」


そう、工房にはそうするに相応しい物を作ってもらえばいい。物が良ければ、あとは販売時の演出や仕掛けなど『魅せ方』の問題だ。


陶器については日本で対応した仕事の経験もそれなりにあるしね。

その辺だけは妙に自信があった。


それともうひとつ、鍛冶屋でも話していた『板バネ』についても武器だけでなく輸送手段、馬車への利用も検討してもらっている。

確かヨーロッパで板バネが馬車の懸架装置に採用されたのは十八世紀前後だったと思う。

それを俺は、この世界でも取り入れるべく動いており、ゆくゆくはフォーレをこの新しい仕組みを備えた馬車の生産拠点にできれば……、そんな考えもある。


おっと、これは今の議論とは別の話かな?

俺は心を今の現実に戻した。


「逆の発想で高級品かぁ、それなら服飾工房も同じ? あの時リームは、『お店にお客さんがいなくても全然問題ない』って言っていたけど、お店の子たちは『全然売れない』って悩んでいたけど……」


うん、その通りだ。

そもそもフォーレで高級品を並べていたって売れる訳はないからね。


アリスは腑に落ちない顔をしているけど、今はそれでいい。


「あくまでもお店は、完成した高級品を展示しながら保管する倉庫と思っておけばいいよ。

量産品は別のところで売っているしさ。

ただ近いうちに、服飾工房の収益の柱は逆転するよ。あり得ないぐらいの差がついて、ね」


そう、師匠と呼ばれた老人の作った本物の高級品が王都に流通すれば……、極端な話し、一個売れた対価で量産品千個の対価を軽く凌ぐからね。


ショーケースとしての店舗は、工房で働く者たちの誇りとプライド、それを示す場所になる。

アスラール商会が店舗からまとめて買い付け、他で売れば済む話だしね。

今は品質がそれなりになってもらうことを待っているだけだし。


そして更に、俺と商会長は先を考えている。

あの一角でまだ空き地となっている場所にも店舗が出揃えば、一歩進んだ計画を実行する予定だ。


「あのお爺ちゃん、そんな凄い人なの?」


「凄いよ、分かる人には分かるさ。工房長だけは常に敬意を以て接していただろう? 他の彼女たちもレベルが上がれば違いは自ずと理解するさ」


「ふふふ、リームはまるで違いが分かるって感じだよね?」


まぁマリーの指摘通り一応は俺もさ……、二度目の人性では生まれながらに貴族だったからね。

短い期間だったけど、王国では上流階級とされる辺境伯だった時期もあるし。

それなりに最低限の目利きは仕込まれていたからね。


「リームは昔から凄かったんだからね!」


何故かアリスが嬉しそうにドヤ顔で胸を張った様子には、マリーも苦笑していた。

アリスのこういうところは、子供の頃から全く変わってないな。



◇子供たちに関する課題



「次の検討事項は……、孤児院のレノアが言っていた年長者以下の子供たちの仕事アルバイトと、アンジェ校長の悩みかしら。前者は私とアリスでなんとかなると思うけど、後者は少し問題かもしれないわね」


「それはどういうことかな?」


「要望に応えられる教師を呼ぶにしろ、手間と費用が掛かりすぎるわ。

さっきの『師匠』とは訳が違うし、分野が漠然としていて要望に合わせるのは難しいもの。

唯一の解決策は、王都やそういった教育が受けられる場所に学びたい子を派遣することだけど……」


なるほどね、マリーの解決策は留学制度か。

だけどそれは諸刃の剣ともなりかねないな。


「そうよね、下手に行った先でフォーレの話をされても困るし、向こうに滞在させるとなると予算もばかにならないわ。その子が信用できるか見極めも必要だし……」


確かにな……。

留学生を公費で派遣した場合、その費用は滞在費や生活費など諸々の諸経費も含めれば、一人当たり金貨百枚から五百枚程度にもなる可能性がある。そうなれば簡単に送り出せる額じゃない。


「できることとすれば、王都とはいかないまでも、モズのような拠点のある町に送り出し、そこに高度な教育を行う学校を作って教師を招聘しょうへいする形かな? もちろん一般にも開放して」


「え? それならもっと費用が掛からない?」


「初期投資はめちゃめちゃ掛かるよ。だけど利点もあるからね」


俺はその考えの利点を彼女たちに説明した。


ひとつ、一度作れば継続的に送り出せること。

ひとつ、もとから拠点のある場所に集団で送れば、目が届く場所になるし何かと支援もできる。

ひとつ、一般からも生徒を募れば、慈善事業の一環としての体裁もつく。

ひとつ、学校はそのまま、一般から集めた優秀な人物を見極めスカウトできる場所にもなる。


「長い目で見れば俺たちにとって得な話になるんだよ。街を拡大するには管理する文官も必要になる。

なのでこの案も商会長とバイデルには相談するけど、アリスとマリーは留学生の見極めや選定基準についてアンジェ校長とも話をしてくれるかい?」


まぁ彼女らには話していないけど、第一期生としてアリスやマリー、レノアやキロルなんかもまとめ役として行けば、現地での色々な問題も解決すると思う。

俺にとっては、一時期とはいえ彼女らが抜けるのは痛いけど……。


さて……、諸々の細かい内容はまだたくさんあるけど、取り急ぎ議論すべき大きな課題は最後のものか。

やっと先が見えたな。



◇農地と放牧地に関する課題



俺は農地の見通しについて、アリスやマリーに偉そうに語っていたが、後で政務官と話したときに見通しの甘さを思い知らされた。


「まずリームさまの見識には驚かされました。収穫量と必要耕作地に関するご見識は目を見張るものがあります。自身の領地を治める貴族の方々でも、そこまで考えられている方はまずいないでしょう」


そう持ち上げておいて、一気に落とされた。

俺自身、二度目のルセルを助けてくれたこの政務官のことはよく知っている。

非常に優秀で、元々は二度目で母だったマリアを助けていた文官の一人だった。


「ただリームさまの計算は正解でもあり不正解でもあります。

ご領主として、収穫量=領民の食糧を賄えるもの、そう考えては大いに足りませんぞ」


この言葉に思い知らされた。

そう、俺はフォーレで税という概念を廃していたため、忘れていたことがあった。

本来であれば領地を構成する人々の割合は、その多くが農民となる。


そうなれば少なくとも税として納める収穫、種子として翌年に残すべき収穫、これらについて考えが至っていなかった。


「たとえ千名といえども、軍が動けば予定外の糧食が必要になります。さらに収穫は常に一定ではございません。天災や飢饉に備え相当量の備蓄を整えるのもまた、ご領主としての責務にございます」


きっぱりとそう指摘されてしまっていた。

なので結局、今のままでは耕作地も放牧地も足らないと結論付けるしかなかった。


「結局のところさ、このままじゃ農地と放牧場が足りず、今の倍は必要になるって話だよね?

けど、防壁内ではもう無理じゃない?」


「でもさマリー、まだ空いている場所はあるわよ?」


「アリス、あれは必要な空き地だからね。防壁のすぐ内側は万が一に備えて空き地として残すし、カリュドーンを隔離しているエリアとエンゲル草の群生地もそのまま残しておきたい」


「そうなるといずれ人口が増えて食料の余剰はなくなるし、食肉も足らなくなってしまうわね。

魔物だっていずれ、この近くに居るものは狩りつくされちゃうし……」


そう言ってアリスは沈黙し、マリーは黙って様子を見ていた。

まぁ……、仕方ないかな。


「まず俺たちは、さっきアリスが言ってくれた提案のもとに準備を進めようと思う。

今の段階で俺たちは『足らない』と明確に認識できた。なのでそれが成果だと思う」


「私が? 何か言ったっけ?」


「防壁の外側を調べて地図を作るって話を提案していたよね?

ただ材木として使える樹を調べるだけでなく、地形も調査するんだ。いずれもう一つの防壁で囲むにも、それぞれの場所がどうなっているかの調査は必要だし」


そう、今の段階では防壁と堀から先は、百メートルも進めば濃密な森が広がっているだけで、詳しい地形は調査できていない。

既に数百回も出入りしている俺でさえ、周囲を警戒することを優先で歩いているので、地形をつぶさに確認している訳ではなかった。


「その調査が終われば、次にもう一つの防壁を巡らせて二の丸として囲い込むんだ。

そうなれば広大な農地と放牧地が手に入ることになるからね」


「でもそれって……、大変なことじゃない? 私にはよくわからないけど、いくらリームが地魔法を使えるといっても一人では……」


マリーのいう通り、いくら地属性天威魔法で頑張っても一人では大変な作業だし時間もかかる。

でもさ、一人でなければ何とかなるかな。


ここばっかりはクルト頼みになるけど、今のところトゥーレの教会内で着々と立場を強化しているクルトなら、必ず近いうちにやり遂げるだろう。


だってクルトは、今より立場の弱かった(既に追放された上位者のたくさん居た)前回も、六年後の俺が十八歳になった時には今の課題を解決していたしね。


「色んな意味で俺達にはもう少し時間が必要なのさ。色んな意味で……、ね。

その時間を稼ぐためにも、今日の収穫をいかせるよう、明日からはお願いね」


「「わかったわ!」」


そう言ったアリスとマリーは、今度は二人で打ち合わせを始めた。

今日の指針を具体的にするために……。



俺はひとりで自室に戻ると瞑目し、自分の知る過去の未来に思いを馳せていた。


ルセルが魔の森に対し手を伸ばしてくるのは、まだ数年先だ。

だが……、奴の歩みは前倒しで、かつ俺の予想外の方向に進んでいる。


「もう少し、まだもう少しだけ時間がほしい」


思わずこぼれたのは、俺の願望に近い願いだった。

だが未来を知るルセルの歩みは、俺の願いを嘲笑うかのように前に進み始めていた。


そしてこのあと……。

俺の予想したよりずっと早く、動乱の幕は上がることになる。

いつも応援ありがとうございます。

本来なら間話なのに……、一話で終わるはずだったのに……。見通しが大甘で申し訳ありませんでした。


ただ、いつの間にかフォーレが発展していた? 

そんなことにならないように、そして内政要素をちゃんと反映してこの先に唐突な登場がないように……

そんな思いで書いていたら、いつの間にか全八話!

でも……、できる限りの思いは書いたつもりです。


今回で第五章は終わり、次回からは第六章 騒乱編(対決の序章)に入り一気に展開は加速します!

タイトル通りリームとルセルの対決が、これより始まります。

次の投稿は9/01に『始まりは唐突に』を通常投稿で10時にお届けします。

どうぞよろしくお願いします。

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