間話5 フォーレ視察(まとめ前編)
本日は12時台にもうひとつ、『まとめ後編』を投稿します。
最後に立ち寄った自衛軍や自警団の駐屯地から居館に戻ったころには、既に日は沈み街は夕闇に包まれていた。
別に夜間は灯火管制をしている訳ではないが、今のところ街灯は天蓋のある必要箇所しか設けていない。
防壁や岩場の外に、街の明かりが漏れ出さないよう配慮するためだ。
夜の明かりは遠くからでも目立つ。
余計な魔物を誘き寄せることことは極力避けたいからね。
そのため夜でも人通りの多い場所には、アーケードのような屋根が道路の上にも設けられている。
居館に戻る前に食堂に立ち寄って食事を済ませていた俺たちは、居間に集まって早速本日の振り返りを行った。
「さて、今日は非常に長い一日だったし、アリスもマリーも本当にお疲れさまでした。
ただ……、もう少しだけ俺に付き合ってもらえるかな?
もちろんここからは、取り繕うことなく気軽に率直な意見を話してほしい」
「ええもちろん! 私も一杯メモしたもん。それに今話しておかないと忘れてしまう気がするし……」
そう言ってアリスは手にしていたメモを懸命に見返していた。
頭の中で伝えるべき内容について、もう一度整理しているのだろう。
「そうね、今日は凄く中身の濃い一日だった気がするわ。でも……、順調に見えていても課題って山積していると分かったわ。行政府にこもっているだけじゃ決して見えないものが、現場にはあるのね……」
マリーもまた、大きなため息を吐いていた。
今後は内政面で要となる彼女たちが、そのことを理解してくれただけでも大きな成果なんだけどね。
◇域外販売に関する課題
「先ず感じたのはフォーレの自給自足を進めることは大前提だけど、並行してみんなが豊かになるためにはフォーレの産品を他の町で売ることも必要ね。
今後はこれについても考えるべき、話を聞いて改めてそう思ったわ」
「私もアリスと同意見かな。ただ、他地域で販売体制を構築するにあたって、大きな課題もあると感じたわ」
このマリーの言葉にアリスも大きく頷いていた。
確かにそこが頭の痛い話なんだよね。
「因みにマリーが感じた課題って何かな?」
「一つ目は原材料費の扱いが業種業態によって異なることね。
例えば毛皮や素材の加工工房は、作業の対価として原材料の一部をもらって収入としているけど、肉屋や加工肉職人は原材料費を払うのではなく、売価の一部を委託販売手数料としてもらっているでしょ?」
ほう……、痛いところに気が付いたな。
確かにこの二つの店は、フォーレの立ち上げ時から開業してくれており、直ぐに大量の商品が回転する事情もあって、ちょっと特殊な扱いになっている。
大量の商品素材(枝肉)が解体屋から次々と送られて来る中、俺たちが都度その間に入って素材をいちいち卸し売り販売するより、販売された金額に応じてまとめて手数料を払ってもらう委託販売の方が単純で、いちいち煩雑なやり取りがないため、互いに便利だったからだ。
だが、毛皮加工工房や素材加工工房は、すぐに預けた商品が売れて回転する訳ではないし加工にも時間が掛かる。
なので作業の対価として、預けた素材の一部を先に現物支給する形としていた。
まぁここも……、言ってみれば丼勘定なんだけどね。
「武具や防具の製造工房も他の町と比べると特殊ね。
彼らもほとんどの素材をリームから提供され、完成品をリーム(アスラール商会)に返しているわ。
対価として加工費を貰っているだけなので、他で売るにしても商品自体は彼らの物ではないもの」
確かにそうだ。
そもそも俺が提供している素材、フォーレで狩られた魔物由来の珍しい素材は、高価すぎて彼らが買い取り出来る許容範囲を遥かに越えている。
本来であれば、王都で目玉の飛び出るような値段の付くものばかりだからだ。
なので『加工費+技術料』みたいな形で完成品を受け取る際、アスラール商会がそれらの対価を渡している。
「これらの事情により、現在定められている商流以外で販売を希望するなら、それらの素材については事前に買い取ってもらう必要があるわ。
ただお肉の話でさえ、カリュドーンのお肉とか他の場所では超高級肉だし、これが魔物素材のお話しになると……、もうお手上げね」
そう言ってマリーは頭を抱えていたが、確かに……、その通りなんだよな。
フォーレに居るとカリュドーンの肉ですら、『時折食べれる凄く美味しい肉』といった感覚になるが、本来なら『一生に一度は食べてみたい憧れの最高級肉』なんだよなぁ。
ここに居ると、いつの間にか感覚が狂ってしまう。
まぁそれがフォーレに住まうことの特典でもあるんだけどね……。
「ならばマリーの懸念に対し必要なことは……」
・個別に販売したい商品は素材を全て買い取ること
・その完成品のみ自由に販売して可能と定めること
・販売先は事前に報告し、足が付かないようにすること
「これぐらいかな? 下手にトゥーレなんかで売れば男爵の目に付いちゃうからね」
前にあった岩塩の事例もあるし、この辺りは慎重に対処する必要があるだろう。
「でもねリーム、それだと現時点で現物支給されている工房以外、個別に販売することは無理。
そう言っているように聞こえないかな?」
「そうねぇ……。私もアリスの指摘が正しいと思うわ」
「だからね、例えば素材を預かっているだけの人たちは、販売用の素材は自身で買い取ってもらうけど、買取費用はこれまでの貢献度に応じて貸し付けるとかどう?」
「今のアリスの案は、形式的には借金ということにして、支払いに猶予を与えるということかな?」
「そう、それが第一案。もう一つの案は肉類は無理だけど、何かのご褒美として少しずつ素材を現物支給するのはどうかしら?
そうすれば今の仕事も頑張るし、その素材を使用した製品なら自由に売れるし、一度売れれば次の買い取り資金ができるわ」
「そっか! 一度売れて収益が入れば買い取り資金の問題もほぼ解決するわね」
うん、その通りだな。
街の開発において初期段階はバイデルも居なかったし、色々となぁなぁなだった点も否めない。
そろそろ軌道修正しておくか?
「工房の職人たちはアスラール商会に預けた自身の商品を定期的に王都で売ってもらい、販売額に応じた収益が直接還元できるようにすれば、今以上にやる気も出るかもしれないわ。
食品だけに限ればモズで売っても構わないかな。時間を掛けて運ぶことに向いてないし……」
このマリーの提案こそ、実は俺がやりたかったことでもある。
ただ、そこまでに至る仕組みを作るのが面倒くさいと考えていたことだけど、この際だから丸投げしちゃうか?
「やはり二人に付いて来てもらって良かったよ。
今の件について二人で案を練った上でバイデルと商会長に相談してみてくれる? 基本はこの件を進めていく方針でね」
先ずは一つは方向性が見えたな。
まだたくさん課題はあるけど……。
◇鉱物や木材の仕入れに関する課題
「ちなみに他に気付いたことは?」
「次はフォーレで手に入らない資源かしら?
鉱物や木材とか……」
「マリー、この点は少し時間が掛かるかもしれない。取り急ぎアスラール商会には納入量を増やしてもらうとして、落ち着けば一度、俺が産地に飛んで一気に解決を図るしかないかな?」
「そうねぇ、木材は街の周辺の開発が進めば解決するけど鉱物は……。この近くに都合良く鉱山とか有ればいいけど」
「ねぇリーム、以前にマリーが話していたことを覚えている?
トゥーレで砂金を探していたときに、他の領地から専門家を呼んでいたって話があったでしょう?
私たちもそういった人を呼んで、探してもらうことはできないかな?」
ははは、懐かしい話だな。
そういえばマリーが仲間に加わったのは、オーロ川での砂金探しの時がきっかけだったか……。
「ちょっと待ってアリス、それじゃあ危険すぎるわ。でも……、その考えは自体は正しいかも」
「どういうこと?」
「駐屯地でヴァーリーさんが言っていたでしょ。今後は一部の人たちの訓練を魔の森に入って行うって。
彼らに探してもらえばいいのよ。もちろん訓練のついでに、最初はそんな程度のお願いで」
「でも彼らは……、あっ! マリーの言いたいことって、そういうこと?」
ん……、俺は彼女たちの話についていけないぞ。
マリーは何を言いたいんだ? その専門家に護衛を付けて探索に出るってことか?
「そうよ! 服飾工房にも『師匠』は居るもの。自衛軍にもそういった『師匠』を呼んで、予めその人に教えてもらうの。そして発見した怪しい石を都度持ち帰ってもらい、その人に判断してもらうのよ!」
「じゃぁさ、マリー、これは木材も同じじゃない? 木工工房とかから材木に詳しい人を呼んで事前に話を聞いておくの。使える木がある場所を地図に記しておいて、後でリームに伐採してもらうの。
運搬だけは……、自衛軍の人にお願いしなくちゃならないけど……」
ははは、なんか勝手に話が進んでいっているが、今の俺ではそんな発想に至らなかったな。
それなら訓練のついでに調査できるし、膂力に優れた獣人たちなら伐採済の材木を、馬車を使わずとも手分けして運び込むことも可能だろう。
「二人ともありがとう。それも実施に移すから、『師匠』となる人についてはバイデルや商会長に相談して実現の可能性を探ってもらえるかな。
木工工房や自衛軍には俺から話を通しておくからさ」
取り合えず通常ルートについても納品量を増やしてもらって、並行して次の作戦も行う。
これなら彼らの直訴に対し面目も立つかな?
俺たちの議論はまだまだ続く……。




