間話5 フォーレ視察(その④)
本日は三話投稿となり12時台と19時台にお届けします。
服飾生産工房のあと巡回した日用品や贅沢品などを作る工房群は、表通りに面した店舗部分と裏通りに面した工房部分がある。
これらの店舗部分は、基本的に工房で作られた高級品を扱う直売所のため今の時点では来客も少なく、敢えて俺の希望に沿い商品を展示する、ほぼギャラリーとしての機能を果たしているだけだった。
ひとしきり工房と高級品を扱う店舗を回り終えた俺は、次に表通りにある一般商店が立ち並ぶ一角へと足を進めていた。
この過程でいつの間にかアリスとマリーも俺に合流しており、再び俺たちは三人+フェリスで動き出した。
◇◇◇ 商店(生活用品)
一般商店が並ぶエリアは、先ほどまで俺が一人で回っていたような工房併設型の店舗と異なり、販売だけを目的とした店舗群が続いている。
将来的には雑多に並ぶ店舗も、それぞれの特徴によってエリアを分けていくつもりだ。
①高級志向の工房併設店舗
②販売専門高級品取り扱い店舗
③一般商店
①は先ほど視察を済ませ、②は①と③のエリアとの間にある空白地帯となり、将来的にはそこにも店舗が並ぶ予定だけど、今は敢えて空き地にしている。
俺たちは空き地を抜け、一般店舗が立ち並ぶエリアに入った。
フォーレは特殊な立地上の都合により特殊な流通体系で運用されている。
自給自足できない産品を含め、各工房で生産された日用品や生活関連製品は、一度全てアスラール商会に運営を委託している卸売所に納入され、そこはいわば問屋のような役割を果たしている。
そこから各商店は必要な商品を買い付け、フォーレの商業地区に設けられた自身の店舗で販売しているのだ。
もちろんこんな面倒くさいことをするのには理由がある。
・安定した価格で買い入れ、生産者を保護するため
・価格が高騰することを防ぎ、売価を維持するため
・流通量を調整し、足らない物を外から調達するため
こういった事を目的とし、時には逆ザヤになって卸売所としては赤字となっても、安定価格と安定供給を優先している。
「ここら辺までくると賑やかで、それなりに人通りも増えてくるわね」
「ほんと、アリスやカールと一緒に街の縄張りをしていた頃からすると、今は別世界ね」
確かにそうだな。
あの頃はたった四人、その後も百二十三人しかこの街にはいなかった。
それがいつの間にか千人を超え、今や二千人にまで迫ろうとしている。
「それに……、獣人の人たちのお店も多いし、これもトゥーレにはない光景よね」
「フォーレには差別もないし、リームの特別な施策もあるもの。こんなの他では絶対に無理よ」
アリスやマリーの言う通りだ。
まず大前提としてフォーレには、通常ならどの町でも課されている税がない。
町の中に住まうための都市税、成人に課される人頭税、農作物に課される租税、臨時で徴収される各種税金が一切ない。
そもそも国や領主が何かの施策でしっかり収益を上げていれば、領民から税を集める必要がないのだ。
まぁこれは俺の個人的な考えだけど、実際に一度目で生きた世界でもブルネイなどの産油国では似たような事例があった。
そしてもうひとつ、現状の暫定措置ではあるが、フォーレでは地代を徴収していない。
店舗を運営するのに頭の痛い経費は人件費と地代だが、そのひとつが無いから薄利でも十分にやっていける。
「トゥーレの貧民街にも獣人のやっている露店はあったけど、お店の経営は厳しいものだったと思う。
ただ俺は、街の皆に他の義務をお願いしているからね」
税は無い代わりに『働くこと』と『守ること』、全ての住民に対しこの二つが義務付けられている。
働くことは、俺の知る世界で税金の無かった南洋の島国が辿った歩み、その二の舞にならないためだ。
人々が働かなければ、やがて国は滅びに瀕する。
守ることは、この街に住まう者として常に戦いに備えてもらうことで、自警団や救護団、それらを支援する裏方など、何らかの組織に加入した上で、常に万が一に備えてもらっている。
これが正しいことなのか、それとも……。
今の俺には明確に回答することはできないが、移住希望者に対し、その点に関する意思確認だけは怠らないようにしている。
◇◇◇ 飲食店及び宿屋
一般商店は特にヒアリングも行わず歩きながら様子を伺い、俺たちはその先にある飲食店や宿屋が立ち並ぶエリアに足を進めていた。
公営食堂が幾つもあり、広く利用されているフォーレに飲食店があるのには理由があった。
基本的に公営食堂は、個室のある一か所の食堂以外は酒類を提供していない。
なので今のところ飲食店といっても主に酒場としてのものが多く、酒のお供に食事も提供しているといった趣の店が多い。
「そういえばアイヤールさんを始めアスラール商会の人たちは、いつも飲食店を利用しているのですよね?」
「そうだね、ほとんどの人が定期便で行き来しているし……、でももう一つの理由が大きいかな」
マリーの言葉に俺は苦笑しながら答えていた。
商会自体、商会長のポリシーが『重要な相談は酒の席で』だし、それがあるから商会の人間はみな、それなりに酒を嗜んでいる。
俺が敢えて、一か所だけ食堂に個室を作り酒類を提供させているのもこのためだ。
「でも……、商会の人たちが利用していなければ、宿屋も商売にならないですよね」
そう、俺はいち早く街の体裁を整えるため、三種類の宿屋を作った。
ひとつめは、移住希望者たちが落ち着き先を見つけるまで過ごす、比較的安い料金の宿が二つ。
ここは百組最大四百名が受け入れ可能な規模の大きなもので、常に新規移住者を家族ごと一時的に受け入れているため繁盛している。
もちろん、新規移住者の宿代は定められた期間まで俺が負担しているのだけどね。
ふたつめは、中級の宿がひとつで、五十組最大百名が受け入れ可能な規模だが、ここは今のところ店舗として営業しておらず、建物だけを確保した状態で内装も従業員もまだ未整備だ。
みっつめは、高級宿が二つで、両方とも規模を縮小して営業している。
二店舗のうちひとつは、主に商会長やアスラール商会の派遣員が定宿としており、彼らに対しては宿代も中級宿程度の価格に抑えている。
もう一方の店舗も規模は縮小して営業しているものの趣は異なり、トゥーレにある夜の社交場と同じ機能を有している。
「都市にはこういった施設も、必要悪として存在が求められるのですよ」
そういった商会長の助言もあったし、バイデルもそれを否定しなかった。
もっとも……、ルセルだった時と同じように、俺の出入りは固く戒められていたけどね。
後から聞いた話だと、トゥーレで身売りさせられた孤児院の卒業生たちに世間の同情が集まった時、幾つかあった娼館でも非難の矛先を避けるため、身売りさせられた卒業生たちを手放したがっていたそうだ。
結局アスラール商会が彼女らを引き取ったそうだが、『手に職がない』彼女たちは自分たちに負い目を感じたのか、他の卒業生のように定職に就けない者もいたそうだ。
そういった中から希望者と、商会が他の町から引き抜いてきた者たちにより、この社交場は運営されているようだ。
俺自身は何も関与していないので詳細は知らないし、全てアスラール商会とバイデルに任せてあるため、このことはアリスやマリーも知らない。
特に前回のアリスを知っている俺は、なんとなく今のアリスに話にくかったし……。
「まぁいずれ、フォーレがもっと大きくなれば、宿屋も飲食店も他の町と同じ感じになると思うよ。
今はまだ、フォーレは陸の孤島だからね」
「ねぇリーム、孤島って何?」
あ……、そうか!
アリスもマリーも、いや、フォーレだけでなくガーディア辺境伯に住まう者の殆ど全てが海を知らないんだった。
当然のことながら、俺もルセルとしては海を見たことがなく、文献やより大きな地図だけで知っている話だ。
「周囲を海に阻まれて、行き来が簡単ではない小さな陸地のことかな。海は……、分かるかな?」
「うん、本で読んだことがあるわ」
「私もアリスと同じ本を読んだけど、森を海に例えたらフォーレも同じ感じってことなのかな?」
「そうだね。マリーの表現は正しいと思うよ。踏破不可能な木々の海に囲まれたここも同じだよね。
樹海って言葉もあるしね」
確かにこの世界の海は、俺も見たことがないな。
海水から作られた塩が流通している以上、近隣の国には海があるのだろうけど……。
この時が、この世界で俺が初めて海を意識した始まりだった。
そして後日俺は……、三度目の世界で海を見ることになる。そう遠くない未来で。
最後までご覧いただきありがとうございます。
本日(8/26) フォーレ視察④~⑥ 三話時間差投稿(8時台、12時台、19時台)
最後(8/29) フォーレ視察まとめ 二話時間差投稿(8時台、12時台)
どうぞよろしくお願いします。




