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間話5 フォーレ視察(その③)

後書きに次回投稿のお知らせがあります。

大きな課題を改めて認識した俺たちの巡回はさらに続く。

ここから先は改善点はあっても、潜在的に大きな課題はないと願いたいが……。


ただ回っている途中で別の不安もあった。


果たして今日中に全部回りきることができるだろうか?

できれば俺は聞き役に徹し、アリスとマリーには、このまま課題を洗い出す役を継続してもらいたいが、彼女たちが同行できるのはおそらく今日だけだ。



◇◇◇ 生産関連工房③(製紙工房、陶芸工房、服飾生産工房、その他製造業)



次に回ったのは主に日用品や生活用品を生産する工房群だった。

その中でも俺は、先ずは製紙工房を訪れた。


正直言って、今のルセルが大々的に行っている製紙業は、俺がルセルとして二度目の人生で行った改革の二番煎じに過ぎない。


植物学に興味があった二度目のルセルは、トゥーレ郊外の森で自生するある植物、『塩城守人』だった俺がよく知る植物に似たものを偶然発見していた。


春になると一見すればすぐ分かるほど特徴的な花を咲かせる低木、『ミツマタ』と呼ばれた木の花に似たものを見つけた時、俺は製紙業の可能性を思いついたのだから……。


事実、日本でもミツマタは和紙の原材料として、そして紙幣の原材料として重宝された植物だ。

それがかつて魔の森であった領域に群生していた!

そのことが始まりだったが、当然のことながら魔の森にも群生地は至る所にあった。

もちろん深部であるフォーレの近くにも……。


あの時の俺は、トゥーレ近郊の群生地が十分ではないため、発想の元になったミツマタは敢えて紙の原料には使っていない。

なぜなら、すぐに伐採し尽くしてしまう可能性があったからだ。


そのため俺は、この世界で利用されていた原材料を使用し、製法も従来のもの真似ただけだった。


俺が行った改革の主目的はあくまでも活版印刷であり、製紙業ではなかったこともあったかもしれない。


だがフォーレなら……。

そんな思いによりフォーレでの紙作りは始まった。


ルセルの作っている紙よりも高品質の紙は、今やフォーレの特産品として、アスラール商会を介して王都を中心に流通しつつある。

製紙業が軌道に乗りつつある今は、防壁内の空き地でもミツマタを積極的に栽培している。


「みんな、手を休めずそのままで構わないよ。ちょっと見学に来ただけだからさ」


俺は仰々しい挨拶は嫌だったので、機先を制することにした。

この製造工房は水源の洞窟から引いた三系統の下水道のうち、解体屋とは正反対の場所に位置している。

綺麗な水が必須であるため、下水とはいえ上水と変わらない最上流に工房を配置していたからだ。


「何か問題や課題はあるかな?」


「いえ……、特にありません。新しい従業員も徐々に習熟が進み、売り物にできる紙が増産できています」


「じゃあ不良品は?」


「まぁ……、どうしても見た目の悪いものや不純物が多く混入したものは出ますので……。

そういった物は従来通り学校に提供しています」


そう、俺は石板だけではレベルの高い教育実施に覚束ないと考え、ある程度の高い水準で教育を受ける者たちには、無償でB品の紙を提供している。


「アスラール商会から聞いたけど、王都での評判も上々らしいから、今後もよろしくね」



順調な様子に満足した俺は、次に陶芸工房へと足を進めた。

このエリアは何件かの工房が存在し、それに付随する上り窯が並んでいる。


素材となる上質な粘土はフォーレでも十分に採取できたし、幸いなことに釉薬となる土(鉱物)もフォーレで賄うことができた。

そのため窯が完成すると、陶器の製作は一気に進み始めた。


「ははは、順調そうだね?」


「あっ! リームさまっ! お疲れ様です」


俺に声を掛けられて作業を中断して飛び出して来たのは、元孤児の卒業生たちだった。

彼らは皆、卒業と同時に窯元に引き取られて修行していたため、此方でも即戦力として活躍してくれている。


「最近ではトゥーレでは手に入らない釉薬を使って、色々と工夫を進めています。

色彩の表現もできるようになって……」


「うん、失敗を恐れず色々とやってほしい」


「はい、が指示いただいた通り、此方には高級志向の器を並べています」


そういって彼らの店舗兼ギャラリーに案内してくれた。

そこには比較的小ぶりの艶やかな色彩のもの、上品な雰囲気の器が並べられていた。


「試しに色々と作ってみたのですが……」


「可愛い……」

「綺麗……」


思わずアリスとマリーが声を上げたくらい、それは日用使いには勿体ないぐらいの出来栄えのものばかりだった。


「うん……、いい感じだね。これからも幾ら失敗しても構わないから、量産品の製造とは別にこういった物も作り続けてほしい」


この世界の器の主流は日用使いできる消耗品、いつかは割れてしまうものとして、分厚く地味な色彩のものばかりだった。


だけど俺は、敢えて逆をいった。


「こういった商品は、アスラール商会を通じて王都で販売する。上流階級に向けたものとして、ね。

なので上品な色合いのもの、可愛いもの、そして敢えて薄いものを作ってほしい」


「薄くすると扱いも気を配らなければならず、割れやすいものになりますが?」


「そう、敢えて扱いが難しい物がいいかな」


魔の森は植物の植生が異なる特殊な場所であり、ならば土壌の性質も他の地域と異なるのではないか?

そう俺は考えていた。


であれば器も『他にはない』風合いのものができる可能性を感じたことが発端だった。

これらはいつしか、高級品の紙と同じくフォーレの特産品となってくれるはずだ。



次に俺たちは衣服などを製造する服飾生産工房へと足を進めた。


もちろんここでも孤児院の卒業生たちは活躍していた。

製紙工房を除き、これまでの工房での働き手は男性が中心だったが、服飾生産工房だけは女性中心の世界だった。


「これはっ、リームさま。ようこそお越しくださいました」


「「「え? リームさま……、マリーちゃん! アリスちゃん!」」」


工房を仕切る女性の言葉に、作業をしていた女性たちも一斉に駆け寄り、マリーやアリスを取り囲んで嬉しそうに声を上げた。


「貴方たち……、リームさまに失礼……」


「いいよ、そのままで」


俺は恐縮する工房長を制して、アリスたちに向き直った。


「遠慮しないでいいよ。しばらく自由に話していきなよ」


その言葉でマリーとアリスは彼女たちの輪に加わり、彼女たちが縫い上げた服を手に取りながら賑やかな声を上げ始めていた。


「ところで工房長、何か解決してほしい課題とかあるかい?」


「あ……、いえ、特にありません。素材の配給は今のところ十分ですし、給金も十分だと思います。

それに今は、珍しい魔物素材を使用した鞄なども順次試作を進めていて……」


俺がここの工房長に任命したのは、元アスラール商会に所属していた女性だった。

彼女は貴族相手に高級雑貨を仕入れて販売していたらしく、その知見と経験を活用したかったからだ。


「服もそうだけど、近いうちに王都で販売されている高級鞄もサンプルとして何種類か届くからさ。

それを参考にしてしっかりとした縫製の高級品が作れるよう、皆を指導してほしいいんだ」


「はい、それについては今のところお眼鏡に適う製品が作れるのは『師匠』だけですが、日々厳しく指導してもらっています。いずれは……」


彼女が『師匠』と呼んだ者こそ、この女性ばかりの花園で働く唯一の男性だった。

まぁ……、男性といってもかなりご高齢ではあるけど。


今でさえ片隅で、はしゃぐ女性陣の声など聞こえていないかのように、黙々と作業を進めている。


彼は元々王都にて高級革製品を扱う店で働いていた職人で、引退して悠々自適の生活を送っていたところを、商会長が二年の約束で引き抜いた逸材だ。


当初は頑として拒否されていたらしいが、王都でも滅多に手に入らない貴重な魔物の革、そんな物を数々を見せられると彼の職人魂に火が付いたらしい。


「こちらでの暮らしは色々と不自由をお掛けするかもしれませんが、できることは対応していきますので遠慮なく仰ってくださいね」


そう言った俺に対し、彼は作業中の手元から目を離すことなくぼそりと返答した。


「儂は長年、王都でも最高級とされていた店で革製品を作ってきた。

じゃが……、ここではそんな店でも手に入らない素材がゴロゴロしておるわい。

真の価値が分からん奴らに弄らせるのも素材に対する冒涜ぼうとくじゃし、ましてこんな楽しみ、他の奴にやらせる訳にはいかんわい」


ははは、ホント職人らしいや。

愛想もへったくれもないけど、仕事には未だに抑えきれない情熱があるのは見てすぐに分かった。


俺はこのあと一人工房を抜け出すと、同じエリアで日用品を製造している他の工房群を回った。

なんせ……、時間は限られているからね。

最後までご覧いただきありがとうございます。

引き続き次回も一日で三話投稿となりますので、どうぞよろしくお願いします。


次回(8/26) フォーレ視察④~⑥ 三話時間差投稿(8時台、12時台、19時台)

最後(8/29) フォーレ視察まとめ 二話時間差投稿(8時台、12時台)

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