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ep8 過去への追憶(アリスが遺した縁(えにし))

上級待遇の子供の中で最も優秀な成績を残し、更に十歳になると魔法士としての適性を持つことが確認されたクルトは、特別待遇となって現在十二歳。

彼は十五歳になると教会に迎えられ、将来の幹部候補生となることが約束されていた男だった。


そしてアリス以外に唯一、俺がルセルとしての生きた二度目の人生で、知己を得た孤児院出身の人間だった。



◇◇◇ 二度目の人生 ルセル・フォン・ガーディア 十八歳



俺はアリスを失ったあと、より大きな怒りをもって教会と孤児院への改革を断行しよとしていたが、その目論見もある時点で行き詰まりだしていた。


何故なら教会は常に権力者と結託し、強い後ろ盾を持っていたからだ。

しかもトゥーレの教会は、こともあろうに俺の兄、現ガーディア辺境伯と結びついているらしい。


もともと俺を疎んじて最辺境に送りだした兄が、俺の嘆願を聞き教会を断罪することなどあり得ない。

むしろ奴なら積極的に俺の動きを邪魔してくるであろうことは目に見えていた。


だけど、絶対に無理だと思えた教会が張り巡らせた鉄壁の壁にも穴があった。


『今の教会で信用できるのは、唯一クルト兄さんだけかな。孤児だったころから、孤児院の扱いには相当不満を抱いていたみたいだし、敢えて大嫌いな教会に進んだのも、内側から腐った組織を変えるためって言っていたの』


これは生前のアリスが俺に遺していた言葉だった。

彼は娼館に身を落としたアリスたちを救うため、その後も色々と奔走してくれていたらしい。

ただ表立って動くことができない立場のため、具体的な結果は残せなかったらしいが……。



俺はアリスの言っていたクルトと繋ぎを付けるため、色々と画策していたが中々うまくいかなかった。

彼は基本的に教会という閉ざされた場所の中におり、外に出ることは滅多にない。そんな彼を俺が指名し、一人で来るように呼び出すのは不自然過ぎるからだ。


だがある日、絶好の機会が訪れた。

教会が提案してきた福祉施策の立案者がクルト神父であると知った俺は、すぐさま教会に使者を送った。


『提案の内容に興味を持ったが、今少し話を詳しく聞きたい。俺の質問に対し詳細を説明できる者(立案者)を此方に寄こすように』


この依頼に応じ、クルトは一人で俺の元にやって来た。


「教会から参りました、神父のクルトと申します。ガーディア家の皆様にはいつも大変お世話になっており、教会としても大変感謝しております。

今回は提出した計画に興味をお持ちいただき、誠にありがとうございます」


先ずは丁重な挨拶を受けたとき俺は、アリスが教えてくれたアイヤール商会長の言葉を思い出していた。

交渉に当たり、まずは俺の覚悟を見せることが必要だ。


「クルト神父、実は俺も会えることをずっと楽しみにしていた。そしてまず最初に確認したい。

孤児院出身でトゥーレの娼館にいた、アリスという女性を知っているか?」


いきなり直球で尋ねた俺に、クルトの表情が一瞬変わった。

これは……、脈ありか?


「はい、同じ孤児院の出身ですので、よく存じております。アリスは常に子供たちを気遣う、心の優しい子でした。彼女が望まぬ道に進んだのも、全ては残った子供たちに、少しでもまともな生活を送らせるためだったと聞いています」


丁重に答えたクルトの言葉だが、その中に含まれる彼の孤児院に対する憤りを感じた。

彼はアリスの言葉通り、教会や孤児院に良い感情を抱いていないことがうかがえる。


であれば俺も、彼に対し立ち位置をより明確にしよう。


「俺はアリスに大変世話になった身だ。そしてアリスの死を誰よりも惜しんでいると自負している。

できることなら……、彼女を救いたかった。そして彼女に過酷な運命を強いた輩を憎んでいる」


そう言って強い眼差しでクルトを見たが、彼は敢えて表情を消し、感情を押し殺しているようだ。


「そこまでアリスのことを……、アリスに成り代わり御礼申し上げます。

私も……、至らぬ我が身を非常に悔しく思っております」


さて、ここで一段ギアを上げるか。

そう思いながら慎重に言葉を選んで先を続けた。


「その言葉を信じ本心を伝える。俺は今の教会と孤児院を本来あるべき姿に変えたいと思っている。

アリスの願いに沿って……。

クルト神父、先ずは俺と志が同じか確認するため其方の本心が知りたい」


「……」


クルト神父は、非常に驚きつつも、困惑し戸惑っているようだった。

不用意に答えることはできない、そう思っているのだろう。


これまで何の所縁もない、ましてガーディア辺境伯家の人間が言っているのだから当然か。

ならば今少し、彼を導いてやる必要があるかも知れない。


「言葉が足らなかったか? ではもう少し補足しよう。俺は神の名を借りて利権を貪る教会と、子供たちの人生を食い物にする孤児院を潰す。

できれば其方には協力してもらいたいが、少なくとも邪魔だてだけはしないでほしい。アリスはかつて、其方だけは信の置ける人物だと言っていた」


この言葉を聞いたとき、神父の目付きが変わったように見えた。

いよいよ覚悟を決めてくれたのかな?


「大変失礼いたしました。ガーディア辺境伯家の方から、まさかそのような言葉がいただけるとは……、思ってもいませんでした」


「ははは、俺は厄介払いされた庶子に過ぎない。何の力もないが、逆にガーディア家の面子もないからな」


「私が教会の膿を出そうとするに当たって、最大の難敵は教会を庇護する辺境伯家でした。

今のお話を伺って気持ちがとても楽になりました。

私が本心を偽り、望まぬ今の道に進んだのも今日この日を迎えるためにございます」


ここに至り、神父には言葉通り迷いがなくなったように見えた。

きっとこれも、アリスの導きなのだろう。


「そうか、では俺たちは同じ目的を志す仲間というわけだ。

であれば孤児院の子供たちを救い、神の名を騙り悪事を働く者たちに誅罰を下すため、同志となってくれるか?」


「はいっ、喜んでルセルさまの手足となり働きとうございます。これこそが私の生き長らえた目的ですから」


この面会を経て、遂に俺はアリスの弔いができる足掛かりを得ることができた。

だが本題はこれからだ。

奴らを追い込むためにどうすればよいか。同志となった彼とは具体的な策を練る必要がある。


「クルト神父、教会や孤児院を潰すに足る、穴がないか探ることはできないか?」


「そうですね……、奴らは表に出ぬよう常に巧妙に立ち回っております。ですが……。

ルセルさまがお味方になっていただけるのであれば、十分にやりようはございます」


そう言って神父は殺気を込めた顔で不敵に笑った。

これまで余程心を押し殺して耐えてきたのだろうな。


「今の時点で既に、孤児院は脱税と横領、教会には教唆と監督責任の罪を問うことが可能です」


ほう……、既にそこまで調べあげているということか? なかなかに優秀だな。


「罪状の内容を詳しく教えてくれないか?」


「脱税に関しては、孤児院は基本的に非営利組織として設立され、王国より委託を受けた領主、そして教会が補助金を出し、それに加えて集められた寄付金によって運営される組織です。そのため基本的に収入を得ることはありませんので、税の支払いも不要です。

ですが彼らは、孤児たちが卒業するにあたり、彼らに養育費の支払いを求めています」


「何だって! そんなことがまかり通ると……」


「通ってしまうのです。

請求される側の孤児たちも、そのような背景を知らず、市井では常識とされたことも知りません。

そのように育てられましたので……」


「そうか……、確かにアリスも『知った時には既に手遅れ』と言っていたな」


「そうです、仮に訴え出たとしても、その訴えは誰が受理しますか?」


「ガーディア辺境伯家か……、悪辣だな」


「実は孤児たちは、どんなに辛い環境でも、卒業まで孤児院を自分の意志で抜けることができません。

途中で抜けるには、待遇に関わらず孤児院に対して莫大とも言える養育費を支払わねばなりません。

そして下位の待遇には、卒業を同時に返す当てのない養育費という借金を背負わされます」


「それで多くの孤児たちは、働く先に身売りせざるを得ない状況になるのか……。本人の意思に反して……。

本来は非営利組織であるはずの孤児院が、孤児たちを売って得た収入を懐にしまい脱税していると?」


「はい、その身売り先を教会が斡旋しております。

これによって得た収入は、庇護先(ガーディア辺境伯)、教会と孤児院上層部の懐に消えます」


酷い話だ……。ここまで領主がグルになっているということか。

これではどこに訴え出ることもできない訳だ。


そんな事すら知らず、ただ理想論だけを言っていた俺は、アイヤール商会長から見れば甘ちゃんと言わずにはいられなかっただろうな。

ここでも俺は、自分に足りなかったものを、改めて自覚させられた。


「それで、横領とは?」


「孤児院の勤労待遇、あの過酷なものは意図的に作り出されているとしか思えない節があります。

各主要都市に設けられた孤児院には、毎年抱える孤児の数に応じて領主様より予算が配分されます。

孤児が亡くなっても、申告が数年遅れたり、そもそも申告がなされなければどうなりますか?」


「悪辣な方法だな。より多くの孤児が死ねば、より多くの予算が配られても宙に浮く……。

なので奴らは孤児への待遇を改善せず意図的に……、くそっ!」


俺は湧き上がる怒りを抑えるのに必死だった。

きっとクルトも同じ思いなのだろう。説明の際も、時折彼は唇を強く噛みしめていた。


「クルト神父! 今日はよき出会いになったことを感謝する。

そして慎重に証拠を固めておいてほしい。俺は兄や上位教会が横槍をいれられないよう対処する。

そして……、一気にカタを付ける!」



◇◇◇ 三度目の人生 リーム四歳



あの日から俺は、盟友となったクルト神父と協力し、教会と孤児院を徹底的にブチ壊した。

そして後日、クルト神父を代表神父とする新たな教会と、彼が推薦した若い院長により運営される孤児院を再建した。


これが後に、ルセル・フォン・ガーディアが成した十二の偉業のひとつと言われるのだが……。

これもアリスの導きによって、成せたことに過ぎない……。


その後、代表神父として教会の実権を握ったクルトと俺は、互いに協力しながら更にもう一つの偉業と呼ばれた試みに着手することになるが、それはまた別の話だ。


考えてみると……、えにしとは、時に不思議な繋がりをもたらすことがある。

今の世界でも、アリスが俺に付いて採集に出ることになったお陰で、俺とクルトとの出会いがもたらされることになった。


それから俺は、クルトと直接繋がりが持てる五歳となる日を心待ちにしていた。

もちろん、その後の計画を進めるため、日々入念に牙を研ぎながら……。

最後までご覧いただきありがとうございます。

次回からは三度目でクルトが登場します。

次回と更に次の回、二度目と微妙に立ち位置の違うやり取りを見ていただけると幸いです。

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