プロローグ① 終焉と始まり
2025/7/9 展開はそのままに、構成と文言を一部修正しております
無限に続いているかのような暗闇のなか、俺はただその中を漂うにように彷徨っていた。
この場所にいつからここに居るのか、何故ここに来たのかもはっきりしない。
ここでは時間そのものの感覚すらないような気がしていた。
そしてある時、俺は何かに呼ばれたような気がした。
同時に俺の身体は(といっても実際は身体がないのだけれど)、何かに引き寄せられるように物凄い速さで動き始め、眩しい光を放つ大きな大河の前で停止した。
その大河は、どこまでも永遠に続くかのような暗闇の中に、まるで天の川のように小さな光の集合体によって明るい一条の流れが形作られ、流れの中では幾万、幾億とも思える小さな光が煌めき、瞬いては消えることを繰り返していた。
(とても……、奇麗だ。まるで天の川を真近で見ているような感じてしまう)
心の中でそう思った瞬間、俺の中にある記憶と自分自身の最後の様子が、まるで巨大なスクリーンで映画を見ているかのように、頭のなかに映し出された。
(ハハハ、英雄と呼ばれた……、ルセル・ブルグ・ガーディアとして生きた俺の人生は終わった。
そういうことだな。必死に生きてきた俺の人生は、ただ滑稽な空回りでしかなかったな)
自分の最後を思い出した俺は、声にならない言葉を吐き捨ててただ笑うしかなかった。
今度もまた、呆気ない最後を迎えたことに対して……
〜~〜 ガーディア辺境伯の歩み 〜〜〜〜〜〜
▷王国暦300年
ベルファスト王国における北の守り手、ガーディア辺境伯家に庶子としてルセル誕生
▷308年
父であったガーディア辺境伯が没し、異母兄弟の長兄が爵位を継承
▷310年
ルセルは洗礼の儀式にて国内最強と言われた五芒星魔法士として覚醒するが、それを恐れた長兄により、荒廃した最辺境の町トゥーレに領主として追放される。
ルセルは後に『十二の偉業』と呼ばれた改革に着手し、同年、王室への貢献より騎士爵に任じられる
▷316年
疫病の蔓延を防いだ功により国王よりルセルは男爵に叙爵され、統治する領地の躍進が始まる
▷322年
侵攻した隣国を撃退し窮地に陥っていた長兄を救出。この功により長兄に代わり辺境伯に任じられる
▷323年
ベルファスト王国南部貴族の地方反乱が発生。鎮圧に向かった南の辺境伯の軍勢は、背後から味方である南部諸侯軍に襲われ敗北。これを機に圧政に苦しんだ民衆は南部一帯で一斉に蜂起を始める
▷324年
民衆の反乱は王国全土に飛び火、対応に窮した国王は北の辺境伯に反乱諸侯と民衆蜂起の鎮圧を命じる
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
そうだよな……、最後の年である324年までは色々あったけど、俺の人生もまんざらではなかった。
苦難を乗り越えた結果、町は豊かになり仲間たちにも恵まれて……。
だけど……、あれで全てが終わったんだ。
いや、全てが仕組まれていたと言った方がいいのか?
そもそも民衆の反乱が王国全土に広がったのは、各地を治める貴族たちの自業自得だと言わざるを得ない。
彼らが私利私欲を追い求めて圧政を敷いた結果、人々は飢えて困窮し蜂起したものだから。
それ以外にも、裏で糸を引いて反乱に加担した諸侯を操っていた者の存在や、王国全土で蜂起した民衆を支援した者の存在などが取沙汰されていたが、真実は定かではなかった。
ただ善政を敷いていたガーディア辺境伯領とごく一部の貴族領だけは民衆蜂起とは無縁だった。
当然といえば当然だけどさ……。
それでも全体で見ればベルファスト王国は大きく混乱し傾きかけていた。
そして……。
ここに至り満を持して動き出した新たな勢力もあった。
『ベルファスト王国に混乱収拾の余力なし。我らは困窮に喘ぐ民衆を開放するため、諸悪の根源を討つ!』
そう宣言したのは、王国南部で国境を接し常日頃から争いが絶えなかったガリア帝国だ。
彼らは国境を越えて侵攻し、混迷を極めていた王国南部を制圧し始めた。
内憂外患を抱え、今や滅亡の淵に立たされたベルファスト王国の上層部は、ここに至って無茶とも言える決断をした。
民衆の蜂起とは無縁で、これまでずっと兵力を温存していたガーディア辺境伯に対し、長躯してガリア帝国の迎撃と南部貴族反乱の鎮圧、然る後に王国全土の民衆蜂起を鎮圧するよう命じてきたのだから……。
◇◇◇ ベルファスト王国暦324年 ルセル・ブルグ・ガーディア(24歳)
無茶な勅命に対し一度は反論したものの、結果的にやむなく応じたルセルは、ガーディア辺境領より全軍、一万五千もの兵を率いて南の国境へと進出した。
そこで最後の軍議を行うため四人の将軍と副官を本営に招集していた。
「みんな……、今回も面倒を掛けてすまないね」
大きな溜息を吐いたあとルセルは、最も信頼している五人の部下たちを見渡した。
◇四傑(二の将)
「ふふっ、これもいつののことでさぁ。
ただ『旦那』……、こんな南方まで遠征して防衛戦と反乱の鎮圧とは、少々忙しい話となりますな」
そう言った男は、身軽さを優先した特殊な皮の鎧に身を包んだ風体の精悍な顔をしており、外見だけなら山賊か荒くれものにしか見えなかったが、三十代そこそこの年齢であった。
「いつもながら旦那は損な役回りですな。王国各地から派遣すると言われた援軍すら未だに到着する様子もありませんし……。俺たちだけでタダ働きさせられることは目に見えていますな」
口ではそう言っているが不満な様子は一切なかった。
むしろ戦いを前に戦意をたぎらせ、高揚しているかのように見えた。
◇四傑(一の将)
「全くですね。『我が主君』の領地と違い、今回の反乱は圧政を敷いた貴族たちの自業自得です。
そんな奴らが民衆によって滅ぼされるのも当然のことかと」
次に口を開いた男は重装備の鎧に身を包み、その四肢は鋼の様な筋肉と体毛で覆われ、口元からは大きな牙がのぞいていた。
彼は見た目からも明らかにヒト種ではなく、その年齢を推し量ることはできなかった。
「勅命なら否とは言えませんが、とはいえ我が主君が進んで苦労を買って出られるのも、人が良すぎると言うものですよ」
彼もまた、言葉とは裏腹に主君の決断には一切不満はなかった。ただ……、敬愛する主君が軽んじられることに憤っていただけだった。
◇四傑(三の将)
「ガリア帝国や反乱を起こした貴族を討つことは当然のことですが、各地で蜂起した民衆を『お兄さま』が討つことは納得できません。彼らは困窮し、やむを得ず蜂起しただけなのですから」
軽装鎧の上に戦場には似合わないローブを纏った二十歳前後の女性は、どことなく愛くるしい顔で頬を膨らませていた。
「王国の上層部は民衆に人気があるお兄さまを妬み、貶めようとしている気がしてなりません」
そう言った彼女は、何よりも敬愛する兄のことを憂い憤慨していた。
◇四傑(四の将)
「そうですね。妹君の仰る通り今回の勅命には悪意を感じますね。我らは北の隣国に備えねばならない立場です。『閣下』がここまで軍を率いて進出する必要があるのでしょうか?」
そう言った男はまだ若く聡明そうな顔立ちで、閣下と呼んだ主君とさして変わりのない年齢に見えた。
彼は不思議なことに、軍議の席でも弓を背に掛けたままで参加していた。
「ご領地から遠く離れている前線では、補給面で大きな不安を感じます。王国中の民が困窮している今、補給物資が閣下の元まで届かない可能性があります。
まして民から現地調達などあり得ませんし……」
若い男は、不安と言いながらも表情は自信に満ちていた。
まるで全てを計算した上で対処できると言わんばかりに……。
彼らはみな、表向きには不満や不安を口にしていたが、それぞれが有能さを主君から見いだされた結果、若くして将軍にまで引き立てられた者たちであり、その表情は自信に満ちていた。
そして今や彼らは人々からガーディア四傑とまで評され、その期待に応える実力と実績を持つ者たちばかりだった。
「四傑の皆さまも分かった上で仰っているようですが、ルセルさまがお人好しというのは、それによって救われた私たちが一番知っていることです。
なので誰も文句を言う筋合いはありませんよ」
軽装鎧を身に纏った、まだ少女と言っても差し支えない女性が、四傑に対し物怖じせず言い放った。
一見ヒト種に見える彼女も、獣人の血を引く証であるピンと立ったケモ耳をピクピクと振るわせていた。
そんな彼らの様子を見て、旦那・我が主君・お兄さま・閣下・ルセルさまなど、五人からそれぞれ好き勝手な呼称で呼ばれていた男が口を開いた。
「今や俺も、分不相応に辺境伯を継承してしまった立場だからね、王国に対しても最低限の奉仕は必要な立場になってしまったと言うことさ」
自嘲気味にそう言って笑った男は、一昨年に若干二十二歳でこの国に四人しかいない辺境伯に任命され、独自敬称である『ブルグ』を名乗ることが王国から認められていた。
「ははは、最低限ですか……。我が主君がこれまでになされた『十二の偉業』と呼ばれるものだけで、十分にブルグと呼ばれるに値する功績だと思われますが……」
「それは言ってくれるな。本来なら俺は辺境伯家の庶子、ブルグを継承するには最も遠かった身だ。
そして恥ずかしくも偉業と呼ばれたそれも、多くは民のための行動であり王国のためではない」
それには誰もが苦々しい思いで頷くしかなかった。
これまでの善政のお陰でガーディア辺境伯家は民衆反乱とは無縁でいられたが、そのことで皮肉にも遠征を命じられる結果になったのだから……。
「俺たちの流儀を王国に認めさせるためにも、戦いには勝たねばならない。そのためにお前たちの力を貸してほしい」
そう言われると五人は姿勢を正して頷いた。
これまで彼らの主君が辺境伯となるまでの道のりは平坦なものではなかった。
更にこの先で彼が目指す改革には、ブルグとなり領内を掌握するだけでなく、王国に対し我意を通すことができる程度の実績を示す必要があったことも承知している。
そのために彼らの主君は、無茶な要求をのみ遠征に出て来たのだから……。
「今回の任務はガリア帝国軍の撃退、反乱諸侯の討伐以外に、困窮してやむを得ず蜂起した民衆を鎮圧するという、甚だ不名誉なものも含まれている。
なればこそ猶更、唯一彼らに温情ある対応ができる俺たちが当たらなくてはならない」
その言葉を受けた五人は、更に大きく頷いていた。
「では俺は計画通り囮として本隊のみ三千名を率い、反乱諸侯が横槍を入れてくることを防ぐ。
皆は帝国軍に痛撃を与え国境の先へと追い返してほしい。彼らを一蹴すれば追撃は不要だ。直ちに軍を返して再集結してもらい、今度は反乱諸侯の討伐だ。
少々忙しい話で申し訳ないが……」
「旦那、いつものことでさぁ」
「我が主君の仰せのままに!」
「お兄さま、しかと承りましたわ」
「閣下の進まれる道のために」
「私は常にルセルさまの傍に!」
そう答えると、彼らのうち四人は勇躍し迎撃のため出発していった。
「彼らが帝国軍を追い返し、その後に反乱軍も一掃できれば……、蜂起した民たちも落ち着き、話し合いにも応じてくれるかな?」
そう呟いてルセルは大きな溜息を吐いた。
それはあくまでも彼の期待に過ぎない、それを重々承知している。
「最後は戦功と引き換えに、陛下に対して彼らの助命を嘆願するしかないな。だが……、それでも彼らを討てと言われれば、俺はどうすべきだろうか……」
独り呟いたルセルの声は、出立の喧騒の中でかき消され、誰にも届くことはなかった。
◇◇◇ ルセル本営
国境をまたがって広がる平原の王国領にて、ルセルは帝国軍の迎撃に出ていた仲間たちの後方を守っていた。
仲間の軍勢が帝国軍に集中できるよう、ガーディア辺境伯が自らを囮とし、彼の率いる本隊とほぼ同数と報告を受けていた反乱諸侯軍を引き付ける作戦で動いていた。
だが……。
「報告しますっ! 帝国軍の側背に出た四傑の軍が、奇襲を受けて苦戦中とのことですっ!」
「なんだって!」
(どういうことだ? 本来なら奇襲を仕掛けるのは俺たちだったはずだ。今回の作戦は十分に勝算があった。
だからこそ彼らを送り出したのに、まさか彼らに限って……)
ルセルはその報告に大いに驚いて呆然となった。
戦力では劣っていたものの、入念に放った物見の報告によれば油断した帝国軍にはつけ込む隙があった。
そう判断したからこそ、敵軍の虚を衝き撃退するために最も信頼している将たちを前線に送り出していたのだから。
「ルセルさま?」
「あ、ああ……、すまないが、続けてくれ」
ルセルは傍らに副官として傍に置いていた、戦場には似つかわしくないとも思われる少女の声で我に返えると、報告を上げてきた兵士にそう促した。
「はっ! 物見の報告を取りまとめますと……
敵軍の前衛を衝き突破を図った重装騎部兵部隊は敵陣深くへと誘い込まれ、現在は包囲殲滅の危機にあります!」
「左翼は? 突破に呼応して敵軍を崩すはずだったが……」
「左翼から進んだ魔法士部隊は、帝国軍の弓箭兵部隊の待ち伏せにより行く手を阻まれて、それ以上は前進することができておりません」
「くそっ、両軍とも此方の作戦を逆手に取られたということか? となると右翼や後方遮断も……」
「おそらくは同様に迎撃されていると思われます。
敵陣を大きく迂回して後方に回り込む予定だった軽騎兵部隊とも連絡が途絶えました。
今の状況では右翼から敵軍を牽制する予定だった弓騎兵部隊も為す術がないようで……」
「……」
(してやられたな……、作戦が敵軍に筒抜けだったということか?)
「ただ、ここまで手の内が読まれていたのは納得できないな……、何故だ?」
「わ、分かりませんっ! その前の報告では帝国軍は確かに……」
報告を受け、配下である仲間たちに思いを馳せていたルセルを、更に驚かす報告がもたらされた。
「も、申し上げますっ! 反乱諸侯の軍が大挙してこちらにっ! その数……、およそ一万!
まもなく我らの先鋒と激突しますっ」
まるで悲鳴のような報告を受け、ルセルは背中に冷たい汗が流れ落ちるのを感じた。
「くっ……」
(どうしてだ……、後方には幾重にも哨戒網を引いていたはずだ。俺が後方に残り反乱諸侯の軍の目を引く餌となる。これは作戦通りだ。だが……、押し寄せた敵軍の数が尋常ではない)
斥候によれば、この近辺に展開していた反乱諸侯軍は三千に満たなかったはずだった。
しかもこんなギリギリになるまで、まして一万もの敵軍が動いていたことに気付かないはずがない。
これまでの戦いで味方の動きは全て敵軍に漏れていた。
逆に此方に入るべき情報は……、どこかで悉く遮断されていたか握りつぶされている。
「まさか味方の中に……、そういうことなのか?」
ルセルが鎮痛な表情で呟いた時だった。
「ルセルさま……」
背後にいた少女から平素とは全く違う、まるで氷のように冷たい声が発せられた。
「かつて貴方は……、先代ブルグの意を受け、食べることさえ困って武装蜂起した私の一族を滅ぼしました。
そして今、生きるために立ち上がった王国の民衆を滅ぼさんと、再び凶刃を振るわれるのですか?」
「フェルナ……、ま、まさかお前が?」
冷たく感情が失われたような表情の少女は、ルセルが振り返えろうとした時、予め抜き放っていた短剣を渾身の力で彼の背に突き立てた。
「ぐっ!」
背中から灼けるような痛みとが広がり、全身の力が抜けてルセルは崩れ落ちた。
大地に横たわり自身の流した血だまりのなかで、彼の瞳は短刀を持って震える少女と、その傍らに立つもうひとりの男の姿を映しながら、徐々に光を失っていった。
「フェルナよ、よくやった。王国中に比類なき者と称された最強の魔法士、五芒星といえど背後から身内に襲われればあっけないものだな」
そう呟くと男は無表情のまま剣を抜き放った。
「本来の『正しき流れ』を壊していた奴はここで消え、世界は予定されていた終焉へと向かうだろう。
これで貴様の役目も終わった」
『予定された終焉だと? お、前は一体……。
まさかフェルナは闇魔法で、洗脳……。だ、ダメだ! フェルナ、に、逃げてくれ』
薄れゆく意識の中でルセルの発した最後の願いも虚しく、歪んだ顔で冷たく笑った男から話し掛けられたフェルナは、男が自身に剣を振り下ろす様子を、身動き一つすることなく、まるで人形のように固まったまま見つめていた。
ただ……、光を失って無機質に開かれた彼女の瞳からは、まるで何かを詫びるかのごとく、とめどなく涙が流れ続けていた……。
世界の常識を変革したとも評された治世を行い、個人としても『奇跡の五芒星』と称された異能の魔法士、ルセル・ブルグ・ガーディアの人生は終焉を迎えた。
その……、はずだった。
本日より、もうひとつの「ニドサン」として、新たに投稿を始めました。
今日は七時台に三本、明日以降は毎日十時に一本投稿予定です。
こちらは代表作とは全く別の世界観のお話で、ニドサン(二度目と三度目)のテーマ以外は全く別のお話になります。
プロローグ①は少し戦記物に寄っていますが、次話以降は異なっていますので、しばらくは長い目で応援いただけると嬉しいです。
これからもどうぞよろしくお願いします。




