「第3話」休息
雪は、お婆様の言いつけを守り、1日修行を休み、小川でのんびり過ごす。魚が泳ぐ姿や蟹を見つめて自然の偉大さを感じていた。
しっかり休養が出来たようで、夕暮れが近づくと、歩いて家に向かった。
いつも通る慣れた道。ところが、家に向かう途中の草むらにいつもとは違う感じがした。そこには、何かの気配があった。
警戒しながら近づくと、まさかであった。人が倒れている。。
雪「に、人間。。人間が何故ここに。。」
村の掟で人間を見たら、殺らなくてらならない。
人間は完全に意識を失っている。雪には不思議な感覚だった。何かは分からなかったが、生まれて初めて見た、この人間をどうしても助けなければならないと思った。
雪は氷を作ると、人間の口に入れた。
人間は、脱水症状で命を落す寸前だった。雪は水を汲み、男に飲ませた。
辺りはすっかり暗くなり、月がわずかに照らす中、雪は人間を膝枕をしながら世話をした。
1時間くらい経つと男はすっかり意識が戻り多少回復した。
雪「大丈夫ですか?」
男「ああ、ありがとうございます。生きてるんだ。。私は純一と申します。山に登ったのですが、道から外れてしまって。3日彷徨っていました。もう死ぬと覚悟しました。命を助けて頂き本当にありがとうございます。」
雪は妖怪だが、一部の妖怪とは違い、見た目は全く人間と変わらない。純一は、人間と思って話をしている。
雪は純一に経験のない気持ちになっていた。自分の命を懸けても、純一をここから逃さないといけない。ここにいては殺される。
雪「私は雪です。ここは危ないですから、すぐに山を降りましょう。あの、美味しくないかも知れないけど、食べて下さい。あなたはとても弱ってる。」
純一「ありがとう。ん!すごく美味しい。あの。。道が分かるんですか?真っ暗で何も見えないけど。。朝まで待つほうが。。」
雪「それは、絶対にダメです。危険です。とにかく、すぐに。。私は、山に住んでいるから道は分かります。でも。。」
純一「でも。。何ですか?」
雪「私は山しか知らないの。下は行ったことないから。。そんなことより、とにかく危ないから早く。」
雪は急いで妖怪村から離れ、山道に入った。山道に入ると純一が先頭で月明かりをたよりに歩くと、夜が明ける頃に純一の停めた車に到着した。
純一「ありがとう。無事、車に着いた。もう死ぬと思ったのに。。あなたのおかげだ。」
雪「くるまって?」
純一は、雪が普通ではないことを理解した。が、明るくなって初めてはっきりと見た雪。。あまりにも美しかった。道中で話をして、雪の優しさ、命を助けられたことに加えてこの美貌。
純一はすっかり雪に心奪われてしまった。
純一「あの、助けて頂いたお礼しないと。。乗って下さい。」
雪「はい。」
純一「まだ早すぎるな。。少し寝るよ。」
初めて乗った車。それは、不思議なものだった。少し仮眠をする純一をずっと見つめる雪。やがて純一が目を覚ました。
純一「雪さん。おはよう。寝なかったのか。もう、こんな時間か。。お店は開いてるな。行こう。ちょっと遠いけど朝食を食べよう。」
雪「あなたが心配で寝れなかった。。うわー。こんなに早く移動出来るの。。すごい。」
純一「いろいろありがとう。1時間くらい山を下ったところにあるレストランでご馳走するよ。」
レストランに到着すると、純一はステーキを注文する。
純一「雪さん。お礼です。食べましょう。」
雪は初めて食べたステーキにすっかり魅了された。信じられないくらい美味しい。
雪は初めてまともに純一を正面から見た。目が合う度にドキドキする。なぜ、身体がこんな反応するのかが、雪には分からなかった。ただ純一と離れたくないという自分の気持ちは分かったようだ。
食事を終えると再び純一の車に乗り込む。
純一「雪さん。家まで送るよ。どこ?」
雪は、こうなった以上は村には帰ることは出来なかった。とは言っても、1人で生きていくのも難しい。悲しそうに、雪は本当のことを言う。
雪「くるまでは行けないの。。あのね。。。私。。私、妖怪なの。妖怪は、人間と出会ったら殺さないといけない掟なの。。私、村の掟を破った。。だから、もう帰れないの。でも、掟を破ったことは後悔していない。私は純一さんを助けたかった。間違ったことをしたつもりはないわ。」
純一「そうか。。あなたは掟を破ってまで助けてくれたのか。だから、急いで山を降りろと。。だったら僕は命懸けであなたを守るよ。もし、雪さんがいいのなら私の家に行こうか。」
雪「あの。。私が妖怪って。。」
純一「あなたは心の綺麗な方だ。あなたの言葉は信じるよ。でも、妖怪とか人間とか関係ない。僕はあなたを女性として好きになった。だから、あなたを幸せにしたい。もう帰れないなら。。雪さんがいいのなら。。その。。雪さんを僕が幸せにしたい。」
こうなった今、雪が密かに望んでいたことだった。この数時間で、雪は純一に恋をしてしまったのだ。雪の初恋だった。好きと言われた時に湧き上がる感情が何だったのか雪は初めて理解した。ずっと生きてきてこんな感覚は初めてだった。
雪「でもね。。私は192歳なの。お婆様に聞いたの。10倍人間のほうが成長が早いって。。だから、いつか。。私は1人に。。」
純一「その時に考えようよ。今は、僕はあなたを愛したい。幸せにしたいんだ。それに戻れないなら、進むしかない。雪さんを幸せにしたい。そうだな。もし、僕がいなくなったとしても雪さんが生きていけるようにするよ。ダメかな。。」
雪「う、うれしい。。私、妖怪村では誰も相手にしてもらえなかった。私だって愛したいし愛されたい。こんな気持ち初めて。。純一さん。私。。あなたのことを愛してしまったの。倒れている時からだと思う。今初めて分かった。」
純一「僕ももう愛してるよ。一緒だね。しかし、こんなに綺麗なのに?妖怪村って美人ばかりなの?」
雪「違うの。妖力が強い者が一番なの。だから誰も相手にしてくれないの。」
純一「へー。雪さんだったら、人間の世界だったら一番人気になるよ。ねえ。妖力って何?」
雪「これ。」
雪は氷の塊を作る。
純一「うわっ!すごい。雪さん。カッコいいな。。」
雪「えっ!驚かないの?変だと思わないの?」
純一「すごいとは思うよ。僕には出来ないこと。むしろ尊敬するかな。。それはね、雪さんの個性だよ。綺麗なのも。優しいのも。みんな。。さあ、僕の家に帰ろう。」
雪「はい!」
雪は、自分が価値ある者と初めて認められ嬉しかった。それに、純一に恋してしまった。
確かに進む道は、純一を助けた時点で一つしかなくなってしまった。もし、選択肢があったとしても、雪は好きな人のために一生懸命になりたかった。
純一「雪。家の中以外で妖力は使わないで。僕は誰にも言わない。僕は雪を失いたくない。姿は人間と変わらないから、これからは人間として生きるんだ。約束だよ。」
雪「はい。」
こうして、雪は愛を知り、人間として生きる人間界での生活が始まった。