作者より頭の良いキャラは作れるのか
『作者は自分より頭の良いキャラクターを作ることはできない』
昔からそんな言い回しがある。
いやいや、そんなことはないだろうと言いたいところだが残念ながら事実である。
尤も、世に数多いる書き手を侮辱するつもりは毛頭ない。本当に。
うまく『天才キャラ』を描けている者もいる。
しかし、実際のところ、天才に見せているだけで
真の天才とは言い切れないのではないだろうか。
作者は作品において神であり、全てを見通し、全ての筋書きを決められるから
天才キャラをうまく動かしているだけであって
そのキャラクターが作者より頭がいいとはならないのである。
この作品の作者もそうだ。何せ頭が良くない。まあ悪い。
ゆえに、私という天才をどう表現したらいいか、ずっと頭を悩ませている。
おや? 何か思いついたようだ……が
なんとまぁ、サササッと数式でも解かせればいいと考えたようだ。
何とも単純な頭である。さあ、今に出るぞ。
【5(x+y)+2(x-3y)】
答えは7x-y。……ほらな。中学生レベルだ。これが作者の頭の限界。
そもそも彼は過去、数学になぜこうもアルファベットばかり使うんだと憤った人間である。
実力で示すのは無理。となると、お次は簡単な表現に走る。
IQだ。わかりやすい目安。だがまあいい、シンプルイズベスト。
さあ、私のIQはいくつだ?
【IQ630】
……バカなのか? 多ければいいってもんじゃないぞ。
もはやギャグだ。いやもっと悪い。3000だ8000だ言えば振り切っていると分かるが
本気でIQ630が天才だと考えているようだ。
そもそも現実でもそれほど高いIQの持ち主はいない。
せいぜいその三分の一がちょうどいいだろう。さあ、減らせ。三分の一だぞ。
【IQ205】
……あえてだよな。まさかこの数字は、三分の一の計算ミスではないだろうな。
ケーキを三等分に切れない者か? まさかな。
……まあ、それは置いておくとしてそもそも、こういったメタ視点というのも
一周回ってバカっぽい。
まあ、確かにその昔、視聴者への挨拶から入るような刑事ドラマもあったが……。
はぁ、しかし、刑事というのも悪くはないな。天才を表現するにあたり良い職業だ。
数学者や科学者もありだが前者は先程の様では期待できない。
後者も専門的な知識など、この作者に期待はできない。
「あの、よろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞ」
と、急に物語が始まったが誰だ、この女。
「あの、私、看板を見て……ここ、探偵事務所ですよね?
その、事件の推理とかをしてもらえたりは……」
探偵! いいぞ。天才キャラを出すには良い土壌だ。
だが、問題はどんな事件を解決するかだ。複雑なトリックを考える頭はないだろう。
「この写真なんですけど……」
「拝見しましょう。と、ご遺体ですか。それもひど……と、どなたの?」
「私の夫です……」
「それはそれは……。それで、推理とは」
「はい……誰が夫をここまで、うっ、その、したかを推理していただきたいのです」
「なるほど……いいでしょう」
「はい、よろしくお願いします……ではご案内しますね。現場、私の家に」
「いや、結構。ここで十分」
ほう、いいぞ、安楽椅子探偵か。そのほうが天才っぽい。
どれ、作者のお手並み拝見と行こうか。引き続き、台詞は任せるぞ。
「え、まさか写真一枚で?」
「ええ。それにしてもいい殺されっぷりというか、すごいですね。
延長コードによる絞殺かと思えば包丁が目に深々と突き刺さっており
さらに頭は、その近くの銅像ですか?
それで陥没させられ、これは相当な恨みを持った者による犯行。
もしくは、確実に殺さないと安心できないという小心者の仕業」
「それで、は、犯人は一体、誰なんでしょう……。
あの、誰がここまで夫の遺体を傷つけたのでしょうか……」
「おや? 『あの、誰が』ですか。すでにどなたかの顔が浮かんでいそうですね。
ちなみにご主人が殺された夜。家には誰が?」
「……友人が来ていました。夫と私の高校の頃の同級生です」
「ほう、ということは高校の同級生と結婚したわけですか。人数は?」
「はい……それで、三人。男性が二人。女性が一人です」
「彼らの中に……というわけですね」
「……はい、多分。警察には外部の犯行に違いないですと伝えてます……
誰も……認めないので」
「なるほど。警察が真実に辿り着く前に犯人を突き止め
自首を促したい、事情を聞きたいと。
ちなみにそれぞれ、一人になるタイミングはありましたか?」
「ええ、まあトイレに行くとかであったと思います」
「なるほど……ちなみに彼らは手土産か何か持ってきませんでしたか?」
「え? まあ、ワインとかお菓子とか」
「魚、もしくはアイスは? それもクーラーボックスで」
「いえ、それはありませんけど……」
「なるほどなるほど……では、全員が犯人でしょうね」
「はい……え? 全員って彼ら全員が共謀して?」
「いえ、まったくの偶然でしょう。
彼らは何か理由があってあなたのご主人の部屋を訪ねた。
しかし、そこで目にしたのはご主人の遺体。
当然、この家の誰かが殺したと考えた。そう、あなたが殺したとね」
「え、わ、私?」
「そうです。この写真、ご主人の遺体の胸の部分。やけに湿っているように見えます。
さらに目を凝らせばここに氷の欠片のようなものが写り込んでいるのが確認できます。
つまり、使用した凶器は氷。ナイフか針のように加工したのでしょう。
当然、それを家から持ってくるのは困難。溶けますからねぇ。
クーラーボックスに入れて持ってきたのなら可能ですが
無かったと今、あなたはおっしゃった。
ならば、この家の冷蔵庫で作ったと思うのは自然な事。
つまり、それができたあなたが犯人です。
恐らくあなたは父ご主人に暴力を振るわれていた。
そしてそれを同級生たちは知っていた。
恐らく、その件について一言いいたく、ご主人の部屋に行ったのでしょう。
そこで死体を見つけた。あなたが殺したご主人の死体をね。
だが、このままではあなたが怪しまれると考えた最初の一人は
死体を傷つけ、捜査を混乱、あるいは自分が罪を被ろうとと考えたのです」
「最初の、一人……」
「そう、残る二人も偶然にも同じことを考えた。
あなたを守るためにね。しかし、混乱したのは自分たちだったというわけです」
「う、う、うう……」
「自首なさりなさい。あなたたちの友情は強固なものだとわかったでしょう。
きっと待っていてくれますよ。それに、あなたは先程こうもおっしゃった。
『誰がここまで夫の遺体を傷つけたのでしょうか』と。
そう、あなたは最初にも『誰が夫を殺したか』とは言わなかった。
あなたが殺し、そしてそれを誰かに暴いてほしかった。そうでしょう?」
「う、ううう、じ、自首します……」
と、まあ事件は解決したわけだが氷って……。
ありがちすぎる。他に知らないのか? 推理小説は読まないのか?
そもそも設定も……まあいい。
ふぅー……やはり作者の頭よりも賢い天才キャラなど作れない。
全ては作者の頭によってつくられるのだから。
パンケーキの材料で黄金が作れるものか。作者の知らないことは私も知らない。
せいぜい時間をかけ調べに調べたことをさも当たり前に知っていたように話させるか
周りの登場人物を馬鹿で固めるか、誰も気づかないことに気づかせたり
経歴や肩書、ああ、あえて何も語らせないなど小手先、屁理屈、演出でどうにか
まあ作者自身の頭が良ければそれらしくは見えるだろうが
やはりこの作者はどうも……。
いや……待てよ。これはメタだ。メタ小説だ。
そう、私は作者の頭を通し、ここが小説の中の世界だと気づいている。
つまり『作者が知らないことを知っている』のだ。
それは作者の頭を超えているということにはならないか?
だってそうじゃないか。この作者も今、自分がいるその世界が
誰かの頭の中の世界だと、恐らく気づいていないのだから。
ほうら、脳が糸を引いているぞ。その先に誰がいると思う?
誰が今、自分を喋らせているんだ?