スペースキャット
カメも驚くマイペース更新です。生暖かい目で高坂君と伊佐木君を見守ってください。
「突然のスペースキャット」
「スペースキャットって知ってる?」
隣で男がしゃがんだまま、こちらを見ないで言った。
「お目目付いてないんか。そんな事ええから早せえよ」
冷凍食品の棚卸中。寒くて在庫票を捲る手が悴み、まつ毛にも水滴が付き始めてくるような時に何を言っているのかと高坂創は苛立ちを隠さずに言い放った。だが伊佐木望は気にした様子もなければ、在庫の整理を急いでしようとする気概も感じられない。ちゃんと仕事をしろと言う方が手間だとここ数年の付き合いで分かっているので、数え終わった籠車を引き出し、空いた場所に体を滑り込ませて自分のノルマ分のチェックを続ける。
「スペースキャットって、宇宙を背負った猫で、あまりにも理解できないことに直面した時に使うんだって」
「まだ話続けるんかい」とこんな状況でなかったら突っ込んでいただろうが、あまりの寒さに無視を決め込む。伊佐木は「んでさ」と気にした様子も無く、白い息をゆっくり吐いた。
「俺も最初知った時は笑ったし、画像の猫可愛いなって思うくらいだったんだけど。最近俺もそんな場面に出くわして、気持ちが分かる様になって」
チャーハンが3箱、醤油ラーメンが2箱とメモに控えていくも、一箱空いている段ボールを見つけてげんなりする。空けた箱は別の籠車に乗っていないといけないのに何故ここにあるのか。気づかないふりして数えることも考えたが、忘れた頃に間違っていたと店長から指摘される方がもっと気分が滅入る。籠車から開いた段ボールを下ろし、しゃがんで数えていく。
「ねぇ」と声が落ちた。それと同時に段ボールの中が見えなくなる。
冷蔵の倉庫は天井が低い。それに加え籠車に挟まれた空間は薄暗いのにいつの間にか立ち上がった伊佐木が明かりを遮ったのだ。
「なんや」ねん邪魔すんなやと文句を言おうと顔を上げると、するどい三白眼の瞳が見下ろしていて言葉が詰まる。
「高坂君。聞いてよ。“なんでなん”ってさ」
高坂は詰まりながらも「なんやゆうねん」と紡ぐと、伊佐木は少し口角を上げてぐっと距離を詰め、スマフォの画面を見せて、高坂の心臓が変なふうに跳ねた。
「これ見たら、俺も猫みたいに宇宙背負ってた」
ラブホテルで男に抱かれる自分がそこに居る。これはなんだ。なんでこの男が思っているのか考えたくても、脳が働かないで唇の端が変に痙攣する。
「良く映ってて、高坂君の可愛さがしっかり出てるね。それに、これ何?」
「・・・・」
「ねえ、この可愛い可愛い猫の耳さ。つけ耳じゃないよね。だって人間の耳がないもんね」
無意識に後ろに下がっていて、体が自分のものではないみたいにバランスが取れず尻もちをついた。伊佐木はその分距離を詰め、息がかかりそうな距離で高坂を見る。
「ねえ。高坂君。君って何なの?」
バクバクと心臓の音が大きく聞こえ、それに合わせて耳の血管が膨張している。
「高坂君。ほら教えてよ。いつもの関西弁で」
顎に手をかけられ、強制的に目を見つめられるのに耐えられず、涙を目じりに溜め、「や、やめてえや」と言うのが限界で、籠車に挟まれ逃げ場のない自分はこの蛇のような男に息の根を止められるのだろうかと、無意識に感じた。元々寒さに震えていた体がもう何に震えているのか自分でも分からない。
見えない体中の毛が逆立っていく。
(いけないこのままでは見られてしまう)
ぎゅっと目を閉じた時、顎を掴む手をパッと手を離した伊佐木が独特の緩い雰囲気に戻り、頭に手を置いた。
「驚かせてごめんね。君が可愛くて意地悪したくなっちゃった」
あまりの恐怖で「なんなんさ」と涙交じりの漏れた声は倉庫に響くモーター音で掻き消えそうな程に小さい。けれど冗談のように言う目の前の男が自分の将来を粉々に壊せることだけは分かっていて自分を守る様に立てた膝に顔を埋める。先ほどまでは仕事をしていたのになんでこんなことになったのか。大学も、ここのバイトの従業員にもみんなに知れ渡るだろう。そうなれば文字通り破滅だとぎゅっとベンチコートの袖を握った。
「高坂君。俺君が好きなんだよね」
「・・・は?」
「あ、可愛い耳で、リアルスペースキャット見れて嬉しいよ」
こいつは一体何なんだ。あまりの衝撃に本来人間には見られてはいけない、猫の耳が姿を出していたが、気を失った高坂には何も分からなかった。