お嬢さん
「つって、こっから時間潰してもつまらねえ展開になりそう―――いっそ痺れを切らすのもありですわね」
言うと、メルソンは高いヒールを履いた足で橋を二度叩く。
すると遥か後方の地面より、大量の血液が現れる―――それは凝固し、宙に浮く無数の槍と一つの大鎌を形成。
元々持っていたパゴダ傘が溶けて血に変わると、広く展開しドーム型に。
日光を遮り、彼女にとって絶好のシチュエーションを整えた。
「知っていて? 五代前のエルモアース家当主は、当時圧政を行っていたこの土地の領主とその私兵一万人を単身にて打ち倒し、貴族となりこの土地を手に入れた―――その戦場となったのは、今と変わらず街のあった位置より離れたここですの」
「アルバス・エルモアース―――この国で彼の伝説を知らない奴はいないよ」
「なら話が早えですわ。詰まる所、この土地には一万人の血が染み込んでいる―――即ち、私様の武器に満ち溢れている。理解が及んで居て?」
「そうかい、君は――――――」
瞬間、ベネティクトの足場が崩れた。
元々立っていた場所は地面であったものを橋にしただけ―――つまり、血が染み込んでいる。
「空中戦は得意じゃあないんだけどねえ」
「御生憎様、私様は大得意ですのよ!」
メルソンの背に、蝙蝠の羽が生える。
彼女の種族は吸血鬼―――それもアルバス・エルモアースの生きていた時代の、古い血を操るともなればその中でも最上位の最上位吸血鬼であろう。
艶のある羽を広げて赤黒いドレスを靡かせながら、自由落下中のベネティクトを襲う。
勢いよく血の槍を放つが、全て迎撃。
砕けた槍が溶けて血に戻ると、そのまま地面へと落ちて行った。
それに構わず大鎌を構えて、一直線にメルソンは突き進み―――そして間合いに捉えた瞬間、首を刈りに振るった。
「おっと! 危ない危ない―――吸血鬼と首無騎士になっちゃう所だった」
「まだ終わってねえですわよッ!」
回避されるが、間を開けずに追撃。
羽も箒も氷の円盤もないベネティクトだが、空中を蹴って攻撃を回避していた。
ベネティクトの靴は一種の魔道具であった―――名を、空踏み伍式。
冥国で作られた魔道具であり、靴底が何にも触れていない状態で魔力を込めると、空気と反発するという代物。
これによりベネティクトは空中での戦闘を可能とし、跳ねる様にメルソンの攻撃を回避し続ける。
「ちょこまかちょこまかと、クッソうぜえですわ!!!」
大きく振りかぶって、大鎌の刃に魔力を集中。
大鎌となっている血が滾り、集められた魔力と共に鋭い刃を荒立たせ―――その戦力は、ナマクラの剣百本分にも相当しよう。
「死に斃りやがれですわッ!!!」
「一つ、教えよう」
ベネティクトの方も靴底に魔力を集中―――襲いかかる大鎌を軽く踏んだ瞬間、それは溶けてただの血へと戻ってしまう。
「笑えねえですわ………………」
「血液の操作や体の血霧化により攻守に優れた吸血鬼が、何故世界中に溢れていないのか―――それはね、対策が容易だからさ」
魔銃を抜く―――魔力弾を込めて、メルソンの額へと銃口を当てる。
「吸血鬼はね、他人の魔力が混ざった血を操る事が出来ない―――僕の武器であるこの魔銃は純粋に僕の魔力を打ち出すだけのもの。君達からすれば天敵だろうね」
メルソンは、これまで同族に会うことがなかった―――幼少期ナンバーズに拾われ、願えばなんでも叶う様な日々を送っていた。
強敵に出会う事がなかった。
周囲に居るのは味方だけ―――自分を害する存在など見たこともなかった。
前任のNo.4、ガレリアが姿を眩ませ、自分がその地位に座り。
この日まで躓くことなく、甘い汁だけを吸っていた。
初の任務である今日、聖七冠の中では五位の、上澄みとは呼べぬ中年を狩るだけだと思っていた。
それがとんだ勘違いだと、今漸く気付く―――自分の渾身の一撃を軽く受け止め、自分の特性を自分以上に知り、その上で対処を可能とする。
初めて触れた死の恐怖に、メルソンは失禁した―――飛んだまま、遥か下方の地面に滴る水滴はメルソンの尊厳そのものであり、次第に消え失せて行く。
今メルソンの頭を満たすのは、失禁の恥でもこの状況を切り抜ける策でもなく、恐怖だけだ。
「見えているかい? 地上をマリーちゃんの出した水が充してる。あの様子じゃあ、マリーちゃんの魔力が混じってない血なんて残らないだろうね」
「あっ……………………」
「観念しなさいな、お嬢ちゃん」
失禁は止まらず―――武器を失ったメルソンに打てる手は無く、ベネティクトは戦闘開始前と何ら変わらぬ状態。
両者共に一つの傷も作らず、メルソンの戦意消失という形でこの戦いは幕引きとなった。
(更新状況とか)
@QkVI9tm2r3NG9we(作者Twitter)




