不束者達
マリーが戻ると、領主邸は大騒ぎ。
紙魔竜による伝言で伝わった情報を元に、今出来るだけの対策を講じているのだ。
「戻ったのだけれど…………大変そうね」
「他人事じゃあありませんよっ!」
箒に乗り廊下の屋根付近を飛ぶマリーに対して、忙しなく廊下を駆けていたリーニャが言う。
手には、医療魔術の刻まれた包帯、医療布が積まれていた。
「それは? 誰か負傷したの………………?」
「ベネティクトさんが襲撃に会いまし――――――」
言い終わる前には、マリーの箒は爆速で発進。
医務室まで、壁を突き破り最短距離で突き進む。
たどり着いた先では、致命傷ではなくなったものの依然重傷を負ったベネディクトの姿。
ベッドに横たわり、珍しく弱った姿を見せている。
「ベティー………………! 貴方が、どうして…………!」
「大丈夫だよ、マリーちゃん…………少しヘマこいただけだから」
「大丈夫なわけがないでしょう…………! すぐにセリシアを呼ばなくちゃ………………!」
「ダメだ、あの子はもう限界に近い………………その上、応急処置に銀の封印柱を使ったからね…………これ以上迷惑をかけるわけにはいかないよ…………」
封印中とは名の通り、特殊な銀の棒に魔法を込めた物である。
封じ込められた魔法の質は日に日に劣化するが、それでも使用者のいない場所で、ノーコストで魔法を発動出来るというメリットは大きい。
一本作るだけでも小さな領地の経営が傾く程度の金額を必要とし、それでもなお職人の元へとやって来る依頼が止む事はない。
それにベネティクトが仕込んでいたのは、マリーの転移魔法とセリシアの治療術。
両方とも聖七冠の力が込められた、貴族も喉から手が出る程欲しがる代物だ。
「………………僕の戦いは、そう動き回るものでもない……………なら、医療布でも使って自立出来る程度に傷を治せばいいのさ…………今の僕と、王都で多くの人々を救うセリシアちゃん。どっちの行動範囲を優先するかは分かるね………………?」
「それは分かるけど………………でも私はベティーが心配で………………」
「マリーちゃん、戦いでの心配は戦士への侮辱だよ」
言うと、ベネティクトは痛む傷を押さえながらも、起き上がり座り―――箒から降りてベッド脇に立つマリーの手を優しく掴むと、一つ大きなため息を溢した。
「不甲斐ないね…………マリーちゃんに心配される日が来るとは」
「っ…………私は、いつもベティーを心配してるわ…………ベティー弱いんだもの、私が見ていないと死んでしまいそうだわ………………」
「四十二年生きて来たんだ、そう簡単に死にやしないよ」
「でも私より弱いわ………………」
「マリーちゃんより強いやつなんて、ルーク君かルーベルト総裁ぐらいじゃないのかい?」
「現に今怪我をしているじゃない………………」
「それは…………ゴメンね」
「駄目よ…………もう、これ以上怪我なんてしちゃ駄目の………………」
「ああ、分かったよ」
静かに泣きながらも言うマリーに、ベネティクトは冷静に答える。
子供のわがままに付き合う様に、ただただ平穏に。
「じゃあ約束しようか―――僕はもう負けない。敵にも、お酒にもね」
「私にも………………?」
「ルーク・セクトプリムにもだよ」
掴んだマリーの手に、更にもう片手を被せて包み込む。
大きく、無骨にゴツゴツとした手だ。
「君に誓おう、僕はもう負けない―――誰にもだ。心配は消えたかい?」
問われると、小さく頷くマリー。
それを見て安心した様にしてきると、突如として部屋に医療布を抱えたリーニャが飛び込んで来る。
慌ててベネティクトの元から離れて箒に跨ると、マリーは領主邸から飛び出してしまった。
「新しく建て直したばかりなのに、マリーさんったら壁に穴開けまくって修繕沙汰ですよっ! 当の本人は飛び去ってしまうし…………一体どこに行ったんでしょうね」
「さあね―――きっと、結界の強化にでも行ったんじゃないかな」
事実として、マリーは今さっきまでの自分の行動を思い出して赤面し、その行き場のない恥ずかしさを発散する様に浮遊城を食い止める結界の強化へと向かっていた。
結界を維持する支点それぞれに、破壊された瞬間内側にはランダムでマリーの使える攻撃魔法を発射。
外側には球状とまでは行かずとも邪魔程度の、支点百を持ちいた簡易結界の展開を追加。
元々帰り道ではやっておけばよかったと思っていた追加要素なので、その仕組みは既に構築済みであったが、いざ実現となれば可能なのはこの世でマリーだけであろう。
それを恥ずかしさの発散という動機で行うなど、有史始まって以来―――そして、今後幾千年経とうが同じ事を出来る者は居ないだろう。
(更新状況とか)
@QkVI9tm2r3NG9we(作者Twitter)




