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イレギュラー

「それからは山を降りて、トラオムに入る前に僕が潰した若月会って所の人に僕らの住むアパートを手配してもらい、同じ人に比較的簡単な仕事を貰いながら勉強漬けの毎日でした―――そして念願の学校に通い、暫くした頃、僕達はこっちの世界にやって来ました」


「……………………トラオムか、面倒なモンに絡んでんなあ」



 秋臥が過去を語り終えると、それを黙って聞いていたアリスが言う。

 トラオムはこちらの世界にも存在しており、その規模は元居た世界の比ではない。


 もし過去と同じ様に敵対するとなれば、今度は前と同じ結果とは行かないだろう。



「面倒も面倒だが、納得はした―――おい秋臥、お前弱くなってるな?」


「ええ、間違いなく大幅に」



 応えると、横の香菜が驚いた様な表情を見せる。

 彼女は戦闘に特化こそしていないものの秋臥を見ていた―――今の秋臥が、過去トラオムに居た頃よりも弱いとは思えず。

 過去の体術に加え、魔法もあるのだ。

 弱くなるなど、考えられない。



「今の僕では、トラオムに居た頃の僕には勝てないでしょう―――不意打ちではいざ知れず、真正面からよーいどんで戦えば完敗。傷の一つも付けられるかどうか」


「だろうな―――今の話から推測するに、昔のお前はある程度俺達と同じ段階に入ってる。俺や、ルークと同じだ」



 聖七冠(セブンクラウン)、一席―――ルーク・セクトプリム。

 その名が出るとは思って居なかったので、思わず目を見開いた秋臥。

 だがアリスに冗談を言っている様子はなく。

 どこまでも真面目な口振りだ。



「お前が総司って野郎と戦ったときに感じた零秒の攻撃という感覚は、決して錯覚なんかじゃあねえ―――俺達はそれを、零の領域と呼んでいる」


「零の領域………………?」


「ああ―――認知されている物なら、ルークの抜刀と斬撃、マリー・ジェムエルの魔力消費、サレン・メノスティアの魔法発動なんかがある。お前はどれも見たことがあるだろ?」



 初めてルークと対面し、手合わせをしたとき―――その抜刀、斬撃を秋臥は見逃したと思って居た。

 だがそれは違い、事実として一秒たりともその行為は行われていなかった。


 マリーの王都で見せた大規模な魔法の連発も同じ。

 どこまでも魔法発動に使われる魔力消費の効率を極めた末の、零。


 サレンで言えばエルフの森で見せた、周囲一帯の魔物を忽ち骨に変えてしまったときのこと。


 それら全てが、零の領域に踏み込んでいたのだ。



「零の領域ってのは、魔力と自力を要して世界を捻じ曲げる力だ―――それにお前は、魔力を使わずに踏み込んだ。まあ異常だな」



 立ち上がり、体を伸ばしながら言うとアリスはあくびを溢す。

 話が長引き夜も深い―――日付は疾うに変わっており、森もすっかり静まり返っている。



「今日はもう寝る―――お前らも寝ろ。部屋はここ出て落下右の三番目だ。それぞれに個別で用意してやる様な甲斐性を俺に期待すんじゃねえぞ」



 それだけ言い残してアリスは退室。

 残された二人も、早々に用意された部屋へと向かった。



「埃まみれ…………部屋はありがたいのですが、明日にでも掃除の必要がありそうですね」


「ここで生活しちゃあ体を悪くする…………これは、ある意味一大事かも」



 部屋の窓を開けようにも、隙間に埃が溜まって開かない。

 ひとまずその箇所だけでも埃を払うと、鳴る蝶番に気遣いながらも力を込めて開き、部屋を換気。


 ベッドに用意されたシーツなど一式の埃を外で払い、なんとか使える状態を作る。



「過去のことを話していただけなのに、疲れてしまいましたね………………」


「そうだね。でも、少し懐かしい気分だ」

 


 二人は、トラオムに居た全ての日々を悪く思っているわけではない。

 護衛任務に託けて、初めての友として遊んでいた時間や鍛錬の時間など、今に響く事もある。


 だが確かに脳裏にこびり付いているのだ―――育てた部下や、見限った筈の母を殺した記憶が。

 香菜に至っては、静子を殺した瞬間の手の感覚が今も残っている。

 それを夢に見て、無意識に自身の首を絞めている事もある。


 傷が、確かに癒えておらぬのだ。



「あの日、私が一番大変だったのは秋臥が父を倒した後でした―――貴方ったら、突然全身の傷が開いて倒れてしまうんですもの。何とか肩を貸して、足を引き摺りながら山を降りて。死んでしまうかと思いました」


「いやあ、面目ない…………」


「若月会に行くまでタクシーは見つからないし、辿り着いても秋臥のお知り合いには繋いでもらえないし…………本当に、大変だったんですから」


「後悔してる?」


「それだけはありません―――産まれて初めての苦労でした。楽しかったです」



 笑いながらも回想の続きを話していると、ふと秋臥が思い出す。

 今までは不思議な力として認識していたソレが、今なら辻褄が合うのだなと―――総司の洗脳、怪力が、今ならば理屈づけられるのだなと。


 あの力の名は、魔法―――この世界に確かに存在し、今秋臥達が手にしている力だ。


 二つの世界に通ずるトラオムと、双子の神。

 こちらの世界のラジェリスと、向こうの世界のセリシア。


 それが、全ての種だったのだ。



「総司はきっと、本当に代弁者だったんだろう………………女神セリシアが、総司に魔力を与えていた。洗脳の魔法と身体強化。今なら理解出来る」



 今改めて総司と秋臥が力比べをすれば、恐らく軍牌が上がるのは秋臥の方。

 技術や反射神経、勘などは過去に劣るやもしれないが、それを考慮した上で、次戦り合う事があれば不覚などあり得ない。



「…………実在するなら、不味いな」


「不味いのですか?」


「ああ、凄く不味い…………神セリシアは総司を通してトラオムを繁栄させていた。それを潰したのが僕…………報復があると見るべきだ」


「今まで何もなかったのです、案外それ程気にしていないのでは?」


「多分見つかってなかったんだ…………なんせ、僕達には魔力がなかった。サレンさんがやっていた様に、強者が広範囲での人探しやらで魔力を探るとしたら、僕達はそれを魔力がないと言う条件で切り抜けていたと想定出来る…………セリシアの実力をラジェリスと同等と見積もって、サレンさんが手も足も出ない程…………本当に、不味い」



 秋臥は、既に攻撃は始まってると考えている―――そして、今の言葉を聞いた時点で香菜もそれを理解。


 エルフの森や王都を襲った男、イベリス。

 奴がセリシアの手先だとしたならば、秋臥の名を知っていた事にも説明がつくだろう。


 この後二人は、暫く敵への対応策を練るが結果は時間の浪費。

 結局強くなるしかないと結論づけ、一つのベッドで眠りについた。


 明日より始まる、鍛錬に向けて。


次回より新章!




(更新状況とか)

@QkVI9tm2r3NG9we(作者Twitter)


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