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親離れ

「ほら、怖いならお母さんも手伝ってあげるから…………! だから死ぬのよ、いいわね…………? お母さんのために死んでちょうだいよ…………!」



 美佳子が馬鹿な事を言う中、秋臥は周囲の信者達に気持ち悪さを感じていた。

 

 二人の母が現れた途端、一切の攻撃が止んだのだ。


 まるで対話をさせるためと思ってしまう程、ピタリと皆足を止めて直立不動。

 視線もどこを向いているのか、皆どこかボーッとして先程までの阿鼻叫喚は夢だったかのような静寂を演出。

 立っているものの、皆意識が無いようだ。



「……………………母さん、俺は貴女を愛してたよ」



 信者達の事は一度頭から消して、目の前の母へと意識を向ける。

 頭の中を流れるは、トラオムに来るまで母の為に戦った日々―――それら全てが命懸けであり、必死であり。

 唯一の家族である母と平穏な日々を過ごす為に、その他全てを捨てる選択であり。


 今としては忌々しき日々だ―――だが、秋臥はそれを無駄とは思わず。

 

 足取りは軽やかに美佳子に近づく。



「今は、感謝をしているよ―――母さんのおかげで、俺は今香菜の為に戦える」


「…………秋臥、何を言っているの…………?」


「母さん―――俺は貴女を怨やしないし、もう好きもしない。お別れだ」


「何をするつもりなの…………? 私は貴女の親よ…………! 馬鹿な事を考えるんじゃないわよ、いいわね…………! せっかく産んであげたんだから、恩を仇で返すんじゃないわよ………………!」



 互いの手が届く距離まで近づいた秋臥の行動は、以外にも抱擁であった。

 美佳子を真っ正面より抱きしめて、背へと手を回し、優しくナイフを差し込んだ。

 肩甲骨の間を通り、背骨を過ぎ、心臓を一突き。


 美佳子が精一杯の抵抗として体を引き離そうとするも、このトラオムに来てから神に祈り、飯を食い、同じ信者と楽しく過ごしていただけの美佳子と、鍛え続けていた秋臥の筋力差は歴然。

 肩を押しても、全力で背を殴ろうと、成果はなかった。



 「さようなら、母さん」



 美佳子絶命の寸前、呟くとナイフを引き抜く。

 そのナイフを、香菜を捉える静子へと全力で投擲―――見事肩へと命中した。



「香菜、今助けるから…………!」



 言って駆け出すと同時に、周囲の信者達が再度動き出す。


 その邪魔を、今度はなりふり構わず押しのける秋臥―――人の波で香菜が見えない、後何メートル進めば辿り着くのかも分からない。


 もはや呻く事もなく、意識無さげに秋臥へと襲いかかる信者達はどこか奇妙なものを感じる。

 先程までと同じ様な数があるだけの状態ではなく、一人一人に悪寒の湧く様な圧―――延いては、脅威。



「今度は、なんだよ…………!」



 変わり狂う盤面に混乱し、つい愚痴を漏らす。

 だが盤面が変わったのは秋臥だけでは無い―――手にナイフが突き刺さった衝撃で、つい香菜から離れた静子。


 床へとへたり込み、ナイフを抜いた後の手を押さえ啜り泣く。



「あの餓鬼、絶対に生かしておかないわ………………! 殺す! 絶対に殺す…………! お父さんに、総司さんに言ってやるんだから…………! 愛する妻の私が傷つけられたのよ…………! きっと総司さんも怒ってくれるわ…………!」


 

 その目は怒りに満ち、信者達に襲われる秋臥を睨んでいた―――その視点が、唐突に流れた。

 解放された香菜によって、静子は押し倒されたのだ。


 マウントを取る体制になり、両肩を抑え目を合わせる。

 これまで護衛に護られるばかりで、碌に戦闘経験などした事のない香菜―――子供同士の喧嘩や親子喧嘩どころか、口喧嘩すら経験のない。


 それが今、母親を全力で押し倒したのだ。

 浅く肩で息をして、僅かな興奮状態に―――初めて激怒した子供の様だ。



「私に対するものならば、どの様な言葉にも耐えましょう―――しかし秋臥に対する言葉ならば話は別。私は、もはや貴女に価値を感じない」



 両肩から手を這わせ、首筋へと移行―――優しく掌で包み込む。



「私達の邪魔をするならば、死になさい」


「死っ…………! 馬鹿な事を………………!」



 言葉の途中で、首を包む掌に力を込める。

 指が首筋へと食い込む、爪が皮膚に刺さり血が滲み出す、静子の表情が苦悶で満たされる。


 首を絞める手をなんとか引き剥がそうとするも、その腕は骨と皮だけの力ないもの。

 若さと、健康的な生活によって培われた香菜の力には敵わない。



「香菜…………! やめて、お母さんを…………殺さないで…………! 香菜………死にたくない…………!」


「知りませんよ、そんな事」



 いつしかもがく手の力も無くなり、一切の抵抗を見せなくなっていた。


 三分程経ち抵抗のなくなった状態から、更に二分―――合計五分間、手の力を緩める事なく絞め続けた。


 昏睡の可能性を排除した、死の確信を得るまで。

引き続き、全国の静子さんと美佳子さんごめんなさい。



(更新状況とか)

@QkVI9tm2r3NG9we(作者Twitter)

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